最終話 友達ムーブ
〝私、綿矢雫とお友達になってください〟
昼休みの教室。
今日も独りで弁当をつつく俺の頭の中ではあの時の綿矢さんの言葉が響いている。
俺はあの時「もちろん、こちらこそよろしく」などと言って、熱い握手を交わすバリバリの陽キャ主人公のような返事はできなかった。
俺にできた返事は、
「え、えっと、……よろしく」
という挙動不審満載のものだった。
もっとも、俺の返事が挙動不審なものになってしまったのには理由がある。
お友達になってくださいなんて生まれて初めて言われたからだ。
保育園や小学校の時の友達なんてわざわざ友達になろうなんて声を掛けて契りを交わしたり、誓いを立てたりするなんてことはしない。
その時に同じ遊びに夢中だったり、なんとなくお互いに気が合ったりとかで自然と仲良くなるものだ。
いや、小学生に限らず高校生だって似たようなものだ。
俺の知る限りクラスメイト同士でお友達になってくださいだなんて言っている奴を見たことないからな。
だから、お友達になってくださいと言われる場面というのはとても珍しく想定しがたいものだから、俺が挙動不審な返事をしても仕方がない。
週末にずっと考えていた綿矢さんからの友達申請にスマートな対応ができなかった訳を再確認したところで、その申請者の方を見る。
数人の女子生徒と机をくっつけて弁当を食べている綿矢さんはもちろん聖女様モードだ。
これまで特に気にして彼女の様子を見ていたわけではないが、改めてその〝小さな聖女様〟(本人へは禁句)と言われる彼女の立ち振る舞いを見ると、週末に一緒にコラボカフェに行ったあの人物と本当に同一人物なのかと疑ってしまう。
俺は食べ終わった弁当を包み直して鞄に仕舞い、水筒のお茶で一息入れながらスマホを取り出す。
手帳型のケースを開くとカード入れのポケットから世界の理のシリアルコードが書かれたカードが顔を出す。
カードを押し付けられるようにもらってしまい、交換条件として出された友達になることも了承したとはいえ、綿矢さんにどう接していいかわからない。
共通の友達がいるわけでもなく、これまでほとんど話したことがない綿矢さんに路傍の石が急に話し掛けたら何事だと騒ぎになってしまう。
今日の俺にできた精一杯の友達ムーブは、登校時に教室に入ってから自席に向かう途中で彼女におはようと挨拶をしたことぐらいだ。
いつもなら俺の方から綿矢さんに挨拶をすることはないが友達ということなら、とりあえず、おはようくらいは言った方がいいかと思った。
俺が挨拶をすると綿矢さんはその時だけ聖女様モードを解いて、口元を緩めてからおはようと返事をした。
きっと、他のクラスメイトは気づいていない。
いつもなら「おはようございます」と言うところが「おはよう」に変わった程度の変化だから。
ピコン
SNSの呟きをチェックしていると新しいメッセージが届いたことを報せる表示が差し込まれた。
差出人は……綿矢雫!?
反射的に顔を上げて彼女の席の方を見る。
綿矢さんは俺の反応を予想していたのかこっちを見ていて、目が合うと笑みを浮かべながらそっとスマホのメッセージを確認しろというジェスチャーをした。
『今日の放課後遊びに行くぞ』
こっちの予定などお構いなしでちょっとしたジャイアニズムさせ感じるメッセージだ。
まあ、俺の放課後の予定なんてほとんど毎日白紙だけどさ。
「なあ、今、聖女様がこっちを見て微笑んでくれてなかったか」
「ああ、可愛らしい動きまでしてたな。ほんと癒される」
俺の後ろ席にいた男子生徒の談笑する声が聞こえる。
おい、騙されるな。その子は聖女なんかじゃなくて、公衆の面前で変顔をすることに躊躇のないちょっと変わった子だぞ。
俺がどう返事を書こうかと考えていると、
『待ち合わせ場所は隣駅近くの公園で』
こっちからの返事を待たず、続報が送信されて来た。
早ーよ。まだ、行くなんて言ってないぞ。
俺はもとより断ろうなんて考えていなかったが、余計なことを考えさせないような矢継ぎ早の連続攻撃によって、
『了解っす』
可愛さや愛嬌の欠片もないような返事を送ってしまった。
スマホの画面に表示されている文字だけを見ると部活の先輩と後輩のやり取りみたいだ。
まあ、いいか。友達同士のやり取りなんてこんなものだろう。
それよりも綿矢さんはどこに遊びに行くのだろう。陽キャ御用達のカラオケとかスポーツ遊戯施設とかゲーセンとかだろうか。ゲーセンならまだいいが、前者の二つなら俺にとってはかなりハードルの高い遊びだ。
カラオケなんて家族以外と行ったことないし、持ち歌なんてものもない。
というより、人前でマイク使って歌うなんて恥ずかし過ぎる。
俺は陽キャの遊びという未知の領域に戦々恐々としながら午後の授業の準備を始めた。
さて、俺と綿矢さんの出会い(ゲームの中ではずっと前からだけど)のお話はこのくらいにしようと思う。
この時の俺はまだ気付いていなかったけど、高校生活ぼっち街道を突き進むはずだった俺の運命がこの後、綿矢さんによって飴細工のようにくるくる捻じ曲げられて、全く予想もしていない方向に進んで行くのはまた別の話だ。