救出
私はクロード様と合流した。ひとまずクロード様とエドモンド様の領地に行くことになった。本来、すぐに行きたかったが、拠点の安全を確かめるのに時間がかかってしまった。そのためお二人に従っていた使用人の救出が遅くなってしまった。
果実については、迷宮ダンジョン9階層の果物があるから不自由しないが、そればかり食べるわけにはいかない。小麦、豆類、芋類がない。お二人の倉庫にある食糧は返してもらう。
なお、国境地帯に集結している、ミリトリア王国脱走兵をどうするかは、明日の話合いの結果判断することになっている。
ウラベル様の部下は多いが、生涯軍人一辺倒だったため、残念ながら領地を持っていない。そのため食糧倉庫を所有していない。宿泊も軍の用意した建築施設だったため、そこで働く者は軍人ばかりで、一般使用人はいないし、働いていた軍関係者はすでに拠点にいる。
そこで、使用人の救出と食糧奪回のため、最初にクロード様の領地に行くことになった。クロード様の領地では、王都から派兵された兵士が徘徊し、居城はその者たちが仕切っていた。
事前に聞いていた情報により、使用人たちが投獄されそうな場所に転移した。そこは、クロード様の居城に隣接されている重犯罪者を投獄するための監獄棟だった。
領地運営を任せていた者たちは、そこに収監されていた。狭い牢獄に9人ずつ男女の区分なく、その体には酷い拷問を受けたであろう痕があった。
国王と幻影の魔女ジーニュァによる、クーデターが行われてから、すでに3日が過ぎた。私たちは拠点の開発と周囲の調査を行ったことで、当初の予定より1日遅れ、4日目に入ってしまった。その間に彼等は、拷問を受けたのだから、もっと早く来てあげるべきだった。
衛生状態は悪く、汚物がそのままにしてある。臭いも酷い。男女の区別なく投獄してあるから女性は恥ずかしかっただろう。せめて監獄は男女別にして欲しい。
クロード様が管理していたときは、内部の掃除は収監者自身が行い、周囲は下働きの者が掃除していた。衣服の洗濯も収監者自身に義務付け、それが罰則の一つとなっていた。フローラルの香りがするとは言わないが、一般住居としても住める程度までは、清潔にしていたらしい。
収監されていたのは文官の男性が5名、女性が13名だった。1つの監獄は男性1名で女性が8名、もう一つは男性が4名で女性が5名、収監者のうち半数は孤児だった人だ。1つの監獄は男性のほうが恥ずかしかったかも? だが、彼らの姿を見たクロード様は、狂ったように叫び声をあげ、王都から派遣された兵士を斬りまくった。
騒ぎを聞きつけた兵士がやってきたので、全員を連れて転移した。クロード様は強制転移。
私も許せなかった。彼等は水しか飲まされていなかったが、当の本人たちは孤児のときに比べたら、マシだと話した。それは私もよくわかる。
ユキちゃんには、救助した人たちの護衛をお願いする。危険を感じたときは魔法を使うように話したので、近づく敵兵は重力魔法で、動けないようにしていた。
兵士が騒いでいるだけなので、誰にも魔法を使っていると感づかれていない。ユキちゃん、グッジョブ。
私は怒っている。沸々と湧く怒りが押さえられない。次々と思いつく魔法を放つ。
「爆裂魔法、火炎ビーム、紅蓮の火炎弾改」
無差別に居城に放ったら、兵士だけでなく、居城も焼失した。よく考えたらクロード様の居城だったわ。ごめんなさい。でも、もう戻ることもないから諦めがつくわよね。
ユキちゃんは、黒こげになった兵士を数えている。
「ララ様、お見事です。37名全員死んでいます。でも、まだ炭化してない死体が数体ありましたから、まだまだ火力操作ができていません。やはり訓練あるのみです。帰ったら早速ブートキャンプで特訓ですね」
「そ、そう。遠慮したいわ。あれキツいのよ。手と足が千切れてもすぐ治されるのだけど、痛みはあるのよね。でも、感情にまかせて、魔法をぶっ放してよかったのかしら?」
