おぼろげな記憶
失礼な男を連れてきたことを後悔したが、日本語を聞いたことで、私の前世を思い出すトリガーになったようだ。まだ部分的ではあるが、かなり思い出した。
私は川辺でこの男に話があった。この男に脅されて、随分アルバイトのお金を巻き上げられた。それに逆らうと、殴られることも多かった。しかも学生服から見える箇所は殴らない。それだけでもこの男に復讐してもいいが……。
母との関係は続いていた。だから別れて欲しいと話した。それなのに妹のことを聞いてくる。私は結論を聞きたかった。だけど世間体があるので、人に聞かれる恐れの無い、近くの川辺の河川敷で待ち合わせた。そこで母に飽き足らず、妹の楓と関係を持とうとしていたことを追求した。
詩の母親は、なぜこんな誰とも腰を振る猿と付き合ったの? 私だったらこんなふしだらな男は、いの一番に近づけたくない、対象なんだけどなぁ。
「なあ、『詩』俺と…の……ために……くれ」
男が突然見えなくなり、私は意識を失った。
◇◇◇◇◇
突然いなくなったと思ったら、川辺で話したときのままの服装で……胸には『卒業おめでとう』のコサージュが、クシャクシャになっている。それに血がついているよ。その散り方は返り血よね? 誰の血? 魔物の血ではないようね。だって魔物は赤い血を流さないもの。そのことを思い出そうとすると、頭の芯が痛くなる。
服は洗濯しているようね。どうも服から女性の匂いがするわ。しかも複数の女性のようね。
日本人と会えて嬉しいのに、うれしくない。この世界に来て初めて、日本人に出会えて、嬉しいはずなのに、この男は危険だと拒絶している。沸々と湧き上がる怒りはなんだろう?
△△△
『詩』の記憶がおぼろげに蘇ったのは、この男を連れてきた翌日だ。とても嫌な夢を見た。川に流され、徐々に深い闇の底に意識が落ちていった。
私は日本人だ。それに、この男の名前を思い出した。『藤森真司』という。同じ公立高校の同級生だ。クラスは違ったが、母の浮気相手だった。そこまでは思い出せた。ただ、あの川辺でのことが途中までしか思い出せない。最後の蓋が閉まったままだ。
しばらくは、真司に思い出したことを秘密にしておこう。この男は私にとって、最も危険な男認定をした。完全に記憶を思い出せるまで、この男との付き合いは、上手に距離を置こう。
<<<<うひょ~。すごいご馳走だ>>>>
「ララ、彼はなんて言っているのだ?」
「食事がいっぱいで、嬉しいと言っています」
「遠慮しないで食べるといい。食べながらでいいから、何があったか聞いてくれないか」
<<<まずあなたの名前を教えてくれない。食べながらいいので、ここに来た経緯を教えてくれない?>>>
<<<<わかった。俺は藤森真司という。お前のことも教えてくれよ>>>>
<<<私はララ・オベルツよ。あなたのことをお母様に、知ってもらいたいから無駄口を言ってないで、早く話しなさい>>>
<<<<わかった。これは何の肉だ? 食べたことないぞ。うまいうまい>>>>
真司は前の世界のことは話さず、この世界に来たいきさつを話した。やはりしたたかな男だ。
気がついたら、バチカンの司祭と、同じような服装をした男に囲まれた。それから投獄されて、変なおっさんが入れ替わり、ジェスチャーゲームを始めたこと。
それから一人で逃げ、誰にも会わずに、『雄叫びの森』に着き、この世界に来て初めて、まともな女性の私に出会ったと言った。
あ~また嘘をついている。この男は女のことを隠すときは饒舌になる。この饒舌感はかなり多くの女と、関係をもっていたわね。服から女の匂いがするのに、この男は惚けている。こんなに匂うということは、きっと女たちが故意に付けている。
未成年とも不純なことをしているわね。話のところどころに、シスター見習いのことが出てくるもの。シスター見習いになるのは10歳から12歳の子よ。この世界では許されても、日本では許されないの。あなたは日本人でしょ。
まあ、こいつは未成年にも手を出していたから、気にしないのだろう。こんな男はサッサと放り出すか、殺してしまいたいが、どういうわけか、お母様が気に入ってしまった。
追い出そうにも理由がない。真司を思い出したことを話すことができないから……。
真司がお母様の前でジェスチャーをすると、お母様は大喜びだった。ところが、お母様の顔が急に暗くなった。どうもブルセルツ皇国司祭は、教皇の命令に従い、ミリトリア王国に進軍し、ついでに近隣諸国を殲滅し、大陸統一の手伝いを真司にさせるつもりだった。
お母様が先代の『幻影の魔女』から聞いた、異世界転移者の魔法は、真司と同じく、レーザービーム砲のようだ。
「『あのときは初めて勝てないと思ったよ。魔力結界など、何の役にも立たなかった』と師匠が言っていた。その距離はどこまでも長く、その太さは数メートルだった。幼女だったから魔力の加減ができずに、命の炎を削ってしまった。真司も同じレーダービームが使えるのだからここにいたらいい。私が教えてやるよ」
お母様は真司を見ながら楽しそうに話している。それに、お母様の様子がおかしい。真司を見るときの目が、私のよく知っている真司を男として見ていた?
