世界樹
私とユキちゃんは、迷宮ダンジョンの仮9層(8層の続き)のエルフの族長の玄関に直接転移した。
おいおい、いくら暇ですることがなくても、まだ外は明るいぞ。せめて寝室でしろよ。それに戸をオープンにしたままで、外から丸見えだぞ。お前らも猿か。おっとあまり怒ったら男の喋りになってしまった。私の悪い癖だ。
族長の奥さんが顔を赤くして、さりげなく挨拶してきた。ねえ、その前に下着姿ではなく、ちゃんと服着ようよ。
「おお、これはこれは、ララ様、この前は270名を戻していただきありがとうございます。」
「この前とは言葉遣いが違って丁寧ですね!」
「この前は失礼しました。楓様からララ様と話すときは、丁寧に話すように教育されました。彼らも帰りたがっていたようです。外は働かなければいけないので、嫌だと話しておりました。それを楓様に希望を叶えていただきました。これからはララ様と楓様に、足を向けて寝ることはできません」
「そうなのね。帰りたがっていたのね。ほんと、天使といい、エルフといい、クズね」
「おお、最高のお褒めをいただき嬉しいです。ところで今日は何の用ですか?」
「楓が魔素過多病で、もう時間がないの」
「楓様が病気ですか? それは大変ですな。我々の大恩人の楓様のために、私にできることであれば、何でもさせていただきます」
「大恩人?」
「そうです。楓様は270人を送っていただいただけでなく、8階層のあちらこちらを破壊されて帰られました。暴力魔か破壊魔かと思いましたが、破壊された場所の一つから、ミスリル鉱脈が発見され、破壊された建物の跡からエルフにとっては大敵のエロス蛇の巣があったのです。冬眠していたので、全部殺していただき、大変感謝しています。
あれに噛まれると性欲がなくなるので、人口問題に多大な影響を及ぼすのです。それに破壊された場所の一つが10階層と繋がりまして、10階層は魔物もいなくて、暖かく、しかもここの数十倍の広さがあります。今の人口の10倍に増えても、問題ないようです。人口問題は解決しました」
「そ、そう。でも近親問題は?」
「30年ごとにくじ引きで、夫婦の一方を変えることにしました。それで解決です。私の元妻も新しい夫と子作りに励んでいます。私もこうして性欲が満ち満ちて、毎日励んでいます。みんな幸せで、楓様には感謝しかありません」
「やっぱり、クズなのね」
「おお、また褒めていただいた」
「それより、早く知りたいの。エルフの里に世界樹の葉があったことを聞いたのだけど、今はないということだったのよ。楓の病気を治すには世界樹の葉がいるのよ。何か知っていれば教えてくれない?」
「ほほ――――世界樹の葉ですか。それなら腐るほど茂っていますぞ。天使がまだエルフの里から根こそぎ世界樹の葉を窃盗する前の頃に、両親から私に世界樹の葉の鉢植えを数個もらい、育てていたのですが、このダンジョン攻略のために世界樹の葉をいつも鉢ごと持ち歩いておりました。
第9層は果樹が沢山生っているので、土がいいのかと思い世界樹を植樹したら、そりゃもう雑草のごとく増えて、わずか100年で増えまくって、果樹園から世界樹の先頭が見えないほどです。
ここの果実は種類によりますが、年に2回から4回実をつけます。果樹園の先は世界樹が、足の踏み場もないほど生えています。
植林しなくても、伐採した世界樹から新しい芽が数本出て、益々増えるという、悪循環ですが、不思議と果樹園には浸食してきません。まるで意識を持っているようで、他の木の領分を侵さないのです。その代わり奥に奥にと進んで生えています。それに極めつけが自分で開墾し、伸びた根から木が生えて、翌日はその先が増えているのです。行き止まりがあっても、いつのまにか世界樹がダンジョンを拡張しているようです。増えることはあっても、減ることはないので何万本でも取ってください」
「そんなにあるの?」
「では、案内します」
族長は私とユキちゃんを、果樹園の先にある鬱蒼としている雑木林にしか見えない場所に案内した。
「ユキちゃん、ここにあるのは本当に世界樹?」
