ジナイダ大帝国軍①
~3日後~
ジナイダ大帝国軍は窪地で野営する10万人と対峙している。中部の貴族が健闘し、住民が食糧を持ち出し避難したことで思ったよりも人数が減っている。上空から観測するとジナイダ大帝国本軍130万人は無疵だが、奴隷兵がかなり減っている。食糧事情が悪かったのだろう。どう見ても70万人程度だ。90万人いた奴隷兵が20万人も減っている。奴隷兵は痩せこけているから、歩けなくなった者は置いてきたか、殺したのだろう。後ろにいる本軍の軍人は皆艶々としている。特に最後部の軍は食事も奴隷兵とは随分違う。
上空からの映像を雪ちゃんの使い魔が送ってくれるが、それを見た元北部連合国兵は自分たちもラカユ帝国軍と同じ物を与えられていることに感謝していた。それに画像を見せられたことで、自分たちの行動の何もかもがラカユ帝国に筒抜けだったことが分かり、ラカユ帝国に征服されて良かったと思っていた。あのままでジナイダ大帝国軍と戦っても、勝ち目はなかった。それに負けると奴隷兵として死ぬまで使い捨てにされる。
奴隷兵は窪地に置いてきた前衛10万人と戦っている。相手は痩せこけているが、ここまでの戦いに生き残った猛者たちだ。人数差もあるが、一方的に押されている。
ほぼ、制圧した奴隷兵は、まん中の国境壁を越えてやってきた。まん中の国境壁の中央は山なりになっているから越えやすい。10メートル幅は土を盛りそのように造った。ラカユ帝国兵は押されて徐々に後退する。とうとう奴隷兵全軍に侵入されてしまった。
「華ちゃん、小町ちゃん、土をどけてちょうだい」
「はい」
渡りやすいように土を盛っていたが、その盛り土を除いた。奴隷兵は中央の壁に囲まれる形で戻れなくなり本軍と分離された。
奴隷兵70万人とラカユ帝国軍90万人によるガチ戦闘が始まった。ラカユ帝国軍は火薬弾による攻撃を行っているが、奴隷兵にも魔法使いがいる。火薬弾だから魔力切れは起こさないが、こちらも火炎弾の在庫が残り少ない。相手は痩せこけているが、実戦を重ねてきた強者たちだ。さすがに強い。こちらが有利に戦っているとはいえ、長期戦になりそうだ。敵兵の分断に成功したから、こちらは長期戦のつもりで、無理をしない。
ここの指揮はセシール・トマイル元帥がやっているから安心しているが、ジナイダ大帝国の次の一手がどう出るか?
ジナイダ大帝国本軍130万人のうち最前線70万人は強制徴兵した者たちだ。本軍は最後尾でのんびりしている60万人だ。こいつらはこれまでほとんど戦うことなく、勝利している。強いわけではない。ほとんどの戦いが奴隷兵で片付き、それでも進軍してくる敵兵は最前線の強制徴兵した者が数の力で勝利していた。
思った通り、ラカユ帝国側から見て左端の壁を破壊し、70万人が流れ込んできた。ここを抜け背後にまわり攻撃するつもりのようだ。左端の壁は単純に土を盛っただけのものだから、それに気付いたようだ。
ジナイダ大帝国軍にも優れた者がいるようで、右端の壁は頑丈で高さも10メートルあるから避け、中央は5メートルと低いが、盛り土を除去したので壁を壊すか、梯子を掛けるかしなければならない。表面は頑丈に造ってあるから、壁を崩すにはそれなりに時間がかかる。梯子では少人数しか登れない。その間に壁の上から弓で狙われてしまう。左端の壁は土を盛っただけのハリポタだから土を崩せば道ができ、簡単に登ることができる。
「この壁を造ったやつは頭がいい。どの壁も見た目は全く同じだ。だが、俺の目はごまかせない。これは『張りぼてだ。時間がないからこうするしかなかったのだろう。これを気づかれてはいけないから、中央の壁を上りやすいように盛り土したのだろう。奴隷軍はまんまと罠にかかった。だが、我ら本軍の偵察隊の目はごまかせない」
「では、このまま突撃しますか?」
「馬鹿野郎!! なぜ我々エリートがこんな泥臭い戦いに身を投げ出さなければならない。強制徴兵した使い捨てがいるだろうが。やつらを使って、奴隷兵と戦っているラカユ帝国軍の背後から挟み撃ちにして殲滅する。敵90万人に対して奴隷兵70万人と強制徴兵70万人で負けるはずがない」
「ですが、ラカユ帝国兵はまだ全員出てきていないのでは?」
「ははは、どうせ残っていても20万人~40万人程度だろう。まん中をとって30万人としてラカユ帝国軍の総勢は120万人だ。それに対して我が軍は140万人だ。それだとどうなる?ラカユ帝国の作戦司令部の連中は相当頭がいいが、儂の生徒並だ。
難民を招き入れたのが失敗だ。儂なら絶対に難民など無視する。入れてしまったのならば、暴動を起こさないように軍を駐留させなければならない。その数は20万人前後必要となる。できれば30万人は欲しい。ということはこちらに廻す兵はほとんどいない」
「その程度では我が軍が少し有利ですが、つぶし合いになります」
「そうだ。3日もすれば双方は疲れ、戦力は極端に落ちる。そこに本軍60万人がなだれ込んでみろ。どうなる?」
「本軍の兵は弱者には残虐ですから、ラカユ帝国軍への殺戮が始まります。ですが、いいのですか? ラカユ帝国軍を奴隷兵にできませんよ?」
