出会い
一気に仕上げたので、誤字などを見直しながらアップしていきます。
最後までよろしくお願いします。
カクヨムにも連載しています。
“おい!! 背中を向けろ。お前じゃない!! そうだお前だ。上着を脱いで早く背中を出せ!!
痛いか。そうか痛いのか――――――!!
俺の鞭は痛いか?
フェッフェフェ……。
お前のような孤児に何をしても俺は許される。
俺様は貴族だからな!!
この鞭が痛いか。もっと喚け。お前も楽しいか?俺は楽しいぞ!
血だ!血だ! 下民の血だ。泣き叫べ、声が小さい! もっと泣き叫べ――――!!!
汚えなぁ漏らしやがった。鞭が濡れたじゃないか。このあま――――どうしてくれるんだ――――――!!
おい、俺が昼飯を食ったら続きをする。
なんだ? こいつ!うんち漏らしてるぞ。
下民共! 汚ねぇから、床は綺麗にしておけ。ヒェッヒェッ……“
鞭打つのは飽きた。こいつみたいに糞尿まみれにされたら、それでなくても孤児は臭いのに、吐き気がする。
糞便野郎は放置して、次はお前の番だ。お前は下民にしては綺麗な顔をしている。喜べ俺が孕ませてやろう。
チッ! この野郎、糞便漏らしたまま気を失ってやがる。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
私は夢を見ていたのだろうか?
……いや、あれは……現実だった。
「…………」
「おや!? 目が覚めたかい。随分魘されていたようだね」
どこから見ても怪しげな老婆が5歳位の子に話しかけた。その容姿は白雪姫に出る老婆に化けた女王のようだ。所々に茶色い部分があるが、白髪はバサバサで背中まで伸び、その瞳はブルーではあるが白内障のようにくすんでいる。盗賊の大親分ではないかと、勘違いしても仕方ないほど眼光が鋭い。
古びたベッドで目を開けた子は、骨と皮の手でできたのではないかと思える程、か細い指で眩しそうに目を覆った。
傷だらけで痩せ細った子だったが、老婆が体を洗い、汚い衣服からパジャマに着替えさせていたから、清潔にしてある。
だが、この子は老婆の子でも孫でもない。それは……。
昨日老婆が森の中の一軒家に戻り戸を開けると、薄汚れて穴の空いた半ズボンとシャツしか着ていない子供が倒れていた。
すぐに貧民街育ちの孤児だと分かったが、その背中はかすかに動いていた。路地裏に行けばそんな子は腐るほどいるから、普段であればそのまま放置するのだが、ここは老婆の住居だ。
住居に入っているし、生きているのならば捨てるわけにもいかないため、1日だけのつもりで介抱することにした。
老婆は、今でこそ引退したが、ほんの5年前までは軍属だったから、大勢の人を殺す側だった。殺した相手は他国の兵士だったが、それが原因でこのような孤児も大勢いる。戦争は人々から何もかも奪った。慈しみの感情も……。
この子のように倒れた子がいても助けられない。戦火の中では、殺す側と殺される側しかいない。老婆は繰り返される戦争に嫌気が差し、この森に隠れてからは、人と接することを極端に嫌った。
人と接するのは、魔道具や衣服を買うために出かけるときぐらいだ。野菜は自家栽培し、果物は森に生える自然のものを取った。肉はこの森で多く出るイノシシを狩っていた。
そんな暮らしが5年続いていたが、人を避け『雄叫びの森』に隠れていた老婆の前に突然現れた子供だった。
まる1日寝ていた子は、翌日目を覚ました。その子はゆっくりと起きることしかできないほど衰弱していたが、正座をし、その細い手を前にし、背を前傾し深々と頭を下げた。
「申し訳ありません。勝手にお家に入ってしまいました。今すぐ出て行きます」
「気にしなくていいさ。ここに住居を移してから5年になるが、ここまで来た者は初めてだから歓迎するさね」
「ありがとうございます。でも、私のような身分の低い貧民を置いていいのですか?」
「ああ、構わない」
老婆は一晩のつもりだったが、気持ちが変っていた。
「あの……私はララ・ステンマと言います。8歳になりました。私は孤児でしたが、昨日奴隷商から逃げてきました」
「見たらなんとなく分かるさね。詳しいことは落ち着いてから話したらいい。お腹が空いているだろうから、今から一緒に朝食を食べよう」
「あの~、お婆さまは……?」
「私かい! ジーニアという。このとおり老い先短いババアだ。さあ早く食べなさい。 食べ終わったら服を用意しているから着替えるといい。5年前にひ孫用に買っていたものだが、人間嫌いになってから渡さないままだったものだ。孫は大人になったから倉庫に放置していたが、昨晩洗ってあるから綺麗だ。少し大きいかもしれないが、そのうち似合う服を揃えよう」
