迷宮ダンジョンとエルフ
第二章(建国編)
私は三年生になりました。私の誕生日は7月7日なので、現在14歳です。今年15歳になります。誕生日が2月15日の楓は10歳です。この世界では結婚できる年齢ですが、生粋の日本人である楓は、せめて成人する16歳まで結婚などさせません。日本では令和4年3月まで女性は、親の同意が必要だったけど、結婚できた。だから16歳ならば我慢できる。
学園の教師が使う魔法は、全てコピーしました。たぶん、世間的に知られている魔法は、すべて使えるはずです。最近では知らない魔法に出会えるのが楽しみになってしまいました。
楓は毎日ウラベル様の秘書をそつなくこなしています。もう私は必要ないほどです。生徒会も以前にも増して優秀な者が入りました。あれから猿の館のことは聞かなくなりました。もう人々の記憶から忘れ去られようとしています。
真司がレーザービームスキルを失い、幻影の魔女が魔法を使えなくなり、優秀な部下がみな消えたからです。あそこは幻影の魔女が持っている財産を使うだけの、ハーレムとなりました。少々贅沢をしても真司が死ぬまでは、幻影の魔女の財産は無くならないと思います。国王家より、多くの財産を持っているのはおかしいのですが、いつの間にか増えていたということらしいのです。
忘れていましたが、元副会長ガスドバル・モタルバは無事卒業しました。シルビア・エスラとの婚約は、当然破棄されたのですが、1年下の伯爵家の四女と結婚しました。婚約をすっ飛ばしての結婚です。シルビアに似た子です。未だに尾を引いていたのですね。お幸せに。
『雄叫びの森』の『魔力の木』については私が魔法結界を張り直しました。楓の魔力が (基礎魔力値530)から15,376になっていました。幻影の魔女の魔力の木の力は楓が奪ってしまったようです
さて、ガザール国ですが、ジャンがとうとう表だって動き出しました。モナリス教を追い越し、ガザール国第1位の宗教集団となり、国王すら凌ぐ力を持ちました。悪魔召喚を行ったことすら隠すことなく、その力はガザール国内において一、二を争っています。それでとうとう国王に引退を迫り、その嫡子を新国王に据えました。
新国王はいまだ2歳です。実質的な摂政政治です。国内を統一したジャンが、次に向けるのは他国です。その一番乗りが、ミリトリア王国であることは明々白々です。ウラベル様以下国の要職はジャンの動向を、毎日のように報告会で検討しています。そのため各地で起きていた貴族の反乱も一時的ですが、休戦協定が結ばれ、沈静化しています。
今日の報告会で、クロード様の優秀な第一秘書シルス様が、最新のガザール国の情報を話しています。
「……ということです。このまま国境地帯でのガザール国の増軍が続くと、まもなく越境してくるものと思われます。それに気になるのが、魔族と思われる者1名と、半魔数名がガザール国軍に出入りしているのが発見されています」
ちなみにウラベル様宅での報告会では、軽食は出るが酒は出ない。しごく真面目な報告会で、メンバーは各省庁の要職にある者のうちウラベル派閥と、各軍の将軍のうちウラベル派の30名規模です。
「急遽追加情報が入ってきました。さきほど、マダドギ伯爵が管轄する迷宮ダンジョンで、スタンピードが起こりました。原因は魔物が飽和状態になったからではないようです。とても言いにくいのですが、幻影の魔女が真司様と迷宮ダンジョンで、中の魔物を全部外に追い出したということです。
幻影の魔女は魔力を失った。という噂でしたが、悪魔族専用闇魔法が使えるようで、スケルトンを操っていたそうです」
真司は幻影の魔女の他妻たちを連れ、馬車で行ったようだ。
わざわざ昼食を、ダンジョンで食べる必要はないと思うのですが……。
長男のエドモンド様と長女のウラベル様は「またか!」と頭を抱えている。
