天使の里
ヤマトくんは、すっかりウラベル邸での生活が慣れたようで、学校から帰ると、楓がすぐに大和くんを自室に招いている。
真司のことがあるので、お姉ちゃんちょっと心配だよ。
変なことはしてないよね。この世界ではありだけど、精神が日本人の私だから10歳でそういう行為はちょっと無理だ。もし、そうだったら、水を掛けようかなぁ。でもこの世界では普通のことだから悩むのよね。だからドアの隙間からこっそり覗いたら、ビックリしたわよ。
「ヤマトくんのお嫁さんは誰かな?」
「将来のことは、まだ決めていません」
「違うよね。昨日教えたよね! もう一回やり直しよ。ヤマトくんのお嫁さんはだ~れかな?」
「え――――――と、え――――――と」
「そんな簡単なことがわからないの?」
「ぐすん。楓ちゃんです」
「やればできるじゃない。明日も同じ挨拶から始めるからね。それでは勉強を始めましょうね。はい私に教えていいよ」
「はい、教えさせていただきます」
あぁ――――、ヤマトくん、ごめんね。こんな子ではなかったのよ。私のせいなの。真司が女性に対して好き放題だったけど、お母様と信じていたジーニュアから止められていたから、注意しなかったので、私を反面教師にしてしまったのね。
勉強が終わったらヤマトくんに謝ろう。ヤマトくんのために日本人に受ける茶菓子でも作ろうかな。そうそうわらび餅がいいわ。
作るのはユキちゃんだけどね。葛粉がないから、芋のデンプンから作って、きな粉はシドル連邦で売っている。
わらび餅を渡すついでに、楓と結婚する必要はないと話すと、ヤマトくんは真面目に答えてくれた。
「好きな子がいるわけでもないし、奥さんにするなら同じ日本人と思っていたから、楓ちゃんの気持ちが変らず、成人したら結婚してもいいですよ。
でもまだ10歳ですから、きっとこれから新しい恋に目覚めると思いますよ。同じ日本人の僕が目の前に現れたから安心感から、恋愛と憧れを勘違いしていると思います。
そのときが来たら僕は楓ちゃんから距離を置きます。僕は楓ちゃんを妹のように思っていますから、たぶん恋愛感情は生まれないでしょう。
でも僕は楓ちゃんがそれでいいのならば結婚しようと思います」
と応えたのよね。わからないものね。
ヤマトくんは、まだ人を好きになったことがないようだ。あのね、恋は盲目なのよ。もし好きになってしまうと、その人しか見えなくなるからね。これは口で言ってもわからないことだから、言わないわ。今の楓がそうだよ。でも違う人が好きになると、石ころのように捨てるのが女なのよ。あなたの優しさを楓は理解していない。
楓はそのあたりの感情が他の子よりも強い。楓は賢い人が好きだから、今はヤマトくんより優れた男の子がいないからいいけど、ヤマトくんは私から見ると並の上くらいの成績だと思う。今は高校生が小学生を教えているから、学力差があるからすごく賢く映るけれど、楓の勉強がもう少し進むと、ヤマトくんでは対処できなくなる。そのときが来たら、楓は絶対、いとも簡単にヤマトくんを捨てる。楓の能力からいくと、それはそんなに遠い未来ではない。それが分かるから、ヤマトくんには早くいい人を見つけて欲しい。
そんなことを考えながら、部屋で寛いでいると、突然ドアが開きヤマトくんが入ってきた。
ヤマトくんが血相を変えて、アワアワしている。どうしたのだろう。そこまで慌てて?
