付与魔法
階段を下りているおじいちゃん先生に、悪ふざけをしていた生徒が、背後からぶつかった。
「危ない!」
みんなが見ているが、転移魔法で、おじいちゃん先生を支えようにも間に合いそうにない。使うつもりだったが……。
あれ? おじいちゃん先生はびくともしてないよ。
「君、危ないよ。他の人だったら大怪我をしていた。気をつけるんだよ」
「はい。先生。ごめんなさい」
それで終わり? 先生優しすぎるよ!!
待って! 待って! あの細い体にぶつかった相手は三年生だよ。それも図体の大きな男だよ。どうして平気なの?
「せんせ――――。大丈夫?」
「ああ、ララくんか。僕のガウンには耐震付与がされているから、あの程度の追突だったら大丈夫だよ」
「付与?」
「僕がマントに魔法付与を施した」
「せんせ―――――――それですよ――――――!!!!!」
「どうしたんだい。ララくんらしくない大声を出して」
「私にその付与の仕方を教えてください」
「君は付与魔法の適正もあったのかい? 魔力値審査で、どの学年にも付与適正の子はいない、と報告があったのだが? 今年も私の出番はないと思っていたのだけどね」
私の目で見た魔法は自分のものとしてコピーしてしまう。今のところ転移者は真司の固有スキルだけだが、レーザービームもコピーできてしまった。今ではレーザービームと雷魔法を合併して、ジクザグレーザービームのようにすることもできた。
「あります。さきほど付与適正取得しました。私の魔力値審査結果は秘密になっているのです」
「そうなのですか? 何か理由があるのかな? まあいいよ。私も付与適正のある子に会うのは10年ぶりくらいだからね。放課後に魔道具研究会の部室で待っていなさい」
「はいはいはい!! 楽しみにしています」
早速自宅に転移して、事の詳細をお母様に話した。お母様は付与適正がなかったので悔しがっていた。
真司は、「おおお――――エンチャントか!! すごいな!! 俺も欲しい。カメハメ波をエンチャントしてくれ!!」と……。
やっぱりあんたは幼稚園児か?
お母様が将来この男と結婚? そうすると私の父親になる? ありえない。
幼稚園児はお母様から鞭で教育的指導を受け、涙目になっていた。でも嬉しそうだよ。まさかとは思うけど、子供できちゃったりして? 大丈夫かな?
最近お母様が私と過ごしたことを忘れることが多くなった。私との出会いのことも忘れていた。普通年を取ったら記憶を無くすことはあるが、記憶継承があるのならば、若くなったのに忘れるのは変だ。だから出会いのことを話してあげると、「ソウソウ、ソウダッタヨネ」本当に忘れてないの? 私にとっては一番大事な思い出なのだけど……。
魔道具研究会の部室で待っているとドアを開け、おじいちゃん先生が入ってきた。
「待たせたね。すぐ始めようか」
「ありがとうございます」
「いや~僕も驚いているのだが、今回付与のことを学園長に報告すると、ぜひお願いすると返答された。材料も学園長個人が支給するし、クラブ活動費として給料とは別に、学園長のポケットマネーからビックリするような金額を提示された。年寄りに金貨100枚はすごい提示だ、あのケチな学園長がだよ……」
「あ・れ・で・す・よ。魔道袋でかなり儲けたみたいです。あれから個人的に頼まれて、材料支給で学園長のデザインした、魔道バッグを50個作りました。一度に50個でしたから、容量は先生のもっているものと同じ程度にしました。学園長は貴族の婦人たちに売って、相当儲けたみたいです。そのあとすぐ追加で100個注文がきましたが、忙しいので放置しています。もう作りませんけどね。きっと今回付与された実験品を売却して、もう一財産つくるつもりでしょう」
「そういえば、学園長の顔が……悪い顔をしていた」
「あの目を見ましたか? 最近は目が金貨になっていますよ」
「はははは、ははは、はは…………」
「うふふ……」
「……ララくん、始めようか」
「はい」
おじいちゃん先生は、一通り見本を見せてくれた。
「ララくんは付与適正が本当にあるんだね。この布に耐震付与ができているよ。だったら防御魔法を付与できるか試そうか」
私は単にコピーしているだけだが、一度に覚えてしまうから、おじいちゃん先生もびっくりしている。