ブカブカの寝間着姿のララは言われるままジーニアと食事をした。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ララ・ステンマの生まれたミリトリア王国では8歳になると、隠れた魔法才能のある子を、国の重要な財産として発掘するため、その出自に関係なく、毎年7月に各地の教会で魔力測定を行う。有り体に言えば青田刈りをして、才能のある子供を、軍や教会が独占するためである。
ミリトリア王国だけではなく、ゴルデス大陸ではどの国においても、魔力の値によりその子の人生が決まる。魔力値は大きいほどその才能があると認められる。
魔力測定器の最高値は999だが、現在公には最高魔力値であるミリトリア王国軍魔法士筆頭であっても388だ。
突然変異により、魔力測定で魔力の高かった平民が、貴族になった事例もある。魔力値の高い者からはその資質が子に遺伝する。魔力値の高い者が貴族になっているため、貴族に魔力値が高い者が多い。それでも100あれば才能ありとされる。
だが、平民の魔力値は低く、平均すると12~15で、平民でも極稀に突然変異により魔力の高い子が生まれることがある。平民であっても魔力値が200あればその地を治める郡長のお抱え魔法士兵になれる。それゆえ孤児にも魔力測定の義務が課されている。
ララはガザール国との国境紛争で両親を失った孤児だった。ミリトリア王国は孤児が8歳になるまでは、魔力の才能がある可能性があるため、孤児院に対して補助金を出していた。補助金といっても孤児がやっと生きていける程度だが、それでも他の国に比べると、ミリトリア王国はまだ孤児にやさしい。
魔力値は8歳まで伸び、それ以降は固定しほぼ伸びないとされている。それが8歳になると全国民の魔力値を測定する理由である。
何にでも例外があるから、8歳を過ぎても魔力が伸びる可能性はあるが、国としてもいつまでも孤児に補助金を出すわけにはいかなかった。
そのためミリトリア王国では8歳になるまでは孤児の所在を確認していた。だが8歳になるとその役目を果たし終えるため、残念ながら一部の優秀な者を除き、国は孤児の所在に関知しなかった。魔力のない子は国にとっては興味がない。
この地の領主バロミア伯爵は善政を敷いていたため、孤児は孤児院に漏れなく入ることができた。その孤児院に対しても国の定めた補助金支出要請額より多くの金額を補助していた。あくまでも要請だから一銭も出さない領主もいたから、パロミア伯爵はこの世界では善良な領主だった。
ララのいるバロミア伯爵領ガンザス市の市長も善政を敷いていたため、バロミア伯爵からの補助金を中抜きすること無く孤児院を併設する教会に支払っていた。
ララは1週間前に、ガンザス市のシャナル教会に、併設されているシャナル孤児院に引き取られた。その服装はジーニアとララが出会ったときと同じだった。服代は補助金に含まれていたがシャナル孤児院では新しい服を与えていなかった。中抜きどころか全抜きしていた。
ララはシャナル教会おいて魔力値測定を受けた。
魔力値測定を受けるのは、孤児院の子のうち昨年の魔力測定日の翌日から今日までに8歳になった子7人だ。
教会本部から2人の神父が魔力値測定のために派遣された。なぜなら、一般に神父は一人で5名程度までが、魔力値測定をする魔力の限界とされているからだ。
魔力値測定はシャナル孤児院の入所順に行われた。ララの前に並んでいるのは同時期だがララより1時間早く入所した。
彼は他の孤児とは一切言葉を発しなかったので、誰とも話をしたことはないが、その大きな体型はララの知っている者によく似ていた。
最初に魔力値測定を受けたのはザンバ・イエルミンという。他の子に比べて背の高い男の子だ。身長も150センチ近くあるが孤児らしくガリガリに痩せている。ザンバが水晶球に手を置き、神父が魔力を注ぐと数値が出た。
「魔力値35だな。まあ平民の平均値より少し多いくらいだ。訓練すれば生活魔法くらいは使えるようになるぞ」
2番目から5番目までは女の子だったが、その魔力値は13~30の間だったから、どの子も平民の持っている魔力値の範囲内だった。
6番目の子はジャンと言ったが、名字は忘れたと答えていた。8歳にしては身体もザンバより大きく160センチに迫ろうとしている。服装こそ平民服だったが、本当に孤児かと思うほど、やや小太りで色艶がよかった。
「魔力値は……うん???……、おい!ヤナ神父、お前もやってみてくれ。どうもおかしい数値が出た」
デナ神父はもう一人の神父に交代し、再度魔力値測定を行った。
「デラ神父、これはすごいですよ」
「ヤナ神父、お前がやっても同じか」
「魔力値272です。伯爵の平均と同じレベルの魔力値です。この子は本部で引き取ることになりますね。今のところ貴族も入れて今年の最高値ですよ。この子の将来は保証されたようなものですね」
