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第二話 うちのクラスの小さな聖女様

 アイリスに誘われてコラボカフェに一緒に行く約束をした日の翌日の学校。


 冷たいとは言い難い水道水で顔を洗った俺はポケットから取り出したハンカチで滴る水をぬぐう。


「やっぱり、放課後になるとぬるいな」


 この水がもう少し冷たかったら眠気も一緒に洗い流せるのにと思いながらため息を一つついた。


 眠気の原因は昨夜遅くまでゲームをしていたからではない。ゲームは適度な時間で切り上げて布団に入ったのになかなか寝付くことができなかった。


 アイリスと遊ぶことになったけど、遊ぶって何をしたらいいのだろう。それに服とかどうする?


 中学の時から平日は学校と家の往復、休日は家に終日引き籠っているか、出かけても一人で近所の本屋がいいところだ。


 友達と遊びに行くということをしてこなかったからどんな服を着ていけばいいかわからない。さすがにいつもの緩いスウェット姿で行くのはまずいということぐらいはわかるけどさ。


 背に腹は代えられない。姉さんに聞いてみるか。週末までに何とかするしかない。

 顔を拭った後のハンカチで手を拭きながらそんなこと考えた。


 教室の自席まで戻ると自席を含めて十人分の机に積まれているプリントの山を見てあらためてうんざりする。


 このプリントは夏休み課題の一つで、それを今日の授業中に居眠りを連発してしまった俺が奉仕活動として、まとめてホチキス留めをしなくてはいけない。


 罰と言うと角が立つからって奉仕活動なんて言い方をしているみたいだけどやってることは一緒だよな。まあ、居眠りしていた俺が悪いのだけど。


 俺が陽キャなら、一緒にやればすぐに終わるねなどと声を掛けてくれる友達がいるだろうが、高校ぼっち生活邁進中の俺にそんな友達はいない。


 ぼっちでいることは慣れているけど、ぼっちが好きなわけではない。


 だから、ゲームの世界に居場所を求めて、そこで出会ったアイリス達とは楽しくやっている。そして、学校でもそういう友達が出来たらいいなと憧れた時期はあった。


 しかし、長年、ぼっちで過ごしていた俺が高校デビューを華々しく飾ることなんてできなかったし、ねじ曲がって拗らせたぼっち根性はそう簡単にどうにかなるものではない。


 さて、やるか。


 プリントを一枚ずつ取り、整えてホチキス留めをしようとしたとき、

「丹下君、それを一人でやるのですか」

 俺以外誰もいないと思っていた教室で声を掛けられて思わずビクッとした。


「わ、綿矢わたやさんか、びっくりした」

「驚かしてすいません。それにしても、林光院先生もこの量を丹下君一人に任せるとは酷いですね」


 綿矢雫わたやしずくは、さらさらとした銀髪に身長一五〇センチに満たない小柄な体格に加え、整った童顔の持ち主なのでクラスのみんなからは妹のような存在として可愛がられている。また、丁寧な話し方と優しく柔らかな性格からうちのクラスの小さな聖女様なんて呼んでいる生徒もいる。もちろん、入学当初から男子生徒に人気があって、上級生までがわざわざうちのクラスまで彼女を見に来るなんてこともある。


