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竊 彣 恠 亊  作者: 㐑༒狄萨斯ت
9/22

水都抗變・九

予定の集合時間を大幅に遅れていた獠に、猒は彼女の身を案じた。

それは灱も同じようであり、不安の念は表情から染み染みと伝わった。

──そして日が暮れる頃、獠は集合場所に姿を現した。


獠は絶対というわけではないのだが、基本的には十中八九、時間を確りと守るタイプの人間である。

普段の待ち合わせをするときも、『仕事』をこなすときも、彼女は大抵の場合きっちりと時間を守ってきた。

唯一、大逸れて時間をスカしたあの日は…………いつ頃だったろうか。

その日は、厚ぼったい曇天が空を覆い尽くし、雨が涔々と降っていた。

じめじめした湿っぽい空気がやけに倦怠感を招き、然れども、花壇で萎れる色褪せた花たちは、その日を享受しているようだった。

その日、獠と会う約束をしていたのは、新しくオープンしたカフェに二人で行くという、瑣末な理由からだった。

然れども、彼女は幾らと待てど姿を現さず、広場を見下ろす時計は止まることを知らずに時を進めた。


彼女がようやく姿を現した時には、待ち合わせの時間を疾うに越し、街灯にはポツポツと霞んだ明かりが灯り、薄暗がりの広場をぼんやり明るめていた。

獠は依然、凛とした面持で傘を差してやって来たが、彼女が抱えるものが、凡そ平凡な一日を送っていなかったことを物語っていた。

近くに来て初めて解ったのが、それがノビた小さな幼女であり、獠に訊けば、(めい)を「灱」という者である。

西西里の地で、小さな黑帮の構成員として日を凌いでいた猒にとって、その幼女は裏の社会に於いて周知の存在であり、また、彼女が必然的に二人に厄をもたらすということは、刹那の承知であった。

然れども、それでも獠はその幼女を匿う意思を貫徹し、猒もまた、彼女とのツーカーで淡々と仕事をこなせるがために、灱を匿うことを了承した。


──それも今日で終りなのだが……、と、己が腕に巻いた時計と、広場の時計台を照らし合わせるように二度見る。

確かに見間違いでなく、集合時間を何時間も過ぎていた。

獠が現れる気配は──あの日と同様──一向になく、灱もこの異常さに気がついて、先程から遠くを覗き伺ったり、もじもじしたりと落ち着きのない様子を見せている。


「遅いなぁ」


苦笑しながら、困った表情を顔に貼り付けて、猒は時計を再三と見つめた。


「なにか……、あったんでしょうか…………」


灱の声も、いつになく覇気が有らず、表情からも不安が滲み出ている。

猒はその顔を見て不意にも、灱を売りたくない獠がマルだけ抱えて逃げたんじゃないかと、嫌なことを脳裏に過らせたが、考えすぎかと無駄な思考を止めた。


──その後、獠の到着があまりと遅かったために、二人は周辺を歩いたり、昼餉を摂ったりしたが、畢竟夕暮れが来ようとも、とうとう獠は姿を現さず、連絡の一つも寄越さなかった。

然して二人が広場に戻って来たときには、二度(ふたたび)と街灯にくすんだ黄色い明かりが灯っていた。


「獠さん、来なかったですね……」


落胆の加減は声色で理解できた。

そりゃ彼女自身からすれば、デートの日、好きな人に約束をすっぽかされたことに等しいのだから、落ち込むのは至極当然のことだ。

然れども、今の猒に憐憫は否、坦心の念を抱えており、このことは他言に無用である。

このまま本当に奴が姿を見せなければ、この後の予定が総て狂ってしまう。

然して、彼奴は一体なにをやっているんだと、地団駄を踏みそうになった即ちであった。

人通りの閑散とした、広場の右手から聴こえる微かな足音に、二人はゆっくりと振り返った。


一瞥、その光景に対する思考能力が完全に失われていたために、二人は少しと呆気にとられた。


「お、おい……」


目前を織り成す景色が、とても照常を眺める双眸では目視できなかったからだ。


闇夜に混じった雨雲が淋漓させた幾許の雨に、湿度の上がって霞み始めた、整列をなす街灯。

それに照らされる、角の丸くなった煉瓦調の舗装された道を、微量の血が、僅かに赤く染め上げて綺麗に輝いていた。

街灯の光に見下ろされ、影を作りながらも判然判然(はっきり)と認識できるようになった彼女────獠の顔は、正に憔悴そのものであった。


「遅れて…………ごめん………………」


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