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ガザール国統一の功罪

 ガザール国が分離した後、ジャン・ラクソンは東ガザール国の摂政をしていたが、少しずつ人格が崩れていった。壊れたのではない。崩れるというのが正しい。言動が毎日のように変るだけではない。


 ジャンはメリス・ガザリス国王を(ののし)るようになり、部下も人前で折檻(せっかん)するようになった。ジャンには元々そういう素質というか性格というか、そういうことを喜ぶ人間であった。それを押さえていたのは摂政という地位だった。だが、それも人格の崩壊とともに表だって出すようになった。そして皆が危惧していたことが起きた。


 ジャンは、メリス・ガザリス国王を皆の見ている前で殺害した。国王は4歳になったばかりだった。殺害した理由は、ジャンの前で足をぶらぶらしていたから。


 それからは、ジャンを恐れ、誰も何も言わなくなった。国王を名乗ったジャンは、そのまま西ガザール国まで攻め入った。両国で多大な死者が出たが、死者が増えるほどジャンは喜んだ。


 ジャンは東西ガザール国を統合し、2年ぶりにガザール国が復活した。しかし、国民は全く喜んでいない。度重なる内戦と大干ばつにより、他国よりも悲惨な状況となっている。餓死者は埋められることなく、魔物やカラスの餌となっている。


 国民は疲弊していたが、国は何もしてくれなかった。それは主であるジャンが何も指示をしなかったらからだ。

 あるときから、ジャンは表に出なくなった。




 △△△◇◇◇△△△

 私の魔力が消えた。サタンが復活したのに、魔力が出ない。雪ちゃんも、小町ちゃんも、華ちゃんも、つばさちゃんも、亡くなった。ヘルシスもリデアも殺された。楓は私の目の前でサタンに踏み潰された。他の護衛官も秘書官も全員、サタンに頭を潰され悲惨な最期だった。私は無力だった。とうとう私もサタンに頭を掴まれ、潰されようとしている。目の前にはサタンの薄ら笑う青い顔が見える。……ああ、私は無力だった。勇者となったのに、やはりサタンに逆らったのが間違いだった。




「ララ様、ララ様、ララ様、……ララ様」


「わ、私、生きている? どうしたの?」


「サタンが、サタン……」


「また、同じ夢を見られたのですね。サタンも(あせ)っているようですね。今日で3日連続同じ夢でしたら、いつもの姑息な手段を使っているはずです。

 ララ様に手を出さず、ガザール国だけで満足してくれていたら、サタンの邪魔をする気はありませんでしたが、こうなっては白黒をつけないといけません。こちらからサタンのいるガザール国に乗り込みましょう」



「でも、雪ちゃんが殺されるかもしれない」


「それはありません。ララ様がやつの能力を奪いますから」


「もし、私が無能力になったら?」


「それもありません。やつはいつも勇者にそのような夢を見せるのです。それに乗せられて信じると、勇者は敗れます。これまで勇者とサタンがほぼ互角だった主な原因は、やつの夢攻撃を信じてしまって自分の能力を信じず、魔法を使えなかったからです。それさえなければ勇者の一方的な勝利に終わるはずです。

 ララ様も、同じ(わな)に掛かってはいけません」


「でも……」


「では、少し出ましょうか」




 私は、『雄叫びの森』に連れて行かれた。


「ここは、ララ様が育った場所です。幻影の魔女ジーニアがその人生で唯一国の損得に左右されず生きられた場所です。誇って下さい。ここで一緒に過ごした時間はララ様の人生の縮図です。大丈夫です。なにも心配ありません。ララ様は自分を信じて下さい。私たちを信じて下さい。ララ様は一人ではありません。さあ行きましょう」



「うん。行こう。早く言ってサタンもどきのジャンを倒そうね」



 女王の部屋に戻った私は、(かえで)、ステンノーちゃん、雪ちゃん、小町ちゃん、華ちゃん、つばさちゃんを集め、ジャンの皮を被ったサタンを滅ぼすため、ガザール国に行くことを告げた。


