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セシール・トマイル①

 

 私に両親はいない。父親は徴兵され戦争でなくなったらしい。母は山賊に殺されたらしい。

 私は記憶を喪失したから両親のことは村長から聞いた。村長が父親のようなものだ。


 私の村は度重なる徴兵で男は年寄りか子供しかいない。村を山賊が襲ってくることもある。その度に食料を奪っていく。昔は一家惨殺などをしていたが、これだけ人が少なくなると殺さないで、せっかくできた小麦や野菜を奪っていく。しかも全部奪うのではなく、ぎりぎり村人が生きていける分は残す。そして次の年も同じことを繰り返す。


 私は10歳までの記憶がない。村長の話だと、山賊を追いかけ馬に蹴られて気を失ったらしい。記憶を失って、不思議なことが起こった。


 隣のミリトリア王国では8歳になると強制的に魔力測定があるらしいが、ダグラス神聖ヨウム国は強制ではない。強制ではないから測定にお金のかかる魔力測定はしない。それに魔力が少しぐらいあっても魔法は使えない。魔法を習わずに魔法の発動をすると魔力を全部失いかねない。それに平民は魔法を習うお金もないし、教えてくれる人もいない。


 運良く魔力が高い子が生まれても生活魔法程度しか使えない。火打ち石程度の火か、コップ3分の1程度の水を出す魔法でも便利だが、砂漠でもあるまいし、ここには火打ち石より火力のある火打ち金具があるし、水だって井戸から新鮮な水が出る。


 私も記憶を失うまで魔法は使えなかったらしい。記憶を失ってからは、不思議と魔法が使えた。それも専門的に習わないと使えない魔法ばかりなのに使えてしまった。そしてとんでもない魔法も使えてしまった。


 何処にでも行けるようになった。知らない土地なのに行けてしまう。一度海の見える場所に行き、貝を掘ってみた。思いのほか沢山採れたので村長に残りを渡したら、泣かれた。


「お前を盗人に育ててしまった。こんな山奥で貝など、どこかの貴族でもない限り食べられない。これは悪いが食べることはできない。貴族には返さなくていい。そうすればお前は殺される。いいか、もう二度と盗むんじゃないぞ。これは二人だけの秘密だ」


 私は盗んでないが、世話になった村長に食べて欲しかった。これからも魚や珍しい果物などを渡したかったが、止めることにした。だから、どこにでも行ける魔法は使わないようにした。


 村長には初めて魔法が使えたときに、見られてしまった。それも村長の家の食事を作るのに火打ち石を使わず火炎を出したときだ。その程度の魔法だったが、役人や兵士に見られてしまうと、戦争に駆り出されるから絶対に使うなと言われた。この程度の魔法でも食糧班としての価値があるということだ。


 それに村長から成人し、誰にも負けないくらいになるまでは決して人前で魔法を使わないよう約束させられた。

それからは、一切魔法を使っていない。だから今どれくらいのレベルのものが使えるか分からない。


 そうこうしている間に、ダグラス神聖ヨウム国は、ステンノ聖女国とラカユ国に戦争を仕掛け、シドル・ブルセルツ・バン・ステンノ・ラカユ国連合に完全敗北し、分割された後4つの国に併合されてしまった。私の村の所属地域はラカユ国に併合された。


 ラカユ国は馬鹿な女王が、天才ヘルシス宰相に丸投げで大きくなった国という。私はどんな女王なのか見たくなった。気持ちを(おさ)えれば押さえるほど、見たいという欲望が沸々と湧き出てきた。そしてとうとうやってしまった。


 女王が第二宮殿を作るために現場視察に来るらしい。この第二宮殿を第二の首都にするらしい。ラカユ国の首都ウーベは内陸のそのまた奥地にあるから、海に近い第二首都は外国との交易にいいらしい。


 第二首都に着くまでの道のりは、村長の言いつけを守り、どこにでも行ける魔法は使わなかった。おかげで10日も山の中を歩くことになった。そうでないと山賊や盗賊に襲われるからだ。12歳になったとはいえ、小さいときの栄養状態が悪かったから、私の年齢だと身長は160センチないといけないのだけど、私は153センチしかない。女の成長期は12歳で止まるからもう伸びそうにない。


 女王がいる場所には、親衛隊と呼ばれている兵士が回りを囲み、そのまわりを首都警備隊が囲み、その周囲を一般兵が囲むという厳重な警戒体制だった。まだ反ラカユ国勢力がいるから、警護が厳しいことは理解できるが、私は背が低いのだから、全く見えない。