「これでいいですか?」
「火炎魔法を弾くから防御力が付与できているようだ。このまま付与する素材の種類を変えながら、付与する魔法の種類を増やそうか。それができたら、あとはその精度を上げればいい。私の防御付与は、初級魔法程度だからそこまでの能力はないが、ララくんだったらもしかしたら最上級付与までいけるかもしれないね。がんばりなさい」
「はい。これで私の懸念も一つ解決できました。先生のおかげです。今日はお母様がいないので、私がギュウーしてあげましょうか?」
「いやいや。それは問題がある。生徒とそんなふしだらなことなどできない。それに僕は少女趣味ではない」
「そうですか? だったらちょっと待ってください」
ひとまず、校長への報告もあり、おじいちゃん先生を連れて学園長室に転移した。学園長は笑みいっぱい喜んでくれた。
ひとまず、ソファーに二人に並んで、待機してもらう。
私はおじいちゃん先生に感謝してもしきれない。頭の中をグルグル回っていた懸念が、バッと霧が晴れたように解決したのだから。まだまだ実装できるほどのレベルではないけど、お礼はしたい。
すぐに転移して、ミニスカートのまま真司に馬乗りしていた、お母様に事情を話すと、一緒に転移してくれた。
そういえば、お母様、下着がテーブルの下に落ちていましたが……。
ソファーには向かって左が学園長、隣におじいちゃん先生、学園長の正面に私は座る。先生の正面には今回のご褒美となるお母様だ。おじいちゃん先生は、生徒のときからお母様が好きだった。
「先生、本当にありがとうございます。もう~この子、食事も忘れるくらい、ず――――――と悩んでいたんですよ。先生のおかげで解決したようですし、それにララが元の明るい子に戻りました。お礼と言ってはなんですが……」
お母様は、おじいちゃん先生をしっかり抱きしめていた。おじいちゃん先生、満更でもない。生徒の母親から抱きつかれるのは問題無いのかな?
学園長が気にしていないので問題ないようだ。
学園長が私に目で、お母さんのスカートの中を合図している。その角度からも見えたのね。
おじいちゃん先生も、お母様の下着がないことに。気づいたみたいだ。顔が真っ赤だ。
「と、と、ところで、お二人とも聞きたいのだが、突然消えたり、現れたり……」
おじいちゃん先生に転移魔法を使ったのがバレてしまった。学園長を交え、国家レベルの秘密であることなので口外しないように話し、承諾してもらった。もちろんお母様のギュー付きだ。
クラブ活動が終わったので帰宅する。転移魔法は使わない。校門からきちんと出る。クラブ活動があるときは、他のクラブ活動が終わった生徒と一緒になることもある。お母様は幽霊部員なので転移魔法で戻る。
いつものように校門では風物詩となった黒服さんが待っている。
あれあれ――――黒服さんの一人に女生徒が、なにやら手作り菓子を渡しているよ。黒服さんもまんざらでもないようね。確かに黒服さんばかりだと出会いがないものね。いいよ、いいよ。健全な男女交際なら、歓迎するよ。
玄関前でお母様を背中に乗せて、腕立て伏せをしている真司が、私が帰ったことを知ると、お母様を撥ねのけて、私に向かって走ってきた。でもお母様、下着穿いてないですよね。見えましたよ。
下着を穿かないのがお母様の過ごし方であれば、それでいいのですが、でも脱いだらきちんと片付けましょうね。雄叫びの森で過ごしたときは、私が脱いだ服を片付けていたでしょ。あの頃は脱いだものは、洗濯カゴに入れるよう教えてくれましたよね。
<<<<ララちゃ~ん。ダズゲデグデーーーーー。死にそう>>>>
<<<死ねばいいんじゃないの>>>
「おや、私を撥ね除ける余裕があるじゃないかい。もう100回追加しようか」
<<<がんばって。お母様、真司のことはあなたにまかせます>>>
<<<<オニ――――――>>>>
そういいながらも、嬉しそうじゃない、真司。あなたは私のことを知らないようだけど、私はあなたのことを知っているわ。まだ全部思い出していないけど、悪魔のような男。いいえ、悪魔のほうがいいかもしれない。
あなたは天使のような顔立ちで悪魔のような所業をする。日本のときも、この世界でも天使のような顔立ちで平気で悪いことをする。
