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戦後賠償は払えない?

 グラン大公国に戦後賠償を求めたが、ゲルス騎士国と交戦中であり、現在多額の出費中のため賠償金は払えない。捕虜を返還されても食糧がないから捕虜込みの領土の割譲で勘弁してほしいと回答してきた。


 グラン大公国軍にとっての東部地帯はミゼット神国連邦とブルセルツ皇国の両方に国境を接するため余分な兵力を要するが、グラン大公国の食を支える農業地帯だった。しかし大干ばつによって東部地帯は小麦の生産が例年の3割まで落ちた。しかも来春の麦も5割減の予測だった。西部地帯の食を補うどころか、東部地帯の食すら生産できていない。


 東部地帯は大干ばつで農産物がほぼ壊滅し本国の備蓄を食らう厄介(やっかい)者となった。そこで目を付けたのがラカユ国だった。デルス国とケトン連合国を降伏させたことで、ラカユ国の備蓄を搾取(さくしゅ)する準備は整ったはずだった。ラカユ国にはまだ有り余る程の備蓄が残っているはずだと(うわさ)されていた。シドル連邦に対して備蓄の3分の2を拠出したことなど他国は誰一人信じていなかった。大干ばつでどの国も食糧不足となっているのに、どう考えてもシドル連邦が国民に向けて発表したことは他国には受入れがたかった。それゆえラカユ国にはまだ沢山の備蓄が残っているというのが各国首脳の判断だった。


 ラカユ国に敗北したことで、いよいよ東部地帯はグラン大公国にとってはお荷物となった。ラカユ国を併合できないのであれば、東部はないほうがいいくらいだ。

 戦後賠償がお荷物の割譲ですめば、むしろグラン大公国にとっては厄介(やっかい)払いができて万々歳だった。ブルセルツ皇国とミゼット神国連邦との国境がなくなることで、配置する兵士は格段に少なくて済む。4分の1の国土を手放すことで、兵士を1/2削ることができるのだ。戦争に負けたのに、グラン大公国にとっては勝利したと同じくらいの結果となる。

 捕虜となった兵士は国軍の半分に相当するが、その半分をブルセルツ皇国とミゼット神国連邦のために配置していた。グラン大公国にとっては痛くもかゆくも無い。むしろ大(もう)けだ。



 ラカユ国としては、そんな土地も兵士もいらないと返事したが、グラン大公国は全く譲らず、軍部内ではグラン大公国をこのまま滅ぼすことも検討した。ただ、ラカユ国より遥かに大きなグラン大公国を併合してしまえば、ラカユ国は一気に食糧不足に陥ることになる。そこでこの話は没となった。

 話合いの結果これ以上長引かせても解決しないので、グラン大公国の4分の1を誇る東部地帯を割譲されることになり、ブルセルツ皇国と国境が接することになってしまった。ラカユ国としては短期間のうちに大国であるゲルス騎士国とブルセルツ皇国の2国に国境が接することになり、軍事費が膨れることとなった。これはとても(まず)いことだ。


 もしブルセルツ皇国が南下してきても、ブルセルツ公国の隣がシドル連邦だから、シドル連邦が側面から侵攻できる。シドル連邦に派兵要請をしてよかったのだが、シドル連邦からラカユ国とブルセルツ皇国との国境までは馬で駆けても3週間はかかる。当然ブルセルツ皇国軍がシドル連邦軍を簡単に通すはずがないから、シドル連邦との軍師同盟は抑止力にはなっても、今回は直接的な軍事力としての派兵は期待できない。


 ラカユ国の国土は倍以上になった。だが、やっと食糧生産が軌道に乗ったのに、新たな問題が増えた。捕虜の扱いと今後の政策については、ヘルシス宰相とリデア元帥に丸投げする。いつものことだが、私の手には負えない。他国では、ラカユ国は大天才の宰相とそれを支える三人の天才で運営されている。と噂されているが、まったくその通りだ。私は丸投げしている。


 グラン大公国軍の負傷者については、さすがにラカユ国軍の治療だけで魔力切れとなったので、例の丸薬を与えることにした。このところ戦争続きで、世界樹を使っていたから、その絞りカスは余るほどある。この絞りカスは、急速に回復することはないが、徐々に完治する。これもすべて三人のメイドのおかげだ。


 敵兵であっても急を要する重傷者387名のうち一分一秒を争う患者12名のみ、超グレートエクストラヒールをかけた。私は魔力切れだったから、護衛官のつばさちゃんが行った。残りの重傷者は仕方なく例の青汁を飲ませることにした。本人は寝ている間に治っていたため、青汁で治ったとは思っていない。超グレートエクストラヒールを見ているから、回復魔法で完治したと思っている。これで世界樹の情報は隠匿(いんとく)できた。