「今日は教会から俺たちに特別報償金が出るかもしれない」
ヤナ神父は図体の大きなジャンに向かって優しく語りかけた。
「ジャンくんよかったですね。君はこれから教会本部で神父見習いとして、初級魔法と貴族社会の常識教育を受けることになります。そして13歳になったら奨学生として、王都の魔法学園に進学し成績がよければ、上級司祭か王宮魔法士となるのかを選択することができます。よかったですね」
ジャンは1週間前にシャナル孤児院に入ってきたけど、名前以外全く喋らない男の子だったからシャナル教会の神父もシャナル孤児院のシスターもその結果に驚いていたが、喜んでいるようではなかった。
ジャンのすぐ後ろにいたララには、ジャンが小声で「チッ!」と舌打ちしたのが聞こえ、思わず悪寒が走った。その声はどこかで聞いたおぞましい声そのものだったからだ。
ジャンは教会本部から神父に随伴してきたシスターに連れられて馬車に乗り込んだ。
他の子は皆平民の平均値あたりの数値だったから、ララの魔力値検査が終わるのを待っていた。
「ふぅー! あとはララくんが最後だね」
「はい。よろしくお願いします」
「君は礼儀正しいね。では始めようか」
ララの見た目は小さく、身長も5歳程度で、あばら骨が目立つほど痩せていた。神父はあえてこの子に慈悲を与えない。こんな子は掃いて捨てるほどいる。一介の神父がこの子に同情して育てることなどできない。
身長が低く台座に置いた水晶に手が届かないララのため、ヤナ神父はララを抱きかかえ、他の子と同じように水晶玉に、小さくて今にも折れそうな細い手を置いた。
「うん??? なんだ? この数値は? 少々疲れたかな?」
ヤナ神父は目を擦りながらデラ神父の方向を見上げ、『どうしようか?』みたいな表情で話しかけた。
「デラ神父は2回しか測定していないので余力がありますよね。すみませんがこの子の測定をお願いします」
「そうだな。私も神父になってそれなりの経験があるが、こんな奇怪数値は初めてだ。何かの間違いだろうから、私がもう一度やってみよう」
デラ神父はヤナ神父に変わりララの魔力値測定を行った。
「間違いないようだ。『###』だな。見たことないが、数値が全く表示されない。これは魔力値ゼロということだな」
誰もがわかる絶望的な発言だった。この世界で魔力がないということは庶民が頑張れば、もしかしたら手にすることができる火打ち石程度の生活魔法ですら扱えないことを意味する。そもそも魔力に覆われた世界だから、魔力のない子がいるはずがない。それなのに魔力が全くない子がいたから神父は驚いた。
ヤナ神父はララの前に座りやさしく両手で、今にも折れそうな小さな手を包んで話しかけた。
「きみは男の子だけど身体が小さくて魔力も全く無いから、これから生きて行くには厳しい現実が待ち受けているかもしれない。だけど魔力は訓練によって得られることもあり得ます。挫けず負けずにがんばるのですよ」
ララはヤナ神父の言っている意味がよくわからなかったが、絶望的な状態であることは理解できた。ただでさえこの世界はララのような孤児で、しかも虚弱体質な子が生きて行くには厳しいのに、魔力さえないのだからそれは暗に死を意味していた。
ヤナ神父はララのような孤児がどうなるか知っている。ララという子はこのまま孤児院からいつの間にかいなくなる。バロミア伯爵であっても8歳未満であれば、ぎりぎり生きていくことができる補助をするが、8歳を過ぎた子には補助金がない。教会からの援助のみが頼りとなる。だが、その教会も上層部は権力闘争に明け暮れ、庶民の方を向いていない。
孤児院の食事は粗末だ。バロミア伯爵は他の貴族に比べてましなだけで、孤児が一般民のような食事ができるわけではない。ここまで痩せているララが、このまま大人になれる可能性は限りなくゼロに近い。
魔力値測定を終えたデラ神父とヤナ神父は、馬車で待っていたシスターとジャンを連れて、教会本部に帰った。
その姿を見送るシャナル教会のサブマリ神父長とシャナル孤児院のスリア修道長は、互いに顔を見つめ合い、サブマリ神父長がスリア修道長に耳打ちした。
「損害が一人出たが、いつものように準備はできているな!」
「前金は7人分もらっているわ。でも、このままでは1人分返金することになるわね。しょうがないわ。こんなときもあるわよ。来年8歳になる子が15人もいるから、来年は大金が入るわよ」
「返金などするか! どこかで一人攫って数を合せろ!」
「わかったわ。いつものようにすればいいのね。町に行けばどこかで浮浪児がいるはずよ。食べ物で釣れば一人くらいなんとかなるわ」
「それでは、いつものように分け前は、儂が6割でお前が4割でいいな! もし補填ができずに返金が生じたときはお前が支払っておけよ」