「確かに、世界樹ですがこれほどの品質は見たことありません。天使の里にあったものより、大きくて、葉が厚く、瑞々しく、どこまで続いているのか見えないほど生えていますね。これほどの世界樹がこんなところにあったとは、知らない人間が見たら、こんなに生えていると、ただの雑木と思いますね」
「族長さん、とりあえず、1本頂くね。また採りに来るかもしれないけど、いい?」
「いくらでも取ってください。1本伐採すれば5本生えますから。ただ、天使には言わないでください。やつらは、伐採ではなく、根こそぎ抜いて持って行きますから。ここにあるものも、根こそぎ持って帰るはずです。『元々私たちのものだから返してもらう』と言って」
「心配しないで。悪魔にすら一緒にされたくない天使たちに、話すことはないわ。それにあそこには二度と行かない。ここにはあなたたちが食べるために必要な物は何でもあるから、私は衣服を持ってくるからミスリルと交換しましょう」
「それはありがたい。服に使える繊維がなくて困っておりました。これで服を脱がす喜びも味わえます。下着もお願いしますぞ。これで下着を脱がすのが楽しみですぞ。何と言っても新しい妻とはこれから30年愛を育まなくてはなりませんからな」
「世界樹でちょっと見直したけど、やっぱり、クズだ」
私はミスリルの価値は知っている。金と同じ価格と聞いている。エルフがミスリルを掘るのは好きだが、そのものは必要ないという。金塊も迷宮ダンジョンにいる彼らにとっては無価値だという。それにもう迷宮ダンジョンから出る気はないらしい。お互いの需要と供給が一致した。
ユキちゃんが、世界樹の葉を直接絞って、ぐったりした楓に液を口移しした。世界樹はすぐに効果を現し、楓は目を開けた。
「楓、よかった。心配したのよ。でも良くなって本当によかった」
「お姉ちゃん、ありがとう。本当は今朝から身体が重たかったの! 今すごく軽くて気分がいいよ」
この日はユキちゃんがめずらしく、一緒に寝ると言ったので、私と楓とヤマトとユキちゃんの4人は、同じ部屋で雑魚寝することにした。
目を覚ましたら、私の身体が重たい。
「ユキちゃんが、私を真剣に覗いている」
「ど、どうしたの、そんなに見つめて! 恥ずかしい。今まで女性には興味なかったけど、ユキちゃんならこのまま抱かれて、いけないことをしてもいいかも。するのなら楓たちに気づかれないように違う部屋でして欲しい」
「もしかしたら、身体が重いですか?」
「そ、そうなの。よくわかるわね」
「では、そこに浮かんでください」
「それ、何のギャグ? まあユキちゃんは意味のないことさせないものね。……あれ?……?……浮かないわ」
「では蝋燭程度の火を出してください」
「あれ? 火が出ないわ!」
「やはりですね。ララ様も魔素過多病です。これを飲んでください」
「うっ!青汁 ……まずい。でも、我慢して……うまい……ゲフッ」
ユキちゃんは、世界樹の葉を絞って飲ませてくれた。先ほどまでの倦怠感が嘘のように快適そのものになった。ちょっと勘違いしていたから恥ずかしい。
「ユキちゃん、ありがとう」
「いいえ。ララ様がお望みでしたら、これからいけないことを始めてもいいですよ。ララ様が失神するまでお付き合いしますよ」
「えっ?」
どうして分かったのだろう。私、顔に出ていたかもしれない? 気をつけよう。
「では、これから魔力を上げるために、残りの『魔力の木の果実』を食べましょう。早く食べないと、結界を破る者が現れたら残りを食べられてしまいます」
「ええ――――!!! ダメよ。人魚の木になっちゃうよ」
「なりませんよ。そのまま食べるから、人魚の木になっちゃうのですよ。みなさん行きますよ」
言うが早いか魔力の木の前に転移した。
「残りの果実は3個ですね」
ユキちゃんは、ササッと果実を取った。
「では、今日の朝食は『魔力の木の果実』のスープにしましょう」
ユキちゃんは、手際よく、パンを焼き、果実の一部はジャムにし、小屋の食卓に朝食が並んだ。
「ジャムも含めて均等に3等分にしました。必ず全部食べてください。」
ユキちゃんに言われるまま、全員が食べた。ところが、誰も昏睡することもなく、人魚の木にもならなかった。
どういうこと?
