魔法使いの弟子
◇◇◇4年8ヶ月後◇◇◇
『雄叫びの森』にも春がきた。冬の間に悪魔の木は、森の入口付近まで広がっていた。これだとさすがに一般人の目にも触れるようになってしまう。このままだと人魚の木(悪魔の木)の果実の香りに酔ってしまい食べる者が出るかもしれない。
この木の果実は危険だから食べないように『この木の果実危険』と看板を立てたが、むしろ看板を立てる前よりも増えている。人魚の木の破棄もララに経験させていた。
ジーニアは断末魔の声が嫌いだったから、一度に数百本を風邪魔法で根こそぎ切断し、その後火炎魔法で焼いていた。それでも切断時には断末魔の声はするのだが、一度に数百の断末魔の叫びで済むからジーニアは、好んでエアーカッターを使った。
慎重に新芽が出ないように、根こそぎカットする。
ララは、当初『初級魔法』しか使えないときは、火炎魔法で1本ずつ焼いていたが、風魔法が上達すると、ジーニアと同じようにエアーカッターを使った。最初から火炎魔法を使うと、山火事が起こる可能性があった。
幻影の魔女のように伐採した木を、一カ所に集めて焼却するほうが安全だった。現在ララは火炎魔法も風魔法もすでに最高難度まで使えるようになっていた。
△△△
「もう行くのかい?」
やや腰の曲がった老婆は、曾孫に近い歳のララに、別れを惜しむように話しかけた。
「お母様、これで5度目ですよ。お昼ご飯を食べてから出発しますから、あと1時間は一緒に過ごせます」
「そうかい。私が王都魔法学園に推薦したとはいえ、別れは辛いさ」
「お母様は『幻影の魔女』なんだから、王都にはいつでも行けるでしょ」
「あそこに行くとまわりが五月蠅いから苦手なんだよ。私は人の醜さが嫌だからここで暮らしている。休みには必ず帰っておいで。ずっと待っている」
ジーニアは目前にいるララを見て、初めて会ったときのことを思い出していた。
ララと初めて食事した後、彼女からポツポツと語られた悲惨な運命を。
ララたち孤児はミリトリア王国とガザール国との第4次国境紛争の犠牲者だった。両親を亡くした子は国の方針により孤児院に入るが、国は十分な補助金は提供できていなかった。他国に比べれば破格な資金を提供していたが、それは孤児にとっては生きていくためのギリギリの援助だった。
バロミア伯爵は多くはないが、それに自身の金銭を加えて援助をしていた。だが、シャナル教会とシャナル孤児院は伯爵の援助金も含め補助金を着服していた。
一年に一度8歳になった子には魔力測定がある。教会本部から神父が訪問した際に、当初報告された孤児の追跡確認をする。だからシャナル孤児院は、それまでは孤児に対して生かさず殺さずの環境を与えていた。
孤児が8歳になって魔力測定が終われば、魔力値が高く本部の神父に連れられていく子以外は奴隷商に譲渡していた。
調べてみれば神父からシスターまで、金と体の関係で繋がり、有り体に言えば屑の集まりだった。
調べれば調べるほどシャナル教会の悪行は聞くに堪えないことばかりだった。
ジーニアはララから聞いたその日のうちに詳細を書きバロミア伯爵に調査を依頼した。
ララが来てから1週間後には、シャナル教会とシャナル孤児院の関係者は、全員捕縛され、拷問のうえ余罪を白状させられ、教会本部まで護送された。当然転勤させられたシスターも同罪だ。
教会本部において、裸にされたまま拷問のうえ舌を抜かれ、一晩そのまま放置され、翌日絶命していた者を含め、全員を全裸のままで火刑にした。悪徳神父とシスターは、教会の服を着ることすら許されなかった。
シャナル教会とシャナル孤児院には、新たに本部から善良な神父とシスターが送り込まれた。
その日から孤児たちは安全な暮らしを送ることができた。シャナル孤児院ではこの4年間で魔力測定値が100以上の子が3人出て、全額返済免除の奨学金でバロミア伯爵領の魔法学園に通えることになった。将来はバロミア伯爵を支える魔法使いになるはずだ。
