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軍師誕生

 私が謁見(えっけん)用のドレスに着替えると、女王専属秘書官のソフィアが私を謁見の間に先導してくれる。今日の先導当番はソフィアだ。ソフィアはミリトリア王国でウラベル母さんの第三秘書をしていた。第一秘書と第二秘書は政変で処刑されてしまったが、彼女は私の秘書として貸与されていたから、生き残った。第三秘書とはいえ、みんなが嫌がるウラベル母さんの秘書をそつなくこなしていた手腕を見込んで、私が引き抜いた。


 ちなみに、私が着るものは私服から公の服装まで、雪ちゃんが作っている。今日は純白のドレスだけど、結婚式のつもりかな? 宮殿は他国に比べると装飾にお金をかけておらず、新築で綺麗だが、他国のように無駄な装飾は施されていない。謁見の間もゴテゴテしたものは何もなく、壁に風景画が掛かっているだけだ。


 謁見の間を初めて見学したときは、文官が用意した立派な玉座に驚いたが、座ってみるとお尻が痛い。私は即刻撤去してもらい、雪ちゃんが準備してくれた椅子にした。据置型の玉座ではなく、普通に木製のクッションの入った革張りの椅子になった。文官は大反対だったが、私は金メッキ成金趣味バリバリの玉座より、庶民的な椅子のほうがいい。


 文官は分かっていない。私にとって、この椅子は文官が注文した玉座の100倍の価値があるのよ。木は総柘植でできている。使えば使うほどいい色合いになるものだ。クッションとなっているスプリングはこの世界にはないもので、雪ちゃんが保管していた25万年前の人類が使っていたものだ。私の持っている金銭価値にしたら、スプリング1本で金塊が一つ買えるくらいの価値がある。実際に買う人はいなと思うけど。


 それにこの皮だけど、竜の皮だよ。1頭の竜からこの椅子くらいしか採れない。竜のウロコは鉄より硬い。ところが、生殖器だけは小さくて柔らかい。その皮を使っているから、とても貴重だ。その強度はウロコと変らない。出所部位さえ我慢すればこんなに強くて柔らかい素材は存在しない。


 謁見の間に入るのは今日が初めてだ。まだできたばかりの国だから、諸外国との国交は開いていない。他国からもそのような動きはない。旧ザバンチ王国が分裂してできた国は、それぞれが国内統一を狙っており、敵対関係にあったから、国交を樹立しようとしなかった。


 謁見の間に初めて招待する人間は、これから私を支えていく者が現れたときに使うと決めていた。宮殿ができてから一度も使っていない。それが今日となった。私に近づく者は、雪ちゃんが事前に判断している。判断といっても、その者の能力などを審査しているのではなく、私にとって危険な人物を廃除するためだ。


 この人を生涯の側近にしようと決めた。雪ちゃんに聞いたわけではない。宮殿に入ることができている時点で、危険な人物でないことは立証できている。

 私がそう決めた根拠は何も無い。しいて言うならば『野生の勘』だろう。

 私は、彼女が入場してくるのを、恋人を待ち焦がれるような気持ちで待っている。




△△△

 私はリゼ・コーク女王専属秘書官に先導され謁見の間に通された。女王は私が入場と同時に頭を上げるように言った。


 えっ? それ、間違っているよ。


 私はザバンチ王国で一度だけ、国立将校養成学校の最年少卒業記録を更新したことで、国王に謁見したことがある。そのときは、国王の5メートル手前くらいまで、頭を上げないよう指示され、膝をつき、しばらく経って初めて、国王に顔を上げることを許された。


 女王の近くにいた女王専属秘書官が、女王を(にら)んでいるから、やはり女王のフライングだ。


 正面には玉座はなく、普通の木製の椅子に座った、白いドレスの少女がいた。リゼ・コーク女王専属秘書官は、私を女王のほんの数歩前まで招いた。こんな近くまで案内するとは? しかも私には帯剣を許されている。この距離であれば、私であれば数秒あれば女王を殺すことさえできる。そこまで私を信用していいのだろうか? それともそこまでしても、絶対的な自信があるのほどの強者がいるのだろうか? 


