王都魔法学園入学式
本日王都魔法学園の入学式が行われた。新入生は260名。壇上にはいかにもインテリというように、三角眼鏡をかけた女性教頭先生が私を紹介した。
「それでは本年度の新入生を代表して、ララ・オベルツさんに挨拶していただきます」
ロラン・テナールは呆然としていた。当然自分が呼ばれるものだと確信し、1週間前に作成していた生徒代表挨拶の原稿を、昨日も何度も読み返し、感情を添え、抑揚がある喋りで、きっと聴衆は感動するはずだと妄想していた。
それなのに、見たこともない女が代表として呼ばれている。ララという名前は、上から数えた方が早いくらいに一般的だが、オベルツという名字はそう多くはいない。事前に調べていた、一番警戒すべきオベルツ家の家系に『幻影の魔女』の孫やひ孫が沢山いるが、今年入学する年齢に達した者はいなかった。
一番近い者でも玄孫で女だったが、彼女はまだ10歳だから入学しないはずだ。ロランより優れた者は、魔法使い一家のオベルツ家の者くらいしか記憶にない。もしかして飛び級でもしたのか? いや、試験会場にオベルツ家の者はいなかった。
ロランは、沸々と上がる怒りを抑えることができず、いつも孤児たちに話している言葉遣いのまま叫んでしまった。
「おい!! 学園長そんな女は入学試験で見なかったぞ!!」
会場には新入生の家族も来ている。ロランの声に合わせるように、新入生のあちらこちらから
『そういえば、私も見てないわ』
『俺も知らないぞ』
『どこから湧いたの?』
と騒ついていた。
新入生の家族のうち、ほとんどの貴族は、
『今年の一位はロランと前々から噂があった。枢機卿の子息ロラン様が代表でなければおかしいわ』
『どこの馬の骨かわからない子が代表というのは名誉にかかわる』
等好き放題言い始めた。
出元のロランの唇は緩み、薄ら笑いすらしながら、口ごもる程度の小声で呟いた。
「これでララとかいう女も、恥ずかしくて、引っ込むだろう。才能のある俺が代表でなくてはならない。馬鹿どももよく吠える……ふふふ……もっと吠えろ」
そんなとき、3階の観客席から舞台に浮きながら、ゆっくりと、下りてくる20代後半位の女性が目視できた。舞台に降り立った超絶美人の女性は、会場の生徒や生徒の親族に、聞かせるように話し始めた。
「その娘は私の娘だが、その娘が生徒代表ではダメなのか? 少なくともそこのロラン君だったかな? 論文でお前の点数は、確か63点だったな。学年20位だ」
「そんなはずはない。満点のはずだ」
「お前の論文は、他人のいいところだけをパクっていた。自分の意見のない寄せ集めだ。確かに上位20名の基礎試験は全員満点だったよ。
入学試験においては、満点が複数いたら、魔法省の入試審査官5名が、満点の者の論文を採点することになっているのさ。満点合格だが、論文は不合格だ。だからお前の席は特進クラスではなく、一般クラス席なのだよ。今年が特別じゃない。今年は例年に比べたら満点合格は少ないくらいだ。去年も一昨年もそうしてきた」
そう言い返されて興奮したロランは、人生で初めて負けたことに我を忘れていた。
「そうだとしても、ペーパーテストの配点は、全体の2割のはずだ。俺の実技は誰よりも頭一つ突き抜けていたはずだ」
不適な笑いを込めて反論するロランを見つめその女性は大きな声で笑い出した。
「はははははは、笑っちゃうじゃないか。今年一番のギャグだ。お前はお笑い芸人の方が才能あるぞ。今から進む学校を変えた方がいいんじゃないか!!!
