初めての魔物退治
幻影の魔女ジーニュアとララは、『雄叫びの森』の上空にいた。
「ララには分からないと思うが、私の結界が破壊されている」
「そうですね。上部が破壊されていますから、空から来たのですね」
「ん?!! 見えてるのか?」
「はい。お母様の結界もピンクですね」
「結界も?」
「あ、転移ポイントもです」
「転移ポイントがもしかして、見えているのかい?」
「はい。見えるようになりました。ですから私の部屋にあった、数々の転移ポイントは、先ほど破壊させていただきました。やっぱり覗かれるのは、恥ずかしいですから」
ぐぇっ! それでさっき消えたと感じたのか。錯覚だと思っていた。
ジーニュアはララを利用するために、常時監視していた。
「転移ポイントはないようですから、転移魔法が使える者ではないようですね。でも、あの破壊痕は、人の形がそのまま残っていますから、相当な手練れですね」
「あの耳の形は? いつか見たような? 何か懐かしいような……」
「お母様、見覚えがあるのですか? 面白い耳の形ですが、花びらの先みたいに割れていますが?」
「いいや、知らない。だが、証拠を残しすぎたようだ。あの耳の形は悪魔だ。私はあの悪魔ではないが、一度だけ戦ったことがある。そのときは、半魔の子だったから魔力値が私より低く、なんとかスレスレ勝利した。
私の結界は破られた。ララの結界がなかったら、『魔力の木』の果実が食べられていただろう。悪魔は個数制限がないからね。実っている物を適当に食べれば、何個食べても魔力値が上がる。これは心しておかないといけない。やつらは強い。これからもっと魔法種を増やして、その精度も上げないといけない」
「お母様は、よく知っていますね」
「ん? そういえば、そうだな……??」
二人は改めて魔法結界を張り直した。小屋の周囲は幻影の魔女が、魔力全開で張り直した。魔魔力値が15,376以内であれば防ぐことができる。
魔力の木についてはララが全力で自分の現在最大出力魔力値17,828を超えなければ破壊されないように魔法結界を張った。
魔法結界は張った本人が許可すれば通過することができる。
二人は王都の自宅に、転移することもできないほど、ヘロヘロになるまで魔力を消費したので、久しぶりに、小屋で一晩過ごすことにした。
“”ララ、私のことは、もう気にしなくていい。自分の道を進みなさい。夢が覚めたら忘れるかもしれないけど、これからあなたは、運命的な出会いをする。私が迷宮ダンジョンで見た悪魔は、あなたなら天使にできる。そしてあなたの生涯の友にしなさい。迷宮ダンジョンに行きなさい。いずれ話すつもりで、黙っていたけど、だってあなたは……〇者なのだから……“
△△△
カーテンの隙間からララの顔に朝陽がこぼれる。幻影の魔女ジーニアと、毎朝迎えたことだが、久しぶりで、ちょっと懐かしい。4年8か月間過ごした小屋で……王都に転居して、まだほんのわずかな期間なのに……なぜか頬には涙の痕があった。幻影の魔女がすぐ側にいるのに、もう一人の幻影の魔女の夢を見ていたようだ。不思議な気分だ。
ララは初めてここで、目が覚めたときのことを思い出していた。優しくララを覗いた老婆のことを……。なにかあのときとは違う人のような……。するどい眼光の中に優しさいっぱいだった。その人が今も隣のベッドで、鼻をホジホジしながら大欠伸をしている。そんな姿を見たことはなかったが、若くなったことでそうなってしまったのだろうか。
ララには幻影の魔女は、ジーニアとは別人ではないか、と思うこともある。私と過ごした日々を忘れていることもあるが、私も含め人間はよく忘れる。顔だけ似ている他人であれば、私とのことは覚えていないはずだが、4~5割は合っている。きっと若年化の副作用なのだろう。人は認めたくないことに対して、自分のいいようにバイアスがかかってしまう。私もそうなのだろうか。
夢の幻影の魔女が何か言っていたような? よく思い出せない。悪魔とか、天使とか?私が〇者だと、言ってたような? 〇のところがはっきり聞こえなかった。でも、夢のお母さんは、いままでどおり、優しい老婆だった。
だけど若年化したお母さんは、あの頃の優しさは、少しずつ消えていた。我が儘お嬢様になっていくような、そんな変わりようだ。あれほど戦争の無残さを訴えていたのに、戦うことが好きになっている。
「ララ、悪魔は又来るよ。もし戦争が起こったら人を殺すこともある。それはしょうがない。そして悪魔は人型をした、言葉を喋る魔物だ。知恵のある人型魔獣といってもいい。朝食を摂ったら魔物退治に行くよ」
「魔物退治?」
「転移魔法が使えるようになったからね」
「でも、私はそんな場所には、行ったことはないですよ?」
「私が行って、転移ポイントを設置したから行けるよ」
「そうなのですね。では、ご一緒します」
朝食を摂った後、二人して、鬱蒼とした魔物の棲む森に転移した。
「ここはどこですか?」
