開戦
黒服隊の報告によれば、旧ウマクラス子爵領は、穀倉地帯であった面影はなく、どこも荒廃していて、食糧事情はとても悪いということだ。そしてグリホセ・キニールの評判は最悪だった。ウマクラス子爵は温和な人柄で、重税を課すこともなく、領民と供に生き、農業には全力尽くし、領民の食生活が困らないようにしていた。
旧ウマクラス子爵領は穀倉地帯だから、農産物の生産量も多かったのだが、それを根こそぎグリホセが取り上げ、本拠地に保管しているという。
グリホセは若い女性を見つけたら、攫って酷い目に遭わせている。他人の物は俺の物。人の女は俺の女と豪語している。ウマクラス子爵は殺され、重臣や兵士は散り散りになった。
ここは恐怖政治による無法地帯となっている。
何にしても、必要なのは食糧だ。グリホセのいる本拠地の食糧を開放しなければ、この地の食糧事情は改善しないどころか、餓死者が出る。
キニール王国建国まであと2週間しかない。だけど、こちらの戦闘員の人数がとても少ない。兵士の確保が急務となっている。今の兵力ではどうにもならない。
ウマクラス子爵は善政を敷いていたから、その家臣の協力もあればいいが、それはここを統治できてからの話だ。今呼びかけても、何の実績もない私では、説得できない。できれば、協力して欲しい。それが得意なのは黒服隊だから、彼等に任せることにする。
報告会を早めに終わらせ、議題にあったとおり兵士の補充を急ぐことにする。
まず国境地帯にいるだろう軍関係者を探す。空間魔法が使える私、ユキちゃん、楓の三人が頭巾をして国境地帯を探す。私の頭巾は当然忍者の黒。楓は緑が好きだ。ユキちゃんはやはり城白。目立つと思ったが、日光が高い位置にある青空では、私が一番目立ってしまった。
探す目印は、ウラベル様の家紋の入った『バルセン旗』を掲げている群れだ。黄色い旗に青い家紋が描かれている。上空から黄色の旗を探す。
「お姉ちゃん、あそこに座っている人たちでは?」
「少し高度を下げようか」
「ララ様、あれは敵国の旗です。下りたら危険です」
「そう、こんなに離れているのに、目がいいのね」
「いいえ。この双眼鏡があるからですよ」
「え――――!! どうして、それを持っているの?」
「13万年前の人類が使っていましたから」
「…………」
「ララ様、あそこですね。手を振っていますよ。頭巾をしてもムダだったようですね」
「そうね。でもまだはっきり見えてないはずだから、二人とも私と手を繋いで、下りるよ。これで私が二人を飛ばしているように見えるでしょ」
「お姉ちゃん、それ無理があると思うよ。私でもわかるから」
「ララ様、それより、転移したほうが、ごまかせますよ」
「そう、だったら、旗の側に転移しましょう」
三人は『バルセン旗』の側に降り立った。不思議と誰も私たちの正体を訪ねようともしない。ただ、見るからに皆さん疲れている。ボロボロだ。
軍人が約60名(うち女性5名)、文官が10名(うち女性6名)、軍人と文官の配偶者と子供の構成で、90名いた。
思惑と違った。軍人が思ったより少なく、一般人が多い。今は、脱出が難しいのだろう。
魔道カバンから食糧を出して食べてもらう。大きな声で『広域 エリアだハイヒール』と、ちょっとだけ変えて短縮詠唱を発した。実際はユキちゃんが発動している。私ではこれだけの人数にエリアハイヒールをかける魔力がない。使ったら卒倒する。ユキちゃんは無詠唱でこれだけの人を回復させても、顔色一つ変えることない。
この人たちにスパイなどはいないと思うが、それでも一応確認しないと、恒例行事だ。
「ララ様、みなさん。いい人ですよ。それにこの方たちは、元々私たちの正体を知っています。ウラベル様から聞いているようで、最も信用できる方たちです」