ザイナス・テナール枢機卿に転校を勧めておいてやろう。才能のある方面に行くのが、お前に一番あっているが、まあどのみち無理だ。お前は詰んでいる」
「馬鹿にするな! お前のような、どこの馬の骨だかわからないやつの言うことを誰も信じないぞ。それに、お前の娘の実力などカスみたいなものだろう。筆記試験会場で、そのララとかいうやつの顔を見てないぞ。実技試験会場にもいなかった。不正裏口入学だ!!」
二人のやりとりを聞いていた貴族の父兄は、いつの間にか黙っていた。父兄の中で一番身分の高い、現宰相でもあるキルリウス侯爵は、祖父が話していたことを思い出した。
『空を飛ぶ魔法使いがこの国にいる。その者は幻影の魔女といい、儂の祖父が見たときは70歳位だった。父が見たときは50歳位だった。だが儂が見たのは40歳位だった』
宰相は謎の超絶美人女性の正体に気づき、父兄に命が惜しければ、黙るように言った。
それでも不正裏口入学とまで言われた、超絶美人女性は呆れつつも、ロランというよりも、会場の父兄に対して聞かせるように話した。
「あのな! オベルツの親族が受験するときは、恒例により一般入試の生徒とは別に特別の会場を設けるのだ」
ロランは『それ見ろ』と言わんばかりに反論した。
「やっぱり裏口入学じゃないか。その裏口入学カス女は、俺の靴でも嘗めていればいいのだ」
「好き放題言ってくれるねぇ。いいかい。そのボンクラ頭でよ~く私の話を聞きな!!!
オベルツ家の親族はいつも高得点で入学している。過去にクロード・オベルツが不正を指摘されたことがあったから、後々不正がないことを証明するために、オベルツ家の親族が受験するときは、監視官が10名付いて、別会場の特別室で受験するのだよ」
幻影の魔女は若くなっているのに、記憶を失っていない。それには理由があったが、まだ誰も気づかなかった。
△△△
ララは幻影の魔女ジーニアから聞いていた。若年化した年齢までのことを、忘れてしまうという副作用のことを。ララのことを忘れたくないから、もう若年化は二度としない。だからこのまま余生を過ごすと……。
25歳位になっていた幻影の魔女が、私のことも学園長のことも覚えていたことに、違和感を覚えたが、ララのことを忘れていなかったことが嬉しかった。やはり会えたことで嬉しさの方が勝ってしまっていた。
ララはジーニアの物言いと、仕草が荒いのは、若返ったことで言葉遣いなども変えていると思っていた。
幻影の魔女は、生徒たちを前に、まるで女王様のように輝き語った。
「実技についても他の生徒と一緒では、怪我をさせる可能性があるから、別会場で20人の監視官が見張る中で行うのだよ。その上でララが筆記と実技において、満点だったから生徒代表になった。そこにいる私のひ孫のリリア・アイスラン学園長のときも同じようにしたぞ。わかったか?」
学園長のリリア・アイスランが、超絶美人女性のひ孫という話を聞いた会場の親族は、一斉に下を向いた。容姿は25歳位だが、幻影の魔女は学生位の年齢まで容姿を変えることができる。貴族は学生時代に学習するから常識として知っていた。
幻影の魔女を敵にしたら、下手をすれば自分の代で家が潰れる。幻影の魔女は、その魔法力だけでなく政治的な力も国内有数だ。現国王すら頭が上がらない。
立ったままで呆然としているロランと、下を向いたままの生徒の親族、シーンとしている会場で、ララが幻影の魔女を睨み付けて……。
やはりどこかおかしい。
「あなたは本当にお母様ですか? お若くなって、お姿も違いますが? 今日は来ないはずではなかったのですか?」
「ふふふ、やっぱり寂しかったから来てしまった。お前に話すのを忘れていたが、新たに記憶継承スキルを身につけた。だからもういくら若くなってもララのことを忘れない。それに若くないとお前の母親としてつりあわないからな。ララとこれから一緒に暮らしたくて、早朝に王都で家も買った。使用人も一流を揃えたから、そこから毎日学校に通えばいい」
理由がわかると安心し、ララは拗ねてみた。
「嬉しいですが、早く言ってくだされば、昨日あんなに悲しい思いをしなくて済んだのに」
「そうだったか?人生にはこういうこともある」と言うと、かわいらしく舌をチョロと出していた。老婆のままだったら気持ち悪いが、超絶美人がやれば絵になった。
幻影の魔女が壇上から降りると、ララは新入生代表としてお決まりの文言で挨拶をした。
前もって定型文が渡されていたのだから、ララにアドリブはできない。上級生ならば全員知っていることだ。文言は去年と一字一句変らない。ロランが代表になっていたとしても、自分で作成した文章など徒労に終わっていた。
入学式が終わる頃、油汗をかきながらぶよぶよの体を揺らし、ザイナス・テナール枢機卿が会場に現れた。
