シドルの海
最近シドル連邦にもらったニトレット港の水揚げがなくて、この1週間はラカユ国では魚が流通してない。雪ちゃんたちが準備する食事には魚が出ていたからニトレット港で何が起きているか知らなかった。
「雪ちゃん、最近ちょっとこれまでと魚の種類が違ってない?」
「さすがララ様ですね。よく気づかれました」
雪ちゃんの話によれば、シドル連邦の魚の水揚げは減っていないが、ニトレット港だけ一隻も港から出てないらしい。朝は忙しいので理由は聞いていないが、ニトレット港の漁師にはラカユ国から毎月前払しているため生活は困らない。ただ、漁業組合長から商品である魚を提供できないのは申し訳ないから、返金しなければならないと言われたらしい。ヘルシス宰相の耳には入っているが、ヘルシス宰相もまだ1週間だから様子を見ているようだ。
「分かったわ。それだったら、今日は予定が何も入っていないから、リベッタちゃんに会って、ニトレット港のことを相談しよう。食事が済んだらみんなで行くからね」
「「「「「はい」」」」」
「リベッタ様、3日ぶりですね。今回も女子会で結構な手土産を頂きありかとうございました」
「いいえ、いいえ、あの程度、頂き物の方が多かったですわ。銀に金箔をした延べ棒を1個手土産に持ってきたのに、金の延べ棒10個をお土産に貰ったような感覚ですよ。それでなくても無償で緊急連絡用の魔法陣を主要な軍事施設に描いていただき、こちらとしては返すものがありません」
「とんでもないですよ。ニトレット港の100年間使用権をわずか金貨1,000枚で譲っていただき感謝しています」
「私にできることはあの程度で申し訳ないくらいです」
「海の幸はラカユ国にとっては金鉱山と同じ位価値がありますよ」
「そう言ってもらえると心が少し落ち着きます。ところでシドル連邦を裏切った男まで連れてこられて何の用でしょうか?」
「リベッタ様、それは酷いですよ。私は大使として、ラカユ国に協力したくて、一緒に来ました」
「ふ~ん。大使ね? もうシドル連邦に戻る気がない男がよく言うね。メフィス・ゴルチョフ中将、あんたは今日からメフィス・ゴルチョフ元帥だよ。一足飛びに昇進だ。古参の元帥は全員クビにしたから軍を自由にできるぞ、好きな師団を引き連れてララ様に協力しなさい」
「大丈夫ですか? 反乱起きませんでしたか? あの5人は金と名誉のために定年廃止案を通した人たちですよ?」
「あいつらは老後の生活と元帥という地位にしがみ付いていただけだ。やつらにホズメシラ国の男爵位と小さな領地を与えたら、お前を元帥にする推薦状を書いて、さっさと領地に行ったぞ」
「なんとも情けない人たちですね。まあ、そのおかげで2階級特進したのですから、アホな爺さんたちに感謝です」
「これから世界は大きく動く、だからお前の役目は大事だよ」
「はっ! リベッタ様、感謝いたします。ラカユ国のため、全力を尽くしたいと思います」
「そこは、シドル連邦のためと言いなよ」
「そうとも言います」
「お前は…………もういい………それでいい」
あまり人数が多くなると大袈裟になるため、腕の立つ将校を30名用意してもらった。彼等は暗部に属しているから秘密を守ることができる。秘密を破れば、軍の最高司令官であるメフィス・ゴルチョフ元帥から徹底的に追われる。忍者の抜け人と同じ扱いだ。
彼等には私たちが自由にニトレット港を探索できるように、関係機関を押さえてもらった。彼等の身分は高かったから、軍の特別訓練があるとして、何があっても騒がないように手配していた。
漁協関係者も今日は港一帯から離れてもらった。もし何かあったら住民を守れないという理由で、半径10kmの外に出てもらっている。当然全員に金銭補償はしている。シドル連邦から金銭の補填の打診があったが、断っている。なぜなら、使用権とはいえ今はラカユ国の港で起きたことだからだ。本当の理由は違う気がするが、ひとまずそういうことにした。
さて、もういいかな。
「雪ちゃん、本当のことを話してくれる? この1週間の買い出しは雪ちゃんがやっているよね。自分一人で背負わないで、私にも言ってもらえないかな? 何でも協力するよ」
「ララ様、気づかれていたのですね?」
「事情はよくわからないけど、きっと雪ちゃんに関係あることよね?」
「はい、それは……私の子が復活しそうなのです」
「えっ? 雪ちゃん、処女じゃなかったの?」
「生娘ですよ。これでも身持ちは堅いのですよ。私のハートを掴む男がいなかっただけです」
「でも、子供?」
「子供でもあるし、私の分身でもあるのです」
「分身?」
