生徒会
「で、…? なぜだか今、私は生徒会書記をさせられている」
◇◇◇2日前◇◇◇
結界を張り直し、お昼頃帰宅すると、まだ夕刻でもないのに、いつもの宴会が始まり、毎日のように来ている学園長から、生徒会の書記がいなくなったから、代わりをしなさいと言われてしまった。
「あなたの連れてきたお友達と、あなたの妹がここにいることが、ブルセルツ皇国に知られてしまったのよ。王都であなたたちが、好き放題自由にショッピングすれば、そりゃ~あ知れ渡るわよね。この国に黒髪黒目はいないものね」
確かに真司も来たときは、半分金髪半分ピンク頭だったけど、今は黒髪だ。スパイは至る所にいるから、遠くの国から来たか、異世界人のどちらかだと気づかれてしまう。
「ということで、ブルセルツ皇国は留学生に、帰国命令を出したのよ。その中に生徒会書記がいたから、あなた! 責任取ってよね!!」
「私は関係ないのではないでしょうか?」
「そんなことないでしょ。二人ともあなたの関係者よね?」
「そう……ですね。ですが、真司は関係者ではないですよ」
「真司を連れてきたのはあなたでしょ。当然、あなたの義務よ」
(まあ、個人的には真司様を連れてきてくれたのは、とても嬉しいけどね。おかげで私もお嫁に行けそうよ)
「わ・か・りました。やらせていただきます」
ということで、生徒会書記に就任した。
「この度、急遽帰国してしまった、モモンガ君の代わりに、書記に就任したララさんです。彼女は一人で別館の特別訓練場で授業を受けているから、彼女のことを知らないと思いますが、『黒服を無視する女』といえば分かると思います」
生徒会長のシルビア様が、悪意をもって紹介してくれた。シルビア様は侯爵家の三女ということだ。
「あの~……私はそんな風に言われていたのですね。知りませんでした」
無視していた訳ではない。黒服隊はみんな顔が怖いのよ。だからまじまじ見ないようにしていた。
「このたび書記をすることになりましたララです。生徒会のことは何もわかりません。私は同級生すらあまり知りません。そんな私でよければ先輩方のご指導をお願いします」
パチ、パ……少ない拍手で心が痛い。会長と副会長しか拍手してない。それも嫌々で。私は上級生によほど評判がよくないみたいだ。
「時計回りに紹介しましょうか。まず、私が生徒会長のシルビア・エスラです」
「私は副会長のガスドバル・モタルバだ。前任のモモンガはよくできる子だった。まあ君では無理だと思うが、学園長の推薦だから断れなかった。私に迷惑だけは掛けてくれるな」
「私は風紀委員をしているレナ・ラウリと申します。今度食事でもご一緒していただけると嬉しいですわ。そのときに『生徒心得10箇条』を大きな声で復唱していただき、あなたの信条などたくさん聞きたいですわ。これは強制ですからね」
「わ、私は今年庶務に就任したアネット・カルセノです。あなたと同じクラスだけど、覚えている?」
「はい、もちろん知っています。同級生で最初に挨拶していただきました」
「覚えているようね。あなたには負けないわ!! これから放課後には、毎日教室に寄ってくれないかな? 同級生もあなたと勝負したがっているのよ。わたしだって……」
「アネットさんそこまでよ。まだ紹介してない子がいるからね」
「はい、すみません」
「会計をしている2年のレイシア・オランと申します。金庫を勝手に覗かないでくださいね。あなたは私の黒服様を無視している人ですから、信用できないのよね」
「私は広報をしているイレーヌ・トブルといいます。文化祭も私の担当です。くれぐれも邪魔しないでくださいませ」
ほぼ全員に敵認定されているようです。私、これからやっていけるのかな? モモンガくん戻ってくれないかなぁ……。
「はい! みなさんこちらを向いてください。一通り紹介が済んだので、ララさんには書記に集中してもらいましょう。一言一句漏らさず記録してくださいね。では、みなさん、歓迎の意味を込めて、これからは2倍速会話で、生徒会が文化祭で、何を出店するか決定したいと思います」
……2倍速中……
「意見が多すぎて何も決まりませんね。一応最後にララさんの意見も聞いとかないと……聞きたくはないですが、しょうがないですわ……。
ところでララさんは全部記録できましたか?まあ無理でしょうが。ふふふ……」
「はい、記録できています。
「『……完全再生中……』です」
「確かにできていますね。でも途中の、『風紀委員のあの~とか、私の咳とか、副会長のちょっとトイレとか、広報の私の今日の下着は何色かわかりますか? とか、会計の文化祭で儲かったら山分けしましょうよとか、庶務の私は負けない』とかまで記録しなくてもいいよね。そこは抜かしてもいいと思うよ。確かに一言一句漏らさずと言ったけど……。まさか全部記録すると思わなかったわ」
「私の家では毎日報告会という宴会があって、記録を取らされているので、慣れていますから」
「あなたはその報告会で、今回みたいに味噌糞まで記録しているの?」