その姿を見たロランは助けを求めるように懇願した。
「お父様、お父様の力でこの新入生代表をかすめ取った、カス女を退学処分にしてください。それにそこで偉そうにしている女を異端審問にかけて、牢屋に閉じ込めてください」
「お前は――――――――!!! これまで猫を被っていたな!!!! 先ほどお前の入学は辞退してきた。それに養子縁組も解消した。これまでの諸行を後悔するがいい。これだけのことをしておきながら、この場で学園の警備隊に預けられず、教会に始末をつけさせていただいた、幻影の魔女様に感謝をしろ!!!」
「そんな……」
「幻影の魔女様、この度のこと誠にありがとうございました」
「なんのことだ?」
「あの、告発文と証拠の数々を送っていただいたことです」
「おお、そ、そうか。 あれだな。そうだ。私に感謝しな!」
「はっは―――――!!」
記憶継承スキルは自分の記憶をバックアップする機能だが、記憶転写は対象相手の記憶を自分の記憶として転写できる。だが、膨大な量の記憶を転写するには、相手が生きていなければならない。しかも300年分となれば、相応の時間を要する。そんなに時間を掛けることはできなかったから、その情報は当然圧縮簡易化されている。
△△△
◇◇3日前◇◇
幻影の魔女ジーニアからザイナス・テナール枢機卿に一通の手紙と荷物が送られていた。その内容は……「前略、貴殿の子息の数々の悪さを……記載します」ということだった。
その内容を簡潔にまとめると次のようなものだった。
一、聖職者でありながら孤児と不純行為をしていたこと
一、孤児に盗みをさせて毎月金貨を上納させていること
一、孤児に娼婦をさせていたこと
一、入学試験において魔道具を使用して不正をしていたこと
(これについては対象物に魔道具を使用した痕跡があること)
一、論文の作成において両隣の満点をとった生徒の論文と酷似している部分が散見されること
一、複数名のシスターと不適切な肉体関係があること
一、不正な手段により子供を攫い奴隷にしていた、没落貴族のビリー・ラクソン男爵の子息であることだけである、という理由で罪にはならないが、父親と同じように奴隷とした子女に不純行為をしていたこと
(当時8歳であったが、実際は13歳であり、その頃から体が大きく生殖能力が有り、証言者も複数ある)
一、他にも聞くに堪えない悪さをしていること
(すべて証拠あり)
それでも養子としてあなたの跡を継がせますか?
ザイナス・テナール枢機卿は急いで手紙と一緒に送られてきた証拠の数々を突合し、孤児院の子供たちの話を聞き、肉体関係があるとされた15名のシスターと、担当先の修道長を尋問して事実であることを確認した。
シスターとの関係は、下は13歳から上は54歳の修道長まで幅広く関係を持っていた。
孤児にいたっては、体の関係を持つだけではなく、売春もさせていた。
ザイナス・テナール枢機卿は調べ終わった頃には泡を吹いていた。
△△△
入学式も無事終わった頃、ロランは教会本部の聖騎士に縄を掛けられ、本部まで護送された。
その日のうちに死刑判決が出て投獄されたが、幻影の魔女が把握していなかった、60歳を超えているであろうかという、本部修道長もロランと肉体関係にあった。
彼女は見張りをしいる聖騎士の食事に眠り薬を盛り、他にも肉体関係のあるシスターとともに教会本部から逃走した。
後日の調査によれば、教会本部の修道長は、ロランが本部に来て1週間も経たないうちに、肉体関係を結んでいた。しかも修道長補佐2名と監査長とも、肉体関係を持っていた。彼女たちはいずれも修道長より、数歳若い程度の60歳代だった。
結局ロランは教会本部のシスターの中枢全員と肉体関係を持っていた。
ロランと供に出奔したシスターは25名いた。閉ざされた世界の羊に、若き狼が食い散らかした結果だった。
しばらくしてロランはガザール国において、ジャン・ラクソンと名乗り『国際神聖教会』を起こし、わずか2年の間にガザール国で、第2位の信者数を誇る宗派になっていた。
しかも2年後の魔力は、魔力の木の果実を食べる前のララに迫るほどの魔力値になっていた。魔力の木の果実は、結界に守られているから、どんな方法を使ったかは不明だったが、間者から漏れてくる情報では、ジャンの容姿が徐々に青白くなっているということだった。
幻影の魔女ジーニュアは自分もそうだから心当たりがあった。女魔族と交わったか? 魔族を降臨させたか? ジャンへの対抗措置は、魔力と魔法力を高めるしかない。
最後まで見ていただきありがとうございました。
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