さらばミリトリア州
~元ミリトリア王国王都併合1週間後~
謁見の間にはずらりと、屈強な男たちが並んでいた。あぁ、汗臭そう。あまり近づいて欲しくないなぁ。
「この度、私どもの願いを聞き入れて下さり、家臣一同感謝しております。ララ女王様の配下になれることは、我ら一同の誉れであります」
「私も嬉しく思います。これからも国のために尽くして下さい」
「ははっ――――――」
「あとは、ヘルシス宰相が説明します。いいですか?」
「もちろんでございます」
「では、私がララ女王に代わり、ご説明します。まず、みなさんには、この国の法律に従って頂きます。それは当然なことですが、過去の行いについても、ラカユ国の法律を適用いたします。ミリトリア王国の法律で無罪とされた方でも、ラカユ国の法律に従い、死刑となれば死刑にします。反対に死刑とされ投獄されている者でも、無罪とされる場合もあります。ここまではいいですよね。
さて、ここからなのですが、みなさんの爵位ですが、全部取り上げさせて頂きます。ラカユ国では貴族位は廃止しました。併合予定地域はミリトリア州(仮)としますが、当面は別管理になり、様子をみて2ヶ月後に併合の検討をします。
ご要望のあった食糧ですが、10日後に当面必要な1か月分を支給します。あとは様子を見てさらに1か月分を追加支給します。それまでに自給自足の体制を整えて下さい。
みなさんにはミリトリア州(仮)を東西南北に区分した郡を治めて頂きます。それで、あなたたちの地位ですが、それぞれ郡長とします。
以上で説明を終えますが、ここにシルカ・ビクチはいますか?」
ヘルシス宰相は嘘をついている。ラカユ国は貴族制度を廃止していない。この世界にあって貴族制度は廃止などできない。それであれば女王も廃止しなければならない。ヘルシスは今回の申し出が、全く意味の無いものだと見抜いている。そして郡長に任命した4人はラカユ国の入隊基準をクリアしていない。だから他の知事などと違い軍位を与えていない。
ずいぶん後ろの方でかわいい女の子の声がした。親父ばかりの低い声がして飽き飽きしていたが、やっと女の子のかわいい声が聞こえ、私の心の安穏が広がる。
「はい、シルカ・ビクチです。」
彼女はホメニシア侯爵のメイド見習いをしていた。
シルカはどこにでもいる女の子だ。両親はいない。そう10歳になったばかりの孤児だ。ミリトリア王国内にはシルカのような孤児が著しく増加している。これも内戦が影響している。
シルカは過去の記憶がない。シルカを拾った門番は、木の下で雨宿りをしていた少女が雷に打たれたため、急いで駆けつけた。少女は死亡したと思われたが、抱きかかえると生き返った。
ただし、何を聞いても自分の過去のことは覚えていなかった。それなのに自分以外のことは忘れておらずその知識は膨大なものだった。ちょうどホメニシア侯爵が帰宅したとき、門番が少女を抱えた。少女の顔を見たホメニシア侯爵は、絶好みだったため、メイドとして側に置くことにした。
自分のことは忘れているのに名前があるのは、ホメニシア侯爵が昨年亡くなった猫の名前を氏にし、名は適当につけたからだ。どうせ戸籍が分からないのだからと適当につけられてしまった。
私はなぜかシルカを気に入ってしまった。私の顔を見るときの仕草があまりにもかわいいから、つい見てしまう。楓も昔はあのようにかわいかったのだけど今は13歳になり、エリツオに色気を振りまいている。
シルカは当然色気などないが、私を愛くるしく見てくるのだ。シルカはこの世界ではめずらしく楓と同じ黒髪で黒目だった。日本人のような容姿なのでなおさら気になった。私はいつのまにか、もう一人妹が増えたような気になった。
バレンシス・ラプチェトは、自分がブルセルツ皇国の教皇だということを完全に忘れてしまったかのように、ラカユ国に馴染んでいるし、私に『私たち友達だよね! 親友だよね! これからも一緒だよね!』オーラをぐいぐい放ってくる。それもいいが、シルカちゃんのように愛くるしいのもいい。
あ~癒やされる。ずっと側に置きたい。だからメイド見習いを提案した。彼女の師匠は雪ちゃん、小町ちゃん、華ちゃんの三人になってもらうつもりだ。三人のように超人的な力はないだろが、ゆっくり学んで欲しい。
「シルカ・ビクチちゃん、私のメイド見習いにならないかな?」
「うれしいですが、私のような孤児を側に置いて、いいのですか?」
「私だって、元孤児だから、そんな深刻に考えなくてもいいわよ。学校に行きながらメイドの仕事を覚えたらいいわ」
「えっ? 学校に行かせてもらえるのですか?」
「早く友達ができるといいわね」
「はい」
ポケットにしまいたいほどかわいい。
△△△
ミリトリア王国北部貴族の併合要請から各地を全て調べ、調査がやっと終わった。彼等と謁見するまで1週間かかったのはそのためだ。
