解き明かされる過去
グリホセが本拠地としていた居城の備蓄倉庫にある食糧は、保管状態が悪かった。芋類はどれも芽を出し、穀物類も暖かい場所に放置してあったものは、芽を出す手前だった。唯一まともだったのは、食料庫に保管されていたもので、全保管量の3分の1だった。
食せるものは全部住民に放出した。放出するといってもポンと置いただけでは、食糧は末端の住民まで行き渡らない。特に小麦は主食のため全員に行き渡るよう、ウマクラス子爵の住民台帳に従い、一軒ごとに定量を配った。住民台帳に記載のない人のために無料炊き出しも軍に指示して行う。大切なのは住民に安心感を与えることだ。
グリホセはとんでもないくらいの量を搾取していたが、3分の2をダメにしていたため、これを住民全員に全部配っても、残念ながら一月程度しか食べていけない。ひとまず、旧ウマクラス子爵領の領民が飢えなくて済む程度だ。それにこの人たちは乞食ではない。施しを受けるだけでは生活基盤は豊かにならない。
この先を考えなければ住民はいずれ飢える。グリホセはインフラをズタズタにした。生活基盤の再構築が最優先だ。ダメになった芋類や穀物類は捨てないで、これから開墾する畑への種として生かす。今は役に立たないが、来年には大きく育つ。
グリホセは国家にする準備は整えていた。使っていた文官はそれなりに優秀だったから、それに便乗することにした。キニール王国であれば、全書類が整っているから、すぐにでも手続が完了するが、それだけは嫌だ。私が国王として最初に行うことは、国名を考えることだ。
私の思いつきに、軍と文官は賛成してくれた。
文官が考えた国名は『ララ王国』だった。自分の名前を国名にするのはキニールと同じ発想で、ちょっと引いてしまう。それに他の将軍も同じ発想で国名をつけていた。私は他の将軍とは同じことはしたくない。
自分の名前が国名となれば、すべての外交文書に私の名が表記される。私が死んだ後でもそれは続く。どれだけ自己主張するのだと思われる。ちょっと嬉しいが、私は奥ゆかしさのある日本人でありたい。
だから私が初代女王となる国家名は『ラカユ国』とする。私と楓とユキちゃんの最初の一文字を並べただけど、慣れるとなかなかいい。
でも楓が呟いたのよね。他の将軍たちとたいして差はないと。
そこは深く考えなくていいの。恥ずかしさは、3人で分担しましょう。
ラカユ国建国に伴い、王族籍を作り、私たちは名前を日本名に変更した。私の母であるウラベル母さんは王族籍、お母さんの弟となるエドモンド叔父さんとクロード叔父さんは公爵籍となる。
私は鹿野ララ、妹は鹿野楓で同じ王族籍になる。ユキちゃんは私の義姉として鹿野雪を名乗り王族籍に入った。薩摩大和は誰とも血縁がないため、クロード叔父さんの養子に入り公爵籍とした。私を含めて元日本人は、それぞれ日本名を名乗る。楓は将来結婚しても相手が養子にならないのならば、夫婦別姓でいくらしい。戸籍制度の根幹を揺るがす選択的別姓を導入する気持はないので、対外的には独身だが実質婚になる。楓が選択的別姓を導入しようと言ったが、それは認めない。当然だ。
楓は王族籍を捨てる気がないようだ。せっかく王族という一番になれたのに、結婚して二番以下になるのは嫌だと。我儘なだけだが、それは本人の自由だから、好きなようにすればいい。
私は、楓が王族のままでいても、玉座を譲る気はない。選択的別姓に賛成する者をトップに据えることはできない。それならば、まともな考えの他人に譲る。
実質婚だと、楓の子は鹿野を名乗ることになる。まだ10歳だから、そう先のことを決めなくてもいいのでは? と話したのだけど、『大和』に真司のようになって欲しくないから、今のうちに将来設計をきちんと決めると言われてしまった。すべて行き当たりばったりの私が反面教師だった。
もし私が結婚しても夫となる人は鹿野を名乗らなければならない。
詩をララとしたのは、私は所詮鹿野詩ではない。鹿野詩は前世で死んだ。私の名字は何度か変ったけれど、ララはこの世界で生きた証だ。名字は大好きな日本のお父さんの名字だから、今更だけど、お父さんを無視していたけど、やっぱり鹿野だから。
私はお爺ちゃんとお婆ちゃんに面倒を見てもらった。決してお母さんではない。お母さんは昔から男が好きだった。だから子育てはしなかった。妹は私が育てたようなものだ。おかあさんは結局育児放棄していた。私が知っているだけで真司は3人目だけど、もっといたはずだ。