「そんなことはしませんよ。常識です。要点をまとめて箇条書きにしています。後で確認するのに見にくいですからね」
「そう、それがわかっいて、味噌糞まで記録していたわけね。私に喧嘩を売っているということでいいかしら?」
ああ、面倒くさい人たちだ。
一呼吸あって、ララは続けた。
「とんでもないです。会長さんは尊敬しています。たぶん」
「そ、そう。なんか一呼吸あったけど、だったらいいのだけど、これからも書記をがんばってもらえるかしら」
「はい、それで私の意見も言わないといけませんよね」
「まあ、一応聞いておくわ」
「私は、『綿あめ』と『たこ焼き』がいいです。『綿あめ』は子供と女性に、『たこ焼き』は誰でも楽しめます」
生徒会の面々はララの話していることが分からないので、ポカンとしている。
「えーと、それ何?」
「会長は知らないのですか?」
「聞いたことないわよ」
「でしたら、今日の夕食会に生徒会の皆様をご招待します。ぜひ我家に来てください」
「わ、わかったわ。どうせチンケな報告会とやらでしょう。誰も反対していないようだから、行ってあげるわ」
「18時から夕食会なので、5分前に玄関で待っていてください。お迎えします。私も生徒会が終わりしだい帰宅して、『たこ焼き』と『綿あめ』の準備をします」
「だったら、今日はこれで生徒会を終わります。ララさん、後ほど会いましょう」
生徒会長の挨拶が終わると、それぞれ帰宅し、夕食会への準備をした。
△△△
「広い家ですが、私の実家ほどではないですね」
「会長の実家は、確かにこの屋敷の倍はあります。ただ言いにくいのですが…」
「なんですか。もじもじしなくても、イレーヌさんには広報として忌憚のない意見を言って欲しいです。思ったことをズバッと言ってください。そして『黒服様を無視する女』の住居は、会長の実家の半分のチンケなものだった、と宣伝してくださいませ」
「それが~……ここは王都の一等地です。会長の実家は地方の辺境地です。それに会長の実家は、使用人の居宅と馬小屋、養鶏場まで含められていますが、本宅だけでいえば、こちらの方が大きいですよ。しかも土地の時価が500倍位違います。極めつけなのは、この柱は大理石ですよ」
「それなら私の実家は、屋根まで含めて、総大理石貼りですよ。私の実家の方が大理石の面積が多いわ。勝ったわ!!」
「言いにくいのですが、この柱は表面貼りではありませんよ。全部大理石ですよ。たぶんこの柱だけで会長の実家が建ちます。屋根と壁は大理石ではありませんが、数倍高価な保温石が使われています」
「いいわ、どのみち金があるだけですよ。ここの住人は成金ですよ……。あら! 時間ですわ。恥ずかしくて、出迎えることができないのでしょうかしら、ほほほ……」
「会長、まだ1分前ですから」
「いいわ。少しくらい早くても、ドアを開けますわよ」
「「「「「「「「「「「いらっしゃいませ」」」」」」」」」」
「あ~、会長もう来られたのですか? すみません。まだお母さんが、ご覧の通り準備中で……」
そこにはドレスを身につけたお姫様がいた。
そして側には変身中の幻影の魔女が……。
生徒会の一同はララの母親が、幻影の魔女だったことを忘れていた。なぜ忘れていたかというと、ララとの接点が全くなかったから、気にしたこともなかった。それでも本人を見たことがないのだから、幻影の魔女と気づくはずなかったのだが……。
目の前で自分たちと同年代に変化し終わった現実を見たから……。幻影の魔女は、母としてより、同年代の学生として話しをしたかったらしい。それなのに変化中に会長がドアを開けてしまったため、幻影魔法を目の前で見てしまった。会長たちがドアを開けたときはまだ20歳くらいだったが……徐々に若くなっていく姿が……。
そして幻影の魔女は13歳の姿をしていた。身長も162センチだったのに、155センチになっている。
お母様、私に近い身長にしたのですね。もしかして私への対抗心?……。
「ほほほ、ご挨拶遅れました。私がララの母で、幻影の魔女と呼ばれています。食事の準備ができておりますから、ホールにお越しください。今日は家族だけでなく報告会のメンバーも来て生徒会の皆様を待っています。どうぞ……」
「会長、会長! 先頭に立ってはいけませんよ。せめて幻影の魔女の後ろにしてください。私の心が持ちません」
「そんなこと分かっています。でも、ここは私の存在をドドーンと、ここの家族と招待客に見せないとね。今日だけは許されるのですよ。でも、あなたがそこまで言うなら、ララさんの後ろにしましょう」
「それでお願いします。まあ常識ですよね」
「何を恐れているの。さあ広報の役目は私を持ち上げることでしょ。成金どもを見届けましょう」
ララは今回の主催者だから、幻影の魔女を追い越して先頭に立ち、生徒会の面々を案内する。執事がドアを開けると、メイドがお辞儀をしている。宴会はすでに始まっていて、お酒を飲む人たちの姿がある。
「ごめんね。あの人たちには座って、お行儀良く待っているように言ったのだけど、たこ焼きを焼くはしから食べ始め、しまいには宴会を始めてしまって、もういつものことだからいいのだけどね。生徒会のみなさんが来ているのに失礼よね。本当にごめんなさい」