「いつも返金は私が支払うのですね! まあ十分儲けさせてもらったからいいですけどね。町には浮浪時が彷徨っているから、その心配はないと思うわ。まさか教会が人攫いをするなんて誰も考えないわ。うまくいったら今晩の食事代とホテル代は、サブマリ様持ちですからね!」
「わかった。わかった。だが、今回は一人にしておけ。一度に沢山の子がいなくなったら怪しまれる。焦って失敗でもしたら我らはおしまいだからな。今夜は楽しもう。だが昨日と同じメンバーでは飽きる。たしか昨日赴任してきたシスターがいたな。連れてこい。シスターリベラは最近太って、ぶよぶよしてきたから、新人を連れてくれば、明日はお前も抱いてやる。儂は今からシスターモディアと会食があるからあとは任せる」
「あんな青臭い子がいいの? ただ若くて胸が大きいだけよ。私のように理知的ではないわ。でもまぁ、私にはない若さがあるものね。でも、そんな意地悪をしてくるあなたも好きよ」
その日の夜、毎年恒例の行事が行われていた。それは手を縛られ猿ぐつわをされた子供が、孤児院の裏口から粗末な馬車で出ていく姿だった。
誰もそれを止めることはない。それをやっているのが教会の神父とシスターだから。
馬車は路上で止まると、道路脇で物乞いをしていた女の子を攫い、今回の穴埋めをすることにした。夜遅いから人通りも少ない。
お腹を空かした子は、残飯が出る夜遅くまで路上で待っている。そのため教会のシスターが、物乞いの子に優しく声を掛けているのを見ても、人攫いをするとは考えもしない。教会が預かって育ててくれると思っている。
教会のシスターが女の子に優しく声をかけ、パンを与え、馬車に乗せた。
馬車は孤児院を出発して2時間後、周囲はすでに真っ暗になっていたが、いつものように小高い丘の木の下に着くと止まった。
そこでは数人の男が火にあたりながら、かったるそうに待っていた。
「遅かったな。約束の時間より1時間も遅れているぞ!」
「私のせいではないわ! 一人ほど教会本部に行くことになって、穴埋めする子を捕獲するのに時間が取られたのよ」
シスターリベラは、いつものように頬に深い傷のある男に、面倒くさそうに応えた。
「今回は男が2人、女が5人か? まあバランスはいいな。 ん? なんだ! あの子供は男にしては小さいな。あれでは鉱山奴隷になっても1年もたたずにくたばっちまうぞ。
女だったら好き者の貴族や富豪の相手ができるが、男でしかもひ弱いのは使い物にならんからなぁ。今回はしょうがない。次も同じようなのだったら半額返金してもらうからな!」
「わかったわよ。スリア修道長に言っておくわ。早く手続をしてよね。今日からダイエットしないと、サブマリ神父長に捨てられそうなのよ。前の担当者みたいに、面白みもない片田舎に転勤させられたくないからね」
孤児たちは簡易な幌が掛けてある馬車から、奴隷商の馬車に移された。馬車は隣領地のゴンザロス男爵領にある奴隷館を目指した。
奴隷商の馬車が『雄叫びの森』のすぐ側の小道にさしかかったとき、突然馬車に向けて矢の雨が降ってきた。
新月のため辺りは真っ暗だったが、馬車の灯火が目印になり狙い撃ちにされた。
馬車は子供たちが逃げられないように木板で回りを囲んでいた。それが矢を防ぎ孤児に被害はなかったが、御者と護衛の男たちには刺さっていた。
御者と護衛の男たちは襲ってきた山賊によって斬られ、数名が絶命し、数名は逃げ回っていた。
馬車は死亡した御者を乗せたまま『雄叫びの森』に向かって走ったが、岩場の石に車輪が乗り上げ横転した。囲ってあった木板が破損し、馬車に乗っていた孤児は、外に放り出されたが、幸いにも子供たちは雑草が生い茂っている場所に転げた。
御者はすでに絶命していたが、自衛のため持っていた小剣があった。孤児の中で一番大きなザンバが業者の剣を抜き、縛られた手で他の孤児たちの綱を切った。ザンバも自分の綱を切ると他の孤児に言った。
「みんな怪我はしていないな。俺たちは運が良かった。山賊たちは逃げまわっている奴隷商を追っているが、そのうちここに戻ってくる。まだ暗いうちに早く逃げよう。
ただ、ララは一緒に連れて行けない。ララは体が小さいから一緒に逃げても、ララに歩幅を合せると山賊に追いつかれ、全員がすぐに捕まる。といってララを抱えて逃げるわけにもいかない。
だから俺たちとは別に逃げた方がいい。この先にある『雄叫びの森』は、父ちゃんが危険だから絶対に入るなと言っていた。だけどそんな危険な森だからこそ逃げきれるかもしれない。生きていたらまたみんなで会おう。それまではどんなことがあっても逃げ切ろう!!」
「うん。ごめんね。足手纏いになって」
「ララ、気にするな。本当は一緒に連れて行きたい。だけど、このままでは全員必ず絶対捕まる。ララも逃げ切って必ず生き抜くんだ。さあ時間がもうない。俺らも行くから、ララも早く行け!!