結論から言うと彼等は碌な人間ではなかった。それは事前調査の段階でも分かっていた。ただ、私の我儘で一人の少女がどうしても欲しかった。だから彼等が碌でもない人間であっても、他の者がまともであれば、併合してもいいかとも1ミリくらいは考えた。
しかし、どいつもこいつも碌でもない人間だった。狙いはラカユ国の食糧、その後内部からラカユ国を征服する。ありきたりの三文シナリオだ。
彼等は南下しても戦力が拮抗していて領土が増えなかった。領土を増やすには北上するしかなかった。軍事国家バンはバン国と名を変えたが、あそこの軍事力には到底及ばない。そうであれば新興国家のラカユ国に攻め入るのが早い。幸いにもラカユ国は備蓄を持っている。ついでに、ラカユ国を頂くという筋書きだった。
ミリトリア王国元国軍7万人は解体され、各貴族に属していた。各貴族は元々私兵を持っていたが、併合された軍は各地域の紛争が本格化したことで、その規模を大きくしていた。各軍の上層部は今回のラカユ国との併合には懐疑的だった。併合されてしまうと、ラカユ国軍の指揮下になるため、独自性を失う。それは元大国の軍人には許せないことだった。
軍はすでに貴族たちの手元を離れていた。各地区の紛争で貴族は力を失い、貴族の抱えていた私兵がいつのまにか独立した組織となっていた。そんなとき、自分たちの頭を通り越してラカユ国に併合されることを選んだのだから、軍部の不満は頂点に達していた。
軍部も不満をもっていたが、ホメニシア侯爵も貴族位が収奪されるとは思っていなかった。それでも郡長に治まることができるので、ギリギリ納得した。ラカユ国に助けて貰わなければ貴族はいつ軍部から、クーデターを起こされるか分からない状況だった。ひとまずラカユ国の力を借り、軍部を自身の手に取り戻し、それからラカユ国を支配する。それがホメニシア侯爵の描いた構想だった。
ステンノーちゃんは『うちの軍隊は弱いのよね。これまでも国境紛争で始末つけていたのは私だから、うちの軍に上等な武器を持たせても意味ないのよ。それよりも鍬でも持たせた方がいいぐらいよ。それに雪様のいるラカユ国に守ってもらうから、もう軍隊もいらないぐらいよ』だって。
そんな感じだから武器は山賊だったころのままだった。あまりにも貧相な武器を見たヘルシス宰相が、取り急ぎ、無償でまともな武器を持たせた。その武器はドワーフの子供が打ったものだったが、そのへんの鍛冶士が作るものよりも数等上等だった。
ドワーフの学校の授業の一環として作ってもらったものだが、ドワーフ国王は喜んでくれた。原料を支給してくれて、技術を身につけることができる。
原料は鉄鉱石とミスリルを渡している。ミスリルの混合割合は10%と指定している。
ステンノ聖女国の将校以上の者には、ドワーフのおばちゃまが作る30%配合ミスリル剣を渡した。
ステンノーちゃんも満足したようで、お金の代わりに昔悪魔のときに他の大陸に隠していたミスリルとオリハルコンの剣を大量に提供してくれた。古いものだったので全部溶かしたが、すごい量だったので、自分の国で使わないのかと尋ねたら、『うちの国にあっても豚に大真珠、猫に大金塊よ』と言っていた。オリハルコンは少量だったので、雪ちゃんに分離してもらったが、もっと大量に持ってこられたら、分離作業にメイド全員を動員するところだった。やはり溶解したした後の分離技術が必要になる。
ステンノーちゃんにとっては、ミスリルやオリハルコンなどより、雪ちゃんの作るデザートの方が余程価値があるようだ。
そういえば、私はゴルデス大陸以外の大陸を知らない。ゴルデス大陸の小さな国のラカユ国でさえ持て余しているのだから、他の大陸のことを知っても意味ないのだけど、一応知識として雪ちゃんに聞いてみた。
「現在、世界の大陸は全部で17個あります。10万年前は18個でしたが、そこは科学が進みすぎて1つ消滅しました」
「このゴルデス大陸と同じくらいの大陸がそんなにあるなんてすごい世界ね?」
「いいえ、ゴルデス大陸は一番小さい大陸ですよ」
「えっ? 一番小さいの?」
地球の世界地図にあてはめるとゴルデス大陸はアフリカ大陸に対して日本程度の大きさだった。
世界は広かった。世界で一番大きな国は、ゴルデス大陸より広かった。
私はこのときまでは、他の大陸と親密な関係をもつことになるとは考えもしなかった。
ちなみに、他の大陸までは私と楓は、体力が足らないので転移することはできない。どこにでも行けるといってもゴルデス大陸内限定の転移魔法だ。
それができるのは天使4人とステンノー女王だけだが、ステンノー女王は危険な転移などは決してしない。転移するのは安全なステンノ聖女国の自分の部屋とラカユ国女王の部屋だけだ。あとは雪ちゃんとつばさちゃんが側にいるときだ。