もうメイドの何人かに手を出しているわよね。モニカも最近あなたに馴れ馴れしいし、ときどき遊びに来ていた娘のマリアさんも、最近は来る頻度が増している。ミミもあなたを見て顔を赤らめているし、学園長すらつまらない用事でよく来ている。
それだけだったら…この世界だったら、あたりまえのように行われているから、私も大人の付き合いと割り切ることもできるのだけど……。
さすがに副メイド長の孫との行為を見たときは驚いた。シスター見習いの子と、そういうことをしていたと真司が楽しそうに話していたが、副メイド長の子がシスター見習いになれるのは2年後だ。
頭ではこの世界は、日本の常識とは別の世界のことだと割り切るようにしていたが、さすがに実際に見てしまうと吐きそうになる。実際吐いた。しかも相手の子は喜んでいるし、副メイド長もそのことを喜んでいる。副メイド長が画策して、そういう関係になった可能性すらある。
まだ、内々だが、真司の身分が低いので、どうもお母様が国王に真司を養子にすることを認めさせたようだ。このことを知っているのは執事長、副執事長、メイド長、副メイド長だけだが、その頃からそれぞれの子や孫が出入りするようになった。マリアもそうだし、副執事長の孫と副メイド長の孫もそうだ。
真司が正式に国王の養子になれば、真司が次期国王になる可能性すらあるが、国王の側近が反対するだろう。落としどころは、皇太子としの権利は放棄させて、公爵位の付与だろう。
この調子でいくと、真司はお母様も望んでいるようだし、結婚相手となるだろう。そうすればオベルツ家の一員となる。それは公爵家筆頭となることを意味している。真司との子供ができたらその親族は公爵家の仲間入りだ。
最近やたら幼い子や孫を紹介する貴族が増えた。子や孫は真司に一目惚れする子が多く、貴族の子は小さい頃からそういう教育を受けているのだろう。相手が年寄りの場合もあるから真司は、見た目は天使のようで、顔はこの世界では超イケメンで、18歳だから超優良物件ということになる。子や孫も、その親族も手放しで喜んでいる。
確かに、老人に嫁ぐよりはいいとは思うけど……私としてはどちらも複雑だ。
真司の養子案件は極秘事項なのに、ダダ漏れだ。ミリトリア王国は国としてはもうダメかも。
お母様も私の前ではやたら真司に厳しいけど、私のいない場所では真司に甘えているらしいですね。メイドたちが内緒話をしていましたよ。
6人で夕食をしながら国際情勢について世間話をしている。魔法省大臣のエドモンド様、魔法局長官のクロード様、リリア学園長、エドモンド様の後ろには第一秘書でクロード様の長女マリア様、クロード様の後ろにはめずらしく、モニカが奥さん兼メイドをしている。聞いていたのと違うわね。仲がいいの?
クロード様は魔法局が調べた最近の各国の動きを話し始めた。
「ブルセルツ皇国は真司殿の捕獲に失敗したため新たな異世界人の召喚の準備をしているようです。各国から魔道具の買入れを頻繁に行っています。再召喚はまだ1年以上先と思っておりましたが、どうやら数ヶ月で魔道具の調達ができそうな勢いです。それまでには真司殿の底上げを急いでいただきたい。異世界人に対抗できるのは同じ異世界人の真司殿しかいません」
クロード様の話術がさすがだ。豚もおだてりゃ木に登る。今のままでは役に立つどころか、お荷物だから、褒め殺して、早く役に立つように発破を掛けている。
「そうですか? 嬉しいなぁ。俺がんばります。どんな苦労もどんとこいです」
まんまとクロード様の手のひらで踊らされた。
「さっき逃げたやつがよくいうね~。明日から腕立て伏せを倍にするからね」
お母様、嬉しそう。
「勘弁してくださいよ~。俺魔法は1つしか使えないんですから。それより俺、勉強はダメだったけど、剣道部だったんです。日本刀を作っていただいて、ララに付与をしてもらったら近接戦ができると思うんですよ」
「日本刀? そりゃなんだい?」
「それは武士が使っていたものだ」
「武士?なんだい?」
「あ、お母様それは、真司がいた世界の話のようです。あとで詳しいことを聞いておきます」