森の中に入ってしまえばたとえ松明を焚いても、山賊たちは灯りがないから、夜は追いかけることができない。その間にできるだけ遠くまで逃げろ。
いいか、俺を恨め。だが他の4人は勘弁してやってくれ。お前と違い全員女の子だから、俺が守ってやらないと死んでしまう。すまない。いつか迎えに行くから生き抜くんだぞ。絶対に死ぬな」
ザンバ、アンナ、ミンチ、フェリス、セシリアは馬車の松明の1つをララに渡し、他の松明は自分たちの分を残し、残りは踏みつけて消し、後で山賊から拾われないように草むらの中に投げた。
それからララと一緒に『雄叫びの森』の入口に着くと、ゆっくり反転し、ザンバたちは、後ろ向きのまま横転した馬車の方向に歩いた。
逃げた奴隷商を殺し終えた山賊は、孤児を乗せた馬車を目指して馬を走らせた。山賊たちは気づかれないよう夜襲をするため松明を持っていない。どのみち馬車の松明が目印となるから必要ない。まさか馬車が横転し、子供たちが逃げることまでは想定していなかった。
「くっそ!! 逃げやがった!!」
細目の男が声を張り上げ横転した馬車を蹴った。
山賊にとって新月は馬車を襲うのには最もよい状況だった。だが、今夜は逃げた者を追いかけるには向かない。
新月のため辺りは真っ暗だったが、幸いなことにあと1時間程度で夜が明けそうだった。
「子供の足だからそう遠くへは逃げていないはずだ」
頭目は子分を諭すように言った。
それを聞いていた細目の男が、足下をさわりながら、ニヤけた顔をして話した。
「『雄叫びの森』の方に向かって草が倒れているぞ。やつら、あの森に逃げた。所詮ガキの考えそうなことだ。俺たちにとって森での狩りはお手の物だ」
ザンバたちは森まで数メートル地点で馬車が倒れたため、横転した馬車まで後ろ向きで戻り、反対方向に一列になって走り抜けていた。ララを囮にする気持ちはなかったが、結果はそうなった。
森の入り口付近は長い草が生えておらず、石ころと雑木だったから足跡も残らなかった。山賊たちは全員が同じ方向に逃げたと勘違いした。
山賊は孤児院の子供が、そこまで知恵が回るとは思っていなかった。そのおかげでザンバたちは山賊たちの油断を誘い逃げ切れた。
ザンバたちは一列になって逃げたため、山賊の頭目は1人を追いかけるより、多数を追いかける方がいいと判断し、『雄叫びの森』に向かうことにし、子分に命令した。
「あと少しで夜も明ける。子供の足だからすぐに追いつく。『雄叫びの森』に入ってさっさと、やつらを取っ捕まえるぞ!!」
「へい! わかりやした。しばらくここで夜が明けるのを待ちやしょう」
小一時間すると薄らと夜が明けてきた。頭目が合図すると山賊たちは『雄叫びの森』の中に向かって馬を走らせた。
△△△
ララは暗くて周りが見えなかったが、ザンバから夜が明けるまで追いかけてこないはずだから、それまでは松明を頼りに、できるだけ遠くまで逃げるように言われていた。
お腹が空いていたこともあり、いい匂いがする方向に走っていたが、身体が小さく、虚脱体質のため息が切れてしまい、休憩時間が多くなっていた。
夜が明けてきた頃、ララの目の前には、メロンに似た木の果実が密集して生えていた。
周囲からは甘い香りがする。ララは空腹だったが、どの果実も手が届かない位置に生っていた。手が届いたとしても、その果実は大きすぎて、非力なララには取ることができなかった。
よく見るとマスクメロンのような白い網目ではなく、赤い網目だった。
たとえ果実が小さかったとしても、この果実は気持ち悪く、腹が減っても取る気にはならなかった。
森の中心に向かって行くと、果実は少しずつ少なくなっていった。そして小屋の近くまで来たところで、先ほどまでの果実とは違い、リンゴ程度の大きさの、マスクメロンにしか見えない果実が十数個生っていた。小屋の周りは薄い透明な膜に囲われていたが難なく入れた。
その果実は沢山生っていたが、小さなララでも手が届く場所にあったのは1個しかなかった。その1つを取って皮ごと食べてみた。その実はやや渋かったが、他の実は手が届かないので、仕方なく最後まで食べた。美味くは無いが、おかげで少しはお腹の足しになった。