「よかった」
計画が詰まっているから、それほどの時間を与えることができないが、せめて一晩迷宮ダンジョンの9階層で家族水いらず過ごして頂いた。雑魚寝になるが、ここは雨が降らないし、果樹園の側の土はふんわりしている。シートを敷けば汚れることもない。
簡単に計画を話し、明日の朝迎えに来ることを告げる。そのときは軍人と文官は拠点に行くこと話したが、家族は納得していた。
残った家族のために10階層にもう30棟建築することにした。欠点は光石で24時間明るいのだが、夜がないので、寝るときは窓に黒いカーテンをしてもらう。プライバシー確保のため、音を吸収する石の粉末を混ぜているが、この粉末はアルベスト山の岩から採取している。
アルベスト山の石材は消音性が高く、硬いのが特徴だが、あまりにも硬い石材のため、その加工が難しく、一般には使われていない。色は採掘場所によるが、黒、白、緑、赤、黄色とある。最も硬いのは黒だが、誰も採掘しない。硬すぎるからだ。でも、ユキちゃんにかかれば、切り出しも、砂化も、粉化も、自由自在だ。
私が拠点に帰るとき、ご婦人たちは頭を下げられた。ウラベル様についてきた軍人さんは、少将か中将だったが、彼らの直属の部下だった大佐や中佐が処刑されているので、軍人さんの構成は、下は上等兵から上でも少佐だった。だからかもしれないが、ご婦人は庶民的だった。
△△△
翌日、迷宮ダンジョンに軍人さんと文官さんを迎えに行き、これからのことを話す。これから2週間弱が勝負だから、文官を除く総勢120名で各砦の兵が半数になる8日後に攻撃し短時間でそれらを陥落させる。
それから旧ウマクラス子爵領の軍関係者や、文官と連絡をとり、兵を集め、各砦からグリホセ・キニールの拠点に向かって進軍している各砦の選抜兵を叩く。
そして、さらに兵を募り、グリホセの本拠地を落とし、備蓄食糧を開放する。
計画はざっくりと、こんな感じだが、計画通りにいくとは思っていない。イレギュラーはいつでも起こる。それに対処できなければ、これから先のことを夢見ることなどできない。
黒服隊はいい働きをしている。すでに旧ウマクラス子爵領の軍関係者約40人と文官20人を仲間にしている。黒服隊が卒業した大陸に一つしかない、特殊任務専門校の同期生を中心に、招き入れていた。彼等は未だ裏で繋がっていた。黒服隊の闇を見た気がする。
この頃になると、私は軍関係者からは『姫様』と呼ばれるようになっていた。なぜかよくわからなかったが、神話に13歳の少女が、世界平和のために立ち上がり、世界を統一するという話があった。その少女が国王となっても、家臣からは『姫様』と呼ばれていたことから、なぜか私も『姫様』と呼ばれ出した。こっぱずかしいから止めて欲しい。せめてララ様にしてちょうだい。
私はそんな世界統一なんて考えていないし、今ここにいる人たちが幸せになれば、それでいいと思っているよ。
△△△
~8日後~
姫様軍と命名されたララ軍は総勢280名まで増えた。ミリトリア王国から上官を慕って脱走した者が合流したからだ。
『国境まで行けば、何処に拠点があるかは分からないが、案内人が拠点に運んでくれる』
そんな噂が広まり、ウラベル派閥に属していた下士官以下の軍人の脱走が日常化していた。地方に逃れていたウラベル派の将官も、続々と集まってきた。これまでは、兵士ばかりで作戦を立てる者がいなかった。ところが、ここにきて高齢者ばかりだが将官が増えたことで、綿密な軍事作戦を計画できるようになった。若い将校が育つまでがんばって、頭をフル活用して欲しい。旧ウマクラス子爵の残党も続々と合流している。
私は運搬人ではないのだけど?