 ステンノーちゃんはサタンを恐れていた。だから嫌だと言うと思っていたら、むしろ先頭に立って張り切っていた。


「ステンノーちゃん、あなた、サタンのことをものすごく怖がっていたのに?そんなに張り切ってどうしたの?」


「恐れていた? ララちゃんにはそう映っていたのね。違うわ。うだうだ待つのが嫌だったの。逃げるだけしかない毎日が怖かったの。でも、初めてこちらから攻めに行くのよ。こんな楽しいことないわ。ただ待っていてもどうせ殺されるのなら、こちらから乗り込んで勝てる可能性があるのなら楽しいじゃない。私、今すごく充実しているのよ。山本明里さんの食事を楽しみにしているわ。帰ったらパーティーをしましょうよ」


「そうね。彼女に食事の用意をするように言っておくわ」


「それじゃ行こうか!!」



△△△

 ガザール国は思っていたよりも悲惨な状態だった。川辺には大量の避難民が掘っ建て小屋を建てていた。魚を釣る人、海藻モドキを食べる人、貝を掘る人、ただ立ちつくす人、泣く人、死体がそのまま放置してあるため周囲は異臭がする。こんな状態だったら疫病も流行ってしまう。



 何処に転移しても、同じような景色だった。これは末期的状態だ。何から手を付けていいかわからない。私はこの国の国王ではないから気にする必要はないが、それでも酷すぎる。私が知っているガザール国は豊だったとは言わないが、こんな国ではなかった。



 首都に転移したが、ここも同じだった。溢れる難民とそれを取り締まる兵士、取り締まっているのか殺しているのか区別がつかない。もういい、ジャンに会いに行く。完全にサタンになったのかまだジャンとして生きているのか、どちらにしてもあいつはいないほうがいい。



 王都の城の中も臭い。これは死体が腐乱した臭いだ。死体のほとんどは住民か避難民か区別がつかないが、どちらにしても食糧を求めてきたか、待遇を求めたか、国王の退位を求めたかだろう。



 1カ所だけ禍々(まがまが)しい魔力が流れている場所があった。ああ、あそこにいる。これからジャンと因縁の戦いが始まる。サタンとの因縁の戦いが始まる。



「お前は誰だ。人の部屋に勝手に入ってくるな!」


「久しぶりね。ジャン」


「お前は? 知らん!」


「忘れたの? 本当に都合のいいおつむね」


「なんだ。ここに何しに来た」


「あんたを殺しに来たわ」


「ふぁっはははは……。笑わせるな……うっ……やめろ……やめろ――――――。あ――――――。…………お前は、勇者か? 殺されに来たのか? お前は魔力が使えない勇者だ。俺に逆らうな。そうすれば俺の子供でも生ませてやる。サタン大王様の子を産ませてやる」


 ジャンはみるみる大きくなり、サタンに姿を変えた。

 サタンは3メートルくらいの大きさでガッシリして、角が2本ある。



「とうとう。正体を現したわね。それだったら話が早いわ」


 私は先制攻撃をする。『紅蓮の火炎弾改』。

 サタンに直接当たった。普通ならばこれで灰になって消滅するが、全く意に介さないようで、髪の毛すら燃えていない。だけど私はそのままサタンの角に(つか)み振り落とされないようにする。




 雪ちゃんの特訓に耐えたが、まだ時間が足りなかった。

 私の『サタンの魔力を無効にするスキル』には重大な欠点がある。勇者の(ひな)になって日が浅い私は自由に『サタンの魔力を無効にするスキル』が使えない。雪ちゃんによれば、あと1か月もすれば完璧に使えるようになるらしいが、それまで待てる状況でなくなった。