「『楓』ちゃんが、『楓』ちゃんが……泡を吹いて苦しみだして……」
私とユキちゃんは急いで楓の部屋に行った。
楓が苦しんでいる。こんなときはもう最高難度回復魔法『超グレートエクストラヒール』しかない。完璧に治療するには、詠唱するのがいいけど、そんなに待っていられる状況にない。
「超グレートエクストラヒール」
しかし、楓は苦しんだままで、その表情は、全く良くなっていない。
「ララ様、楓様はこのままでは間もなく死亡します」
「えぇ――――――!!! どうしたらいいの?」
「これは、魔素過多病です。私がしばらく時間をもたせます」
「ユキちゃん、できるなら、お願い!!」
「$#&!@*&%##!!」
楓の呼吸が静かになった。
「今、楓様の周囲を結界で張り、結界内の時間の進行を遅らせました。しばらく安静でいることができます。ですが24時間が限度です。それを過ぎるとまた魔素が暴走します」
「……そんな……どうしたらいいの?」
「この病気は、超グレートエクストラヒールが効きません。魔素過多病ですから、これを治すことができるのは唯一『世界樹』だけです」
「世界樹?」
「そうです。楓様の小さな身体に今のいわゆる『生』の魔素は供給過剰なのです。それは万病に効く世界樹でしか治りません」
「よくわからないけど、わかったわ。だったら、『世界樹』はどこにあるの?」
「天使の里に密林しています。今なら私も創造神から直接反転させられた天使なので、天使結界を越えることができます。行ってきますね」
「待って! 私も行くわ」
「分かりました。では一緒に長老に会いましょう。手を繋いでください。私と同じ結界に包みます。そうしないと私と認識されなくて、天使結界に弾かれます」
そう言ったと思ったら、一瞬のうちに、天使の里に転移した。ここがどこにあるのか分からないが、そんなことはどうでもいい。長老の住む屋敷を里の天使に聞いたが、すぐ近くということだったので、長老の邸宅まで案内してもらった。
「これで私も一人で来ることができるわね」
「ララ様、それは無理です。ララ様の転移魔法は楓様の特殊転移魔法をコピーしていますが、ここの結界は神が造ったものですから抜けられません。結界に撥ねられます」
「どうして?」
「そ、それは、あの、……天使ではないし、その…数値も低いので……」
「言いにくいことをごめんね。少なくても6桁必要なわけね」
「は、はい、魔力値としては最低条件ですね。最も大切なのは、神からもらった天使属性が必要です。そうでないと、魔力値だけでしたら悪魔も来てしまいます。今は私の結界の中にいるので私の魔道カバンと同じように、単なる所有物として認識しているため、入ることができました。長老はこの家のようですね。入りましょう」
「ノックしないとね」
天使の長老というから、どんな爺様かと思ったのだけど、背が低くい女性だった。かわいいが綺麗な女性だ。身長は私より少し低いから150センチにチョット足りない。148センチくらいかな? 見た目の年齢は12歳位なのに胸はバキュンバキュンにある。
「あなたが念話で、世界樹の葉を欲しいと送ってきたユキちゃん?」
「はい、ここの里には世界樹の葉が、密林していたことを思い出しましたので、1枚譲っていただけないでしょうか?」
「そうね。天界にいる創造神様から、一人天使になったからよろしくと連絡があったわ。天使になったお祝いにあげたいのだけど、な――――――――――――い!!」
「確か70万年前の天使の里には野生の世界樹が、数万本自生していましたよね」
「あなた? よくし知っているわね。あなたもしかして? 堕天してた?」
「内緒です」
「まあいいわ。確かにその頃は沢山あったわ。だけど500年前に天使の間で『世界樹の葉健康法』が流行ったのよ。ちょっと怪我をしたら世界樹の葉、少し風邪をひいたら世界樹の葉、肩が凝ったら世界樹の葉、という具合に競争をするように根こそぎ伐採した。植林もしなかったから、今は1本もない」
「私はララと申します。では、どこかにある場所を知りませんか?」
「実は、まだ数万本自生していたころにエルフが我々を崇めたいので、その象徴として世界樹の苗を欲しいと言ったから、門番が捨てるつもりの枯れそうな幼木を1本渡した」
「だったら、エルフの森に行けばいいのですか?」
「確かに、エルフは森を開墾して、世界樹を数千本に増やしていた」
「わぁうれしい。それなら葉の1枚くらいはいただけそうですね」
「それが、あそこにもな――――――――――い!!」
「どうして?」
「それがな!沢山あったから我らが根こそぎ引き抜いた。元々我らのものだから当然だよな。調子に乗ったら全部盗っていた。そしたら、エルフたちは我らのことを悪魔と叫びやがったから、破門にしてやった。
エルフとはそれから付き合いがない。我々も少しは悪いと思っているのだぞ。前長老ガブリエルも、その頃長老補佐だった私も反対したのだが、前々長老アナニエルが我々の知らない間に、賛成派を連れて奪っていた。だから私は悪くない」
「そうですか。それは鬼畜なことをしたのですね」
「ああ、だから前長老が前々長老とその一派を殺したが、やつらは世界樹を全部使い切っていた」
ほんの少し反省はしているような口ぶりだが、上目遣いに口笛を吹いているから、まだ反省が全く足りていないようだ。反対したとはいえ、それを心から反省していない点が酷い。
「ねえ、ユキちゃんは、どう思う」
「確かに、悪魔というのはよくないです。間違っています。悪魔は自分を信仰するものに与えておいて、増やしたからといって取り上げるような非道なことはしません。悪魔が迷惑がります」
「ユキちゃん、帰ろう。ここには魔力値が6桁になろうと7桁になろうと来ることはないわ、それに長老さんが私をじ~と見てるの。なにか恨みでもあるのかしら、もう帰ろう」
「はい、帰りましょう。私、天使の羽はもう出したくありません。天使は人ではありませんが、人として恥ずかしいです」