食べ終わると、ララは強烈な睡魔に襲われた。
幸いにも透明な膜に包まれた小屋は、鍵がかかっていなかったから、小屋の中に入ったところで疲れもピークに達していたため、ララは気を失った。
△△△
山賊たちは夜明けとともに『雄叫びの森』に入った。
森の途中から石と赤土は無くなり、草が生い茂っていた。ララの通った後は草が倒れていたため、簡単に追いかけることができた。
山賊もここまで来ると6人は、別方向に逃げたと気づいたが、もう手遅れだったから、せめて1人だけでも捕まえるつもりだった。
そして目前には、ララが見たものと同じメロン似の果実のなる木が密集していた。
細目の男が頭目に話しかけた。
「お頭、真っ直ぐこの中に入ったようです。足跡と倒れた草の背丈から5~6歳程度でしょう。ここまで来れば、もう捕まえたようなもんですぜ。それよりこの果実から甘い香りがしませんか? なんか食べてくれと言っているような気がしやすぜ」
「ああ、そうだな。俺も初めて見る果実だが美味しそうだな。だが毒があるかもしない。念のためお前が毒味をしろ!」
「わかりやした!」
細目の男は馬上から剣をナイフ代わりに使い、メロン似の大きな果実をもぎ取り頰張った。
「お頭!!! これはすごく美味いですよ。こんな美味しい果実は生まれて初めてですぜ」
その果実はメロンそのものの味がした。メロンと違い種がない分可食部分が多い。
お頭と言われた男は、それでも細目の男が食べ終わるまで待っていた。この慎重さがあったからこそ、お頭と言われた男は、大勢の子分を持つまでになった。
そしてしばらくして……。
「よし! 毒はないようだな。お前たちも食べていいぞ!!」
山賊たちは一人数個の果実を頬張った。それぞれが満腹になるほど食べ終わったため、お頭は子分たちに命令した。
「今回はたった1人で残念だが、これからガキを捕まえて、この果実をつまみに今晩は酒盛りをするぞ……」
だが、それ以上お頭といわれた男から言葉は発せられなかった。子分たちもそれに応えることもなかった。
馬上の男たちの足は土に向かって伸び、頭は空に向かって伸び、手は枝となり、徐々に大きくなり、花が咲き、それらには甘い香りがするメロン並の、赤い編み目の大きな果実が十数個生っていた。
馬は主人を失い、そのまま森の中に消えた。
地元の人間は『雄叫びの森』には入らない。親から子に代々言い伝えられている。ここに生えている木のことを、人々は『人魚の木』あるいは『悪魔の木』と呼んでいる。地元民は人が『悪魔の木』になることを知っているわけではないが、昔からこの木のことをそう呼んでいる。その理由については誰も知らなかったが、いずれ知るときが来る。
だが『雄叫びの森』の由来については、地元民は誰もが知っている。それは定期的に断末魔の雄叫びが聞こえるからだ。
山賊は他領から来ていたから、このことを知らなかった。知っていても気にすることなくこの森に入っただろうことは予測できる。
『この森に入るな、危険』という看板が立っているのに、悪党は気にせず入るから、いつまでも『人魚の木』が生えることになる。
悪党は一般人とは考えたが違う。やつらにとって危険な場所は宝の山という意味だ。
きっとこの森にはお宝があるぞ、と判断する。
ただの森がいつのまにか『雄叫びの森』と言われるようになった。地元民は、ときどき聞こえるこの世とも思えない『ギェッ――――――!!』という叫び声で、益々この森に入らないようになった。
だから親は子に『雄叫びの森』には絶対に入らないように言い聞かせる。
△△△
ザンバたちは、雄叫びの森に向かい反転するのだが、雄叫びの森とは反対方向に、最初の100メートルは松明を頼りに、前の子の足跡の上に足を乗せて慎重に歩いた。そこを過ぎると走り、足跡と臭いが残らないよう小川の中を歩いた。
犬を使って追跡されるかもしれない。松明はもし山賊が追いかけても、使えないように小川で捨てた。ザンバはそういうことも父親から聞いてよく知っていた。
そんなことを繰り返しながら、ザバンチ王国との国境に近い、小川のある場所で、古びた小屋を見つけた。
