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竊 彣 恠 亊  作者: 㐑༒狄萨斯ت
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水都抗變・六

所変わって、某要所──。

二人の警備員が今夜も平々凡々と仕事に就いていたが、やがてモニターに映る部屋の一角が異常を起こしていることに気づく。

そして、部下の一人を現地に向かわせた、制御室に籠る警備員の一人に、怪しい影が迫っていた。


同日夜中──。


夜間警備というのは、余程の面倒事が起きない限り、特に難しい仕事はしない。

中途採用だったが、ようやく定着してきたこの仕事に、文句を言おうとは微塵も思わないし、巡回と確認、それからモニターを眺めるだけで飯を食っていけるのなら、大したものだろう。

然れども、家に帰ったとて部屋は真っ暗、迎えてくれる人も、犬すらも居らず、それでもって夜勤明けの帰宅は、更に己の孤独さを痛感させてしまうのが、(おの)が存在価値を薄めてしまうもので、どうにも嘆かわしい。

いい歳にもなって家庭を持たず、貯金もない。

そして、如何せんこの仕事は『やりがい』というものに欠ける。

最近なんぞは、最早なにか起こってくれとも思ってしまうほどに、だ……。


「──このカップ麺、もろてもええです?」


後輩が煙草を銜えながら、袋に詰めてあったカップ麺を取り出して、カラカラと振る。

歳は三〇後半ばかりか……。

五〇を過ぎた己に比べれば幾分若いものである。


「んあ。好きなもん取れや。まだ中身仰山入っとるやろ」


「あざまーす。へへっ、夜食ってのは罪ながら最高だよな~」


何故仕事のたった少しの夜食に、そこまでの高興さを見出だせるのかが、気が気でならないが、漢の現代とて、何か若者に食らいつけば、やいパワハラだのなんだのといちゃもんをつけられるのが筋であるため、無駄口は極力叩かないようにしている。


而して、各階に設置されている監視カメラのモニターに目を移した。

これでも一応、仕事は仕事だ。

やらねばならんことはせねばならん。

半ば生半可ではあるが、一応モニターを左上から順にチェックしていく。

今夜も何の変哲もなく、総ては順調に進んでいる────とは言い切れなかった。

上から二段目に位置する六階資料室のモニターが、なぜか真っ暗になっている。

元々、あの部屋は暗がりでモニターは薄暗いのが普通であるが、此度ばかりはその度合いが桁違いであった。

画面の四隅にまで広がる暗闇は、まるで己を吸い込むような勢いを持ち、思わず背筋に悪寒が走る。

明らかな異常が起きていることを悟っては、カップ麺の出来上がりをワクワクと待つ後輩に取り急ぎ伝えた。


「……おい」


「ん、なんです?」


「六階資料室のモニターがおかしい。ちぃと様子見てきてくれ」


あと二分ほどで完成するというのに、たかがモニター異常のために繰り出されなければならんのか!────と、後輩は湯を沸かす勢いで憤慨し、断固抵抗の意を掲げた。


「いやですよ!これからメシやゆうのに」


「ハァ……、おめぇがここで見に行かずに、あっこが爆発でも起こしてみやがれ。んだらおめぇのお先は潰れたも同然やど。たった五分で食い切っちまうカップ麺と、これからの人生、どっち先決するんや」


「先輩が行きゃいいやないですか」


「アホ抜かせ。俺はここでモニター確認せなあかんやろが」


直抒すればそんなことは建前であって、本当はあんなとこに行きたくないだけだ。

ここは先輩の権利を存分に使って、己の安全を確たるものにしておきたい──。


「わっかりましたよ。んだら行ってきますわ。でも行ってなんもなかったら、今度『びっふぇ』いうのでも奢ってもらいますからね」


彼は煙草を灰皿にぐにゅっと押し付け、制帽を気だるそうに被っては、ぶつぶつと文句を言いながら制御室を後にした。

別に奢ろうが贈ろうがなんでもいいが、何も異常がないことだけは確認したい。

何か起こってほしいなんてよく思ったものだと、自責するに限る。


然して、彼が制御室を去って数分のことである。

モニターは依然漆黒としたままで、心中の不安と焦燥も抜け切れない。

視界に映る一点の『黒』がなんとも底気味悪く、誘惑するかのように己が不安を弄ってくる。

指を重ね合わせ、後輩の到着と安全確認の連絡だけを頼りに待った。


そして、モニターに動きがあった。

どうやらいつも通りの明るさに戻ったようで、己の心配も少し和らいだ。

──が、後輩からの発報が未だにない。

して、どうしたものかとこちらから発報しようとした即ちである。

制御室の重たい鉄扉が、ゆっくりと、軋む音を立てて開いた。

帰ってきたかと振り向いてみれば、其奴は猫背の後輩とは皆目違う、躴躿な女ではないか。

赤を混じえた灰色のロングコートが季節外れにも、面持は至って涼しそうで、灰色の髪を艶やかになびかせ、そしてもふもふの獣耳。

思わず覗き込んでしまうような双眸はどこか厭世感を含んでいるようで、気だるそうな面持で己を睨んでいる。

更に──隠しているのか否かは分からないが──絶対に関わってはいけない、危ない雰囲気が染々と滲み出ており、それは己が心中を恐惧の底層へと突き落とした。

そんな彼女を前にして、声さえもが喉を通ることを恐れ、故になんの言葉もでなかった。


「──(きょう)、そちらは片付いたか?」


彼女は耳に着けたインカムを押さえ、獇なる者にコンタクトを取る。


「あ、あんたは──」


暫しの喉の詰まりの後に出た言葉は、たったのこれっぽっちであった。

ゆっくりと、目だけをこっちに向けた女は、再びインカム越しの相手に言を発した。


「──ん、分かった。先に調べておいてくれ。私はこちらの所用を済ます」


インカムの相手が終わると、女は足取り軽く己との距離を詰めてきた。

然れども、まるで金縛りにでも遭っているかのように、己の体は融通が利かない。


「おぉ、お、おまえ…………」


彼女はゆっくり、しかし止まることなく着実にこちらへ歩んでくる。

コツコツと靴の音を立て、凡そ平和的な手段を使わぬような風格を纏って。

やがて、己を確りと見下ろせる距離まで来ては、怯える警備員は完全に女の影へと収まった──。


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