とにかく危険は絶対回避したいらしい。過去によほど辛いことがあったようだ。
結果的にはミリトリア州(仮)は併合しなかった。併合発表の翌日、軍部は郡長を殺害した。
今回の併合の話がなくてもいずれ彼等は殺されていた。今回のことで軍部の不満が爆発しただけだ。
軍は命を懸けているのに貴族は優雅に暮らし、命令だけをしている。国民を守っているのは軍なのに……国民の食糧不足も相まって、貴族と軍の力関係が逆転するのは時間の問題だった。
今回の件はミリトリア王国の現状を現している縮図だ。
彼等は郡長を殺し、そのまま北上してきた。真っ先にラカユ国の食糧が狙いだった。開墾などする気は全くなく、いつものように奪う。
彼等が1週間以内にそうするだろうことは予測していた。だから、食糧も10日後に提供すると約束していた。ララ自治区はミリトリア王国旧王都まで広げている。周囲には10メートルの壁を築いているから、そう簡単に越境できない。それでもラカユ国に侵攻するのならば敵対行為として徹底的に壊滅する。
やつらはまさか、国境に壁があるとは思っていなかったようだ。私に謁見したときに壁はなかった。それにララ自治区とラカユ国への壁を一部開放していたから、直進してそのまま首都まで一気に落とせると考えたようだ。
そんなことは分かっている。
だから、彼等が帰国した後大急ぎで、旧ミリトリア王国の首都周辺に壁を築いた。それからララ自治区とラカユ国の壁も元通り塞いだ。
私は旧ミリトリア王国首都の壁の頂上に上がり、敵陣を見ている。話せば長いが、頂上には私だけではなく、ヘルシス宰相もいる。リデア・ポミアン元帥、ピノ・バルセン元帥、メルトミ・ルドリフ大将、各省の秘書官、補佐官、は勢揃いだ。一番喜んでいるのは楓だ。若いエリツオ・ホヒリエ中将は、ゲロを吐いて戦線離脱した。うぶな男性にはきつかったようだ。
「おねえちゃん、あの格好で一人喜んでいる人がいるよ?」
「そういう趣味の人もいるのですよ」
「ふ~ん。へんな人」
ミリトリア州(仮)は一般人も強制徴兵したようで少なくとも8万人の大軍で侵攻してきた。
このままではバカが人間階段を作ってでも国境壁を昇りそうだ。
将軍たちは謁見に来ていたから全員の顔を覚えている。首狩りを終えた私たちは、壁の前に棚を設け、将軍の首26個を置いている。そして、立て看板に、『これより先に進む者はこの者たちと同じ目にあうことになります』と書いている。
ああ、この国はバカが多かったことを忘れていた。やつらは目の上のたんこぶだった将軍が死んだので自分で将軍を名乗り、壁を登ってきた。
良くも悪くも軍人は上が死ぬとその下に指揮権が移る。
久しぶりに謎の少女仮面になり、いたずら? をすることにした。
死ぬより激しい屈辱を与えないといけないのか? そうなのか? あれをまたするのか?
夜になり、女性佐官を裸にする。その下着を男性佐官に着せる。そう、あの本人も見る者も精神をやられてしまう、着せ替え作戦だ。今はあの頃のように、いちいち着替えさせることはしない。
魔法により一瞬で置換するから、本人も回りの者も気づかない。
恥ずかしくても、どこにも着替えがない。自尊心は木っ端みじんだ。恥ずかしければ下着を脱ぎ捨てればいいのに、それをしようとはしない。両手のひらに、脱いだら殺すと書いてある。
女性佐官はスッポンポンだからまだいい。ブヨブヨ年増の女性佐官を除き、回りの男を楽しませている。部下が軍服を脱いで掛けてやればいいのだが、裸のお腹と背中には服を着せれば殺すと書いている。それでも服を掛けてくれる心優しき男性はいない。なぜなら、本人が服を持ってくるなと叫んでいる。殺されるのは服をかけた者ではなく、裸の女性佐官なのだから。さすがにもう3人をビームで殺した後なので、裸の女性佐官が服や毛布を掛けられるのを断っている。
男性佐官には誰一人軍服をかけようとしない。気持ち悪くて誰も近づけない。今回は大サービスでアイラインと口紅を塗ってあげた。そのアイラインと口紅は特殊加工してあるから1週間は落ちないよ。
エリツオ中将は、その姿を双眼鏡で見た途端、ゲロを吐いたが、女性たちは楽しく見学させてもらった。そうそう、入り浸りの居候二人も来ている。ステンノー女王とバレンシス・ラプチェト教皇は腹を抱えて喜んでいる。
あまりにも面白いものだからステンノー女王はバン国ベティ・バン王妃と宰相、シドル連邦裏大統領リベッタ・テスラノキと宰相も連れてきた。
彼らはその下劣極まりない異様な光景をまじまじと見て、益々ラカユ国とは反目しないよう誓った。
その日のうちに元ミリトリア州(仮)の軍隊は帰った。
もう二度と来なくていい。
次は容赦なく皆殺しにする。
最後まで見ていただきありがとうございました。
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