私のお爺ちゃんが刀匠だったから製造方法は知っているし、私も小さいものなら作れる。だけどこれを話すと私が『詩』だと真司に感づかれてしまう。
真司を誘導しながら、真司から聞いたことにしよう。
「真司に聞いて、どのようなものかお知らせしますので、今度職人さんを紹介してください」
「ララちゃん、それなら我家の武器職人を紹介しよう」
エドモンド様が嬉しそうに答えてくれた。
「では続きをよろしいでしょうか。逃亡犯のジャンですが、ガザール国において同行した者たちと新教を興し、すでに国内2位の信者数を誇るようになっています。一般の宗教であればいいのですが、どうも武闘派宗教のようで力自慢や魔法使い、それに荒くれ者まで信者になっている。
特に問題なのはジャンが信者1,000人の魂を餌にして悪魔を召喚したことです。この間『幻影の魔女』が襲われたのも、おそらくその悪魔と思われます。頭が痛い」
「それがあったので、私は付与魔法を覚えることにしました。突然の攻撃に耐えうるように、これから防御魔法の付与能力を上げて、お母様が出かけるときは、頭から足の指先まで防御魔法を付与した鎧を着てもらおうと思っています」
「おい、ララその考えはおかしいぞ。それは幼稚園児の考え方だぞ」
「幼稚園児に言われたくないわ」
「そんなもの身につけていたら戦国武将じゃあるまいし身動きできないぞ」
「コホン。まだ続きがあるのでいいでしょうか? 北のグルドラ山脈一帯に半魔が数人発見されています。どうも一人ほどすでに我国に偵察に来ているようです。ザバンチ王国上空を青緑色の人間が飛んでいるところを地元住民が見ています。
やつらは近隣の魔物を従えて、南下しながら手下の魔物を増やしているようです。どうも我国を目指しているようでして、このままだと今年中には来襲しそうです。
何よりもこちらの対策が最優先となります。北のシドル連邦も気になる動きをしていますが、まだ調べきっていませんので次回の報告とします」
世間話しがいつの間にか軍事秘密の報告会となっていた。こんな国家機密を私のような学生が聞いていいの?
「お通夜のようにしていたら食事が不味くなる。お酒でも飲むか。モニカ! そこの浮気者の世話をやめて50年ものワインを持ってきてくれ。お前が出したいのならば浮気者に一滴ぐらい出してもいいぞ」
お母様がそう言うと、モニカが即答した。
「はい、すぐに持ってきます」
なんだ。仲いいの? 大人はよくわからないわ。
この日の討論はお酒が入ったことで仕舞いとなった。モニカも飲み出して、クロード様と手を繋いでいた。
な~んだ。縒りが戻ったと思ったら違っていた。魔法局の部下への口止め料の交渉を、指を握らせ行っていた。ふ~ん。そうなんだ。金貨300枚なんだ。モニカって結構エグいんだ。
話は片方から聞いただけでは分からないもので、そもそも最初に浮気をしたのはモニカだ。しかも同時に若い子を三人も。それでクロード様が荒れていたところを、第一秘書のシルク様が慰めてあげた。
それからは元々秘書に愛されていたクロード様が、なし崩しに全員と関係を持ってしまった。娘のマリア様によるとモニカは今も数人囲っていて、クロード様どころの人数ではないようだが、クロード様が気づいていないだけらしい。
マリア様もクロード様に本当のことを言えばいいのだけど、モニカが巻き上げた金の何割かは口止めで料として、マリア様に流れているから黙っていると聞いた。
なぜ、私が知っているかというと、モニカとマリア様が話しているのを聞いてしまったからだ。トイレに行きたくて、転移魔法を使ってトイレを出ようとしたら、トイレの中で二人が口止め料のやりとりをしていた。だからとうとう出られずに最後まで聞いてしまった。
今は二人とも真司に夢中のようで、囲っている男たちに手切れ金を渡すためにお金が必要らしい。
でも、私はもう一人の独り言を聞いてしまった。
「ああ、これで貯金がなくなってしまった。第一秘書シルクがお金で済めば安いと言っていたから、渡したが、裏の組織を支持する魔法局長官が、お前たちの不貞を知らないはずがないだろうが。ドロドロが嫌だからお前たちの言うことを聞いているが、これ以上シルクたちに迷惑を掛けるようだったら、許さないかぞ。あぁ~何か一攫千金のアルバイトないかなぁ」