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竊 彣 恠 亊  作者: 㐑༒狄萨斯ت
8/22

水都抗變・八

獠は灱との別れのため、怪しい女からもらった小切手を金に換金しに、清白銀行へと赴いた。

しかし、小切手を受付嬢に手渡すと、その受付嬢の態度はおかしなものになり──。


幾ら軽薄で汚れた社会がその地に蔓延っていたとしても、正确(せいかく)な信仰というのは揺るぎなく根付くものであり、此度に訪れたこの小さな聖堂もまた、正教会の布教した宗教に則る大変神聖な場所であった。

大層な大扉の目前に、かの殺し屋は堂々と立ちはだかり、直到現在に殺めた者たちの怨念に染まった手で、その扉を押し退けた。


表向きは正しい宗教に順じた聖堂、然れども、司教を伝って奥へと進み、地下へと歩みを深めれば、そこに広がるのは教えとは真向異なる光景にあった。

──『清白銀行』とは名ばかり、カルテル、黑帮御用達の銀行である。

今日も大凡(おおよそ)六〇人程度の人影があり、恐らく中々の金額の取引を、この銀行と交わしているはずだ。

内部は儲かっていることを佷と誇示するかのように、中世貴族の宮殿の如く、上品且つ華美な装飾で彩られており、一望の総てがまるで高級ホテルのようである。

小さく、身動きの軽い天使が微笑を顔に弓矢を持って天界を舞い、全裸の男女が林檎を手に、己が愆怠に対する許しを、憤怒の情に理性を費やす神に請う────そんな絵画が天井を独占しており、迫力は満分にして見とれること他ない。


来る者も相応の格好であり、獠もまたそれに然り、今日は高級さの溢れる紺色のスーツで確りと決めてきた。

我ながら、スーツというものは着こなせる者が着れば、中々と映えるものである。


シックな待合のソファが脇に並ぶ通路の真ん中を闊歩し、彼女はやがて受付の窓口を前にして足を止めた。


「こんにちは。本日はどのようなご要件でしょうか?」


獠は一言も持たず、軽く会釈だけを交わすと、口袋(ポケット)にしまってあった小切手を取り出し、優しい手付きで受付嬢に差し出した。

受付嬢は、綺麗に手入れされた手で以てそれを受け取り、小切手を確認する。


『一八七八二〇淼幣──』


値段を確認すると、笑顔は緩やかにも确定に消え、強ばった面持で署名欄に目を移した。


『署名:────(かつ)


ゆっくりと、俯いたまま片眉を上げ、眼だけで差出人を睨む。

その顔を一目見ては、事前に与えられていた情報と合致する点が幾つもあり、またその情報は(めい)()らず、称を『警报』と名乗る者のそれであった。

遭遇時の対処は、「***********」────。

受付の女はゆっくりと、右手をカウンターの下へと伸ばした。


──刹那、獠は受付嬢がなにか不穏な動きを見せたのを察知し、直ちに警戒を張り巡らした。

一度消えた笑みを取り戻し、何かに手を触れている受付嬢。

後方のソファからも、幾つか重たい視線が背を差しているのを感じる。


嵌められた、か──。


然して、先手がどちらか判らぬほどの卒爾のことであった。

受付嬢は右手から物騒なルパラを取り出し、客中佷弜の殺し屋は其奴の頭を掴んでは、それをカウンターへ力一杯に打ち突けた。

文字にもできない声を上げて女は顔面強打を見事に喰らい、待合で警报を睨んでいた者は、目前に於いて唐突と起こる光景に、驚きを隠せずにいながらも、慌てて武器を取り出す。

獠は受付嬢の構えていたルパラを握っては、全体重を女を墜とした腕に掛け、それを軸にし、女の顔を踏み台になんとかカウンターの裏へと飛び込むことに成功した。

あと一、二秒と遅ければ、銃声と共にこの世と永久の別れを強いられていたところである──死ぬにしたって、こんな辺鄙な場所でシケた野郎に囲まれてなのは御免なのだ──。


緑色の殺し屋は散弾銃を強く握りしめた。

水平二連であり、装弾数も二に限る。

此度は向こうも要人暗殺などを生業とした同業者であり、数にもかなりの差がある。

これを窮地と捉えるのが真当であるが、窮地、逆に然れば好機にある。

而して、ゴツゴツと大理石を打つ足音と、静まり返った空間にひそひそと聴こえる小声を一つと逃さず、そこから正確な人数と位置を割り出し始めた。


「──おい、静かんなったぞ」


「死んだんか……?」


「バカ言え。警报のヤツがそんな簡単に死ぬわけねぇズ」


「だとしても、こんなに静かなのはおかしい。おいお前、ちょっと見てこい」


そうして一人、傭兵業を営む小柄な男が、コンパクトマシンガンを震える手で構えながら、物怖じした様子でカウンターへと歩み詰めた。

恐惧の念は抑えきれず、心臓を急いて打つ鼓動のみが、静まり返った空間を介して緊張を加速させる。

そしておじおじとカウンターに辿り着いたが、やはり裏から生気はまるで一つと感じ取れなかった。

故に、せいっ!と勢いで覗いて見れば、答は一目瞭然。


「いねぇど!」


虚無に恐れていたのか、と、数多の殺し屋はぞろぞろと遮蔽から姿を現す。


「あんにゃろいつの間にズズ……」


「アホ抜かしてる場合じゃねぇぞ。とっとと彼奴を見つけて殺せぇっ!」


──一躍にして人気者になった獠は、既に聖堂を脱出、街道を敏捷に駆け抜けていた。

どうやって抜け出したのかは────伏せておく。


こうなって一に案ずるのは、無論、灱と猒である。

焦燥に駆られた獠は、疾風の如く、思いつく最短経路を匆々忙々と走った。

細く、長い足は止まることを知らず、緑の髪は向風に棚引く。

颯爽と跑駆する彼女に街衆は、驚きを隠せずも周章てて彼女を躱し、落ち着いたかと思えば、彼女を凄絶な殺気で以て追いかける追手に再び驚愕した。


「──あそこのパスタ、とーっても美味しかったわ!」


「そうだねぇ。また食べに行こうねぇ」


「ねー。今夜はどこに連れてってくれるのー?」


「夜景でも見に行こっか、ねぇ?」


「えーそれめっちゃ良い!行こ行こっ!」


次に聴こえたのは彼女の妖艶な声に否、前方から転がり投げ出された男と共に、脳に直接打撃を喰らったかのような、凄まじい衝撃音であった。

カップルは何事かと目を見開いて、地面に打ちつけられた男を見惚ける。

そうして間も無く路地裏から姿を現したのは、紛れもない獠であり、地面に打ち付けられた男を軽く蹴飛ばして水路へと落とし込んだ。

カップルはただただ口を開け、飛沫と共に水路で踠く男の惨状を見惚けるに限り、すたこらさっさと素知らん顔でその場を後にする獠には気もつかなかった。


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