ガザール国がこのことを知ると、この機会に越境するかもしれないから、すぐに対応することにした。私は急いで楓を伴い迷宮ダンジョンに出かけた。
魔物の被害は思ったよりも酷く、畑は荒らされ、民家の被害も出ていた。何人か亡くなった人もいる。それでも幻影の魔女と真司は罰せられない。名門オベルツ家であることと、これまでたくさんの人を殺したが、何人もの人も救ってきたからだ。国王もママには手を出せないし、真司は養子とはいえ、国王の子にあたる。
何人も救ったが、それは単に戦争があって敵兵を殺戮していただけだ。それでも国を救ったことは確かだし、幻影の魔女は、ミリトリア王国内においては、たとえ通りがかりの人を殺しても許された。
公には国王の伯母でもあることで、誰も罰することができないらしい。今はまだいいが、13歳のままでいると本能のまま無双を繰り返し、害悪でしかなくなる。それをウラベル様は懸念している。
国王がジーニュアの子供ということは、誰も知らないようだ。ジーニア母さんが知っていたかどうかは分からないが、少なくとも、これまでは完璧にうまくやっていたようだ。
これまでジーニュアが暴走して破壊魔にならないように、小火のうちに消してきたのがウラベル様たちだった。だが、もう破壊魔になってしまった。
スタンピードは、私と楓で対処することにした。楓は幻影の魔女ジーニュアが、最も強かったときよりも格段に強い。楓には特殊転移魔法と名付けたスキル『ワープ』と真司から奪ったスキル『レーザービーム』、それに幻影の魔女ジーニュアから奪ったすべての魔法がある。
しかも『相手の魔法を奪うスキル』があるため、大きな力をもっている。たかだが10歳で魔法においては、私を除き王都魔法学園で楓に敵う者はいないだろう。
楓のレーザービームは真司のようにショボくはない。最大出力は、太さも50センチ位あり、到達距離も100メートルある。当然私も使えるが、私のレーザービームは、最大出力が太さが2メートル、到達距離300メートルだ。ただし、魔力が枯渇するので、使用するときは、小さくし、なるべく近距離で放つようにしている。
楓は魔力値が増え、新たに神聖魔法、防御魔法を取得したことで、私の付与魔法によるマントへの防御は必要なくなった。せっかく頑張って上級付与魔法を使えるようになったのに……。結構頑張ったんだよ。
溢れた魔物は、迷宮ダンジョンの周囲10㎞にたむろしていた。通常スタンピードはダンジョン内で溢れ出た魔物が、ダンジョンの外に出ることで起きる。恐怖で暴走しているが、その恐怖を鎮めることはできない。
これ以上被害を拡大させる訳にはいかない。単に殺しただけでは、アンデット化する可能性もあるため、少々粗っぽい方法を使うことになる。レーザービーム砲は使えない。死骸が残る可能性が高い。いちいち神聖魔法で浄化する時間もない。時間との勝負だ。二人が選択した方法は一つ。
私が名付けた火炎魔法最終形態 『紅蓮の火炎弾改』、これが今のところの最高難度火炎魔法だ。まだまだ発展途上だから、そのうちもっと威力を増すから名付けが大変だ。
魔物だけでなく、周囲の建物や森も燃やしてしまうが、二人で早期解決するにはこれしかない。後始末は行政にまかせることにする。
周囲は荒廃地となったが、スタンピードを強制解決し、私と楓は迷宮ダンジョンの現状を調査することにした。
ダンジョン内に魔物はほとんどいない。公式発表によればこのダンジョンは最深部が8階層だ。スタンピードの影響で魔物はほとんどいないため、すいすいと進み、わずかな時間で最深部に到達した。最深部も魔物はほぼいなかった。たまに逃げ遅れた小動物並の魔物がいただけだ。
「お姉ちゃん、ここは最深層ではないよ。まだ下に2つあるよ」
「ど、どこに? 何処にも入口はないわよ?」
「ううん。違うの。この先の行き止まりに転移陣があって、その先を進むと第9層への入口があるよ」
「どこにも見えないけど?」