たこ焼きのタレはトマトを主体として果実を適度に加熱し、煮詰めたものを使用し、鰹節が無いので、急遽魔法で急速乾燥させた鯖節と、青のりを粉末にしたものを使っている。
「お! 来たか。どれどれ皆こっちに来い」
「ねえ会長、もしかしてあの方は、魔法局長官のクロード・オベルツ様ではないですか?」
「そうね、副会長、そうとも言うわね」
「それにその隣は王都軍第一軍団大将のサラ・アイスラン様です。あの小さい少女の隣にいるのは、最高軍事顧問ウラベル・バルセン様ですよ。ああ~魔法省大臣のエドモンド・オベルツ様までいる。
学園長も来ていますが、もうできあがっていますね。それに各隊の将軍たちも招待されているようですよ。会長の大好きな黒服さんたちもいますよ。あ――――あ、公爵家の方々が隅の席で小さくなっています」
「ふん、どうやって買収したのでしょうか。さすが成金ですわね」
「会長!! あそこで幻影の魔女から、頭をなでなでしてもらって、『お手』をしているのは……会長のお父様にそっくりのようですが……」
「お父様!!! いいえ、あれは、そっくりさんです。きっとお父様の替え玉でしょうよ。ほほほ……」
「会長のお父様に挨拶してきます。将来の父上ですから」
「いいえ、私の父ではありません。副会長の勘違いです。あれは影武者です」
「そうですよね。幻影の魔女の手を頬で、スリスリしていますもんね」
「会長!! 影武者がこちらに気づいたようですよ」
「イレーヌ! 影武者のことなど無視しなさい!」
「お――――――い!!! シルビア~こっちにおいで~」
「副会長、あれは影武者ですから、無視よ!!」
綿菓子製造機の前で足を止めた会長を見たお母様は、スリスリされていた手をはねのけ、こちらにやってきた。
「会長さん、こちらにあるのは綿菓子製造機です。うちの真司が組立てました」
綿菓子製造機も、たこ焼き器も、タレも、さば節も、どれもこれも、元は私が作ったのよね。それを真司が壊したから、昨晩元通り組立てるように命令した。
そんな真司を、お母様が他の生徒にりっぱな人だと、話して欲しいと言うのだけど、貶すところは沢山あっても、褒めるところは何も無いですよ。まあ、嫌々ですが、今回はお母様をたてて、大甘紹介です。
結局、真司が組立てると、もっと酷い状態になったから、私が組立て直すことになり、おかげで徹夜した。
「初めまして、私はララの婚約者で、楓の義兄になる藤森真司です。子供の頃によく祭で買っていたのでここに来てから、訓練以外は暇なのでいろいろ作っています。たこ焼き器も作りました」
ちょっと待ってよ。私はあなたの婚約者になった覚えなどないわよ。ああ、お母様ね。真司がただの居候だから、私を婚約者ということにしたのね。わかりました。しばらくの間、お母様の望むように、振る舞って上げます。
だけど、たこ焼き器はあなたが作ったものではないでしょ! 嘘八百人間よね。そうそう思い出した。あなたはそういう人間でした。忘れていました。早くこの男のことを思い出さないと、これからとんでもないことに巻き込まれそうな気がする。
何かが邪魔して、どうしても前世がすっきり思い出せない。
「そうですか。あなた……美男子ですね。まあ、実食してから判断しますわ」
(どうしょう。ドストライクだわ。副会長は親が決めただけで、何の感情もないですし、ララさんはまだ成人するまで3年あるし、この方は私がいただこうかしら。私とも年齢が近いし。ララさんにはもったいないわ。ほほほほ……楽しみが増えたわ。明日からここで過ごそうかしら)
「会長、味はどうですか?」
「そうね。ララさん、とても美味しいわ。これを私の監修ということで、出店させてあげますわ。さすが生徒会の全員が、書記になることを反対したのに、私が賛成しただけのことはあるわ」
「会長! みんなが会長を睨んでいますよ」
「副会長、なぜ?」
「一番反対していたのは会長でしたよ。忘れましたか」
「そうでしたか?」
生徒会の面々は会長と副会長を無視して、ミリトリア王国の英雄たちと談義を咲かせた。
「お姉ちゃん! ひとりぼっちなの?」
「ううん。みんな憧れの人たちがいるから、私はいいの」
「わたしもね、わたしのおねちゃんがいなくなったときは、一人ぼっちだったの。みんなと一緒に食事しようよ」
「あなたは?」
「ララお姉ちゃんの妹で『鹿野楓』といいます」
「義理の妹さんね。私はシルビア・エスラと申します。あそこで『幻影の魔女』にチンチンしているのが父親よ。情けないでしょ」
「ううん、あの人、ときどき来るけど、お母さんに気に入られて、会議のときは真剣だよ。お酒が入るといつもああなるけどね」
「そうだったの。世間知らずは私の方だったみたいね」
「だったら、私と一緒に勉強しようよ。今度また来てくれる?」
「ええ、いいわ。また話しましょう」
「だったら、友達1号だね」
「そうね。私もあなたが友達1号よ」