「ララ様のやりたいようにすればいいのですよ」
「ユキちゃんは私に甘いから、違うような?」
文官は重体の人が多く、これだけの人に、超グレートエクストラヒールをかけると、私の魔力がもたない。ハイヒールをかけてから、迷宮ダンジョン9階層に転移し、ユキちゃんに激ウマ世界樹の葉の青汁を作ってもらった。
世界樹の葉汁で完全回復し、話せるようになった人たちには、真っ先に仮拠点の風呂に入ってもらい、本人が一番気にしている、臭いの元となっている身体の汚れを綺麗にしてもらった。
服装はエルフの里用に、用意していた服を9階層の倉庫から出して着替えてもらう。
クロード様には迷宮ダンジョンに残ってもらい、彼等からこの度のいきさつを聴取してもらうことになった。
エドモンド様の居城も同じく、王都から派遣された軍人に占拠されていたが、兵士は数名がいるのみで、他には誰もいない。捕らえた兵士によると、ここに来たときには誰もいなかったようだ。
エドモンド様は、もし自分に何かあったら迷宮ダンジョンの近くに、古い民家を購入してあるから、そこに居を移して救助を待って欲しい。と伝言していた。彼らは2日間夜通し歩き、指定された民家に息を殺して潜んでいた。
エドモンド様は、幻影の魔女ジーニュアは自分の伯母だが、これまで何度も見てきた若年化に比べ、今回は明らかに異常だったため、領地の者には自分に何かあったときのことを指示していた。
王都の使用人は、国王や公爵家の紹介で雇っていたため、スパイの可能性を考え、一切指示をしていなかった。領地の使用人はすべて自分で選んだ者で、長いこと一緒に苦労した者たちだったから信用できた。
彼等も疲れていたから、迷宮ダンジョン9階層に転移し、休息してもらう。時間がないので間者がいるかどうかの、公の審査はしていない。ただ、ユキちゃんから2名いることは聞いている。緊急を要する急患はいないようなので、ハイヒールはかけていない。
私、ユキちゃん、軍人さんは、ヤマトくんの住居だった小屋に転移した。軍人さんは11名だったが、軍人さんは私が転移させたと思っている。本当は私の体力減少を懸念したユキちゃんが転移させたのだけどね。私はポーズだけ。
軍人さんは親族や部下のうち信用できる者に対して、ミリトリア王国を一緒に出奔して欲しいと、説得をするつもりだ。
家族のことが心配だよね。私とユキちゃんが、軍人さんの家族の住居に、事前に転移して様子を窺った。家の見張りは末端兵士が2名だが、軟禁状態だった。
夜それぞれの居住地に転移して見張りを倒し、軍人さんの家族と手早く面会してもらう。あとは家族との話し合ってもらい、ヤマトの小屋に夜12時までに合流することになった。朝まで待てない。兵士の交替があるため、敵に発覚してしまう。
王都から2時間の距離だから、これから1時間以内に、説得できたら歩いてここまで来られる。荷物は邪魔になるため、軍人さんの家族には、身体一つで戻るように指示している。
私とユキちゃんは、ヤマトの小屋で、軍人さんとその家族若しくは信用できる人たちを待っている。
軍人さんが家族を連れて戻ってきた。ただ、残念な人が5人いた。家族に反対されてしまった軍人さんだ。彼らは離縁状を渡して戻ってきた。それでも5人とも男の子は一緒に連れて来た。それだけでもよかったね。
家族全員が一緒だった人にハイヒールを掛け、私とユキちゃんは元気になった家族を連れ、その人の家に移転し、服から装飾品など、生活に必要なものを指定してもらい、10分程度で収納できる分を魔道カバンに入れた。
奥さんと離縁した人も、ミリトリア王国に、残る選択をした家族のいる家に転移してあげた。奥さんは苦渋の決断の結果、離縁したからだ。
