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日が昇って天球の一番上に位置するかしないかの頃、小隊の後尾に居たタタラは前方の者たちのリュックを背負った姿を見てポツリとこぼす。
「まったく反則だよな、ホント」
その言葉を聞いたのか聞かずか、周りのものは無言で前を向いたまま歩みを止めない。視線を向ける者がいるあたり、聞こえてはいるのであろう。
「...俺の元いた世界ではこの状況を見ると大昔であると錯覚するのだが、その実、僕たちが行っていることは最新鋭の軍隊となんら遜色ないんだからさ。」
今度は耳が長い女がちらりと振り返り、少し驚く。
「なんだお前、薄々感じてはいたがもう転移物であることを隠すのを辞めたんだな。」
「アーツボレイにも…参ったな、もっと上手に隠せていると思ったんだがな。」
タタラは小手で包まれた手で顎を掻きながら目を細める。小手がうっすらと生えた年相応の薄さの髭を反射する。
「ま、もう夜の番の時にペイに打ち明けたからね、みんなに打ち明けないのは卑怯だろう。」
皆の視線が向けられたペイは方位磁石と地図を片手にヒラヒラと手を払う。
「…今朝、ハルマンがこの大隊には中隊が存在しないとか言ったろう?あれは数千年かけて発展した文明がその技術の粋を詰め込んで作った物で纏った軍隊ではあり得る構成だ。」
そう言いながらタタラは背中のリュックから軍隊とは思えない大きさの水筒を取り出して煽る。
「一部においてはこの先数十年は実現が不可能そうな技術も多々ある。例えばここまで備蓄なしで行軍はできなかった…まぁ、季節が無いからでもあるんだがな。」
「キセツ?」
「あ〜…えっと、暖かい期間、寒い期間、湿度が高い期間とか…一年が大きく4つの区分で泡っているような感じ…かな。だから獣を獲れやすいかどうかが季節によって変わったんだ」
季節は地軸の傾きによって生まれる。この惑星も恒星を楕円に回っているものの、地軸の傾きが微々たるものであり、明確な季節が生まれていない。知識人以外にも地球が丸いということが知れ渡っているこの世で今だに狩猟が生活の中に組み込まれているのはそのためである。その恩恵はこの行軍にも表れている。
(レンジャー隊員がこっちに存在すれば教育プログラムを組み直すであろうか。)
ほつれや汚れの目立つ荷物を一行が抱える中、やけに綺麗で装飾があしらわれたトランクを抱えたウアンスがタタラの顔を伺いながら話す。
「術士としての興味なのだが…術関連の技術発展はどこまでなっているんだ?術でヒト種の脳は構築できただろうか?」
「ウアンス、僕の元いた世界には術はおとぎ話の中の空想でしかなかったんだ。」
「…無いのか!?無くて異形を屠ることができるのか!?」
今度は顔だけで無く胴から上をタタラに向けて問いかける。
「僕のいた世界には異形なんて居なかったしね。それに、術に似たものはそれ以外の技術を以って補うことができたし、補えるように研鑽を歴史の中で重ねてきた。」
少し足を緩めながらウアンスが胸元のロケットを手で握る。
「異形と戦う必要がないならより富んでより穏やかで…先天的な才に依る術以外で、皆が各々の力でどこまでも飛んでいけたんだろうな」
「飛ぶ…か。どうだろうな。」
勿論、単なる比喩であることは皆が分かっている。皆が喋っているバンラジィ語の“翼”にはそのままの”翼”という意味と”才能”という意味を内包している。
「向こうでは僕の爺様の世代まで大国間で世界規模の戦争をやっていたらしい。」
腰の鞘に収めた剣の縁をなぞりながら言葉を続ける。剣の柄には不思議な光の反射をしている宝石が嵌めこまれていた。
「それに、誰もが飛べるとは限らんらしい。」
タタラは剣を逆手に持って刀身の一部を露わにする。自身の顔が反射した刀身には僅かに拭き漏らした異形の血が付いていた。
「俺は、今際の際までずっとずっと飛べずに『あの時こうしていれば、もし今あの時に戻ったら』なんて過去を想ってばかりで身動きが取れずにいた。」
持っていた剣を勢いよく納刀し、続ける。金具が強くぶつかったためにガキンと大きい音が鳴る。
「こんな風に人生やり直したってフィクション通りにはいかないんだ」
「ただただ、ずっと薄粘い気持ち悪さだけが胸の中で張り付いているばっかりだ」