 女王が何か言ったようだけど、歓声で聞えない。

 私には見えない、聞えない。10日もかけて山道を野宿し、小動物を狩り、川魚と山草を食べながらやって来た苦労が報われない。


 ちょっとくらいなら、バレないよね。え~と、あの木の上がいいわ。あそこなら首都警備隊がいるけど、後方の木までは見てない。たぶん最初に警戒して確認したのだろう。数本ある木のうち一番高い木の上がいい。誰も見ていない。


 2年ぶりのどこにでも行ける魔法だ。


 あ! 女王らしき人がいる。よく見えないけど私とあまり年齢が変らない気がする。しかも身長も低そう。それにしても女王専属護衛官は女の人と聞いていたけど、三人とも女性だ。それに何? メイドさんが女王の回りに沢山いる。


 へえ~、白いメイド服のメイドさんだ。それに濃い茶色、ダークグレー、水色、若草色、5人もいるんだ。もう少し近くで見たいな。


 親衛隊の前方にあるあの木がいいわ。木の葉が生い茂っているし、誰もあんな高い場所に人がいるなんて思わない。


 わぁ~女王って、可愛くて綺麗だわ。メイドさんたちは可愛い人もいるし、綺麗な人もいる。それに……。


 あっ!白いメイド服と若草色のメイド服と目があった。逃げなくちゃ。どうせ誰もついて来られない。




「もう、びっくりしたわ。ここまで来ればいいでしよう。ここは第二首都から50㎞は離れている川辺だから、ここでしばらく気を静めてから、帰ろう」



 え、え――――――――――!! メイドたちが追いかけてきた。しかも5人全員で。



「今度こそ、逃げ切った。ここはダグラス神聖ヨウム国で一番高い山の頂上よ。ちょっと寒いけど、ここまでは来ないはず」



 ギャ――――――――――――。なんで――――――――――――。また追いつかれた。



 でも、何もしてこない。攻撃能力は無いようね。だったら、私が魔法でやっつけることもできる。それなら安心して、帰れるが、用心のためにもう一度、海の見える海岸に行こう。海岸は広いから追いかけてきてもすぐ分かる。



 1時間経ったけど追いかけてこない。


「ふ、ふっ、振り切ったようね。たぶん、彼女たちのどこにでも行ける魔法は回数制限があるか、魔力が足らないのね。だったら安心して家に帰れる。今日はここで魚でも取ろう」



 誰もいない殺風景な海岸だから、思いっきり魔法を使える。私は空に浮かび、魚影を探す。いた。大きな魚だ。魚の名前は知らないけど、大きい。2メートルくらいある。動きが速いから、重さを増す魔法で動きを止め、魚の頭に氷で作った大きな(もり)で突いた。魚は空中に浮かべ血抜きをした。魚は生でも食べられるが、虫がいるので気をつけるように聞いている。だから食べたい部分を除き、急速冷凍した。村長に渡すとまた盗んだと思われるから、ちびちび食べよう。