ミリトリア王国に残っても、裏切り者の家族として、そのうち殺されるかもしれない。どちらが正解かわからない。それならば、家族を半々にすれば、どちらかが助かる確率が高くなる、と考えてもおかしくない。男の子は父親を継いで欲しいという思いがあるから、ご主人に預けた。そんな判断をした奥さんをこの国に残すことなどできない。
ご主人と対面した奥さんと娘さんは嗚咽していた。ご主人、愛されていたんだね。奥さんは離縁状をご主人と子供の目の前で破いた。
ご主人と一緒に来た奥さんが、そんなことなら、最初から転移魔法で送ってもらったら、子供も含めて2時間も歩かなくて済んだのに! とチョット拗ねていた。
だから事情を話した。スパイがいたら全員の命が危なくなる。
相手の納得できる理由として、スパイのことを出したが、スパイについてはユキちゃんが判別つくから、実際はそこじゃない。
これから私たちがしようとしていることは、決して平坦な道のりではない。だから家族の固い意思を確かめたかった。
拗ねた理由を奥さんはご主人に話していた。
『私はあなたの妻です。どこまでも一緒なのは当然ではありませんか』
この人たちも愛されているんだね。いい家族だ。
この人たちを見てしまうと、真司と幻影の魔女ジーニュアとその妻たち、それから形式上とはいえ流されるまま婚約者のふりをしていた私は、とても恥ずかしい。
この家族も全員迷宮ダンジョン9階層に移動してもらい、例の青汁を飲んでもらう。当然世界樹の葉とは言わない。こんなに簡単に、世界樹の葉のエキスを飲んでいると知ったら、泡を吹く程度で済めばいいが、そのために心臓麻痺になるかもしれない。なにせ枯れた世界樹の葉1枚でさえ金貨1,000枚するのだから、生きた世界樹の葉と知ったらとんでもないことになる。
△△△
さて、ここで大事な行事がある。彼等を直接拠点に連れて行かないのには理由がある。
信じているが、蟻の一穴ということがある。クロード様の使用人と軍人さんの家族は、すでに調査済みだ。だが時間の都合で調べていない集団がいる。正確には2名いることはわかっているが、スパイ又は魔術で支配されている者が、この中に含まれているか、全員に行う形式上の行事をしないといけない。
順番に全員私の前に並んでもらう。私の後ろには専属メイドのユキちゃんがいる。
私は一人一人顔を見る。
軍人さんの家族は全員セーフだ。
クロード様の使用人もセーフ。
ここまでは既に調べているから当然だ。これは次の集団のためのセレモニーだ。
エドモンド様の使用人には……スパイが二人いる。
人数しか聞いていなかったが、今回特定した。ユキちゃんが念話で6と13がスパイだと送ってきた。
強制的に二人をガザール国の魔物の森に連れ、転移する。ユキちゃんは当然一緒だ。
私はこの二人がスパイなのか、洗脳された者なのか、魔術で支配されている者か、わからない。
それは別に問題ない。この二人が敵であることは確かだ。
「ここはどこよ。なぜこんなところに連れてくるのよ!!」
ユキちゃんがそれに答えた。
「あなたは2年前から潜り込んでいた国家保安局の人ね。迷宮ダンジョンに来る前に、伝令鳩で上司のセルソノ次官宛てに、潜入場所を教えていた」
「何言っているのよ? 証拠を見せなさい」
ユキちゃんより先に私が答える。
「証拠はいらないの! それが事実だから」
文句を言いながらこちらに向かってきたので、重力魔法により動けなくする。
ユキちゃんはもう一人にも言った。
「あなたは最近雇われ、ミリトリア王国のスパイではないけど、お金をもらって情報を流していた。それにエドモンド様の指定した場所から一時離れて、役人に知らせた。私たちがあと30分遅かったら、兵士が押しかけて、手遅れでした」
「そんな証拠はないでしょ」
「先ほどララ様が言ったでしょ。証拠はいらない。事実だから」
私とユキちゃんは、迷宮ダンジョン9階層に戻った。
転移する直前、女性2名の断末魔の悲鳴が聞こえた。
