訪問者いろいろ
やっとジョバリ・バッセの領地併合手続が片付いた。住民は備蓄食料開放により一時的ではあるが飢えることはなくなった。私はミリトリア王国での農業政策に従事していたからこれからどうすればいいか分かる。苦労したがあれはいい経験となった。無理矢理押しつけられたが、あれがあったから、有機農法もできるようになった。
ザバンチ王国は王都近辺を除き、焼き畑農業をしていた。
焼き畑農業は森林や雑草地を焼いた年とその翌年くらいは収穫があるが、その次年くらいから極端に収穫量が減るため、そこを放置し次の森林を焼く。荒れ地となった土地は数十年放置され、それからまた焼くという繰り返しだった。これでは当然食糧不足に陥る。
ウマクラス子爵は、そんな農法を止め、有機農法を推奨した。畑には堆肥や腐葉土、灰や卵の殻を潰したものを入れ密集栽培も止めた。そのおかげで虫による被害も減り、結果として、収穫量が上がった。しかも毎年収穫量は上がり、この地は超えた土地が続く穀倉地帯となった。惜しむらくは新農地の開墾をしていなかったことだが、内乱が続いたことで人手不足によりできなかった。灰は雑草を焼いていたが、数量確保が難しいため、それも農地を広げることができなかった理由だ。
ただし、他の地区は従来の焼き畑農業だったので食糧難に陥った。
王都近辺については周辺地域の山々を焼き、そこから栄養のある土を搬入させていた。そのおかげもあり王都周辺は豊作だった。だが、栄養のある土を奪われていく他の地域の田畑は益々痩せ細った。
私の耳には旧ザバンチ王国が分裂した9カ国の食糧事情が入ってくる。なんとかしてあげたいが、私の両手はラカユ国で手一杯だ。他の国を助けようとすると他国と戦争をすることになる。そうするとラカユ国の国民の生活が苦しくなり、飢えたり、孤児が増える。そんな無謀なことはできない。
しかし、他国から侵攻されたら、全力で徹底交戦する。
農務大臣にはウラベル母さんの筆頭補佐官だったヤイラ・コンタス中将を任命した。72歳だが私がミリトリア王国で、農地の改良で苦しんでいたときに手伝ってくれた。おかげで農業政策はうまくいっている。
毎日、国境地帯では少なからず紛争が起きている。どの国も一緒だが、旧ザバンチ王国の領土全てを統一したいのだろう。ラカユ国の南はミリトリア王国と接し、西はホセ国と接している。他の国とも接している。こんな小さな国が複数の国と接している。全部を相手にできない。特にミリトリア王国とは国力が天と地ほど違う。
首都ウーベはアルベスト山が侵攻を防いでいるから、少なくともミリトリア王国から直接進行されることはない。もし進行しようとするとホセ国かミドリ連合国を通らなければならない。それまでにはこちらも対策する時間がある。
ここ最近ホセ国からの難民が多い。助けてあげたい気持ちはあるが、難民をおいそれと入れる訳にはいかない。難民に紛れて他国のスパイも入ってくる。偽装難民もいるから難民規制は仕方ないかもしれない。
ラカユ国も難民規制をしている。偽装難民が多いから難民認定は厳しい。
難民は一時難民収容所に入り、難民申請を受け、認められたら、職業を紹介して独り立ちをしてもらう。元々は同じ国民だけど、しょうがない。
難民のふりをして出稼ぎに来た者もたくさんいる。いくら人が足りなくても、外国人労働者は受入禁止にしている。国内産業を守るのも大切だ。ラカユ国民にできる範囲の産業を発展させればいい。人が足らなければ工夫すればいい。そうしなければ進歩はない。
彼等を一度入れると、ラカユ国の決まりを守らない親族を呼び寄せ、せっかく落ち着いた治安が悪化する。これは万国共通だ。私の両手はラカユ国民のためにある。偽装難民は一定期間強制労働のうえ国外追放が原則だが、繰り返すようだったら処刑も辞さない。
難民には私が食糧を解放したことを聞き、ラカユ国では働かなくても無償で食べ物が配られると伝わっていた。
残念ながら国民には労働義務を課している。働かざる者食うべからずだ。納税義務も課している。決して天国ではない。働けない者、一時的に困窮している者に国家として援助している。それでもできる範囲で働いてもらう。障害者であっても同じだ。
職業紹介もしている。開墾も勧めている。開墾できていない土地は沢山ある。内戦で荒れた土地も沢山ある。内戦により人口は3割減少しているのだ。働こうと思ったら、ラカユ国にはいくらでもある。
問題であった灰の代りとなるものも手に入れることができた。当初は私も草を焼き灰を入れたり卵の殻を割っていたが、開墾が進むとウマクラス子爵と同じ問題にぶち当たった。ひとまずシドル連邦の海岸で、牡蠣の殻や貝殻を拾ったが、焼け石に水だった。