「奴隷兵などラカユ帝国国民を強制徴兵すればいいだけだ。むしろこれだけ我らを苦しめたラカユ帝国軍は危険だ。早めに潰す方がいい」
「さすが、次期大元帥候補ベック・ドットス大将であります。私は一生ついて行くであります」
「お前はかわいいから、もっといいことを教えてやろう」
「まだ続きがあるのですか。あっ! そこは弱いので。もう少し優しくしてください」
「お前はかわいいのぅ。話の続きだが、我らがどうしてこんな正面切って分かりやすく進軍していると思うか?」
「我らにはそれだけの力があるからです」
「それはそうだが、我らがボルジ・ケツアナ大元帥はそんなに甘くない」
「あっ、そこは違います」
「そうか。悪い悪い。国境警備を除けばラカユ帝国のほぼ全軍が我らと対峙している。今頃ラカユ帝国の首都ウーベ宮殿は大騒ぎだろうよ。海を渡りジナイダ大帝国軍の精鋭30万人が空っぽとなったラカユ帝国の首都ウーベにいる女帝以下幹部の首を落としているところだ。まさか海から攻めてくるとは思いつかないだろう。これからウーベに乗り込むが、せめて掃除だけはして欲しいものだ。俺は血の臭いが好かん」
「流石ですね。でも、私はやっぱりベック様が一番です」
「サンマリア・ホンブラ大佐、お前は俺のいい第三夫人になれるぞ」
「はい、子供は3人作りたいであります」
「では、もう一回戦いくか?」
「はっ、嬉しいでありますが、数打つより、もう少し時間を延ばして頂けるともっと嬉しいであります」
△△△
~ララ自治区にある本部~
「ヘルシスちゃん、あなたにそっくりな人が壁際で始めているわよ」
「私はあんなに声が大きくありませんし、あんな卑猥な格好はしません」
本人は気づいていないようだが、私にはあのサンマリア・ホンブラ大佐の行為はヘルシスちゃんを見ているようだ。
「今夜本軍が左端に入るでしょう。こちらの残り30万人は難民のための炊き出しや、治安維持に回っていますから、左端に割く兵は一人もいません。ベック・ドットス大将はよく戦況を理解しています。あれで心が綺麗であれば、我が軍に欲しい人材です」
「明後日には背後に回られるから、壁の上から攻撃されたらラカユ帝国軍は全滅するわね」
「そうですね。普通の国家であれば、ここで全滅しなくても、詰みですね」
「そうだよね~。でも、今頃、アサリ・ハマグリ女王がジナイダ大帝国軍の船底に穴を開けているから、海岸に着くことはないんだよね~。気の毒だよね~」
△△△
「ドンベル元帥、ラカユ帝国第二首都ニューボルスワイ港まであと30分であります。ラカユ帝国方面には一隻の船舶も見当たりません」
「ジーン航海士、報告ご苦労。だが、もう報告しなくていい。ラカユ帝国は落ちたも同然だ。大天才と噂のあるヘルシス宰相も大したことないの~。儂の女にしてやるつもりだったが、この程度の作戦も思いつかないようでは、儂の女にはできん。それにしても今日はいい天気だ。海上を警戒されていたら、これだけ快晴だとそこそこ抵抗されたかもしれない。ララ女帝よ、無能を宰相にした自分を責めるがいい」
「ドンベル元帥、大変であります」
「サンテ副長、なんだ。サメでも出たか?」
「いいえ。生物はどこにも見当たりません。どこかに衝突したわけでもありません。ですが、船が浸水しているのです。しかもとんでもない早さで沈んでいます」
「どういうことだ?」
「わかりません。ですが、この船だけでなく、他の船も傾いていますから、同じように浸水しているようです」
「早く水を掻き出せ」
「数カ所あり、もう無理です」
「くっそ――――! 救命ボートで脱出するぞ!」
「ドンベル元帥、それは無理であります」
「なぜだ?」
「ボルジ・ケツアナ大元帥の命令で、船体が重くなるので積んでおりません。それに絶対負けないから、それに賛成されたのはドンベル元帥であります」
「ん? そうだったか?」
「そうであります。私は聞きました」
「では、どうする?」
「船の沈没に巻き込まれる前に、海に飛び込んでニューボルスワイ港を目指します」
「そうか。どうせ上陸する予定だったしな。よし、飛び込むぞ。副長、浮き輪を用意してくれ」
「ドンベル艦長、泳ぐ方が早いであります」
「サンテ副長、儂は泳げん。お前が引っ張ってくれ」
「はぁ~。泳げない? よくそれで艦長になれましたね?」
「内緒だが、コネだ」
△△
「アサリ・ハマグリ女王、やつらは海に飛び込み、ニューボルスワイ港を目指しています。やつらを海に引き込みますか?」
「ヘルシス様は、無駄に命を奪わないよう言われました。見てみなさい。ニューボルスワイ港にラカユ帝国軍が終結しているでしょ。ニューボルスワイ港に着けば、全員捕虜になります」
「では、このまま本国に戻りますか?」
「私は、これから第二宮殿に行きます。そこで祝勝会のお裾分けをいただきます。あなたたちは、浮いているジナイダ大帝国軍の武器を取り上げなさい。それが終わったら本国に帰っていいわ。あとは宰相に任せると伝えなさい」
「はっ、承知しました」
最後まで見ていただきありがとうございました。
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