国王と幻影の魔女
ミリトリア王国の国王は戴冠すると、それまでの名を捨てる。現国王はミリトリア28世だ。
前国王ミリトリア27世は、幼なじみだった、ミレット王妃をこよなく愛していた。ミリトリア26世は、公爵家から王妃を迎えるように、ミリトリア27世を説得していたが、それには従わず、ミリトリア26世が逝去した後、ゴレイ男爵家の三女だったミレットと結婚した。
お互いに愛し合っていたが、ミリトリア27世は41歳、ミレットが37歳のときだった。
ミリトリア27世は側室を置かず彼女のみを愛した。王妃は高齢であったが1人の女の子を産んだ。それがブリタだった。
ミレット王妃は国のために、何度も第2王妃を迎えるように進言した。とうとう根負けしたミリトリア27世は、第2王妃を迎える決心をしたが、その決断はあまりにも遅く、国王は63歳になっていた。国王はそれから10日後に流行病により逝去した。ミレット王妃も医師の忠告に従わず、自分で看病したため罹患し、国王の逝去の2日後に逝去した。
国王夫妻が逝去すると、唯一の子はブリタのみとなり、急遽婿養子を迎えることになった。それが現国王ミリトリア28世、旧姓ロイド・オベルツであった。
滅亡したオベルツ王国の第7王子で、記録上幻影の魔女はロイドの伯祖母にあたる。
オベルツ王国は、現在のミリトリア王国とガザール国との紛争地帯一帯を領土としていた。
オベルツ王国最後の国王となったトロイ・オベルツは、いい国王ではなかったが、とてもいい人だった。
トロイ国王は生涯王都から出ることはなかったが、年に一度財務官の案内で宮殿周辺を視察していた。最初は国王のほんの思いつきだった。たまたま宮殿の近隣で竜巻被害があり、それを宮殿から見ていた国王はすぐさま国庫から金銭を支給した。
国王には毎日国民から感謝の書簡が溢れる程届いた。
『あ~、朕はいいことをした。国庫にはこれまでの王が蓄財した金銀財宝が山のようにある。少々使っても減ることはない。これからも財務官の言うとおり国庫から金を出そう』
それがいい。朕は尊敬される。
気を良くした国王は年に一度国内を視察することにした。といっても、財務官の案内に従って宮殿の周辺を1時間程度馬車に乗ってパレードするだけだ。
この視察は国王が思いついたものではない。財務官の一人で地方の役人から、財務官筆頭までになったヨイヨ・ハザルという人物だ。
この視察のことを聞いた幻影の魔女ジーニアは『そんな馬鹿なことをする暇があったら宮殿に引きこもっていないで、剣の鍛錬をし、自分の力で畑を耕し、国庫を財務官にまる投げせず、帳簿を確認しろ、官僚に中抜きされるぞ。視察するなら誰にも知られず、王都だけでなく地方にも目を向けろ、官僚に任せきりにするな。貴族の話を鵜呑みにするな』と忠告していたが、全く相手にされなかった。
この頃の幻影の魔女ジーニアは、政治に興味はなかったが、国王の馬鹿さ加減に呆れていた。幻影の魔女ジーニュアはぬるま湯のような平和に退屈だった。二人の思惑は違っていたが、この国に興味がなくなったことは共通していた。
幻影の魔女とその一族はこの国を捨てた。幻影の魔女がいなくなったオベルツ王国は、その絶対的な防衛力を失った。
財務官筆頭ヨイヨは国王の視察日、順路、休憩場所などの手配を完璧にこなした。宮殿周辺は貴族と第一等市民が住む場所だ。貴族街の周辺を第一等市民が暮らす。平民のうち税金を沢山納めた者、国庫に多大な寄付をした者、要職にある者などがここに住む権利を与えられる。平民の枠の中で頂点に立つ者たちだ。
第一等市民は年に一度、この一等地からいなくなる。財務官筆頭ヨイヨからそこに住むための条件として年に1度、映画村の撮影セットのような場所に大移動することが義務付けられている。
綺麗な町並み、町を歩く人々の幸せそうな顔、普通とはどの程度を言うかは意見が別れるが、そこにはオベルツ王国での普通の暮らしがあった。そしてパレードで手を振る国王に対し、国王様万歳という者がいれば、国王の姿を見て涙する者もいる。
国王の視察が終わると、そこは管理人以外誰一人いない映画セットに戻る。人々は第一等市民区域に帰って行く。国王は綺麗な町並み、幸せな国民、繁盛しているお店、国民が国王に向ける笑顔、これらを見て満足して宮殿に帰っていく。
国王が幸せを感じる年に1度のセレモニーであり、第一等平民が平穏な1年間を過ごすための苦業の1日である。そして茶番は毎年繰り返される。
映画セットは、中抜きした金銭のほんの一部で建築されるほど中抜きされたハリボテだ。
貴族は腐敗し、国は荒れ、国庫に金はなくなり、貴族と官僚、それに一部の一等市民だけが豊になっていく。第一等市民区域以外では栄養失調で餓死する者、国を捨てる者、自殺する者が溢れていた。
ガザール国はそんなオベルツ王国を虎視眈々と狙っていた。主な貴族は買収され、軍の上層部もガザール国のハニートラップにあって、国を守るどころか、ガザール国と友好関係を築くようになった。
ガザール国にとっては好機だったが、オベルツ王国に宣戦布告できなかった。幻影の魔女には転移魔法がある。ガザール国では分身魔法も使うと記録されている。なぜならすくなくとも同時に2カ所で活躍できる。双子だとは誰も気づいていない。
オベルツ王国の国王トロイ・オベルツでさえ知らない。知っているのは親族のほんの一部だけだ。これはオベルツ家にとっては、権力維持のための絶対的秘密事項だった。もし喋るとその親族は一夜でいなくなる。
