セシール・トマイル②
私と村長、いいえ、ニコライ・チャプトイ小将とその家族はラカユ国の女王の部屋に転移した。私の使った魔法は転移魔法というらしい。魚を動けなくした魔法は重力魔法という。
1週間女王の部屋で過ごした。まるで夢のような日々だった。ニコライ・チャプトイ小将の家族も軍食堂の食事があまりにも美味しいことに目をキラキラさせ、女王の部屋で出る飲み物や食べ物は見たことのないものばかりで、夢のような日々だと感想を漏らした。
私といえば、その間、ヘルシス宰相、リデア・ポミアン元帥、メルトミ・ルドリフ元帥から猛勉強させられた。それでも、これまでの生活と比べたら、食事が旨く、おやつもあり、初めて飲んだ紅茶とコーヒーは美味しく、ちっと大人になった気になった。
私は、1週間外には出してもらえず、勉学で缶詰だったから、女王の部屋でしか過ごしていない。軍食堂に行くにしても、時間がもったいないため転移魔法を使ったから、結局ウーベ宮殿を外からは見ていない。
今回の転移魔法は歩様が使ったようだ。よどみなく転移魔法を使っている。私の転移魔法は自己流だったから淀みがあったらしい。そのためいくらでも追いかけることができたということだった。ここにいるメイド様たちの転移魔法はどれも淀みなく発せられる。
私は唖然とした。宮殿とはこれほどまでに大きく荘厳なものなのか? この短期間でなんと噴水に満開の花壇まである。魔法で成長促進したのだろう。植樹がしてあり、果樹園まであるし、家庭菜園程度だけど畑もある。
ララ様が先頭に立ちドアを開け案内してくれた。
おおー、雪様たち戦闘メイドとは違い、いかにもメイドですという子たちが並んで迎えてくれる。ぱっと見20人程いるが、先頭には執事までいる。
「セシールちゃん、気に入った?」
「はい、すごく広いし、さすが女王様が暮らすことになる第二宮殿ですね」
「はい?」
「すみません。ララ様が立ち寄る第二宮殿ですね?」
「違うわよ。ここはあなたの住まいよ」
「は――――――――――――――?」
「驚いた? 驚くことはまだあるわよ。執事を紹介するわ。メフィス・ゴルチョフちゃん、自分で紹介してくれない?」
「私は、シドル連邦メフィス・ゴルチョフ元帥兼ラカユ国専属大使であり、ララ女王様と雪様に命を捧げ絶対的忠誠を誓う者です。ララ様の命令です。私の知恵と知識の全てをあなたに捧げ補佐します」
「ちょっと大袈裟だけど、彼の言っていることは本当よ。それにメフィス・ゴルチョフちゃん軍人としても、執事としても補佐官としても、超優秀だからあなたの補佐にピッタリよ」
「私のような者にこれほどのことをしてもらっていいのでしょうか?」
「心配しなくても、タダであなたに屋敷を与える訳ではないわ。セシール・トマイル中将、あなたを女王専属特別補佐官見習いに任命します。副宰相の見習いと思えばいいわ。当面は旧ダグラス神聖ヨウム国を中心とした第二首都の自治を担当することになるわ。大変よ。がんばってね」
「は・い……」
「心配しなくてもいいわ。魔法と座学は1週間で覚えたけど、剣術ができないことが心配なのでしょ。与えられた剣に見合う実力がないものね。でも心配いらないわよ。ここには第二宮殿総司令官シンパチ・カトウがいるからいくらでも相手してくれるわよ。ダグラス神聖ヨウム国では、彼に敵う相手がいないからちょうどいいわ。そのうち打ち負かしてしまうでしょうけどね」
「強くなれるでしょうか? でも、かんばってみます」
「その剣はドワーフ国の国王がアダマンタイト、オリハルコン、ミスリルを用いて、代々伝わる秘伝で打った日本刀の大小刀だから私と重要な者しか持たない世界的国宝級の一品よ。刀の銘はすぐに見られないのだけど、あとで雪ちゃんに見せてもらいなさい。あなたの美しい心にあやかって、「天下五剣」の中でも最も美しいとも評されている『三日月宗近』と彫ってあるわよ」
「そんなにすごいもの貰えません」
「駄目よ。もうあなた用に改造してあるからね」
「は・い?」
「メフィスちゃん、これから第二宮殿に行くから、これからも彼女のこと頼むわよ」
「はい! 全身全霊をもって支えさせていただきます」
私の家に驚いていたら、第二宮殿に案内された。これまでウーベ宮殿で研修を受けていたが、外に出なかった。外観などは見ていないからどれくらい大きいのか知らない。
第二宮殿を見て、顎が外れそうになった。私が宮殿と勘違いした、私の屋敷など犬小屋と思える大きさだった。場合によっては各国の第二大使館ができる可能性があるわけだから立派なのは当たり前だが、それにしても外観が綺麗で鮮やかで彩りが美しい。
正面から堂々と入るが、入口で第二宮殿総司令官シンパチ・カトウ大将が挨拶をされた。明日から剣術の訓練があるそうだ。あの笑顔が怖い。きっとボロボロになるまで訓練させられるのだろう。
私は女王専属特別補佐官見習いに就任して2週間後、前世が入っていた卵の殻が割れた。私の前世はイチタンという悪魔をやっていた。それがどういうわけか人間に転生した。10歳までの記憶がなかったのは一度前世を思い出したが、悲観したショックからだった。悪魔時代の記憶は卵の中に閉じ込めたのに、シンパチとの訓練で脳天に面をくらって割れた。
私は人間だ。だから寿命がきたら死ぬ。でも、もう悪魔に転生したくない。だけど悪魔に転生する可能性の方が高い。だから元四天王の雪様に相談した。