そこでシドル連邦の漁師と契約し、牡蠣を市場価格ではなく店舗販売価格で購入することにしたことで優先的に買えるようになった。牡蠣は国内の市場に卸した。ただし、牡蠣については国内に3カ所書き捨て場を設けた。塩抜きをしなければならないから、牡蠣殻は必ずそこに捨てなければ厳しい罰則を科している。おかげで牡蠣殻には不自由していない。牡蠣販売で国庫も潤っている。ただ、私と楓、雪ちゃんが忙しい。
石灰があるといいのだが、この狭いラカユ国には石灰の元となる石灰岩がない。
私は偽装難民にスリーアウト制を採用した。二度までは国外追放だが、三度目はその場で処刑する。日本では偽装難民が大手を振って法律違反をしても不起訴となっていた。私は許さない。偽装難民が法律違反をすれば、偽装プラス法律違反で、ほぼ処刑される。
泣き叫んでも、かまわず斬首する。
スパイにはスリーアウトか寝返るかを選択させる。寝返るチャンスはワンストライクのときだけだ。一度目は選択の機会を与え、断ればそのまま釈放するが釈放先は他の大陸だ。二度目は追放するが、スパイの本国ではない。奴隷紋を入れるから、職業は奴隷しかない。運が良ければ助かるだろう。それでも入国すると、三度目には寝返ることはできない。斬首のみ。だがこれまで二度目すらない。寝返らず、他の大陸に釈放されることを選んでも、他の大陸から帰ってくる手段がない。他の大陸に転移できるのは雪ちゃんだけだ。私と楓にはそれに耐えうる体力が無い。そもそも他の大陸のことを知らないのでイメージができないから転移できない。
ラカユ国には優秀なスパイが沢山いる。ワンストライクで寝返った者たちだ。ユキちゃんに言わせると、ほとんどの者は、わざとボロを出して捕まりにきたようだ。彼等のほとんどが黒服隊の同級生だった。当然女性もいる。彼らの希望は黒服隊に入ることらしい。
黒服隊は他の国で優秀なスパイだった者で構成されている。当然彼らは暗殺も生業としている。暗殺が得意な者は暗部の黒服隊となる。
彼らはこれまで正当に評価されなかったようだ。だから黒服隊を大切にしている私の元で働きたいと思ったらしい。スパイは国内に家族がいるため単純に亡命ができない。一般的にスパイは捕まれば死刑だが、ラカユ国は違う。それはスパイの中では公然の秘密のようだ。スパイはそのことを決して自分の国には報告しない。ラカユ国はスパイにとって最後の砦となっているからだ。彼らは職務上沢山の人を殺しているが、それは審査には全く関係ない。職務上の行為であって、一般民に対する虐殺とは違う。
彼等の家族はいずれラカユ国に入国できるようにする。審査はあるが、頑張って欲しい。
今日は月に一度の黒服隊との昼食会だ。クロード叔父様が主催している。黒服隊のまたの名は『秘書課』で、これが彼等の表の仕事だ。彼らの所有している剣は、日頃は短剣のみで当然ミスリル10%含有という100%ミスリル剣だ。
暗部の黒服隊との昼食会はない。彼らはいつも私の近くで私を守っている。
黒服隊が増えれば、国外にスパイとして派遣する者が増える。彼等の同業者が彼等をきちんと評価してくれるラカユ国を目指し、また黒服隊が増えるという、悪循環? 好循環だ。彼らは兵士としても優秀だから、いよいよラカユ国は強固になっていく。
ミリトリア王国とガザール国からも黒服隊に入りたいという猛者が、今日もわざと捕まりに来た。
彼らの親族は、全員首都郊外で暮らしている。彼らの親族は軟禁状態ではあったが、それぞれの国の人質となっていたから、彼等が捕まれば親族は自死していた。どのみち処刑されるからだ。蟻の一穴というやつだ。私が家族を首都郊外で暮らせるように、転移して連れ戻った。だから安心して任務を遂行してほしい。
そんなとき、黒服隊から重要な報告が上がった。
彼は、ミドリ連合国から来た元ミドリ連合国軍中尉ヨルデスで現在はラカユ国軍少佐だ。元他国スパイだった黒服隊在職者の捕まり方は、それぞれ酷いのだが、彼は特に酷かったから記憶に焼き付いている。
他のスパイは、一応それなりに変装していた。ところがヨルデスはミドリ連合国の官服で国境に来るなり、『私はミドリ連合国のスパイです。捕らえてください』と。それに自縛までしていた。しかも尋問官が困らないように、いわゆる履歴書まで作成していた。
あまりにも馬鹿げていたので、尋問したメロディ少将が私にヨルデスに他意がないのか確認を求めてきた。
雪ちゃんによるとヨルデスは人格も問題ないし剣も優秀だが、今は初恋中です。と謎の言葉を発していた。
そのヨルデス少佐がやっかいな問題を持ってきた。




