異世界召喚再び
かねてより頼んでおいた日本刀が、ついに完成したと知らせがあった。今日は休日だから、訪問着でエドモンド様の邸宅に伺う。そういえば初めての訪問だ。今までも、これからも、とても恐れ多くてお兄様とは言えない。
日本刀の出来だが、最初は形だけをマネしたもので、グニャと曲がる粗悪品だった。
私、材料も渡したし、見本はなかったけど、演技つきで解説したし、製作のための簡単な絵つきで、マニュアルも作ったよ。
それなのに全く無視され、型に鉄を流していた。形の似ている粗悪品の包丁だ。人の話を全く聞かないから、私が小刀を製作して、切れ味と強度を試させて、やっと聞いてくれた。
「これは誰にも内緒だからね」と念押ししたら、即答で了承してくれた。
専門職人が少女に怒鳴られて、泣きながら覚えたことなど、言いたくないようだ。これで私が『詩』だとバレないですむ。
せっかく川辺の深い場所まで潜り、セコセコと集めた砂鉄は全く使用していなかった。理由はそんなものを使うより鉄鉱石の方が量産できるからという。
それなりの理由があるから、わざわざ砂鉄を集めたのに、ちょっと腹が立つ。
私は小刀一つ作るのも、強靱な肉体ではないため、ヘロヘロになった。爺ちゃんの手伝いをしていたときと同じ年齢だけど、この体は鍛冶に慣れてないから、腕がパンパンになる。その度に何度ハイヒールを使ったことやら。
そんなこんなで、没と言った刀は50振り以上、朝昼晩とできる度に持ってくるんだから、その意気込みは買うけど、ちゃんと寝ているの?
できた一振りは、お爺ちゃんのものに比べたらほど遠いけど、真司が気に入ったから受け取った。本人が『名刀正宗』にあやかって『名刀胸々』と漢字で銘を入れてもらい喜んでいる。本人がいいなら構わないけど、『宗』ではなくて『胸』? やっぱり幼稚園児以下?
「これいいな。うん。いい。居合もやっていたから、久しぶりに藁斬りをしてみる」
「危ないから、ここで試し切りしないでちょうだい。『雄叫びの森』に連れて行くから、ついでに『人魚の木』がまた異常増加したから片付けるわ」
『悪魔の木』ではちょっとゴロが怖い感じがするから、人に話すときは『人魚の木』と言うようにしている。
小屋には寄らず、『人魚の木』の密集している場所に転移した。
「ここに藁はないから、背の高い草を束ねるわ。それを斬ってちょうだい! 刀を放り投げられると、危ないから私は離れるね」
「おお!! 何十年ぶりだろう!! 武士の心が躍る!! いや、異世界転移してまだ半年だった」
真司はおもむろに刀を抜き、上段に構えると、腕から出た光が刀身を纏い、振り下ろすと、一瞬で主柱の上に巻いた草の束を斬った。斬った?