 遠目に見ると、玉座は安物の椅子と思ったが、その木は柘植だ。ザバンチ王国の北方にわずかに自生している貴重品だ。それに椅子の革の実物は見たことがないが、それは世界の魔物図鑑で知っている超貴重品だ。女王が玉座を離れたが、革張りが浮いた。不思議な仕組みだ。あんなものはこの世にない。素人が見たら、庶民が使う安物の椅子だが、それなりの者が見れば、よだれが垂れるほど欲しくなる絶品だ。


 鹿野ララ女王は私が口上を述べる前に、私の前に来て、お辞儀をした。私はこの挨拶の仕方を知っている。昔、日本という異世界から来た勇者が行っていた挨拶の仕方だ。リゼ・コーク女王専秘書官が慌てていたが、当然だ。女王は玉座に座ったまま、私が前に出て挨拶し、女王の許しがあって初めて頭を上げることができる。女王が自分で玉座を離れ、招いた者に挨拶をするなど聞いたことがない。


 女王の目には涙が()れていた。



 ララ女王が膝をついた私を抱いた。152センチ程度の小さな体で、泣きながらしばらく私の体を抱いたまま(うずくま)っている。私はララ女王とは、これまで全く面識がない。だけど、なぜか……暖かい……。


 女王は私に抱きついたまま、礼を言った。


「ヘルシス様、孤児たちを助けてくれてありがとうございます。連れてきてくれてありがとう……」



 秘書官の一人が女王に声を掛けた。



「ララ様、いつまでも抱かれていると……、まあ同性ですから問題ありませんが、話が進みませんよ」


「あ!  セレス、ごめん」


「セ・レ・ス? もしかして、私の第二秘書をしていたセレス・マグレットなのですか?」


「はい。お久しぶりですヘルシス様、又お目にかかれて嬉しいです」


 セレスとは昔語りをしようと約束し、女王から私に提案があった。



 だが、その前に、私はこの女王に確認しなければならない。



「ララ女王様、私とは初対面だと思います。たとえセレス・マグレットからの情報があったとしても、私のこの階級といい、部下の階級といい、上がりすぎだと思います。僭越(せんえつ)ながら私たちを信用しすぎだと思います」


「ごめんなさい。セレスからあなたの人となりは聞いていますが、全員調べさせていただきました」


「それは? まだここに来て3時間程度ですよ」


「はい、来られたときに全員調べました」


「?」


 この女王は何を言っているのだろうか? セレスに聞いたとしても、それは数年前のことで、しかもここに来てからまだほんの3時間しかたっていない。その間に私たちのことを調べるなんて、それは不可能だ。


「信用できませんか? では……」


 そう言うと、女王は私しか知らないことを話し始めた。


「あなたはセレスの話す通りの方でした。残されてきたお母様のことが心配でならないのに、それを顔に出さないあなたは立派ですが、それではお母様がかわいそうですよ」


「なぜ、母のことを? いいえ、親のことが心配なのは、誰しも同じことです。失礼を承知で言わせていただければ、ほとんどの軍人はその言葉に反応すると思います」


「そうですね。だから後ほどお母様にお会いください。将校の方々の親族は、こちらの用意した、一時的に暮らしていただく迷宮にいらっしゃいます。あなたのお母様もそこにいらっしゃいますが、先程ここに来ていただきました。後ほど親子で積もる話しでもしてください。ほかの一般兵のご家族は住居が建設でき次第、順次こちらにお呼びしますからご安心ください」


 ? 何を言っているの、この女王は? 母は地元にいる。



 女王はある方向を指さした。そこにはシックな服装をした母が頭を下げていた。あんな服持っていた?



「お、おかあさん!なぜここに?」



 母が口パクで「あとでね」と言っていた。



「まだ信じて頂けませんか? では、あなたの副官ミッシェル・ツツナ大佐のことです。前中佐ですが、彼女は重篤(じゅうとく)な病気でした。本人は黙っていますが、彼女の余命はあと数ヶ月でした。体に良くない薬で抑えていたようですが、末期症状でしたから、激しい痛みがあったはずですよ」


 そんな? 彼女は私の前でいつも笑顔だった。



「ミッシェル、そうなのか?」


「は、はい。ヘルシス様申し訳ございません」



 何も気づかなかった。私は大馬鹿者だったようだ。



「あ、でも、もう大丈夫ですよ。(こぶ)もなくなって、痛みもありません。食事が終わると医務室に案内されて、麻酔をされ、青汁を飲み、メスで……30分すると何もかも良くなっていました」