「ここかい。ここはガザール国の『竜の森』のその奥だよ。ここは周囲をゲルニウス砂漠が囲んでいるから、魔獣も砂漠の外に出ないし、ここにガザール国兵も入ってこない」
「え? ええええ――――――――――――!! いいのですか? 国外ですよ。無断越境していますよ」
「こんなところに来る好き者はいないさ」
「魔物はミリトリア王国にもいると思うのですが?」
「それはそうだが、ミリトリア王国の魔物は弱いから練習台にならない。そのせいもあってミリトリア国軍は弱い。私を恐れて、敵が攻めてこないだけだ。さすがに竜はまだやめておいた方がいいが。ここでしばらく魔物と戦って、実践を積む。私は野生の勘を取り戻すことから始める。適当に歩いて、出会った魔物をビシバシ殺していく。ボサッとしていると、魔物から攻撃されるから集中して、索敵をするよ」
「は、はい。がんばります」
魔物といえばゴブリンだが、この森にはいない。ゴブリンなど弱い魔物はここでは生きていけない。
そうこうしていると、いきなり『アラクネ』が現れた。目をキョロキョロさせ「ギィーギィ」と発しながら獲物を狙っている。蜘蛛の上の人型は、青い顔に目は吊り上がり、長い耳は十分に邪悪さを出していた。
「お母様、私、怖いです」
「心配しなくてもあの程度ならば問題ない。私が見本を見せるからよく見とけよ」
と会話していると、アラクネが気づき、こちらに向かって走ってきた。
口から糸を吐いた。
「???」
「……」
「お母様、蜘蛛はお腹の後ろから出すのでは?」
「相手は魔物だから、なんでもありだよ。火炎弾!!」
幻影の魔女は初級魔法で使う火炎玉を機関銃のように連続してアラクネの胴体に向けて発動した。
「おや!無傷だね。ゴブリンは致死したのだけど? だったら 火炎砲」
ガガガガ――――――――ズッボ――――――ン
「おや、体が吹っ飛んでしまった」
「さすがお母様です。私の出る幕がありませんでした」
腕まくりをし、その気になっていたララは、肩透かしを食らってしまい、少し拗ねていた。
「ふふ、心配しなくてもいい。ここは魔物銀座だから、あんな弱い魔物ではなく、もっと強い魔物に、いくらでも出会えるさ」
と話している間もなく、近くにいた魔物たちが轟音を聞いて集まってきた。
「おやおや、オークとミノタウルスが来てしまった。私がオークを相手するから、ララはミノタウルスの相手だ。アラクネと比べるとかなり強いよ。だがオークと違って顔が牛だから心置きなく狩れる」
ララは先ほどの戦いを参考に、まず火炎弾を撃ってみた。
「多重連続火炎弾」
幻影の魔女が放った火炎弾とは明らかに違っていた。機関銃というより機関砲というほうが近い。
ミノタウルスの頭が吹っ飛んだ。
オークはどうなったのか確認と、丸焦げになっていた。
そうこうしていると、ワニを大型にした地竜の群れが6匹押し寄せてきた。まだ子供だろうか3メートルくらいのワニのようだ。地竜は大きくなると20メートルにもなる。
「3匹ずつ倒すよ。いいかい!」
「はい。少し離れましょう。あの尻尾が気になります」
「そうだな。離れてから攻撃するよ」
幻影の魔女は、火炎魔法のみを使い、火炎カッターを放って、尻尾を切断していた。
ララは氷魔法を放ったが、跳ね返されたため、ウインドカッターを放った。しかし尻尾は切断できても胴体までは切断できなかった。地竜のウロコは胴体の方が厚い。
尻尾の危険が無くなったので、二人供『火炎砲』を口に放って地竜との戦いを終わらせた。
「お母様、お得意のウインドカッターを使わないのですね?」
「ああ、これからは火炎魔法の底上げをするから、火炎魔法しか使わない」
「さすがです」
幻影の魔女ジーニュアは、幻影魔法、火炎魔法、空間魔法、闇魔法、記憶転写、転移魔法しか使えない。闇魔法をジーニアは使えなかったから、ララの前で使えるのは幻影魔法、空間魔法、火炎魔法と新たに取得した転移魔法だけだ。
「ふぅ~今日は上位種ばかり出てきたから疲れた。そろそろ帰ろう」
「そうですね。さすがに疲れました。食事もしていませんでしたしね」
「忘れていた!!!」
「お母様ったら」
地竜については素材になるし、肉として食べても美味しいので、魔道カバンに入れていたから食べてもよかったが、転移魔法があるから王都の屋敷に戻って、食べることにした。
さあ、戻ろうかとしたとき……。
「あああぁぁ!!!! 危ない!!!!!」
幻影の魔女がそう叫ぶと倒れ、ララに覆い被さった。
「お母様、どうしたのですか?」
「は、早く……逃げ……あいつだ。なぜだ……私とわかっているのに……」
ララは目の前が、真っ暗になるほどの衝撃を受けた、何があったかもわからなかった。『幻影の魔女』の肩口から胸部にかけて、血が溢れている。
ララは急いで、王都の屋敷のホールに転移した。
「誰でもいいから早くシーツを持ってきて、止血して――――――!! モニカを呼んで――――――――!!!」