「やはり思い出したようですね。それでも私に相談に来たということは、もう悪魔になりたくないのですね」
「はい。転生って不思議な感覚なのですよ。イチタンの記憶を覗くと人間は触媒にすぎず、人間というぬいぐるみを着ているだけなのですが、今は私が主体でイチタンはただの記憶なのです。だから人間でずっといたいのです。何かいい案はないでしょうか?」
「ありますよ。幸いにもあなたは人間として生まれ、幻影魔法が使えるようになった。それであれば、華がどうにかしてくれますよ」
「華様が?」
「はい、あなたは華好みですから」
「歩も魔界には戻らず、人間に憑依したまま過ごすらしいのですよ。観念して反転魔法を受入れました。プライドがあるから羽は魔力で黒のままにしていますが、闇魔法が使えなくなりました。代わりに神聖魔法が使えるようになりました。それは世界樹が効力をもつ体になったということです。『歩』もエセ天使ですから、もし死んでも悪魔に転生することはありません。天使は天使にしか転生できないのです。
あなたは運がいいことに、人として生まれた。神聖魔法が使えます。世界樹が使えます。神聖魔法と幻影魔法が使えます。これから定期的に世界樹を摂取し、1,000年間体を魔力空間に曝せばいい。そうして数万年生きた見本が神の信徒です。やつらが人間界にいればそのまま人間としていつまでも生きることができたのに、神の近くに行くことを選んだ。だから現在人間界に神の信徒がいない。魔力空間がどこにあるかといえば、今の人間界は魔力空間そのものだから、これから1,000年生きればいいだけです」
「ありがとうございます。安心しました。これからも人間としてララ様に尽くしたい」
「それはいい考えです。頑張ってください」
「はい!!」
実はこの方法には大きな欠点がある。寿命が延びるが不死の体になるわけではない。もし死んでしまうと一度輪廻転生から外れたから、二度と人として生まれることができない。悪魔として生まれることもできない。天使として生まれることすらない。死ぬと天界で疑似肉体を与えられ神の信徒にされてしまう。私は天界には行くことができない。天使すら天界には行けない。神は天使の里に下りることができるが、その反対はない。それは、つまり、ララ様との別れを意味している。だから、何が何でも死なせない。
シンパチ・カトウ大将はしつこいのだ。汗臭いおっさんが私にこびりついてくる。だから最近では時間ができたときに訓練してあげる。そもそもシンパチの柳生心影流は3週間でマスターできた。私も13歳になり、身長も160センチある。大きな声では言えないがHカップだ。当然雪様の手作りブラだ。シンパチではもう物足りない。
最近はつばさ様に相手をしてもらっている。真正面からでは勝てないのでトリッキーな技で10回に1回勝てるまでになった。
華様に私の体の時間が止まる魔法を掛けてもらった。私の13歳の容姿は華様のストライクゾーンだったらしい。ララ様に続き、ストライクゾーンがもう一人増えたことで、興奮していたらしい。それで成長しない時間魔法を掛ければ13歳のままだと雪様が華様を唆したらしく、華様の1万年の寿命を使って私に時間停止魔法を掛けたということだった。
削った寿命は1万年だが天使の華様の寿命からみれば昼食を食べる時間よりも短い。
華様は昼食をほんの3分で済ますから、1万年が人間の3分に該当するということなのね。
寿命は延びたが、不死ではないから、死なないようにしないといけない。それもあって最高難度回復魔法超グレートエクストラヒールを覚えた。それに世界樹の葉はララ様の命令で常備している。
「セシール・トマイル元帥、今日も訓練していただけるのでありましょうか?」
「そうね。これから忙しくなりそうだから、今日は手足が千切れるまでやりましょう」
「はっ! 感激であります!」
シンパチが死なない程度で訓練をする。手足が飛ぶこともあるが、私も最高難度回復魔法超グレートエクストラヒールを使う。シンパチが死ぬことはない。もし万が一それで治らなくても世界樹がある。
私は正式に女王専属特別補佐官になった。それで一気に元帥になった。私の役割は軍務というより、政治だ。軍事についてはリデア・ポミアン元帥とメルトミ・ルドリフ元帥に任せればいい。
かねてよりラカユ国を滅ぼすと公言していたシーオリ神国が越境し、本格的に攻めてきた。事前情報により相手にならないことは分かっていたが、万全な準備をしなければならない。シオリ女王が使う転生者のスキル魅了があるから、男性兵士は使えない。そこで女性兵士だけで対処することになった。
私は何か嫌な予感がした。だから第二宮殿に看護ができる文官を待機させていた。もし何もなければそれでいい。
私の勘は的中した。私は人間になったからよく分かる。人間の体はあまりにも貧弱で弱い。手抜きをするのも大変だ。それは自分の体でよくわかる。だからこそ、天使と悪魔の集まりの彼女たちは、面倒くさくなって、一気に全員をやってしまう。それが現実となった。私は人間だから羽は生えないし、角も生えない。ララ様と同じく身体は至って普通だ。
最後まで見ていただきありがとうございました。
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