ユキちゃんは、すぐに全員の魔力を測定した。ユキちゃんは既に6桁魔力測定器を作っていた。
結果は、私は######(限界魔力値360,580) 楓は、127,200(限界魔力値127,200) ヤマトは14,500(限界魔力値14,500)となった。
『魔力の木の果実』は煮ることで、人魚の木になりません。それに残った果実は、人魚の木にならない果実のみが残ったようです。
「でも、ユキちゃん、こんなに大幅に魔力が増えたのに、急性魔素過多病になってないわ」
「分かってしまいましたか。実はちょっと混ぜ物をしました」
納得できないけど、現に全員の魔力値が急激に上がっているのに、魔素過多病になっていないのだから、疑いようがない。
「では皆さん、青汁を飲んでください。今回は濃くしてあるので、特に美味しいですよ」
グゲ――――不味い。でも言わなくては、
「うー。不味い、もう一杯」
用心のために世界樹の葉のジュースを飲んだので、時間経過をしても全員魔素過多病にはならない。
魔力の木はもう全部無くなった。これから魔力が増えることはないから、根性で魔力を上げるしかない。
「ねえ、ユキちゃんは食べなかったけど、魔力値はどうなの?」
「忘れました。それに、私には、意味がありません」
ユキちゃんの魔力値はきっと私には計り知れないのね。
「魔力の木はサタンが、魔界からこちらの世界に植樹したものですが、元々はサタンも人魚国から盗んだものです。サタンは復活したら、魔力の木を取りに来るでしょうが、もうありません。この木が次に実をつけるのはおそらく100年後だと思います。
復活したてのサタンだったらヤマトでも勝てますよ。だから大事なのはララ様が500年生きてサタンより早く食べるか、木ごと焼却することです。他の者には焼却は無理ですが、ララ様であれば本来の力が発揮でれば、焼却できます。
他にも魔物や同族を生で食べる方法もあるのですが、あれは副作用が強いのです。時間とともに体が崩壊していきます。ただ、サタンはいくら同族を食べても体が崩壊しないのです」
「そんなに長生きできないよ」
「できますよ。欠陥魔法の幻影魔法など使わなくても、私に任せてください。ふふふ……」
ユキちゃんが、謎の含み笑いをしている。ちょっと怖い。
「ユキちゃん、疑問があるのよ。教えてくれる? 妹は2個目だけど、私は3個目だよ? 人魚の木にならないのは、私にも悪魔の血が流れているの?」
「もちろん違いますよ。生でなければいいのです。焼くか煮れば人魚の木になりません。天使の里に行きましたが、あそこには天使の長老がいましたよね。あの天使は人の役に立ちませんが、魔力値だけは高いのです。これまでの最強時のサタンに近いぐらいあります。
それで、もし世界樹がなかったときの代わりに、本物の天使である彼女の羽を1枚頂きました。いよいよのときは天使の羽でも魔素過多病は治るのですが、すべての病に効く世界樹を探してみたかったのです。私の羽が役に立てば良かったのですが、私は反転天使なので、悪魔魔素もあるため使えないのです。今回はそれを全員のスープにふりかけておきました。
もし間違って人魚の木になろうとしても、長老のエキスが中和させてくれます。世界樹を最初から入れてしまうと、魔力の実の効力が無くなりますから。それに上位天使の羽は数十万年天界の魔力を浴びていますから、魔力の木の果実の効力を上げるのです。魔力値には表れない効力もあります」
「ユキちゃんがいてよかった――――――!!!」
それにしても天使族は最低でも魔力値6桁なんだ。ユキちゃんは7桁以上確定だね。それに天使の長老も7桁以上ということね。
「ねえ、ユキちゃん、もし天使がここの世界樹のことを知ったら、きっと盗みに来るでしょうね」
「はい、盗むというより、盗まれたから取り返しに来たと言うでしょう」
「そのときは、他の天使はユキちゃんが対処できるかもしれないけど、天使の長老は無理では?」
「はい、今のままでは無理ですね。長老一人でしたら私でなんとかなるのですが、全天使で来られるとお手上げです」
「何か方法はある?」
「はい、そのときは起死回生の方法を使いましょう」
「頼むね」
「お任せください。ララ様は必ず守ります。起死回生の方法を使っても必ず守ります。
起死回生の方法は、私の得意とする技です。必ず一緒に逃げましょう。他の大陸に行ってもいい」
「ユキちゃんがいてよかった」
「お役にたてて私は幸せです」
ちなみに、ユキちゃんは反転魔法が使えるようになったようなので、反転魔法をコピーできるかやってみたが、残念ながら使えなかった。対象となる悪魔がいないせいではなく、固有スキルとして神から得たものだから、ユキちゃんのみしか使えない。