「え――――――――斬れてないよ!!」
「しばらくブランクがあるからしょうがない」
しばらくして……
「「「「「「「「「「ギェ――――――――」」」」」」」」」
『人魚の木』の断末魔の声が、轟音のごとく響く。いつもなら断末魔の声がするのを意識して構えているから我慢できていた。ところが全く油断していたから、間近で轟音のごとく叫ばれると、とても気持ちが悪い。
「…………バサッ――――――!!!!!!」
100メートル先までの人魚の木が倒壊し、目前の草の束はゆっくりずり落ちた。
「ふう~快感」
「真司、すごいよ。これだったら刀に付与なんていらないよ!!! 幻影の魔女を呼んでくるから、ここで待っていてね。でも動かないでよ。周りに結界は張っておくけど、何があるかわからないからね。あんたが動くと結界壊しちゃうから」
付与も私が望んだものではない。お母様が真司を心配して、私に願った。私はこいつが死んでもいいと思っているけど、お母様が悲しむから。
「ああ、心配ない。俺はもう、一歩も動けない」
かけつけた幻影の魔女も驚いていたが、一番驚いていたのは真司だった。
そんな私の前で真司に当たらなくてもいいですよ。私と真司が二人きりで来ていたから、きっと怒ったのね。
結局、お母様は、真司に回復魔法を使わなかった。厳しいところもあるのだと感心した。
でも、私にハイヒールをかけるように言われたので、渋々真司にハイヒールをかけてやった。
昨日もメイドたちが、ひそひそ話していたのを聞きましたよ。
「真司様が国王様の養子になることが決定したらしいわよ」
「そうなの。だから、幻影の魔女も朝昼晩かまわず誘惑しているのね」
「ふふ、あなたは遅れているわね。真司様は幻影の魔女だけではないのよ。最近貴族たちが女の子を連れて来ることが多いでしょ。彼女たちはどこに行くと思う? 真司様の寝室に直行よ」
「それでよく幻影の魔女にバレないわね?」
「午前中は真司様とやりまくっているけど、昼からは疲れて寝ているわ。夜になると活動を始めるから、昼間は自由になるのよ」
「真司様、よく体が持つわね」
「真司様はショートスリーパーなのよ」
「何故あなたが知っているの?」
「ふふっ、昨日貴族の孫が帰った後で、床を供にして頂いたのよ。早く子供が欲しいわ。私は騎士爵の四女よ。正妻でなくてもいいわ。子供さえできれば、その子は公爵家の子よ。私も、家族も大大出世よ」
「わかったわ。今から私も行く」
「今はダメよ。幻影の魔女と最中よ。今はたぶん図書室ね。隣の応接室に下着が落ちていたわ。まだ2枚目だから、あと3枚で見つければ今日は終わりよ。貴族が孫を連れてくる前に行きなさい。なぜだか知らないけど、5枚はノルマのように使っているみたいよ」
「メイ、ありがとう」
「キイラ、私たちは身分が低いから正妻になれないと思う。でもあなたとは仲良くしたい」
「ふふっ」
こんな会話はあちらこちらで聞こえてくる。
それに今日も聞いた。
「今日は少なくて助かったわ。まだ3枚だものね。今日はモニカ様も私もしてもらったし、さっきから今日来た男爵の孫としているようだけど、真司様は顔もいいし、絶倫だし、きっと筆頭公爵家となるだろうし、まあいいか。私も早く懐妊して公爵婦人になりたいなぁ~。私の家は子爵だから大出世になる」
まだ3枚……ですか……。
△△△
真司は調子に乗って斬りまくり『人魚の木』の密林から外れた森まで、小屋用の薪作りのために伐採させられていた。おかげで森の動物まで斬ってしまい、イノシシの死体が山のように捕獲されたので急遽宴会になった。
まだ昼ですよ。
ただ一つ残念なことがある。このことがあってから真司は、二度とこの能力が使えなかった。どうも刀が媒体となって、真司が生きてきた18年間の生体エネルギーのほとんどを放出してしまったようで、元のダメ真司に戻ってしまった。
宴会なのに第2回報告会もあるんだ。しかも前回のメンバーに加えて長女で最高軍事顧問のウラベル・バルセン様と王都軍第一軍団大将のサラ・アイスラン様が参加された。
ウラベル様はジーニア母さんと、最初の夫との子だから100歳を超えているのに、ギラギラしている。どうみてもまだ40代にしか見えない。私の日本の母と同じ年代に見える。それにサラ様は、お母様と双子の姉妹ではないかと思うような容姿だ。お母様の一族は老化しづらい体質のようだ。
「エ~お酒も入っていますが、泥酔する前に始めていいでしょうか? 誰も反対していないので前回に続き私、クロードが報告させていただきます」