建国に際し、楓には私の知っているお母さんのことを話した。楓はお母さんと真司が、不適切な関係であったことを知っていた。前世界ではそれでも、いつか家族の元に戻ってくれると信じていたが、結局戻らないまま交通事故に遭ってしまった。
こちらの世界に来てから真司を間近で見たことで、お母さんがクズだったと再認識することになってしまった。
私は当初、拠点の周囲で村民の一人として、平和に暮らせればいいかなぁ、と考えていた。でも今は小国が群雄割拠している。ここは治安も悪い。虐げられるのが嫌ならば力が必要となる。それに力を付けなければ、いずれ大国ミリトリア王国から襲撃される。
ここは私を必要としてくれた。私が建国することを望んでくれた。だから女王になることを決心した。
たぶん、ゴルデス大陸で一番小さな国家になる。それでも希望はでっかい。私の希望は、国民が安心して暮らすことができる国を作ることだ。
元国境警備隊だった兵士で、捕虜にしていた者は解放した。彼等が頼るべき主はもういないが、彼等の中で私の下に来る人は歓迎した。
結果として、思ったより少なく3割に満たなかったけどね。残り7割の兵士は別の将軍が起こした地域や国に行くらしい。旧ザバンチ王国が分裂してできた国の中でも、最も小さなラカユ国は、いつ滅びるかわからないので不安らしい。グリホセが短期間で滅ぼされてしまったことで、益々不安になったようだ。将来私とは敵同士になるかもしれないが、それはそれでしょうがない。
グリホセの部下であったが、その後私に従ってくれた人たちは、数名を除き、私の下で国家国民のために尽くしたいと言ってくれた。数名は故郷に帰り家業を継ぐらしい。彼等は元々除隊する予定だった。
国外留学をしていて助かった旧ウマクラス子爵の嫡子は、彼等が成人したら伯爵位を与えることにした。それまでは楓のお友達だ。将来はラカユ国の中枢で、国のために尽くして欲しい。
今回投降した兵士のうち盗賊・殺人・強姦行為をした者は、見せしめのため全員絞首刑にした。残った兵士のうち私に従う者は歓迎する。
絞首刑が374名、絞首刑にするほどではないが、悪事をしていた者は罪の大小により収監年数は違うが、投獄する者が87名、私の下で国家国民のために尽くしたい者が411名、死者は139名となった。
今回、斬首又は絞首刑になった者は、全員凶悪な魔獣が棲むあの森で処理している。いちいち埋める時間が惜しいし、墓を作るつもりもない。
△△△
~1か月後~
「お姉ちゃん、まだやるの?」
「まだ、出口に着いてないですよ」
「楓様は根性なしですね。帰ったらブートキャンプですよ」
「お姉ちゃんだって年中休憩しているよ」
「ララ様は、毎日重臣との話し合いで睡眠不足だからいいのです」
「雪ちゃんはホントお姉ちゃんに甘いんだから!」
「楓、文句言わずにさっさとやるよ!」
~さらに2日後~
「お姉ちゃん、最後の1発は私がやるからね」
「はい、はい、どうぞ」
楓が自分の口で叫ぶ。
「ドッカ――――――――ン」
実際は土魔法でゴリゴリ掘っているだけだ。
目の前がパッと明るくなった。
「やっと繋がったわ。長い1か月だった。これで最初の都市計画が完了だわ。雪ちゃんもがんばったわ。今日は雪ちゃんの言うことを何でも聞くから」
「だったら、一緒に寝て朝まで語り明かしてください」
「私もそうしたいと思っていたわ! 二人は気が合うね」
「うれしいです」
普段私は一人で寝ている。楓は『大和』と寝ているので、たまに心配になって覗いてみるが、楓が布団から飛び出していたら、そっと布団を掛け、楓の足が『大和』の顔を蹴ってもニコニコ抱きかかえ、元の位置に戻している。兄と妹のようだ。安心した。
大和にとって楓は妹のような存在だ。安心したが、ヤバイとも感じた。もし大和に好きな人ができたら? それよりももっとやばいのは、これだけ兄妹のような暮らしをしていると、男女の関係でなくなる。それは楓が思春期を迎えると違う人を好きになってしまうということだ。今は単に同じ日本人にだから一緒に住んでいる。最近益々兄妹のようになってきたから尚更だ。
大和の愛は妹に対する愛情だから、楓が目覚めたらきっと大和から離れてしまう。二人はまだ若いから、それはもう少し先だろうが、そうなる未来は確定していると思う。二人は家族になりすぎた。
雪ちゃんは私のことを沢山聞いた。私の頭を覗いたのならば聞かなくても知っていそうなものなのだけど?