 海岸で木を集め、火炎を出し、一度で火を大きくする。やや焦げたが、この魚は美味しい。これから毎日この魚が食べられると思うと心がウキウキする。

 お腹が太ったら、今日あったこともいい思い出になった。もう帰ろう。



△△△

「あ~、昨日はビックリしたり、美味しい魚を食べたり、いい思い出になった」


 私は、いつものように顔を洗い、畑の野菜を取りに行くため、外に出る。


「えっ!?」


「おはようございます。よく寝ることができましたか? 昨日の魚、大きかったものね。あの魚はマグロというのよ。私も好きよ」


「あなた……確か……昨日見た人」


「昨日はあなたのことをずっと見ていたわ」


「いつから?」


「首都警備隊の後方の木に転移してからよ」



「えっ! 最初から? でも気づいていなかったでしょ?」


「雪ちゃんと歩ちゃんが教えてくれたから、知らない振りをして見ていたのよ」


「どこまで?」


「私は、魚を捕るところからだけど、うちのメイドは最初からあなたが寝るまでよ」


「? どうして?」


「様子を見ていたの! もしあなたが害をなすようだったら殺すつもりだったわ!」


 この女王、怖い。笑顔で殺すとか言っている。




◇◇◇

「「・「ララ様、イチタンがあの木にいます」・」」


「・「そう。男?女?」・」


「「・「女です」・」」


「「・「すぐ近くの木まで来ました」・」」


「・「しばらく様子を見て、何もしないようだったら、こちらが気づいたことを分からせて、様子を見てくれない」・」


「・「「はい」・」」


「あの子、気づいてないようね。目もくれずに魚を捕っているわよ。歩ちゃん、本当にあの子がイチタンなの?」


「間違いありません。ですが、どうもこれまでのイチタンと様子が違うようです。少なくとも私が転移魔法を使った時点で私だと気づくはずなのですが?」


「あの子、すごいわね。あの歳で重力魔法、転移魔法、氷魔法、火炎魔法を使ったわよ」


「ララ様、見た目は12歳位ですが、私たちと同じ悪魔ですから、それくらいできて当たり前です」


「そ、そうね。でも可愛いわ」


「それは元の人間の容姿が良かったのです」


「そ、そうだったわ。明日正面から話してみるわ。それまで交代で様子を見てくれる。私はヘルシスちゃんに話しておくわ」





◇◇◇

「私に何の用ですか?」


「あなたに会って欲しい子がいるの。歩ちゃん来てくれない?」


「はい」


 私の前には若草色のメイド服の小さい子が挨拶をした。かわいいが、私はこの子を知らない。


「この子が何かあるのですか?」


「そう。分からないのね」


「分からないも何も、初めて会う人です」


「分かったわ。では、もう一人会ってくれない? ヘルシスちゃん来てくれない?」


「はい」


「この子に、そうね。あなたが一番難しいと考える数学の問題と防衛論をこの子に出してくれない?」


「いいのですか?まだ12歳位ですよ。学校にも行ってないようですが?」


 私に綺麗な人が、簡単な計算問題と、それほど難しくない質問をした。なぜか簡単に答えることができた。計算も習ってないが、記憶を失ってからはどんな問題でも解けるようになった。


「…………」


 しばらく待つよう指示され、ヘルシスという人が笑顔で去って行った。




◇◇◇

「驚きました。あの歳でリデア並みですよ。いいえ、リデアより野蛮でないだけ私に近いかもしれません。この調子でいくとラカユ国は大きくなりすぎましたから、将来の副宰相候補ですね」


「雪ちゃん、あの子をずっと観察してくれたけど、結果はどう?」


「イチタンだった頃の記憶が見えません。記憶を失っているのではなく見えないのです。10歳のときに記憶喪失になったと言っていましたが、イチタンが人間に転生し、10歳で能力が目覚めた代わりに、その記憶をどこかにまるまる封印した。卵を生むように記憶を卵の黄身として押し込めた。そんな感じです」


「悪魔が人間に転生することもあるんだ? それだったら記憶を取り戻しても人間のときの記憶だからいいわね」


「いいえ、村長の話では母親が彼女の目の前で無残な死に方だったので、思い出さない方がいいかもしれません。無理して思い出させる必要はないと思います。それにこれからの人生の方が長いのですから」


「雪ちゃんがそう言うのであれば大丈夫ね。決めたわ。あの子をスカウトするわ」



 私は田舎育ちと分かる少女に事情を話した。



「ごめんね。戸惑ったと思うけど、昨日からあなたのテストをさせてもらったのよ」


「テスト?」


「そうね。受けている人が感じてないけど、私とヘルシスちゃんの側に置きたいのよ。私と一緒に来ない?」


「え、確かラカユ国女王様ですよね?」


「そう、私はラカユ国女王ララと言います。あなたは?」


「あ、はい、セシール・トマイルと申します。12歳ですが、もうすぐ13歳になります」


「そう。はっきり言えていいわよ。一緒に来ない?」


「いいのですか? 私孤児ですよ」


「ふふ、気にしなくていいわ。私も孤児よ」


「そうなのですか? それだったら行きます。ただ、村長にはお世話になったので挨拶したいのですが?」


「では、一緒に行きましょう」



 村長に会うと、私の容姿で察したようで、丁寧に案内してくれた。

 セシール・トマイルを私の元に置きたいと話すと、とても喜んでくれた。


 実は、この村長のことは調べている。3年前まではダグラス神聖ヨウム国の国境警備隊で大佐をしていたが、捕まえた敵兵をかまわず殺す上司に反対し、退役させられた。故郷の田舎に戻り老人と子供の世話をしているうちに村長になった人物だった。


 今回は大漁だ。こんな運のいい日は珍しい。

 セシール・トマイルのことを話す前に、彼の後始末をしなければならない。


「ニコライ・チャプトイ大佐、あなたの退役命令は無効となった。よってすぐに軍に復帰すること。なお、3年間の未払給与は直ちに支給される。奥方とご子息も暮らせる新築住宅は宮殿予定地のすぐ近くに建ててある。すぐに国軍に復帰しなさい。それからあなたの復帰する国はすでにラカユ国が吸収した。それゆえあなたの身分はラカユ国所属となる。よって大佐の身分は無効となる。ニコライ・チャプトイ小将、これからラカユ国第二首都警備隊隊長として国のために尽くしなさい」


「はっ!! 軍命とあらばニコライ・チャプトイ、女王様にこの命を預けます」


「よろしい。ではセシール・トマイルと一緒に行きますよ」


「はっ!  いつ出発すればよろしいでしょうか?」


「今からすぐよ。ご家族を連れてきなさい」


「はっ!」


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