ガザール国王は考えた。幻影の魔女一人が相手であればもしかしたら、そのうち幻影の魔女の体力に限界がきて、ガザール国が勝利することができるかもしれない。だが少なくともガザール国は瀕死の状態まで攻撃を受ける。何よりも国王にいる王城は真っ先に攻撃され、自分の命が一番先に亡くなる可能性が高い。
もしそうなったら、たとえ勝利しても弱体化したガザール国が今度は、他の国に侵略される側にまわる。そんなことはどうでもいいが、自分が真っ先に殺されるのは嫌だ。そんな無鉄砲なことはできない。
幻影の魔女ジーニアとジーニュアは、自分の子供たちと、なぜかジーニュアに懐いていた第7王子を連れて、ミリトリア王国に居を移した。
ジーニュアは第7王子に、他の者と同じように接し、冷たい態度をとるが、どういうわけか第7王子は、ジーニュアを大切にした。
幻影の魔女一族は誰にも知られず、ひっそりと片田舎のバロミア伯爵領で暮らした。その理由はジーニアが食べた『魔力の木』のあるバロミア領だったからだが、それを知る者はいない。ジーニュアさえ知らない。
ガザール国は『幻影の魔女』が出国したことを知った。居宅はわからないが、どうもミリトリア王国にいるらしいと報告された。好機到来だった。幻影の魔女は瞬間移動するし、分身もするから『もしも』という懸念があった。
それは単に双子だったからだが、勘違いしたガザール国はそれから10年待った。
もしかしたら戻ってくるのではないかという不安があった。しかし10年経っても『幻影の魔女』はオベルツ王国に戻ることはなかった。
やっと確信したガザール国王は、オベルツ王国に宣戦布告し、侵略戦争を開始した。主要な貴族は買収され『幻影の魔女』が不存在のオベルツ王国は、1週間もたずに陥落した。
ガザール国もそのままオベルツ王国だけを占領していればよかったが、勢い増した軍部はミリトリア王国に進軍した。
これが第一次ミリトリア・ガザール紛争の発端だ。
そこは片田舎バロミア伯爵領。バロミア伯爵軍は強かったが、いかんせんミリトリア王国は100年間戦争をしていないので実践経験がなかった。あれよあれよと進軍され、とうとう『幻影の魔女』の住む居住地まで進軍されてしまった。
幻影の魔女ジーニアは、オベルツ王国が滅びたことは知っていた。それでも助けなかった。今の暮らしに満足していたからだ。子供たちとの平和な日々、第7王子は青年になったが幻影の魔女ジーニュアの側から離れない。今でもママと呼んで甘えている。
幻影の魔女ジーニアは怒った。やっと手にいれた平穏な日々を壊すやからを許せなかった。ミリトリア王国の味方をしようなんて気持ちはさらさらないが、自分の平和を壊すやつは許せない。
だから、空を飛び、ガザール国軍に火炎魔法を片っ端からぶち込んだ。ジーニュアはただ戦えることに狂喜し火炎魔法を放った。
ガザール国は空から降ってくる桁外れの火球に地獄を見た。幻影の魔女は我を忘れて打ちまくって、気がつけばガザール国内まで攻撃していた。
上空から城下に向かって放つ火炎魔法は広がり町中を燃やした。極めつけは、国王の住居を丸焦げにしたことで、ガザール国王は幻影の魔女を必要以上に恐れることとなった。
国王はすぐに軍部に撤退命令を出した。
ガザール国はミリトリア王国に休戦を申込み、多額の賠償金を支払い旧オベルツ王国の支配権を放棄した。
跡継ぎ問題を抱えていたミリトリア王国は、幻影の魔女がガザール国軍を退けたことを知った。そこには幻影の魔女の親族である第7王子のロイド・オベルツもいた。ミリトリア王国の重鎮は幻影の魔女に頭をこすりつけ、ロイドを養子に欲しいと懇願したが、幻影の魔女ジーニュアは断り続けた。彼女は頭の弱いロイドを、つまらない世界に入れたくなかった。
ところがロイドはいとも簡単に養子を受入れてしまった。幻影の魔女ジーニュアと違って気品のあるブリタ王女に一目惚れしてしまった。いや落とされてしまった。それは麻疹のように一時のものだったが、ジーニュアに対する反抗期だったのかもしれない。
田舎育ちで免疫のないロイドは、王女が足を組替え、そこからチラリと見える下着に、視線が釘付けになっていた。王女はあえて屈み、その豊満な胸を見せるようにした。ロイドは王女の毒牙に鷲掴みされた。
ブリタ王女も必死だった。幻影の魔女がいなければ、ミリトリア王国はガザール国に侵略されていた。もし幻影の魔女が、ミリトリア王国を見限れば、オベルツ王国の二の舞になる。
重臣は代わる代わるブリタ王女に泣きついた。ブリタ王女は好きでもない男と結婚するのは嫌だったが、会ってみればロイドは超絶好みだったから、一刻も早く身体の関係を持ち既成事実を作りたかった。ロイドは顔だけはよかった。
ロイドがブリタ王女と身体の関係を持ったから、養子に行くと言ったとき、貴族の手口をよく知るジーニュアは頭を抱え、天を仰ぐと、ロイドをボコボコにした。血は争えない。このままではミリトリア王国はオベルツ王国のようになってしまう。
ジーニアとジーニュアは自分の子供の内、魔法力の優秀な子や孫をミリトリア王国の要職に据えることを条件に仕方なく承諾した。
そのおかげもありミリトリア王国の軍隊は強い。国王は二人の幻影の魔女には、今だに頭が上がらない。
特にジーニュアには……
『ママ……』