「はい、私はララ様に発見されるまで、閉じ込められていました。だからせめてサタンに一泡を吹かすために、閉じ込められる前に魔力の8割と知識の全てを分身体に与えたのです。私は500年という期間とダンジョンの魔力のおかげで全盛期と同じ魔力を持つことが出来ました。最近私のアンテナに同調するものがあり、調べていましたが、ニトレット港でその反応が著しくなったのです。そして、その反応が強くなってくると魚が恐れて、ニトレット港全域からいなくなったのです。早くその場所を発見したかったのですが、いまだに発見できていません」
「わかったわ。雪ちゃんの分身で子供だったら、私の子供でもあるわ。みんなで捜そうよ。でも、その子は悪魔のときの雪ちゃんの子だから、悪魔として復活してしまうわよね」
「はい、ですから、復活するまえに私の反転魔法で天使に変えたいのです。復活してしまえば、ステンノーのように、エセ天使にしかなれません。でも、あんな猫ブチの黒い羽ではなく、白い羽の天使にしたいのです。ステンノーは気に入っていますが、あれは滑稽です」
「だったら、みんなで捜そうよ。雪ちゃんの波動と同じよね」
「はい、私より少し弱いと思いますが、私たちのように隠匿していませんから、ダダ漏れしていると思います。復活すると強い波動を出しますが、そうしたらもうエセ天使にかできません。あんな猫ブチが二人もいるなんて耐えられません」
「みんな、急ぐよ」
「待ってください。今微弱ですが波動を感じました」
「『歩ちゃん』? もう発見したの? まだ雪ちゃんすら気づいてないけど?」
「それは、天使になってしまったからですよ。私は悪魔のままですから、強力な悪魔の波動はすぐにわかります。ここから5km先の西よりの海底から出ています」
「すごいね。『歩ちゃん』感激しちゃった」
私は思わず『歩ちゃん』に抱きついてしまった。
「あ、ごめん、思わず抱きついちゃった。えへへ。早く離れようね」
「あ、いいです。もっと、強く抱いてください。ちょっと幸せです」
「そんなものでいいのなら、いくらでも抱くわよ。ありがとう」
「あ~、ここに来てよかった。私、しあわせ」
今は誰も二人を邪魔しない。『歩ちゃん』が私の所に来て初めて涙を流した。
いろんな思いが溜まっていたのね。
私、雪ちゃん、小町ちゃん、華ちゃん、つばさちゃん、歩ちゃん、なぜかついて来たステンノーちゃんで海底洞窟に潜った。泳いで潜った訳ではなく、魔法障壁で体を包み、潜っている。だから空気の心配はいない。ただ、あまり魔法障壁を大きくすると河豚が膨れたときのように海面に浮かんでしまう。適度な空気を取り込むようにするからあまり長くは潜っていられない。
海底洞窟は海水で満たされていたが、途中から空気のある空洞になっていた。小町ちゃん、華ちゃん、つばさちゃん、ステンノーちゃんが魔法障壁を洞窟内で広げたので私は魔法障壁を解いた。そろそろ私の障壁内の空気が限界だった。今は4人の魔法障壁の4重掛けだから絶対安全だ。それに普通に歩けるから助かる。
私と雪ちゃんは、歩ちゃんの案内で洞窟の奥に進む。陸地になっているから魚はいないが、蛸やウニはいた。とりあえず魔道カバンに入れる。おかずがあるのだから拾わないわけにはいかない。孤児だった私はどうしても『もったいない』が出てしまう。
「この下から波動が出ています。もう直前ですね。早くしないと悪魔として目覚めます。私が目覚めないように押さえます。ララ様はこの下1メートルの障壁に守られている物体を掘り起こしてください。雪ちゃんは浮かんだら反転魔法で天使化をお願いします」
「歩ちゃん、わかった。私は私のできることをするわ。雪ちゃんは反転魔法の準備をしてね。念のために詠唱をしてよね」
「はい。ありがとうございます」
私が掘削を始めると雪ちゃんの子の障壁に当たった。そこで障壁全体を空間魔法で洞窟空間に浮かせた。歩ちゃんが障壁全体を包んで中心に向かって押さえているのがわかる。それが功を奏して障壁が崩れそうで崩れていない。もし歩ちゃんが止めれば障壁は破裂してすぐにでも出てきそうだ。そうしたら悪魔の誕生だ。エセ天使どころか、場合によっては悪魔の心を持ち、雪ちゃんの手で殺さなければならない。いや、雪ちゃんは、きっとそうするだろう。だから黙って一人で解決しようとした。
私は空間魔法で浮かべているだけだから魔力はそんなに消費していない。だけど、歩ちゃんは苦しそうだ。一生懸命悪魔化を押さえている。雪ちゃんも反転魔法を慎重に行っているから魔力を相当消費している。ステンノーちゃんのときと違い悪魔素を持って生まれないように悪魔素を吐き出しながら、同時に天使化をしている。もう30分が経過した。小町ちゃん、華ちゃん、つばさちゃん、ステンノーちゃんも苦しそうだ。これだけの魔力持ちがいるのに私以外はもう魔力切れしそうだ。あと数分が限度だ。
「ララ様、もう限界のようです。魔力がもう……」
「歩ちゃん!! 」
歩ちゃんが倒れた。
「ララちゃん、ゴメン、もうダメ」
「ステンノーちゃん!!」
ステンノーちゃんも倒れた。
華ちゃんも膝き、肩で息をしている。華ちゃんも危ない。
分身体の障壁が割れた。間に合わなかったの?