「イヤ――――。たすけて――――――。魔が差しただけなの。グギェ――――――……」
「私は命令を遂行しただけなのよ。何も悪くない。助けて――――――。ギャ――――――……」
ユキちゃんは悪魔だった頃の経験から判断している、と思っていた。でも戻る直前、私はユキちゃんが何をしたか分かってしまったから、少し歩きながらユキちゃんに言った。
「私は全部正直に話すから、覗かないでね。恥ずかしいこともあるから」
「ララ様は覗きません。それに恥ずかしいことをしているのは、知っています。初めて出会ったときに全部見させていただきました」
「え! 見てたの?」
「我慢できない年頃ですからね。それにヤマトもいますし、もう少しトーンを落とした方がいいかもしれません。声が漏れていましたよ。楓様にも聞かれています。勉強もせずに顔を赤らめて、ヤマトと一緒に聞き耳を立てていました」
「まだ幼い楓に生理現象とはいえ……知られることになってしまった。声…小さくするよう気をつけます」
「ふふふ、まだ可愛いですね」
迷宮ダンジョン9階層に戻ってきた私たちが、女性2名を連れて戻らなかったことで、誰かが事情を聞いてくると思ったが、誰一人尋ねてくる者はいなかった。薄々気づいていたのかも知れない。緊張の連続で、精神が研ぎ澄まされていたのだろう、何があったのか分かった顔をしている。これまでいろんなことに疑心暗鬼だったのだろう。
迷宮ダンジョンは仮拠点にしていたので、仮家と調理器具が置いてある。軍人さんの家族とヤマトが連れ帰った子供たちは、旧ザバンチ王国での拠点整理がつくまで、しばらくここで生活してもらうにした。
果樹園の中に10坪程度の小さな家がポツポツあるが、これ以上ここに増やすこともできない。集合場所は9階層果樹園と、世界樹の生えている中間地帯300坪の中にある、広場で統一しているが、果樹園を伐採するのは本末転倒だ。
楓がエルフの住む仮9階層から10階層まで繋げてしまったので、10階層に光石を運び居住地域を造った。本格的な居住は10階層で行うようにした。家屋についてはユキちゃんが、土魔法でサクサクと20坪の平家を30棟造った。ここには雨が降らないので、雨に対する強度を気にしなくて済むため、2時間で終わらせた。こんなに短時間でなんて私には無理だ。
こちらから戦争を仕掛けるのだから、これから2週間は拠点も安全とはいえない。
使用人のうち軍事関係の人には拠点に一緒に来てもらい、エドモンド様とウラベル様の指示に従ってもらう。
翌朝、黒服隊と合流し、拠点に戻り報告会が行われた。
△△△
~ガザール国~
「ガルジベス、お前を召喚してやったのに、なぜ半魔を連れて、ミリトリア王国を滅ぼしに行かないのだ」
「ジャン、あの国は、今は超ヤバイ」
「お前は俺に、自分より強い者はいないと言っただろ!」
「ああ、事実だが例外がある。お前が言っていた幻影の魔女には、しっかり風穴を開けた。だが、やつは生きていた。ミリトリア王国には、相当な回復魔法使いがいるようだが、そいつは俺の敵ではない」
「だったら契約を守れよ。1,000人分の魂だぞ」
「おい小僧! 俺はお前の子分じゃない。契約に従って俺はお前に手を出せないが、偶然岩石が降るかもしれないぞ。今、あそこは魔窟と化している。特にあの方に近い気配がする。あの方にかかれば、俺などあの方の固有スキルでハエ同然だ」
「悪魔など信用するに値しない。1,000人を返せ。男はいいから、女だけでも返せ」
喚き立てるジャンを薄す目で見ながら、悪魔四天王の一人『波動のガルジベス』はつまらなさそうに呟いた。
“ふん、世間知らずの小物が……。”
最後まで見ていただきありがとうございました。
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