幻影の魔女は吐血し、大量の血を流し、一刻を争う状態だった。
ララは急いで詠唱した。
「ヒール、ヒール、ヒール、ヒール、ヒール……」
傷口が大きすぎてヒールでは間に合わない。
運がいいことにモニカは、ホールでメイドに夜会の指示をしていた。ホールに突然ララと血まみれの幻影の魔女が現れ、ララがシーツを持ってくるように叫び、狂ったように『ヒール』を繰り返している。
30年間『幻影の魔女』の専属秘書をやってきたが、『幻影の魔女』たちが怪我をしたことなど見たことがない。彼女たちは、それほど絶対的な力をもっていた。ジーニアは回復魔法が使えたから自分で治すことができたし、ジーニュアが怪我をしても、ジーニアが回復魔法で治していたから、他の者から見れば、怪我をした状態の彼女たちを見たことがなかった。
だが、目前には血まみれの『幻影の魔女』ジーニュアがいる。こんなときこそ、専属秘書だから冷静に対処しなければならない。
モニカは急いでエプロンを脱いで丸め、胸から肩にかけて穴が開いているジーニュアの傷口にそれを当てた。そして狂乱するララに一喝した。
「ララさん!!! こんなときに、そんなに慌てては、助かるものも助かりません。『ヒール』ではこの傷は塞がりません。落ち着いて!!!」
ララはハッとした。
「そう。それでいいのです。最高難度回復魔法をゆっくり、丁寧に、詠唱しなさい。それまでは、私が必ず止血します」
「ごめんなさい」
ララは落ち着いて、ゆっくり詠唱し始めた。
「天と地と織りなす精霊よ、智をもって探り、慈悲をもって癒やし、和をもって見守り、仁をもって思いやり、風のごとく早く、賢明なる主の創造したる聡明なる治癒の力を、ここにララが礼を尽くして願う、ジーニア・オベルツの全ての傷、障害を治癒させ完全なる身体にしたまえ。最高難度回復魔法『超グレートエクストラヒール』」
だが幻影の魔女に全く変化がなかった。
「ララさん、ジーニア・オベルツではなく、幻影の魔女に変更してください」
「はい」
「焦らなくていいのよ。ゆっくり間違わないように詠唱しなさい」
「天と地と織りなす精霊よ、智をもって探り、慈悲をもって癒やし、和をもって見守り、仁をもって思いやり、風のごとく早く、賢明なる主の創造したる聡明なる治癒の力を、ここにララが礼を尽くして願う、幻影の魔女の全ての傷、障害を治癒させ完全なる身体にしたまえ。最高難度回復魔法『超グレートエクストラヒール』」
傷口は深かったが、ララが目一杯全力で魔力を注いだため、ジーニュアの傷穴は、みるみると塞がり、吐血もしなくなった。ララは残っていた魔力を最高出力で使ったため、その場に膝から崩れ落ちた。
ジーニュアは一度目開けたが、モニカが『完治しました』と言うと、目を閉じた。
「ララさんよく頑張りました。幻影の魔女は血を失いすぎたので、しばらくは安静にした方がいいですね。あとはメイドたちがやりますから、ララさんも服を着替えて、湯浴みをしてください」
「はい。モニカ様、お母様を助けていただき、ありがとございました」
「いいえ。当然のことです」
ジーニュアはそれから3日間起きなかった、ときどき目を開けては『悪魔…ガルジベス…』と叫んで……。
モニカが『ここは王都の自宅です』と話すのを聞いて、安心して眠った。意識が混濁していたから、ときどき意味不明な言語で、誰かに向かって話しかけていた。
「%$#!!&%@%#!!」
ララが初めて聞く言語イントネーションだった。
「%$#!!&%@%#!!?」
もしかしたら……。まさか。
△△△
~1週間後~
ジーニアとララは、あの日のことを検証していた。
「お母様、何があったのですか?」
「わからない」
「えっ?」
「いや、たぶん雷魔法を撃ってきたのだと思うけど、とっさに結界を張ってなかったら、今頃土の中だったろう」
「誰が撃ったか見ましたか」
「いいや、気配を消していた。相当の手練れだ。ガザール国はやばいかもしれない。今のうちに防衛計画を見直した方がいいようだ。それに私たちの能力アップと、使える魔法を増やさないといけない。魔力値がいくら高くても、魔法の精度が低くては、話にならないことが身に沁みて分かっただけでも、いい経験をさせてもらった」
「私はお母様が死んでしまうのではないかと……我を忘れました。反省すべき点がいっぱいです」
「みんなそうやって進歩していくんだ。これからの糧にすればいい」
「はい。もう同じことは繰り返しません」
この日から、ララは『ホエ~』としていたところが影を潜めた。
それから2週間は何事も起こらず、いつもの日常が流れていった。
お母様の容態が本調子ではないから、私が一人で『雄叫びの森』に行って、魔法結界の様子をみることにした。
『雄叫びの森』に転移すると、誰だか知らないが走りながら、こちらに向かって手を振っている。『人魚の木(悪魔の木)』の果実を食べなかった人ね。でもここは結界が張ってあるから入れないよ。