分身体は大きく羽を広げた。
黒か白かブチか?
???
分身体の羽は水色?
なぜ?
「雪ちゃん、成功したの?」
「わかりません。知識は私のものを移転していますから、能力は私と同じはずですが、性格はもしかしたら、ここにいる全員の魔力の影響を受けたのかもしれません。まだ目を醒ましませんが、悪魔ではないようです。私の魔力だけですと、私と同じ性格になるのですが、私だけでなく、ここにいる全員の魔力の影響を受けていますから、どんな性格なのか判断できません」
私はもう空間魔法を使っていない。目の前の水色羽の天使が自分で浮かんでいる。まだ目を開けないが、白い光に包まれている。雪ちゃんはそれだけで満足している。
水色羽の天使はゆっくり目を開け、雪ちゃんの顔を見た。
「おかあさん。迎えに来てくれたの?」
「そうよ。これからはずっと一緒よ」
「うれしい」
とてもいい性格の子だった。雪ちゃんは手を繋ぎ地上に戻った。小町ちゃんたちの魔力も無くなる一歩手前だった。ステンノーちゃんもがんばったから、今日は美味しいものを食べさせよう。
「雪姉様の子供だったら、私の子供でもあるものね」
「ステンノーちゃん、それは違うと思うよ。あなたと雪ちゃんは血が繋がってないよ。でも今日は頑張ったから許すわ」
「ララちゃんだって同じでしょ。雪姉様と血が繋がっていないのだから」
「いいの。私たち同じ王族籍に入っているから。歩ちゃんも最近入れたから、入ってないのはあなただけね」
「い、入れてくれない?」
「駄目よ。あなたはステンノ聖女国の女王だから入れないわ。残念ね」
「くっそー、女王になるんじゃなかった」
髪は水色、羽も水色の天使は身長155センチ、年齢は13歳位に見える。
雪ちゃんが理由を話してくれた。
身長が高くなりたかった。雪ちゃんより5センチ高いからその願望がそのまま分身体に現れたということだ。
7人分の魔力を浴びたことで顔も雪ちゃんに似ているような、似てないような。歩ちゃんにも似ているような、私にも似ているような、そんな感じだ。
地上に上がると急速に自我が目覚めたようだ。
「私も、おかあさんと同じ仕事がしたい」
そういうことで、彼女は『みちるちゃん』と言う。
そう、最初に見たやや薄い青い羽根が子供のときに読んだ『青い鳥』を彷彿させたからだ。チルチルの妹の名前をそのまま名付けた。他に浮かばなかった。
知識は雪ちゃんよりほんの少し少ない。それは雪ちゃんが私に会ってから過ごした分の知識がないからで、これから覚えればいい。
でも、料理、洗濯、裁縫、魔法は雪ちゃん並だ。元々の魔力は雪ちゃんの8割だけど、他のみんなの魔力を吸収して、雪ちゃんより弱冠少ないほどになっている。
十分に強い。
「今日の当番は、『みちるちゃんと雪ちゃん?』なの?」
みちるちゃんは羽と同じ空色のメイド服だ。
「いいえ。おかあさんは私と組んでくれません。今日は『歩ちゃん』とです。私もおかあさんより他の人がいいです。おかあさんだと甘やかされすぎて覚えられないのです」
「そうよね。私も楓には甘いものね。他人より厳しくしたつもりでも、本音は甘くなるのよね。それが伝わってしまう」
「はい」
「それで、今日は何かな?」
「今日は大人の味にしました」
「もしかして、この匂い。フランデーカステラ?」
「はい。ドワーフの一級品ブランデーを使いました」
「もう一つあるね。これは?」
「私の新作マロングラッセです」
「歩ちゃんのレパートリーは広いわね。それに美味しいし、ブラボーよ」
「その言葉だけで生き甲斐を感じます。御代わり沢山ありますからね」
「今度の女子会のおやつは、この2点でいこうね」
「「はい」」
最後まで見ていただきありがとうございました。
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