私は雪ちゃんの意図がやっと分かった。話していると、真司のことになると、私の記憶のどこかに矛盾が生じていた。私はどこで死んだのだろうか?
異世界転移で定番のトラックに轢かれた?
それだったら思い出せるはずなのに?
雪ちゃんは私に尋ねた。
「どうして死んだのか知りたいですか?」
私はもう生まれ変わったのだから、前世の死に方を知っても、意味がないのだけど、それを思い出さないと、これから先の一歩を踏み出せない気がした。
「うん。知りたい」
「では、重くのしかかっている蓋を外しますよ」
雪ちゃんは、最初から知っているようだった。今の私だったら、受入れることができると判断し、朝まで語り明かすことを提案してきた。
だから受入れる。
「&%$$#&&##%$##&%$&%%」
前世の詩と真司がどうしてそういう関係になったのか?
なぜこんな大切なことを忘れていたのだろう。
雪ちゃんありがとう。思い出せて良かった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
母親と真司が男女の関係だったのは分かっていたが、最初に誘ったのは母だった。それは私が知っていた時間軸よりも、もっともっと前だった。母は青い果実よりも、青くなる前の果実が好きだった。
私にアルバイトを紹介したのは母親だった。最初は家計が苦しいと言っていた。そのうち真司からアルバイトの掛け持ちをさせられ、逆らうと殴られた。母はそれを知っていたが、無視された。お父さんは十分に稼いでいた。それを自分のために使い込んでいたのが母だった。それで家計が苦しくなった。
お父さんは、興信所を使い、いろいろ調べていたようだ。母は尻尾を出さず、証拠を掴むのに時間がかかっていた。
やっと掴んだ証拠は、母親と真司の会話と行為をしている会話だった。母は父にバレないようにうまくやっていた。盗聴防止にも気を使い、毎日探知機で調べていた。証拠はアナログテープを隠していたものだ。母親は、日頃は派手にせず、真司に会うときだけ女になっていた。そのうち枷が外れて家でもそういう行為をするようになった。
父は卒業式の朝に、離婚のことを話すと言っていた。楓は引き取るが、私は判断能力があるから裁判では、無理矢理引き取ることができないかもしれない。だが、お父さんに付いてきてほしい。3人でやり直そう。と言ってくれた。そのとき私は即答しなかった。お父さん、ごめんなさい。きっとお母さんが離婚話に怒り狂って、ハンドルでも操作したんでしょ!
あの日、私は川辺に真司を誘い、問い詰めた。
どうしてこんな重大なことを忘れていたのだろう。思い出していれば、『雄叫びの森』で真司に手を振らなかったし、妹にも会わせなかった。
真司は近隣の奥さんや子供の数々と、そういう関係にあったから、私のことなど騙せると思ったのだろう。
母は真司から飽きたので別れると言われたが、別れないで欲しいと懇願した。
真司は娘を紹介したら関係を続けると言った。まさか、こともあろうに、真司に言われるまま楓を差し出すことに同意した。
これから重大な話をしようとしているのに、私の周りはいつものままだ。鳥がさえずり、川はせせらぎ、日差しは眩しい。いつもと変らない景色がそこにはあった。
『真司! あなた、楓に手を出すつもりなの?』
『そんなことするわけないだろ? まだ小学生だぞ!』
『でも、私、録音を聞いたよ。あなたがお母さんに卒業記念に楓と二人きりになれるよう言ったよね。信じられないけど、お母さんも承諾していたわよね』
『ああ、あれはテニスゲームのことだよ』
『そう? だったらなぜお母さんに、私を外食に連れ出させ、楓と二人きりになる必要があるの』
「いやいや、お前の好きな激辛湯麺は楓ちゃんの体には良くないから、その間俺が遊んでやるつもりだったんだ」
「うちの母親も信じられなかったわ。あなたが、自分の母親と、おぞましい関係にあることを知っているのに、あなたと不倫をしていた。あなたたち頭がおかしいわ」
「俺がおかしいのなら、お前だっておかしいぞ。そんな母親から生まれたのだからな」