 だから、欠点のある状態であってもとりあえずは使う。ただし、直接サタンに触れていないと効力がなくなる。でも、雪ちゃんが付けた魔法名が恥ずかしい。


「勇者スペシャルララ式」


 私は『勇者スペシャルララ式』って、こんな中途半端な魔法にそんなたいそうな名前を付けて欲しくないと反対した。


「正式名は『勇者スペシャル』ですが、中途半端なので『ララ式』をつけました。中途半端ですが、『勇者スペシャル』で押し通しますか?」


 魔法名はいらないが、中途半端なものに本来の名前を付けるのはなお恥ずかしい。だから『勇者スペシャルララ式』で通すことにした。




「いきなり失礼なやつだ。何度も勇者と戦ったが、お前のように話す途中で攻撃してきたやつはいなかったぞ。しかも失礼なところに掴まりやがって!!  四天王と天使まで揃って儂を滅ぼしにきたのか? まあいい。お前たち、儂の言うことを聞いて、勇者を殺せ!!」


「…………」


「なぜ、お前たちは儂の命令が聞けんのだ!!」



 私は魔王を認識してすぐに『紅蓮の火炎弾改』に乗せて、正式名『羽族の魔力を無効にするスキル』に対抗する『勇者スペシャルララ式』を放っていた。


 サタンの魔力はジャンと一体化した四天王の一人の波動のガルジベスの魔力を奪い、魔力値はつばさちゃん並になっている。今の私ではとても(かな)う相手ではないが、私が直接手を下す必要はない。雪ちゃん、小町ちゃん、華ちゃん、つばさちゃん、ステンノーがサタンに集中砲火を浴びせている。


 私はその間、『勇者スペシャルララ式』を放っている。

 楓は私の魔力が切れないように、魔力を一時的に譲渡してくれている。姉妹のせいか、魔力が似ているから変換効率がいい。血液型が同じ者からの輸血と考えればいい。



 なかなかサタンが弱らない。時間が……。



 あれれ、雪ちゃんが顔を真っ赤にして怒っている。


「サタン!!  お前――――!!!! ララ様に発情しやがって――――――!!!」


 えっ? サタンは私に発情した? サタンってこの状況で発情するって変態なの?


「ララ様……そこは……」


「雪ちゃん、サタンに魔法を放っているから聞こえないよ――――――」


 時間との戦いだったが、雪ちゃんが怒ってからはサタンの体が溶けていく。今のサタンは四天王レベルの強さだが、5人がかりで、しかも怒った雪ちゃんには敵わないようで防戦一方だった。魔法障壁も役に立たず、とうとう体の全部が溶けた。サタンは死ぬ前に捨て台詞のように最期の言葉を放った。



「魔族は儂だけだと思うなよ!!」



 思ったよりも簡単にサタンは死んだ。まだ生まれるのが早かったせいもあるが、私の放った『勇者スペシャルララ式』が勝因だと雪ちゃんは語った。


 私の実力では四天王並のサタンでは、最高位力の『紅蓮の火炎弾改』さえ、全く通じなかった。だが、雪ちゃんは、気にしていない。



「勇者本来の力が覚醒すれば、私たちよりも強くなりますよ。勇者はそれ自体が強いから、たとえ魔力値がなくてもサタン程度であれば、一方的に殺害できます。ララ様は生まれたときが『勇者の卵』だったので、本来の勇者ではありませんでした。でも今は『勇者の雛』になりました。勇者はまだ生まれたばかりです。焦る必要はありません。勇者として生まれて本来の力をつけるまで15年かかるものを、まだ勇者として生まれて間もないララ様がほんの数ヶ月でここまでなれたのです。すぐに『勇者の雛』から本当の『勇者』になれますよ」