「誰も追いかけ来ない。俺たちは山賊から逃げ切れた。これでララが生きていれば7人全員助かる」
「ザンバ、ちょっと待って。私たちは5人よ。ララを入れても6人だよね。なぜ7人なの?」
「そうか? 俺と、アンナ、ミンチ、フェリス、セシリア、ララで6人だな?」
「そうよ。6人よ。でもおかしいわね。確かもう1人いたような気がするわ?」
「そうだな」
「そうね」
「私もそう思う」
「そうそう。もう1人女の子がいたような?」
「真夏の夜の夢か? だが思い出せない。 まあいい、ここで俺たちが大きくなるまで生活するぞ」
「そうだね。生活の基盤を作るのが一番よね」
「ああアンナ、そうしよう」
△△△
幻影の魔女『ジーニア・オベルツ』は研究室兼居宅の小屋の上空にいた。彼女は都合の悪いことは忘れるタイプだったが、最高難度幻影魔法の副作用で、若返った歳以降の記憶を無くしてしまう。そのことに気づいた彼女は若返ることを止め、今は寿命がくるまで自然に生きることを選択した。
「おやまあー、また随分と悪魔の木の果実が増えたねえー。困ったものだ。あれを片付けるのはあまり好きではないのだがね~……。
断末魔の声が気持ち悪いったらありゃしない。まあ気が向いたら小屋の周りだけでも、根こそぎ焼き払うことにしよう。小道具もたっぷり買い込んだし、残りの人生しばらく研究に没頭できるさね」
ジーニアの研究は『一卵性であっても性格が違い、使える魔法も違う、それはなぜか?』だった。
難しい研究のようだが『卑怯な手段を使う姉に対抗するにはどうすればいいか』という差し迫った事情があるからだ。
ジーニアは姉よりも使える魔法種が多く、魔力も上回っていたが、姉の性格は残忍で、ジーニアの所有するものを奪ってきた。そんな姉が再びジーニアの前に現れるとしたら、ジーニアよりも強い魔力を得たときだと分かっていたからだ。
姉のジーニュアとは5年前に別れたが、そのときの姉の言葉が脳裏に浮かぶ。
「今度会うときは、殺し合いね。幻影の魔女は一人でいいのよ」
ジーニアはそのまま小屋の入口に降り立った。小屋といっても建坪は30坪ある。そこいらの平民の家より大きいが、王都にあるジーニアの本宅に比べると犬小屋のようなものだ。
荷物袋を担いだまま小屋の戸を開けた。鍵など掛けることはしない。ジーニアがここに住んでからは小屋まで来た人間はいなかった。ここに到着するまでに『悪魔の木』の実を食べてしまうからだ。それに小屋の周囲全体に魔法結界を張っていたから、たとえ近くまで来ても小屋の中には入れない。
ジーニアの結界はそうそう破られることはない。これまで一度も破られたことがないから、ジーニアは油断していた。もし破るとしても、それは一卵性双子で同一魔力源を持つ姉ぐらいだが、姉の場合は結界がジーニア本人と判断し、破られるのではなくすり抜ける。それに姉がいれば双子のジーニアにはすぐ分かる。
ジーニアの両手は小道具と研究資料で塞がっていた……。
「ギェッ―――――――――――――!!!!!子供が死んでいる――――――――――――!!!!!」
死体など見慣れているジーニアだったが、住み始めた頃にジーニアの子供が訪ねたことがあったが、それからは小屋まで来た者など5年間誰もいなかったから驚いた。しかもそれが小さな男の子だったから尚更だった。ここにいるということは、この子が結界を破ったということだ。
小道具の入った袋は驚きのあまり放り投げてしまった。
ジーニアが入口のすぐ側で倒れている5~6歳にしか見えない子を覗き込むと、弱々しいが寝息をたてていた。
「なんだい、生きているじゃないかい!! だが? あたしの魔法結界を越えて、どうやって入ったのだろう?」
ジーニアは目前の薄汚れた半ズボンに、穴だらけのシャツ1枚で倒れている子を見ながら、しばらくその場に立ち尽くしていた。
その身体は傷だらけで、少し深い傷もある。なぜここに来たか理由はわからないが、こんな小さな子がどう見ても虐待されている。打撲痕が背中にあり、数カ所は化膿している。このままでは重大な後遺症すら発症する恐れがある。