「楓にははっきり見えるよ」
「そう。だったらそこに連れて行ってくれる?」
「うんいいよ」
楓は私の手を引き、転移陣に移動した。
最奥の突き当たりの壁には転移陣が書かれていた。黒色の転移陣なので見えなかった。楓はこの転移陣が緑色に見えるらしい。転移陣の下には解説まであるという。その条件とは転移陣を漏れなく『なぞる』ことだ。
私は転移陣が見えないので、楓と繋いだ手で転移陣をなぞっていく。転移陣は思ったよりも小さく30センチ位で簡素なものだ。複雑だったらなぞることはできないが、簡素なものなので割と簡単にできた。転移陣が光り、私たちは仮の第9層(実際は8層の続き)に到達した。ここの調査ができてから仮の第9層(実際は8層の続き)への入口を破壊するかどうするか検討しよう。
あの転送陣が簡素な訳は、第8層の奥とその先の仮の第9層の入口は厚さ10メートル位の壁で塞がれているだけだから、破壊すれば常時開通させることはできる。
私たちは簡易な魔方陣を書けるようになった。私も楓の他の者の魔力を奪う能力をコピーしている。これから魔族が未知の危険な魔法を使うことがあれば、コピーするより奪う方がいいかもしれない。ただ、奪うには一定時間相手と接触していなければならないから、使い勝手は悪い。
私は幻影の魔女ジーニュアの『記憶継承スキル』も真似ることができた。魔族固有スキルなので、奪うことは出来ないが、コピーすることはできた。これで私は将来若年化しても記憶を失うことはない。だけどまだ15歳だから記憶継承スキルは必要ない。それに私一人若年化しても楓は年を取る。それは辛いし、ジーニア母さんの言っていた言葉も気になる。
過去に幻影魔法の使い手で、記憶継承ができた者もいたが、現在その使い手がいないのは、幻影魔法の若年化に何か決定的な欠点がある。肉体と人格の崩壊が起きるらしい。お母様も幻覚に悩まされたらしい。これまでの幻影の魔女の最高年齢が320歳だから、そのあたりが生存年齢の上限だろうと言っていた。
どちらにしてもお母様は、もうそう長くはなかったかもしれない。それでも生きて欲しかった。ジーニュアが魔族と交わったことも、彼女の姿が変ったから誰もが知ってしまった。それに魔族化がなければ寿命だったはずだ。
転移陣が光ると仮の第9層の入口だった。洞窟を進むと、魔物はいなかったが、そこにはエルフたちが水遊びをしている姿があった。
「ここは?」
「お姉ちゃん、300名位の気配があるよ」
「そうね。そのようね。どういうことなの?」
私たちの姿を見つけたエルフは、少しの間固まっていたが、堰を切ったように叫んだ。
「キャ――――――――!! 人よ、人が来たわよ――――。100年ぶりの人よ――――!!」
「?????」
慌てるエルフたちは、誰かを呼びに行った。
呼ばれたエルフは聞きもしないのに勝手に喋り始めた。
「私はここの村長をしているショッベッラチュラと申します。私たちをお救いに来ていただきありがとうございます。私たちは100年間閉じ込められたままでした。
当初、このダンジョンを、30名の大パーティーで攻略を試みました。ところがボスが突然変異だったらしく、想定していたより強力な個体でして、我々は追い詰められました。そのとき幻影の魔女と名乗る方が来てくださり、魔物が来ないように8層の途中を巨大な岩石で塞いでいただきました。
強力な魔物がいるので、奥に20名が逃げましたが、10名は残されてしまったため、転移陣で中に入れるようにしていただきました。そのうち外に出る転移陣を書きにくるといわれましたが、そのまま100年が経過しました」
それ、もしかしたら幻影の魔女が、若年化したときと時期的に一致しています。転移陣のこともこの洞窟のことも忘れていたんだ。
記録によれば同時期に二人とも若年化しているから、忘れたということは、もしかしたら、ジーニアお母さんかもしれない。いや、確かそんなことを言っていたような……。