軍人さんたちを国境地帯から転移しているところを見られていたのね。
そう思っていたが、真実は、国境のどこかに隠し通路があると思っているようだ。
軍人が増えるのはとてもありがたいのだけど、ミリトリア王国からの脱走が、あまりにも増えたことで、最近はスパイが含まれるようになった。猫の手も借りたいくらいの時期で、選別のための時間をかけられないから、グリホセ・キニールの拠点を攻めるまで国境地帯にいる人たちは、とりあえず無視する。勝算がなければ、時間を割いてでも補充するが、現時点で勝てると作戦会議で決まった。
いよいよ、その日が来たので、各員を各砦の周囲に配置した。
初動でワーリントン大佐の砦を攻め落とすことにした。砦の半数は本拠地に出兵したため、ここには70名程度の軍人が残っている。一番大きなブリント砦を除き、各砦はだいたい同程度が残っている。
最初の一歩で失敗すると、すべてが台無しになるから、元ミリトリア王国の軍人80名と旧ウマクラス子爵領の軍人30名で攻める。人員は敵より多いが気を抜かず、私、楓、ユキちゃん、ヤマトは先頭に立つ。ヤマトの剣技は普通だが、彼には重力魔法があるから、相手の足を止めるのには有効だ。初戦は絶対に負けられない。
私たちが中心となって敵兵を攻める。敵兵にも魔法使いがいるが、初級と中級魔法使の混成なので、ヤマトが相手をしている。その間に私、楓、ユキちゃんの三人でとにかく火炎砲を撃ちまくる。私はララ軍の旗印だから顔を曝している。楓とユキちゃんは覆面をしているが、謎の少女と噂されている。バレていないよね。大丈夫かな?
砦を消失することは、もったいないが、また建てればいい。こちらに被害が出ることを防ぎたい。
砦から逃げた者が姫様軍110名と戦う。散り散りになった軍は弱い。姫様軍はケガ人こそ出たが、死者はいなかった。即死しない限り私たちが助ける。
戦いは20分終わった。私たちは勝利した。敵兵は将来、私の兵となるから、なるべく死なせない戦いをした。
落ちたワーリントン砦の警戒のため20名を残し、次の砦を攻める。90名を30名ずつ3度に分けて移送し、待機している軍と合流し、次の砦を同じように攻める。各砦の情報はすでに調べ尽くし、主な軍関係者の居場所は判明している。その居場所を中心に火炎弾を放つ。
どの砦も20分以内に落とすことができたが、最後の砦は10分程度で落とした。兵は疲れていたが、4個目だったから、戦い方に慣れた。
最後に一番大きなブリント砦を攻略する。この砦は重要拠点のため屈強な猛者200名が残り、配置されていた。この砦で失敗すれば、小さな砦を落とした意味がない。そう話したのは旧ウマクラス子爵領の軍人だった。
彼らは4つの砦の戦い全てに参加した。ハイヒールをかけているがボロボロだ。
ここが最後の砦だから、各砦に残してきた80名以外の200名で一斉攻撃をした。
小さな砦はこちらの人数の方が多く、しかも奇襲だったため、姫様軍の被害は怪我をする程度で、幸いにも死者はいなかった。敵も人数差に驚き、最初から戦意を喪失していた。
姫様軍の兵が死にそうになっても、私たちが超グレートエクストラヒールを使って助けたから、ゾンビ軍団のようになり、相手が怯み短時間での勝利となった。
ところがブリント砦は、兵士が武器を構え警戒している。これまでと違って、今回は兵数が均衡している。しかもこちらは連戦で疲れ、奇襲もできない。条件は不利だ。
たった1日で5つの砦を落とさないといけない。私も疲れていた。楓も当然疲れている。ユキちゃんは平然としている。ヤマトは肩で息をしている。魔力が少なくなっているので回復魔法を使うが、ヒールで対応している。
この戦いは正直、皆殺しであれば、ユキちゃん一人で勝てる。ただ、それを見た自軍はユキちゃんを恐れ、その主人である私も恐れる。幻影の魔女ジーニュアがそうだったように、戦争が終わったとき、誰もが彼女に遠慮し、恐れ、彼女が何をしても放置した。