詩の母親の目にそっくりだが、少し違う。なにか掘り出し物をしたような感じだ。
真司は大人だから自己防衛機能が働いて、自然に魔力を調節しているのではないだろうか? だから異世界転生者は大人よりも、子供のほうが怖い存在となる。1年後に異世界召喚があっても、せめて話合いができる大人であって欲しい。できれば共感できる日本人であって欲しい。切に願った。
真司は『異世界転移者』で、私は『異世界転生者』だ。私にはこの世界での13年間の生活がある。
<<<真司はこれから何がしたいの? あなた!ここに来るまで複数の女性と関係をもっていたわね。服から複数の女性の匂いがするわよ。その人たちのいる場所に帰ったら?>>>
<<<<俺は、ここにいたい。それにお前のお母さんは、俺と一緒にいたいようだぞ。お前が日本語を話すから付いてきたが、今はお前の母親が、ここにいるように言っているのだから、いいよな? なぁ?>>>>
うそだよ~ん。お前たちを利用したいだけだ。
<<<わかったわ。食事だけは提供するわ>>>
私も最初の頃は。真司をいい人と思ったこともあった。早退した日に母との情事を見るまではね。でも今は無理よ。人としてあなたを受付けない。
<<<<この世界に来てやっと、日本語が通じる者に会えた。日本語が通じるそれだけでもここにいる価値がある。それにこの世界は自由でいい。俺はここで暮らす!!>>>>
真司は簡単に身体を許した親子のことを考えていた。この世界に慣れてから真司は、元々の性格が紐体質の駄目男だから、口元が緩んでいた。
幻影の魔女がチラチラ俺を見たぞ。脈ありだ。この女も落ちた。
前の世界では鹿野詩に、余す精力を近所の婦人の余暇時間のために使っていたことは、知られてしまったが、俺の本当の目的は母親じゃない。俺の許容範囲は広い、年齢制限などない。上限もないが、下限もない。むしろ下限が目的だ。
<<<だったら、明日から言葉と字を覚えないとね。いつまでもあなたの通訳をするわけにはいかないしね。この世界の言語はどの国も共通だから一つ覚えたらいい。それに日本語と文法が一緒だからすぐ話せるようになるわ。
字は日本語の『ひらがな』のようなものだからあなたの頭でも覚えられる。覚えたらここからサッサと出て行ってよね>>>
いつまでもこの男の側で通訳をしていると、私の心の平穏が脅かされる。しばらく近くで教えないといけないが、一時の我慢だ。
<<<<俺は猿並の頭か?>>>>
<<<猿並なのは頭だけでは無いよね>>>
真司が私の手を取り、肩を寄せた。悪寒が走った。ララが拒絶している。ララは生娘なのだ。詩も生娘だったが、おもいっきりグーパンで顔を殴ってやった。
魔法で消し炭にしなかっただけでも感謝して欲しい。お母様の存在がなかったら、もう殺しているわ。
あれ? お母様は布切れを冷やし膝枕までして真司の顔に当てている。回復魔法を使えばいいのに。そんなにいい男なの? この男は糞だよ。
この男は連れてこなかった方が、よかったかもしれない。詩が早くこの男を遠ざけるように知らせている。でも、もう入れてしまった。
ひとまず、ひょんなことからブルセルツ皇国の脅威は去った。でも、お母様は教皇を知っているようで、ブルセルツ皇国の現教皇は相当の凶悪者らしく、司祭の命などゴキブリ位にしか思っていなくて、異世界召喚を失敗すれば、魔力障害が起き、それにかかわった司祭はそれが原因で絶命するとわかっていても気にしないらしい。
今回成功したから、召喚するための環境が整ったら、きっともう一度異世界人を召喚するだろう。それでも異世界人の召喚には、魔道具の準備に1年は要するらしいから、あと1年の間に対策をすればいい。まだ時間はある。
私はすぐにでも真司を追い出したかったが、お母様が反対した。それから何度もお母様とも話し合って、私が魔法学園に行っている間に、私の作った言語教本で勉強し、真司は自分を守ることができるように、お母様が魔法を教えることになった。夜は3人で食事を摂りながら言語の実戦訓練をする。私も真司には早く言語を覚えて、どこか遠くに行って欲しい。
「お母様、真司は身体目的の猿ですから、そんなに密着して教えては駄目ですよ」
「はは、心配ない。こんなひ弱なやつは私が一捻りで倒せるよ」
お母様に真司の魔力測定はしなくていいのか尋ねたが、「あんな虚弱者で初級魔法の初歩程度のレベルのビームなら測定する必要もないだろうよ」と一蹴された。
お母様、真司が魔力測定をしたことは知っていますよ。その数値も真司から聞きました。真司には魔法能力はなかったようですね。私も驚いたのですが、まさか魔力値が本物の『なし』とは思いませんでした。真司のレーザービームと障壁破壊は転移者に与えられたスキルだった。