「そうかもね。あなたたち二人だけのことだったら、一緒に暮らせばいいわ。自分の母親とも好きなだけ関係を続けなさい。だけど今回のことは許せない」
「なんだ? ただ、高校生と小学生が遊ぶのが許せないのか?」
「そう。どこまでも惚ける気なのね? だったらお母さんに、楓に生理が始まっているかどうか聞く必要があるのよ?』
「もういい。わかった。もう誤魔化せないようだな。ああ、俺は初めて会ったときから楓ちゃんが好きだったよ。好きになったらすることは一つだろう。恋愛に年齢は関係ない。お前の母親も喜んで抱かれたじゃないか。俺は女だったら何でもいいわけではないぞ。俺はお前のことは好きになったことすらない。いやむしろそのインテリで、人を見下す話し方が大嫌いだ。お前の母親だって、最初は嫌々抱いていた。いや、まだ小さかった俺は、むしろ抱かれていた。俺はひたすら楓ちゃんのことだけを思っていた。我慢してお前の母親を抱いた俺の優しさも理解しろ」
「私、知っているのよ。同級生の岬ちゃんのお母さんともできているわよね。でも私のお母さんもあなたと関係しているから、そこはもういいわ。昨日岬ちゃんから相談を受けたわ。今年中学生になる妹さんの生理が来てない。と相談を受けのだけど、あなたと関係していたらしいわね。それも3年前から続いていると言っていたわ。他にもまだ数名いることも聞いているわ。
これまで発覚しなかったのは、どういうわけか小さい子を含めて、相手の子があなたを本気で好きになっているからだけど、まさか私の妹にまで手を出そうとするなんて。でも私が間違っていた。友達の相談を自分のこととして、受付けなかったから……」
「俺は無理矢理したことはないぞ。母親だけでなく、その子供たちも喜んでいた。ただ、楓ちゃんだけはどうしてもなついてくれない。だからしょうがなく計画した。こんなことは今回が初めてだ」
「私、これから警察に行くわ。あなたのような変態は、一生刑務所で過ごしたほうがいいわ。これ以上被害者を増やしたくない」
『…………』
「バカな女だ。頭を殴った石は洗っておくか。あ~あ、卒業おめでとう、のコサージュに血が付いたじゃないか。
死体はこのまま放り出せば海まで流れるだろう。これから、さっちゃん、みっちゃん、はなちゃん、かなちゃん、まなちゃんに会って、最後は、楓ちゃんに会いに行こう。やっとこの日が来た。今日の俺はついているぞ」
…………
どうした? 急に目の前が歪んで、歩けない。
「ここはどこだ。バチカンか?」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「詩織、お前が詩の同級生と浮気をしていることは知っている。証拠もある。できれば裁判はしなくない。詩と楓は俺が引き取る」
「いいわよ。私、あの子たちが邪魔だったのよ。あなたとは親が決めたから、嫌々見合い結婚したけど、あなたとの行為は、とても嫌だったのよ。だってあなたは私より5歳も上でしょ。私、若い子にしか興味ないの。浮気を偽装するため、仕方なくあなたとしたけど、まさか、妊娠するとは思わなかった。だから元々二人ともいらない子よ。あなたの子だと思うと寒気がする。だからあなたにあげる。でも、慰謝料はちょうだいよ。1千万円でいいわ」
「詩織、お前、慰謝料の意味が分かっているのか? お前が俺に払うのだぞ」
「何を言ってるの? 男が女に払うに決まっているじゃないの! 常識よ! だからあなたのように非常識な人は嫌いなのよ!!」
「もういい、詩織、どのみちお前は逮捕される。真司君とのことを調べるため、お前の部屋を粗探ししたら、写真がいっぱい出てきた。どう見ても中学生どころか、まだあどけない少年ばかりだった。俺は気分が悪くて吐いたぞ。これから警察に行く」
「やめてよね。嫌よ。まだまだ沢山の男の子と出会いたいのよ」
「な、なにをする! ハンドルから手を離せ!!」
「「「「「ドー――――――――ン」」」」」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
そうだった。私は真司に殺された。