他国に対する抑止力にはなっていたが、彼女が記憶継承スキルを得るまでは、若返るたびに過去を忘れ、傍若無人な振る舞いをしても誰も止められなかった。強すぎる力は味方からも恐れられる。
幻影の魔女ジーニアは晩年を一人で暮らしていた。ジーニュアと違い、この世に未練をもたず研究に生涯をささげたかった。そこで私に出会い穏やかな4年8ヶ月を過ごした。エドモンド様が知っている幻影の魔女ジーニアの中で、一番穏やかな4年8ヶ月間だったと呟かれた。
だから、私はユキちゃんをそうしたくないし、私もそうなりたくない。先頭には立つが一人で戦わない。みんなで一緒に戦って勝利する。今回の戦い方は、なるべく相手を殺さない戦法だから時間がかかる。
さすがに、構えられると、遠距離攻撃になる。砦には中級魔法使が数人いるようで、火炎弾や氷結弾を撃ってくる。相手が構えているので転移魔法は使えない。
私と楓が砦の入場門を破壊するため、入口の前に転移する。砦の兵士は私たちを視認すると弓矢や火炎弾を放ってきた。私たちは最大魔法を放つため、楓と私は詠唱を始める。ユキちゃんは私たちを結界で守る。
詠唱を始めるとユキちゃんが本音を言った。
「ララ様、この程度の砦ならば、私の最上級爆裂エネルギー弾であれば、一発で更地になりますよ」
「何恐ろしいこと言っているの? 砦どころかこの町が消滅してしまうわ」
「この程度の扉は、楓様の無詠唱で破壊できますよね?」
「ユキちゃんは、もう少し常識を学んだ方がいいよ。10歳の私が無詠唱で、しかも一人で扉を破壊したら、兵士は私たちに頼り切りになり、本気で戦わなくなるし、謎の少女はこれから恐れられてしまうわよ」
「そうなのですね。では詠唱の途中ですが、楓様、そこ間違っていますよ。『天と地と』ではなく、『天の智よ』ですよ。帰ったらララ様と一緒にブートキャンプですね。スパルタで覚えていただきます」
「そんな――――。いいのよ。適当で。ただのポーズなんだから。お姉ちゃんなんか、半分寝てるわよ。途中がムニャムニャと言っているわ」
「ララ様は、いいのです。ずっと寝ずに、打ち合わせをされていましたから」
二人の少女は魔力の残りのほとんどを使って、詠唱を終わる前に、爆裂火炎魔法を放った。頭上にできた数メートルの炎の塊を圧縮し、人の頭程度まで小さくし、二人は「せーの!」とかけ声を掛け、そのまま放った。
いつもは体が無警戒状態になるので、そのようなことはしないが、二人はユキちゃんが守っているから安心し、あえて時間をかけて火炎を放った。
ドガッガガガ――――――――ン、グガ――――――――――――ン。
バリバリバリバリバリ、ゴ――――――――――。
入口から扇状に砦が破壊されていた。その威力は最奥の城壁まで破壊していた。なるべく人口密度の少ない方向に打ったが敵兵の1割が負傷していた。火炎玉の大きさを見た敵兵が恐れて逃げたから被害は少なかった。
これは最初から計算していた。ただ命を奪うのであれば無詠唱で放てばいいのだが、目的は戦意喪失をしてもらうことだから、被害は少ない方がいい。詠唱しながら徐々に火炎を大きくすることで敵兵に逃げる時間を与えたかった。
その効果があり敵兵は散り散りに逃げた。
私と楓はヘロヘロになったので、ユキちゃんに抱えられ前戦の後尾まで下がった。
私たちの前には、ヤマトが立っていて、護衛をしている。ユキちゃんがいれば十分なのだけど?
「僕は婚約者を一人にするような男ではありません」
「あれ! 正式に婚約したの? 私知らないよ? 妹の洗脳が完全終了した?
でも、大和くん、そこをどいてくれないかな。前が見えない」
私は戦っている人たちを真剣に見ている。そこには敵兵を斬る人、斬られる人、連戦でもう限界だと思うのに、それでも戦っている。目を逸らさずに見ることが私の務めだ。目前に広がる悲惨な戦いから逃げてはいけない。
怪我をした兵士には、すかさずヒールを掛ける。残念ながらハイヒールをかける魔力が残っていない。
最後まで見ていただきありがとうございました。
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