「食糧に苦労されませんでしたか?」
「いいえ、ここに魔物はいませんし、奥に行くほど空間は広がり、普通に野豚がいます。最奥は細くなって洞窟になっているのですが、途中で行き止まりです。ここには小川があるので魚も捕れます。それに第9層への通用階段がありました。第9層は不思議な果樹園でした。果物は新鮮で年に何度も実るため取り放題です。
このあたり一帯は、9層の壁からゴロゴロ出ている発光石を置いているから、真昼のように明るいので、持っていた食糧から種をとって植えてみました。種はここ8層(仮9層)でも普通に育ちました。品種改良も進みまして、いまでは8層(仮9層)だけで我々の食糧を賄えます。
エルフは長命種なので子をあまり生まないのですが、他にすることもなく、数が増えてしまい、手狭になりました。近親者間の婚姻も進みましたから、種族として限界になっていました。そんなときにあなたたちが来た。神に感謝です。神があなたたちをここによこした。あなたたちは神に命令された。さあ私たちを助けなさい」
“”すみません。すみません。その魔物をここに入れたのは、きっとジーニア母さんです。そこは覚えていまして、外部から迷宮ダンジョンに、ボスを連れて来たと自慢していましたから””
エルフの物言いにはカチンときたが、閉じ込めたのがジーニア母さんだったので、私は心の中で謝った。
ここに強い個体を連れてきたのも幻影の魔女ジーニアだし、エルフを助け、閉じ込めたのを忘れたのも幻影の魔女ジーニアだ。ジーニュアではない。
直接自分に害のないことは、たとえ若年化しなくても、忘れるのが幻影の魔女ジーニアだ。それは一緒にいたからよく知っている。エルフのことなど、彼女にとっては些末なことだ。
「このダンジョンには魔物がほとんどいません。今なら簡単に外部に出ることができるので、脱出しましょう」
2代目以降のエルフは外部に出たいと言った。初代30人は今更働くのは嫌だし、またここで100年間ハーレムを築くので、100年後に迎えに来てくれとのことだった。
心の中で謝ったことを後悔した。いちいち気になる言葉使いだったが、最後の言葉が私にジーニアお母さんが正しかったと認識させた。
「さあ、私たちを早く連れて行きなさい。あなたはそのために、神によりここに来らされた。神の使いができたことに感謝しなさい。私を生涯敬いなさい」
ジーニアがここを塞いで、エルフを閉じ込めた理由がやっとわかった。この人たちは自分のことしか考えていない。それでも外に出すと約束したから連れ出すことにした。
外に脱出させたエルフたちは一切働かなかった。食事も作らなかった。畑のものは全部自分たちのものだったため、他人の畑のものを盗ったり、他人の果樹園の果樹を盗ったり、お店のものを盗ったりと、常識が全くなかった。
私は270人のエルフを集め、今の生活を改めるように話したが、全員嫌だと言い、待遇向上運動をし始めた。
その意欲を労働に向けて欲しい。
私が怒る前に、楓が全員を『8層の続き(仮第9層)』に戻してしまった。エルフは痛ましい状態だった。楓はエルフの周囲を、逃げられないように火炎魔法で囲み、無言でエルフの鳩尾に蹴りを入れ、顔はグーパンをし、髪を掴んだまま引きずり迷宮ダンジョンに転移した。男だろうと、女だろうと、悲鳴を上げようと構わず引きずっていた。
「お姉ちゃん、クズはいらないよね。中にいたエルフも全員ボコボコにしておいたよ。当然回復魔法は使ってないから。死なない程度に痛めつけたから苦しむがいいわ。特に長老は絶対服従するまで痛めつけたわ。そのついでに周囲も破壊したし、あの転移陣も破壊したよ」
楓は怒らせてはいけない子だった。
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