ただ、魔力測定値が200以上の貴族レベルに達する子は出なかった。
というのも、ジャンは没落男爵であるビリー・ラクソン男爵の子だったから、魔力数値が異常に高かったことが判明したのは数年後のことだ。
それにいくらなんでも8歳で生殖能力があったことに疑問があった。その数年後の調査によってそのときのジャンの実年齢が13歳であったことも判明した。
ジャンは8歳であれば魔力値測定があることを知っていたから年齢を偽った。魔力値の高い平民は貴族になれることも知っていた。
ジャンが8歳で魔力値を測定したときは、ビリー・ラクソン・ジュニアとして登録したから、教会本部も分からなかった。しかもそのときより魔力値が弱冠だが上がっていたから、なおさら分からなかった。
「魔法学園の学園長は私の親族だから安心していいさね。それでも辛かったらいつでも帰ってきなさい。それから、それから……」
「お母様、そんな裾を掴んだままでは、ここから出ることができませんわ。いつでも逢えるのですから、心配しないでいいですよ。それに最高位の魔法実技や魔法学など魔法学園で習うことまで教えていただきましたから、大丈夫です」
「そうかい。そうかい……。ララは綺麗になったね」
幻影の魔女ジーニアが掴んでいるスカートの裾の手をそっと離し、腰まで届く金髪をゆっくり束ね、どこまでも澄んだブルーの瞳の小さな少女の顔は輝いていた。
「お母様、行ってきます」
「ああ、体に気をつけるのだよ」
ララは小屋の戸を開けると、そのまま空中に飛び立って行った。
「ああー、あの子に幸あれ」
ふと呟ききながら独り言を……。
「ああ、あの子は私を超える魔女になる。ジーニュアには会わせない。ジーニュアはララと出会えば才能があることに気づくだろう。そうしたら、最高難度回復魔法が使えるララをきっと利用するか、殺そうとするだろう」
ララが王都魔法学園に旅立った翌日、幻影の魔女ジーニアはララが休日に帰省したときに着せたくてララのために編み物をしていた。
「ジーニア10年ぶりだね。まさかあんたが編み物をするとはね。世の中変ったものだ」
「姉さん……」
△△△
魔力の木は悪魔サタンが植えたと言われている。だからサタンの木と言う者もいる。それゆえ魔力を得られずメロン似の赤い編み目の果実がなる木に変化することで『悪魔の木』と名付けられた。
『人魚の木』とも言われているが、それは人魚が悪魔の木の果実を食べても、悪魔の木に変化することなく、美味しく食べることができるためだ。
人魚にとって地上の果実は毒だが、唯一『悪魔の木』の果実は毒とならない。それゆえ『人魚の木』と名付けられたのだが、その由来を知る者はもういない。人魚の存在を知る者はミリトリア王国ではもう誰もいない。
ジーニアも『魔力の木』の果実を食べた。そのときの果実も甘くなく、渋かった。
幻影の魔女とはジーニアとジーニュアの二人のことを指している。二人の性格は全く違う。善のジーニアと悪のジーニュア。いつも意見が違うが、ミリトリア王国が侵略されたとき二人は協力した。
侵略者に対して果敢に挑む妹ジーニアとただ殺戮がしたいだけの姉ジーニュアがいたからミリトリア王国は内乱も起こらず、他国の侵略を受けることもなく栄えた。
『魔力の木(サタンの木)』の果実は魔力摂取がうまくいけば睡魔が襲い、翌日には魔力が増えている。魔力値が一定に達しない者はたとえ渋い果実を食べても『人魚の木(悪魔の木)』となる。
『魔力の木』はそれぞれ最高難度の魔法種を増やしてくれるが、どんな種類が増えるかは果実によって違う。
最後まで見ていただきありがとうございました。
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