 ここの医療はもう神の領域に達しているのだろうか。


 それにラカユ国の情報管理と検閲はどうやったのか分からないが、最高レベルのようだ。



 ララ女王はセレスから一振の剣を受取り、私に手渡した。


「この剣を受け取ってください。ミスリル10%配合のたいした物ではありませんが、大きさは元帥が受けるものと同じにしてありますが、中味の質が違います。これは私があなたのような人が現れたときのために、特別に鍛錬焼き入れしたものです。本当はヘルシス様の階級を元帥にしたかったのですが、いきなりではあなたの負担になるので今の階級にしまた。この国には3名ほど元帥がいますが、私の母と叔父なので名誉職です。大将はまだ誰にも与えていないので、実質的には中将が最高位です。中将はミリトリア王国から来た者が数名いますが、皆老人なので後進の指導をしたい話しています。なので、あなたが実質的にトップです。それに、あなたの同行者に、不届き者は一人もいませんでした。すばらしい眼力です。


 そこであなたにお願いしたいことがあります。現在首都警備に100名ほど従事していますが足りません。あなたの部隊から首都警備に200名を任命してください。その剣より短いですが、ミスリル10%配合の剣を渡します。


 その者たちには、ミスリルのことは話さないで、くれぐれも希望者から選んでいただき、希望者が足りないようでしたら、ヘルシス様が任命してください。任命した後に私の秘書官3名が200本用意しますので、ミスリル10%の剣を渡してください。剣は戦争時以外首都から持ち出すことはできません。私の鑑定書もありますからね。それに退官時には返還義務が伴います。


 それからヘルシス様には、私の側にいて作戦参謀をしていただきたいのです。私の近親者は、頭脳戦より筋肉戦が好きな者ばかりなので。


 来られたばかりで申し訳ないのですが、今、妹の『楓』から連絡があり、ジョバリ・バッセ大将から宣戦布告状が届いたそうです。どうしたらいいか後ほどお聞かせください。明日、軍関係者とも顔あわせしたいと思います。明後日、国内の少佐以上の佐官を集めますから、作戦会議の詳細を彼らにお話しください」


「ところで、『楓』様は今どこに? それに伝達手段は?」


「ごめんなさい。『楓』は先ほど一時的に調味料の調達に戻ったのですが、そのときに宣戦布告を知ったようで、急いで知らせてきました。妹はここにはいません。宴会中のようです。それと、あなたには知られていいので話しますね。事の詳細は楓からの念話で聞きました。それにお母様がここにいることが不思議なのでしょ。お母様は私が、他の者は楓と雪ちゃんが手分けして転移魔法でお連れしました」


「は、はい……、そうなのですね」


 もうなんでも信じます。本当は信じられませんが、女王は信じます。セレスが女王様に剣を渡すとき、確認のために抜剣したときに分かってしまいました。10%含有のミスリル剣は先祖代々の我家の宝剣で、今私が差しているものです。まず、この剣はとても軽い、それに剣に映る景色が淀むことなく見えた。ああ、この剣の価値はどう考えても金貨5,000枚(5,000万円)、いや、値段が付けられない。首都警備隊は全員ミスリル剣、文官でさえミスリル短剣、秘書には女王手作りのミスリル短剣、女王様あなたはふざけているわ。これだけのミスリルを与えて、ご自身は謁見が終わったと思ったら、焼き芋を食べているなんて。




△△△

 迷宮ダンジョン9階層、亡命者の親族で、ラカユ国に移動を希望する人たちの転移が終わっていた。『楓』と『雪ちゃん』は調味料の調達と、宮殿からヘルシス中将の母親の転送を終え、宴会を始めていた。


 私もヘルシス中将と宴会に混ざり、料理を堪能する。



 そこにいる親族には何年かぶりの笑顔があった。ザバンチ王国が分裂する前の動乱期と分裂した後の荒廃期を過ごしてきたのだから、やっと手に入れた親子水入らずの生活ができる。




「お母さん、ごめんね。一度も帰らなくて」


「ヘルシス、こうして元気にしている姿が見られただけで、親というものは嬉しいものだよ。あんたには大事な役割があるのだから、ラカユ国のために尽くしなさい」


「はい」


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