 つまり、俺と違って周りにいつも友達がいて、学校生活を謳歌しているリア充な人物だ。


「しょうがない。俺が居眠りしてたのが悪いから」

「これ学年全員分ですよね。今日中に終わりますか」


 小さく頭を横に傾けながら聞く綿矢さんの姿は庇護欲がそそられるもがあり、みんなが妹のように可愛がる気持ちがわかる。


「終わるかどうかわからないけど、やらないことにはどうにもならないから」


 さあさあ、同情するだけならさっさと帰ってくれ。けっこう本気で急がないと終わる気がしないから。


 それにテストも終わったってことで、クラスのリア充どもはカラオケに行くとか言っていたぞ。


 俺が最初の一組目をホチキスで留めて二組目のプリントを山から一枚ずつ取っていると、綿矢さんは自分の鞄からペンケースを出した。


「これ、使いませんか? 一枚ずつ取るの大変ですよね」


 ペンケースから取り出されたのは本やプリントを捲ったりするときに使う指サックだ。


「いいのか」

「はい、これを使えば作業が早く進みますから」


 綿矢さんから指サックを一つもらって装着する。


「ありがとう」


 これって後で新しいものを買って返した方がいいよな。肌に直に触れるものだし、俺の汗がしみ込んだものなんか返されても困るだろう。


「さあ、どんどん作業を進めて早く終わらせましょう」

「へっ!?」


 作業を再開しようとした俺が振り返ると俺と同じように指サックを装着した綿矢さんが最初の山からプリントを取っている。


「どうかしましたか」

「いやいや、この奉仕活動というか作業は俺が授業中に居眠りをしたからやらされているものだから」

「でも、先生からは一人でやれとは言われていないですよね」

「そりゃそうだけど……」

「それでは、私が手伝っても大丈夫ですね」


 綿矢さんはそう言うとニッと笑って、二つ目の山からプリントを取る。


 後から追われるかっこうとなった俺はとりあえず作業を進めなくてはと次のプリントを取る。


 綿矢さんは一体どういうつもりだろう。ただ同じクラスなだけの俺の……、それも居眠りの罰でやっているようなことを手伝ってくれるなんて。


 もしかして、後で法外な手伝賃を請求されるのではないか。


 残念だが俺の財布の口は週末のアイリスとの約束があるから固く閉ざされているぞ。


「あの、綿矢さん、手伝ってくれるのは嬉しいけど、俺は大したお礼はできないよ」

「お礼なんていらないですよ。同じクラスの人が大変そうなので手伝っているだけですから」


 何言ってんだ。この人は!? 


 本気ガチで聖女を目指しているのか。俺だったら最低でもコーラ1本は要求するところだ。


 ここまで言われてしまうと、手伝いを拒むこともできず俺と綿矢さんは黙々と作業を進めていく。


 しばらく作業を進めていくなかでふと思ったのだが、綿矢さんの声ってアイリスに似ている気がする。


 同じクラスになって数カ月が経つが今まで全く気が付かなかった。というか、今日の会話量が今までのトータルの会話量よりも多いからその声を全く気にしていなかった。


 しかし、声は似ているが話し方というか話している時の雰囲気はだいぶ違う。敢えて言えば、声質が似ているという感覚だろうか。


 清楚系で丁寧な話し方の綿矢さんに対して、アイリスはノリが良くてちょっと先輩ぽくて同性に近い話し方だ。


 言葉のチョイスだって違う。きっと綿矢さんは次々出てくる敵に対して洒落臭いって言わないし、自分のことを可愛い女子高生だなんて絶対に言わない。


「ところで、綿矢さんはゲームはする?」


 そう、これは一応の確認のような質問だ。綿矢さんが俺と同じようなゲーマーなはずがない。


「ゲームですか。そうですね。嗜む程度には……」


 嗜むってどのくらいだよ。


 きっと綿矢さんのような子がやるゲームって、スマホでやるような可愛いキャラクターが出てくるパズルゲームだったりするのだろうけどさ。


「丹下君はどうですか」

「俺は……、よくやるかな。いつも一緒にネットのゲームをする友達がいて、その友達と一緒に遊ぶのが楽しいから」


 こんなふうに言って、綿矢さんの俺に対する評価が陰キャのゲームオタクというものになっても別にかまわない。どうせ同じクラスにいても縁遠くて階層の違う住人だ。この作業が終われば話すこともないだろう。


「ゲームの中の友達って学校とは違った感じでいいですよね。学校にいる時とは違った自分がゲームの中にいて、その自分と仲良くしてくれるのって嬉しいですから」


 どうやら、綿矢さんがやっているゲームはプレイヤー同士で交流が取れるもののようだ。


 うーん、『あつまれ、妖怪の森』とかだろうか。あれは姉さんもやっていて結構はまっていたもんな。


 この時の俺は綿矢さんがどんなゲームをしているかなんてほとんど気にしていなかった。後から思えばもう少し気にしておくべきだったのかもしれない。

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