 ラカユ国の採用基準にあわない者は治療せず、そのうち殺人・強姦(ごうかん)・強盗した者は処刑し、それ以外の者を強制帰国させた。治療に当たる人材と食事代が()しい。


 基準をクリアしたラカユ国に残る捕虜には、グラン大公国から家族を呼び寄せることを許可し、退役したい者には開墾地を与える約束をした。



 ただし捕虜には1ヶ月の開墾義務と簡易住宅の建築義務を課し、食事はラカユ国軍と同じものを与えた。グラン大公国軍も大干ばつの影響で1日1食だった。それも堅パンと豆スープ、私も懐かしいが食べたいとは思わない。とにかく不味いのだ。



 強制帰国者を除く捕虜8万人のうち、帰国希望者は1万人、ラカユ国軍編入者は6万8千人、退役し農業に従事する者2千人となった。帰国希望者のほとんどは老兵だった。グラン大公国は食糧不足で治安も悪化しているが、里に骨を埋めたいという理由がほとんどだった。



 残った兵のうち割譲された地域出身者は3万人だったから、家族もそこに住んでいるため、ラカユ国となってもその地が馴染んでいた。残りの兵にも簡易住宅を与え、首都と同じとはいかないが快適環境になるよう変えていった。住宅については急ぐため簡易住宅としたが、都市整備が進めばきちんとした住宅を与えるつもりだ。そうこうしていると開墾と治水灌漑(かんがい)で農業生産力は格段に上がり、元グラン大公国だった地域も自給自足ができるようになった。来年には元々がグラン大公国の穀倉地帯だから、ラカユ国第三の穀倉地帯となってくれるだろう。


 それまではラカユ国の備蓄を放出した。おかげで、ラカユ国の備蓄もスッカラカンになったが、ラカユ国とシドル連邦、バン国、ステンノ聖女国は、干ばつがなかったかのごとく大豊作となった。それぞれ灌漑に努めた結果だ。ただし、それぞれの国は備蓄に努めている。それは来年も干ばつが続けば、雪が降らないから雪解け水があてにならない。地下水だけでは農業用水はまかなえない。

 各国は干ばつがきても自国だけならば、備蓄を放出することで乗り切ることができる。それぐらい灌漑に力を入れた。




 グラン大公国軍捕虜の編入後、ヘルシス宰相から3名分の推薦状が私に提出された。


 リデア・ポミアン元帥から推薦されたのは、グラン大公国軍第三師団所属リーシャ・ルイディス中尉17歳だ。彼女の部隊はラカユ国軍とは全く戦うことなく降伏した。彼女は部下500名を引き連れ東部方面基地から脱出し、リデア・ポミアン元帥の部隊に投降した。


 彼女は、上官に自分の考えを話していた。それはリデア・ポミアン元帥の作戦そのものだった。それを上官も大元帥も笑って退けた。大国ミゼット神国連邦と大国ブルセルツ皇国が極小国であるラカユ国の軍を素通りさせるわけがないと涙を流しながら笑い転げていた。

 それでも夜間が一番危ないから、今日は昼夜二交代で警戒に当たるように進言したが、大元帥はとうとう怒って、リーシャ・ルイディス中尉を謹慎処分にした。


 リーシャ中尉は新月の今日が一番危ないと進言したが、受入れてもらえなかった。むやみに部下を殺したくないリーシャ中尉は野営訓練という名目で部下を連れ出し、そのままリデア・ポミアン元帥のもとに投降した。


 リーシャの背後では煌々(こうこう)と燃え上る東部方面基地があった。

 彼女は基地に入るメルトミ・ルドリフ軍を目視していたが、500人程度が乗り込んでも無駄死にするだけだから、部下には気にするなと告げ、サッサと投降した。


 リーシャは孤児だった。ただ彼女は頑張り屋さんで、頭脳明晰(めいせき)であった。中央の軍人学校を出ていない彼女は地方の軍に入隊した後度重なる功績で少尉になり、この度の遠征で中尉に昇進していた。

 しかし地方の中尉が中央に来ても一生階級はそのままだ。地方出身者は中尉止まりと決まっている。出世するためには中央の軍人養成専門校を出なければならない。出世したければもう一度軍人養成専門校に入学する方法もあるが、相応の授業料が必要になる。孤児に金銭を応援してくれる酔狂な足長おじさんなどいない。いたとしても体目当てのクソ野郎だ。

 幹部は軍人養成専門校を出ていないリーシャの進言など、最初から聞く耳を持っていなかった。


「リーシャ・ルイディス少将、あなたを本部最高難度作戦指令長官ピノ・バルセン元帥付き補佐官に命じます。貴方の卓越した思考力でピノ元帥を補佐してください」



 もう二人の推薦人は私なのよね。自分で自分に推薦するのも変だけど、一度はヘルシス宰相を通し、認められないと女王たる私の元に届かない。これまでも何度没にされたことか。あげればきりがない。『花壇に芋栽培をする者推薦、芋の苗を買う係り推薦、芋料理を研究する者の推薦』ことごとく没にされた。


