さくら
今日はラカユ国各地の少将以上が集まる定例報告会がある。毎日国盗りの暗い話ばかりなので、できれば楽しい話がいいなぁ。というか、国盗りに関係あることは他国を巻き込むことなので、『いろいろ会議』に回して、国内に関係あることだけに議題を絞ってもらった。
おやっ! 今日はリデア・ポミアン元帥が司会をするんだ。めずらしい。
「これより、定例報告会を開催しますが、本日の定例報告会はミョンセ・ハルン中尉が行います。彼女は本年度卒業したばかりで、私の第三秘書官に就任したばかりですが、なかなかおもろいですよ。続きは彼女に任せましょう」
「先ほど紹介されたミョンセ・ハルン中尉であります。本日の定例報告会で急遽リデア元帥の代わりを仰せつかりました。若輩者ですがよろしくお願いします。
早速本題に入りますが、それは3日前のことでした。旧グラン大公国領メロン郡・現ラカユ国メロン伯爵領でのことです。私は初めての休暇を湖畔の見える宿で過ごしていました。目的のない旅ですが、その宿には誰も泊まっていませんでした」
「ちょっと待て、お前、目的のない旅というのは嘘だろ! 男あさりの旅と正直に言え!」
「はっ!失礼しました。嘘であります。男あさりの旅でありました。その宿は事前の調べでは金持ちの若い男で満杯のはずでしたが、前日に宿泊先近辺において地響きと悪魔が唸る声がしたことで大騒ぎとなり、全てキャンセルになってしまったのです。私は現場に男がいなくて、ショックを受けました」
「そう正直でよろしい。次嘘ついたら少尉に格下げだからな! 上官に対する虚偽報告だ」
「はっ! 申し訳ありませんでした。大尉になるのでしたらいいですが、少尉に降格は嫌であります。ではあらためて本題に入らせて頂きます。男がいなかったので傷心の私は、近くのメッチャリ山に登頂しました。それは男どもがキャンセルした理由がメッチャリ山だったからです。原因を調べないと気が済みません。
やっと頂いた休暇を台無しにしたメッチャリ山に文句を言いたかったのです。『ヤッホー』と叫びながら山道を歩いていると、大きな地震があり、私は思わず、近くの森に逃げました。そのとき森の奥から動物の唸る声が聞こえました。慎重に近づくとそこには、小さな青龍の死体がありました。地震もこの青龍が原因だったと思われます。恐る恐る近づいてみると卵が落ちていました。青龍の卵にしては大きすぎるとは思いましたが、食べようと思い持ち帰りハンマーで叩いても、落としても割れないので、リデア・ポミアン元帥によい方法はないかと相談しました。リデア元帥もわからないため、本日持参しました。ご覧下さい。そこで発見したものがこれです」
リデア元帥とミョンセ中尉が私たちの前に大きな卵を抱えて置いた。1メートルもある卵はまるでうずらの卵をそのまま大きくしたようだった。
「雪ちゃん、あれが何かわかる?」
「あれは、青龍の卵ではありません」
「どういうこと?」
「なぜ、あれがここにあるのか?理由は分かりませんが、あれは前時代に滅んだとされる世界最大の龍で人語を理解して話すことかできる『雷龍』です。多分地震で地割れが起き、埋もれていた卵が表に出た。それを青龍が発見し、食べるつもりだったのでしょうが、何をやっても割れないので、火炎を放ったら、倍返しで返されたというところでしょう」
「ただの卵でしょ」
「青龍ごときの火炎では『雷龍』がたとえ卵であってもその魔力で跳ね返されます。そもそも卵といっても数千年眠っていただけで、私たちの話している言葉も聞こえていますよ」
「じゃあ、そんな簡単に食べるわけにもいかないわね。孵化させようか」
「では、外に出しましょう。孵化したとたん大きくなりますから、この建物が倒壊します」
慎重に雷龍の卵を運び出し、ウーベ宮殿の広場に置いて孵化させることなった。
「雪ちゃん、ところで、どうやって孵化させるの?」
「ララ様、こいつは自分より弱い者には従いません。親がいれば、親の魔力で孵化するのですが、相性があるため、誰でもいいというわけではありません。この中でこいつを孵化させることができる者は、私とララ様、小町、華、つばさ、みちる、くらいでしょうか」
「ステンノーちゃんは?」
「あれはダメです。エセ天使で、本質は悪魔ですから、生まれた雷龍は悪の心を持つ可能性があります。歩は悪魔中の悪魔ですから、論外です。楓様でも孵化する可能性はあるのですが、生まれたばかりの雷龍と同じ位の力量なので、孵化した途端殺される可能性もあるため除外しています」