私たちはまとめて魔力と言っているが、転移者の使うものは魔力と似ているが、魔力が魔素を使うのに対し、転移者のスキルは自身の人体エネルギーを使っているようだ。私はレーザービームも複写できてしまったから、両方使えるようだ。
真司は魔法が使えない……それは真司がこれ以上極悪化しないということだ。でも真司にとってはショックだったようで、お母様がやさしく慰めていた。
私の猛特訓のおかげ? 中学1年生の女子が大学生を小突いている状況で、真司は泣きながらも1か月でカタコトながらこの世界の言葉を話せるようになった。そのおかげもあり、お母様と意思疎通ができるようになり、ビームの威力も増してきた。
「お母様、ときどき密着するのは、実践を教えるのに、よい方法だと思いますが、ずっと密着する必要はありませんよ。その男は要危険人物ですよ」
「私は最近低体温かもしれない。真司は体温が高いから便利なのだよ」
真司の使える攻撃スキルは1種類のみだけど、その威力が桁外れだった。上級魔法の上のレベルの最上級魔法並で、いわゆる『レーザービーム』だが、今はまだ到達距離が3メートルくらいで、その太さもボールペンくらいなので、基礎体力を上げ、到達距離の延長とレーザービームを太くするため、毎日涙を流しながら走っている。
私としてはもうこれで十分だと感じている。自分一人を守るならば、これで十分だと思う。真司に強い力を与えると、何か悪いことが起きる気がする。
真司は調子にのって自分から6人の婦人と、6人のシスター見習いとの関係を自慢した。それを聞いたお母様の、真司に対する扱いが粗っぽくなった気がする。今日だって後ろから鞭を振りながら『オラオラ早く走らんかい。そんなひ弱な男とは結婚してやらんぞ』と言い、追いかけている。
やきもち? まさかあんな男と結婚する気なの?
真司がボロボロになるのは構わないが、でも、そのあとやたら優しく真司に密着しているお母様は、飴と鞭で手懐けようとしているようだ。
それとも母性本能?
はっきり言って、真司は覚えが悪かった。2か月が経ったけど、未だに距離は4メートル前後で、太さはボールペンよりほんの少し太い程度。今日もぶっ放している。口だけね。
『バキュンバキュン。バババババババ――――――ン。ギュ――――――ン』
あんたは幼稚園児か?
お母様の真司を見る目が、いつの間にか優しくなっている。ああ、優しかった頃のお母様に戻ったのかな。
お母様、おじいちゃん先生に抱きつくみたいに、真司に抱きついても何の見返りもないですよ。
お母様、下着が落ちていましたよ。メイドがこっそり気を遣ってポッケに入れています。
そうですか。見返りがあったのですね。二人のことですから、そこには触れませんが……。その男だけはいけません。
△△△
ララが藤森真司という、異世界人を連れてきた。ララは生娘だから何も分からないようだ。この男は、そのへんのチンピラより醜悪な男だ。顔がいいから女が近寄るのだろうが、女をタダの性玩具としか考えていない。
だが、ララはいいものを連れてきた。悪魔化するのを防ぐもう一つの方法が、異世界人の精子を受入れることだ。しかも回数が多ければ多いほど、その効果があるということだ。
ガルジベスから聞いていたが、異世界人で、しかも若い男限定など、ブルセルツ皇国の行う異世界人召喚を待つしかない。それもいつも男とは限らない。私の一番欲しい物が飛び込んできた。グッドタイミングだよ。
最近、悪魔化が進んでいるのが自覚できるようになっていた。この調子でいくと回復魔法を取得する前に、悪魔化する可能性があった。
私が襲う前に、真司が私のベッドに忍び込んできた。異世界人の体液の効果は絶大だった。体温も下がっていたが、元に戻った。
体液ならばなんでもいいかと考え、尿液と血液で試したが、効果はなかった。
真司は口だけの悪党だが、精力は強い。おかげで、悪魔化がピタッと止まり、流れる血が青くなりかけていたが、赤に戻った。毎日5回以上行う絶倫のおかげで、最近では毎日耳元で聞こえていた声が、たまにしか聞こえなくなった。
回数を試して分かったことだが、1日に5回以上体液を受入れると、悪魔化は治癒していく。それ以下だと現状維持だった。
真司は魔族化防止の薬のような存在だから、結婚も視野に入れないと、逃げられたら困る。しょうがない。子供を作ってしまおう。真司の要求は徐々に加速していくが、その程度のことで、悪魔化が治癒するのならば、造作もないことだ。私が心から愛しているのは真司ではない。この世に一人だけだ。