ジーニアは迷わず詠唱を始めた。簡単な傷や病気の治癒であれば短縮回復魔法で治せるが、目前の子は、あまりにもひ弱な感じがした。今にも壊れそうだ。どこに隠れた瑕疵があるかもわからない。だから丁寧に治すことを選択した。
いつぶりか思い出せないくらい、一節、一節を丁寧に詠唱した。この最高難度回復魔法はジーニアの魔力を極限まで奪う。相手が重傷であればあるほど魔力が奪われる。だから普段どんなことがあっても使わない。
「天と地を織りなす精霊よ、智をもって探り、慈悲をもって癒やし、和をもって見守り、仁をもって思いやり、風のごとく早く、賢明なる主の創造したる聡明なる治癒の力を、ここに幻影の魔女ジーニアが礼を尽くして願う、目の前の子の全ての病、傷、障害を治癒させ完全なる身体にしたまえ。最高難度回復魔法『超グレートエクストラヒール』」
詠唱を終えるとジーニアはその場にしばらく蹲った。ジーニアは魔力のほとんど失った。魔力を完全に失えばそれは死を意味する。だからそこまで魔力を使わないが、完全に治すには魔力をほぼ全部使うほどだった。それほど目の前の子は弱っていた。
「この子は成長に障害があったようだ。しかも重大な疾病に加えて虐待も受けていたようだが、生きているのが不思議なくらいだ。よく頑張ったさね」
ジーニアは、度重なる戦争で人嫌いになってから、こんな感情が自分にまだ残っていたことが不思議だった。
泥のように寝ている男の子の服を脱がし、沸かした風呂でその子を綺麗にしているジーニアの頬からは止めどなく涙が溢れていた。右足の裏の痣と皮膚の色が変らないくらい栄養が足りていない。
10年前の第三次ミリトリア・ガザール戦争でガザール国兵にこの世の悪魔と恐れられた魔女でさえ、涙を堪えることができなかった。
細い足と浮き出たあばら骨、傷だらけの体と、その軽さだけだったら、まだ我慢したかもれしないが、裸にした身体を見てからは涙が止まらなかった。
第三次ミリトリア・ガザール戦争でミリトリア王国のために戦ったのは、ジーニアとジーニュアだ。ガザール国軍は離れた場所に幻影の魔女が現れるため、幻影の魔女は究極の転移魔法を使うと勘違いしていた。
その後平和になると争いを求めて姉のジーニュアは隠居暮らしを望んだジーニアと別れ、あの言葉を残しどこかに旅立った。
ジーニアもジーニュアが旅立つことを止めなかった。このままいけば、頂点を目指す姉とすぐにでも生死を懸けた魔法戦になることは、明白だったからだ。
ララは運がよかった。姉のジーニュアだったら、殺されるか足蹴にされて放り出されていただろう。
「辛かったさね。頑張ったさね……これからは私の子として育てる。心配するな。きっと立派に育ててやる。いっぱい食べさせてやる。偽らないで済むようにしてやる。たくさん教えてやる……きっと…………だから早く元気になるんだ」
小屋の入口にはジーニアが名付けた『魔力の木』別名『サタンの木』の果実の食べ残しの皮が落ちていた。これまで食べたのは、ジーニアの師匠とジーニアのみだった。ジーニアも運良く『人魚の木』にならずに、最高難度魔法の数々を手に入れた。
幻影の魔女は渋い実を食べると、最高難度魔法に至る魔力を得ることができると考えていた。渋いのに食べ続ける者は変わり者か、もったいない精神のある者ぐらいだ。幻影の魔女はこの実のことを誰にも話していない。姉にも決して話さない。だが、該当者が他にいないため、幻影の魔女も渋い実が魔法を得る実という結論を持っていなかった。
実際そのとおりで、渋い実は単に熟していなかっただけで、甘い実でも最高難度魔法に至る魔力を得ることができる。見た目と味による差はない。その差は受入れる側の魔力値が一定以上あることだ。人魚の木になってしまうのは、魔力値の低い者が食べると魔力暴走に体が耐えられなかったからだ。
一般的に魔力値が高ければ、上級魔法まで扱うことができようになる者もいる。だが、人間は最高難度魔法を扱えるようになるには『魔力の木』を食べなければ無理だ。
最後まで見ていただきありがとうございました。
よろしければ★評価をいただけますと励みになります。