「わかったわ。さっさと始めようか?」
「分かりました。ここは宮殿前ですから、ララ様が魔力を通してください。やつが孵化したとたん雷炎を吐く可能性があるので、私たち全員で障壁を張ります。卵が割れたらすぐ離れてください」
「全員でしなければならないほどなの?」
「眠っていた期間の魔力を込めて吐くでしょうから、私たち全員でかからないとウーベが消滅します」
「そ、そうなの? だったらお願いするね」
「お任せ下さい」
「えっ? もしかして、広げるの?」
「はい、そうしないと防げないでしょう。
「そ、そうなのね。それで急遽歩ちゃんも、ステンノーちゃんも呼んだのね」
広場には、女王専属護衛官の2名、女王専属秘書官5名、宰相秘書官3名、元帥3名、大将17名、中将29名、少将46名がいる。
手の空いている楓は、認識阻害魔法で、広場が他の者から見えないようにしている。
「お姉ちゃん、阻害はできたから、初めていいよ」
「では、私が魔力を送るから、雪ちゃん、みんなもお願いね」
「私、お仕事中だったのに呼ばれたから、あとでお姉ちゃんのケーキもらうわよ」
「はいはい、いいですよ。あっ! 今日は私の大好きなモンブランだったのよね~。は~」
みんなは卵と私を囲むよう円になって卵が割れるのを待っている。
私がやるべきことは卵にありったけの魔力を注ぐことだ。さあ始めよう。
私は、卵に向かって魔力をおもいっきり注ぐ。卵は割れまいとして抵抗している。よほど中が居心地がいいのだろう。そうよね、これまでの話が聞こえたのならば、卵を食べる話しかしてないものね。怖がっているかも。もう食べないよ。だから出てきてちょうだい。
……もう……、魔力が……尽きそう。私の体がもう持たない。
「何してるの!!! 早く出てきなさい!! 早く出てこないとお仕置きだからね。出てこないと本当に食べちゃうよ――――――!!!」
もうダメ。魔力がない……
「ララ様早くこちらに来て下さい」
「雪ちゃん、無理そう……」
雪ちゃんは羽を広げて障壁を張っている。みんな障壁を張っているから来られそうにない。
最前列にいたヘルシス宰相が叫びながら私に向かって走ってきた。
「ララさま!! 無茶しないでください」
「あ、ありがとう。助かった」
天使を一度見たヘルシス宰相は驚きこそしたがこの世にいた。歩ちゃんの真っ黒い羽も見たから悪魔と分かるよね。あのリデアさえ、跪き、手を合わせ、深々と頭を下げた。そこにはリデアと同じ姿の将軍たちがいた。私の専属護衛官でさえ跪いている。天使の存在は、女王よりも上なのね。確かにそうだった。信仰の存在なのだから、神と同じ扱いだったわ。でも、歩ちゃんのことは気にしてないようだ。天使だらけだから、歩ちゃんも黒い天使と思ってるみたいね。そうよね。悪魔が天使と仲良くメイドをするわけないものね。
卵の周囲には、白い羽を広げた雪ちゃん、小町ちゃん、華ちゃん、黒白の羽を広げたつばさちゃん、猫ぶちの羽を広げたステンノー女王、水色の羽を広げたみちるちゃん、真っ黒な羽を広げた歩ちゃんが、それぞれ障壁を張っていた。
呪術をかければいいと思ったけど、全員に忘れてもらおう。
卵は割れた。割れたとたん中から溜まっていた雷が暴発した。確かに障壁がなかったらウーベは灰になっていた。それぐらいすごい威力だった。
割れた卵から出てきたのは、大きくなった龍ではなく、小さな龍でもなかった。それは小さな女の子だった。
その子は私を見ると駆け寄ってきた。
「お母さん、ごめんね」
そうだった。割れ目からこの子が最初に見たのは私だった。そうだそうだ、鳥が孵化して最初に見たものを親と認識し、追いかけていくというのがあった。私をそう思ったのかも。
「雪ちゃん、お願いがあるの。ここにいる全員に認識阻害魔法で雪ちゃんたちが羽を出したところを消してくれない?」
「大丈夫です。ヘルシスを除く全員の記憶を奪いました。彼等が跪くのはララ様一人です」
ヘルシスには呪術がかけてあるから彼女が喋ることはない。喋れば死ぬことになる。
「そ、そう。ありがとう。ちょっと違うけど、結果は一緒だからいいわ。あのままだと、仕事にならない。雪ちゃんたちを見る度に跪きそう」
私はどうしたのかしら。確か、そうだ卵はどうなった?