 彼女は日本人だった。武力も魔法も使えない。日本人の転生者。彼女は物心ついた頃から日本の記憶があったようで、グラン大公国軍東部方面基地の食堂で働いていた。

 捕虜となった者のうち彼女のように軍人でない者は解放した。いつものように、お忍びでキャンプファイヤーをしていた私の焼きむすびを見た彼女は、思わず『なつかしい。その焼きむすびを一ついただけますか?』と声をかけてきた。

 たくさんあるのだから、渡すと、美味しい美味しいと食べた。

 彼女はお礼に、そこにある食材と調味料で腕をふるいます。と言ったので、作らせてみた。


 そこに揃った料理は、いわゆるなんちゃって『懐石料理』だった。野営基地だからきちんとした食材は揃わなかったが、それでも私にはとても美味しく感じた。

 口いっぱいに広がる茶碗蒸しの味、お椀がないから竹を切って入れていたが、それがまたいい。風情があって、とても懐かしい。

 味にはうるさい雪ちゃんが見事と言った。ちなみに調味料は雪ちゃんが提供している。

 彼女は前世で三つ星料亭のおかみをしていたらしく、料理はすべておかみが創作したものを料理長が再現したものだった。38歳になった彼女は孤児だったため、教会で名付けられた名ではなく、前世の名を名乗っていた。



「山本明里(あかり)さん、あなたを女王専属和食部門料理長に任命します」


 軍の位がないと言うことを聞かない筋肉バカが多いのですが、明里さんは元が一般人ですから、軍位は嫌だと思います。そこで、その身分で軍の食堂の料理を底上げしてください。そして私の望む日本料理をお願いします。特に外国要人のときは必ずあなたが作ってください。



 そしてもう一人はイサエル・ヨハンスという。彼女は勇者山田五郎に徹底的に鍛えられた和菓子職人で、山田五郎と一緒に遠征していたが山田五郎が死亡したためグラン大公国遠征軍で飯炊きをしていた。山田五郎は和菓子には五月蠅(うるさ)かった。




 私は彼女がインゲン豆から作った非常食の『あんこ』を見逃さなかった。彼女の所属していた部隊が非常食として堅パンではなく『あんこ』を食べていたからだ。

 絶妙な甘みに私と楓はお月見饅頭を食べた昔を懐かしみ、涙が出た。

 彼女には小豆のあんこと白あんも作って欲しくなった。桜餅も食べたい。豆大福も、ああ、もう我慢できない。彼女を手元に置きたい。だから彼女を女王専属和菓子職人長にした。


「イサエル・ヨハンスさん、あなたを女王専属和菓子職人長に任命します。新作をどんどん開発して私の舌を貴方の虜にしてください」


 山本明里女王専属和食部門料理長も『ぜんざい』が作れるから『あんこ』くらい作れる。その彼女すらイサエルの和菓子には敵わないと言った。山本明里に言わせるとイサエルには和菓子職人としての天部の才能があるという。



 彼女は雪ちゃんたちと同じく軍位はない。ただし、女王専属和菓子職人長としての地位があるからよほどの新兵でない限り失礼なことはしないと思っていた。

 ところが、お馬鹿さんはいるもので、彼女が宮殿内を好きなように歩き回っていたのを、地方から出てきた将校が彼女を宮殿外につまみ出そうとした。


 私の考えが甘かったのでその将校は厳重注意で止めたが、その将校を注意しなかった外野をヘルシス宰相は(ひど)(しか)った。その将校は中佐だったが、外野は衛兵だったからほとんどが下士官だ。下士官であっても将校が明らかな間違いをしたときは、注意していい。それを罰することなどない。むしろ()め称えたい。だが現実はなかなかそうはいかない。軍人は階級がすべてだ。


 ヘルシス宰相は、すぐに通達を出した。こういう場合に下位の職位が注意若しくは本部に情報を上げた場合、下位に不利なことがないよう宰相専属秘書官が必ずヘルシス宰相に報告することになった。


 私は、軍位のない女王専属官にバッジを渡すことにした。山本明里女王専属和食部門料理長とイサエル・ヨハンス女王専属和菓子職人長はこのバッジの第Ⅰ号となった。メイドにはバッジはない。もう有名だから必要としていないし、もし不届き者が出ても彼女たちに武力で勝てるものなどいない。

 ただ、このバッジは3日で没となった。


 これで洋食と洋菓子は雪ちゃん、小町ちゃん、華ちゃん、和食は山本明里女王専属和食部門料理長38歳、和菓子はイサエル・ヨハンス女王専属和菓子職人長27歳が(そろ)ったことで、私の野望は完璧となった。


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