 楓がステンノーちゃんに「ボソッ」と聞いた。私もサタンの最後の言葉が気になったが、怖いので聞きたくなかった。


「ステンノーちゃん、サタンって一人っ子じゃないの?」


「楓ちゃんでも分かっちゃいましたか」


「そうだったの?」


「サタンは三男で、兄弟姉妹がいます。三男だからサタンと名付けられたのです。サタンには羽族魔力無効スキルがあるから兄弟姉妹を皆殺しにしてました。だからいつも生き残ったサタンが勇者と戦うことになりました。上からサタコ、イチタン、ニタン、サタン、シタン、ゴタン、サタミです。今回はサタンが先に死んだのでやつらがこれから地上に現れるはずです。


 ゴルデス大陸は大干ばつがあってから各地で紛争が起きていますから、やつらの大好物の怨念に満ちた魂はいたるところにあります。どこで復活するからわかりませんが、復活のための怨念に満ちた10万人の魂くらいすぐに集まるでしょう。できれば他の大陸で目覚めて欲しいものです」




 私は楓とステンノーちゃんの会話で嫌な考えが浮かんだから質問してみた。



「ステンノーちゃん、サタンの姉妹は強いの?」


「はい、もちろんです。サタンは本来一番弱いのですが、羽族魔力無効スキルがあるから魔王になっていたのです。特に末っ子のサタミは他の誰よりも強いですよ。しかも性格は気まぐれです。過去に彼女と友達になった者はいません。プレゼントをもらってもなぜかいつも怒って相手を殺してしまうのです。悪食とも言われています。次にイチタンとサタコが同じ位の強さで、シタン、ゴタンと続きます。ゴタンは一番弱いのでいつも一番先に殺されます」


「サタミはもしかして、雪ちゃんより強い?」


「残念ながら、あの頃は四天王が総掛かりで互角でしたが、私たちはサタンに魔力を奪われていましたから、そうでなければいい勝負だったと思います。今は実力者が5人いるし、私たちの魔力も満タンですから、一対一でもいい勝負ができるでしょう」


「イチタンの性格はどんな感じ?」


「そうですね。イチタンのことはサタン一族と四天王しか知らないのですが、あいつは両性なのです。両性といっても一般的な両性具を持っているというのではなく、男として生まれるときと、女として生まれるときがあるのです。女として生まれたときはサタン一族には不向きなくらい賢く優しいのですが、男として生まれたときはサタコより凶悪なのです。もう手が付けられません」


「女で生まれることを祈っているわ。サタコはどんな性格?」


「あいつが一番やっかいかもしれません。強いですが、それよりも頭が切れます。頭脳派ですから、何を企てるか分かりません。要警戒悪魔です」


「嫌な相手ね。ニタンからゴタンを簡単に教えて?」


「ニタンだけはいつも変わらず凶悪なままです。頭が悪く人殺しだけが喜びのようなやつです。シタンは人間界で魂が入った人間の性格や人生観に大きく影響を受けるようで、凶悪な人間に魂が入るとイチタンが男として生まれたぐらい凶悪です。ゴタンはよく分からないのです。他の悪魔に比べると一段階弱いのでいつも真っ先に殺されています。そのため医学に目覚め人間界の医師など足下にも及ばない能力があります」


「最後に疑問なのだけど? 聞いていい? なぜサタンはあの状況で発情したの?」


「それは……」


「お姉ちゃん、知らないで掴んだの? ステンノーちゃんが言っていたわよ。『あ、ララちゃん、サタンの生殖器を掴んだ』」


 聞きたくなかったわ。そういえば、角にしては先が尖っていなかったし、どんどん太くなったの。ああ手を洗ってこよう。


 それにしてもガザール国はこれからどうなるのだろう。私が心配することでもないが、どこかの貴族が王を名乗るのか、ザバンチ王国のように分裂するのか、それはこの国が選ぶこと。ラカユ国にガザール国をどうにかする余裕は全くない。


「一難去って、大災害が到来するのね。まあいいわ、考えてもしょうがないものね。早く帰って懐石料理を食べましょうよ」


「「「「「「はい」」」」」」


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