あらら、みんな何も覚えてないみたいね。だったら、何も入ってなかったことにしよう。
「あ~あ、中味、なかったわ。これだけ期待して空っぽだったのは悔しいけど、みんな楽しめたから良しとするわ」
「お姉ちゃん。残念だったね。また今度大きな卵を見つけて食べようね」
さすが私の妹、話を合わせてくれる。
「そうね。そうしましょう。パチパチ」
不自然きわまりない終わり方だが、女王の私が言えば、それが正解だ。ヘルシス宰相も察して
「今度また竜の卵を見つけたら、今度こそ孵化させましょう」
と言うと、そのまま、会議はティータイムとなり、各砦の状況発表でその日の定例報告会は終了させた。
将軍たちは何事もなかったように、定例報告会を終わらせ、大ホールに用意された立食パーティーの食事を堪能している。
女王の部屋には、例の女の子と、ヘルシス宰相、リデア・ポミアン元帥、楓、障壁を張った7人がいる。
リデア・ポミアン元帥は私の側に来ると、皆に聞こえないように話した。
「皆様が天使で、歩様が悪魔だと知ってしまいましたが、決して漏らすことはありません、ご安心ください」
リデア・ポミアン元帥は雪ちゃんの記憶消去に抵抗力があった。彼女には認識阻害や催眠術の類いには耐性があり、効かなかった。だから呪術を受けるならば、これからも国のために尽くして欲しいと話したが、即了承し、雪ちゃんが呪術魔法の指導をしながら、みちるちゃんがリデア・ポミアン元帥に掛けていた。
「ヘルシス様だって知っているのに、私が知らないのは悔しいですからね。あのとき跪いたのは他の方とは違う理由なのですよ。悪魔がいたので、我家に伝わる魔族撃退呪文を唱えていたのです。まさか歩様だとは思わなかったものですから」
「リデア、悪魔払いの呪文程度で我が倒せると思ったか?」
「いいえ、あれは我家に代々伝わる呪文でしたので、試してみたかったのですよ」
「だが、あれは悪魔払いの呪文ではない。便通を良くする呪文だぞ」
「え――――――! そうだったのですね。そうか、我家は代々便秘だから、悪魔というのは便秘のことだったのね。母さんに教えてあげよう。『歩』様、ありがとうございました。また一つ謎が解けました」
リデアもやはりヘルシスと同じく私の斜め上をいく秀才だった。でも他国では天才リデアと呼ばれているらしい。
「で、どうしたらいい? もう私の膝の上から離れないのよね。どう見ても3歳くらいだよ」
「ララ様、もう子供として育てるしかありませね。この子は人間の容姿で生まれてきたため本人が望まない限り龍の姿になれません。このまま龍になることを望まなければ一生人間の姿のままですから、養女として育てましょう。それに知識は親龍から受け継いでいます。ちょっと常識外のところはありますが、生活に支障はないと思われます」
「わかったわ。養女にしましょう。このことはここにいるメンバーだけの秘密だからね。そうね、名前が必要ね」
そういえば、お父さんが言っていた。もし私が結婚して子供ができて、男の子だったら『隼人』、女の子だったら『桜』、あの頃は『桜』は寅さんみたいだからやめたほうがいいと反対したけど、今考えるといい名だ。大好きなお父さんの付けた名前だから……。
「この子は『さくら』よ」
「お母さん、いい名前をつけてくれてありがとう。『さくら』はお母さんが大好き」
私は結婚してないし、男もいないのに、子供ができた。
最後まで見ていただきありがとうございました。
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