「お前、この屋敷を女に与えていたらしいな。母さんがいないときは、姉ちゃん、姉ちゃん、と言って私のスカートの中に隠れていたのに、ふ~ん。モニカさんにあとでお前の恥部を話しておくからな」
「ウラベル姉さん、やめてください。あの頃は年の差があるんだから母さんの代わりに甘えていただけだから、虐めないで……」
「体だけ大きくなって、情けないのは昔のままだな」
「もう虐めないで……」
「ところで、なぜ伯母さんが、ララにお母さんと呼ばれているのだ?」
「よく伯母さんと分かりましたね。私は全く分かりませんでした。母さんが頼んだらしいのですが?」
「母さんが、あの伯母さんに頼むか?」
「そうなんですよね? でもそうらしいのです。私でさえそっくりで気づきませんでしたからね」
「お前は表面だけ見るからだ。二人のオーラを見ればわかる。似たようなオーラだが、母さんは黄色が多く、伯母さんはオレンヂが多い。お前は訓練が足らないから見えないのだった。まあいい、しばらく様子を見ることにしよう。ところでお前の囲んでいる女は何人いるのだ?」
「そ、そんな大きな声で聞かないでください。5人です。ララに聞こえてしまいます」
ララはひそひそ話している二人の声は聞こえなかったが、姉弟喧嘩を見て羨ましいと思っていた。この姉弟の妹となったわけだが、歳は親子以上に離れている。ジーニアとララのように血の繋がりがなくても、本当の親子のようになることもある。
ララはこの世界に来たから、もう妹の楓と本当の姉妹喧嘩ができない。
「もう始めますよ~。お酒を飲んで潰れてないで、こちらを向いてもらえますか? 皆様始めますよ~」
モニカがふて腐れているようなので、クロード様がモニカのところまで行き、何か話している。
「モニカ、悪い顔をするのをやめてくれないか。怖いから……首元のマークは第一秘書のシルスが……ちょっとこの度の住居の移動で……その……ちょっと怒って……それに毎日帰ってこないから浮気を疑われ……第五秘書まで一緒になって朝まで許してもらえなくて、浮気防止と言って、付けられたんだから。金貨300枚渡しただろう。その顔は追加の金貨を求めている顔だ。怖い……俺のヘソクリがなくなる」
「追加100枚」
「……」
「わかった」
お前は気づいていないのだろうが、首元にキスマークが2カ所あるぞ。これで俺の自由になるへそくりはもうない。今回が手切れ金だ。
モニカの機嫌が良くなったのでクロード様があらためて話し始めた。
「それでは始めます。ブルセルツ皇国の動きですが、各国が異世界人のための魔道具を、ブルセルツ皇国に売却することを禁止したようです。
そのため自作するしかなく、早くても来年の3月くらいまで異世界人召喚はできないと思われます。
次に北のグルドラ山脈一帯の半魔の動きですが、着実に魔物を増やしながらこちらに向かっています。森を通っているので、途中の国とは争わないで、戦力を温存したまま進行しているようです。当初の予定どおり、年末までには来訪しそうです。よって北に戦力を集中する必要があります」
「そいつらが来るのを待っていたら手下が増えるだろ? 明日ララと真司を連れて様子を見てくるさ。場合によっては、今のうちに頭を叩かないと、又来られて面倒なことになる。多数で来られたら、次は結界が破壊される可能性もある。越境になるが森の中だったらいいさ」
「では、そちらは幻影の魔女に任せます。それからガザール国の動きですが、ジャンは信者を増やし続けています。この調子でいくと数年待たずともガザール国第1位の宗派になりそうです。
やつは打倒ミリトリア王国を掲げていますから、要注意人物です。次に北のシドル連邦ですが、これまで極秘にされていましたが、随分前に勇者が現れていたようです。正義の勇者なのか、悪の勇者なのか、今のところ不明ですが、継続して調査中です。
それからモビリット連合から我国と……」
まだ昼間というのに真っ暗になった。そして外にはいつか見たオーロラが浮遊している。しばらくして前回と同じように、天が割れるように光が北西方向のブルセルツ皇国と北東方向のミゼット神国連邦方面の二つに割れた。
「誰だい!!早くても来年の3月くらいまでは、異世界人召喚ができないと言ったのは? やつら、やったじゃないか!!! お前のとこの調査能力はその程度か? はぁ~!!!」
「申し訳ございません。まさかあの調査書が本当になるとは」
「おや! 無能なのは部下ではなくて、お前だったか!!! エドモンドよ、後でしっかりクロードの教育をしておけよ」
「はは! 必ず!!!」
宴会は中止となり、酒は下げられた。急遽、食事会付き軍事作戦会議となった。