エピローグ・二
「㑓夷……。本当に西西里に居たんだ──」
「獠さん…………。まさか、ここでまたお会いするとは……」
㑓夷
二人とも驚いてはいるようだったが、悪しき再開ではなかったようで、蒼髪は得意満面の表情を涼しげな顔に貼り付けた。
「㑓夷さんったらお強いのに、ドンパチ避けて西西里にまで逃げて来はったんやで。んで火族来られへんし、櫻日冕の峻宇があるゆうことで、ここまで訪ねてきはったんよ」
「そうだったんですね」
「あ、あの……。お仕事というのは──」
「あー」
と少し溜めをつけると、蒼髪は先ほどまでとは皆目違う、高圧的なオーラを放ち、相手に鰓々たる念を打たせるような微笑みと雰囲気を纏い始めた。
「んまぁ、兎に角泽丹が昨晩壊滅しましたね?」
「ええ……」
「潰したんは、この迫夜なんですわ」
㑓夷は目を丸くして驚いた。
目前に腰を据え、平然たる顔でコーヒーを啜る、この旧友迫夜が、昨晩のドンパチで尨大なカルテル組織を壊滅させたことによる、驚愕の表情といっていいだろう。
アイスは形を崩して、ソーダと一体化を図ってく。
「長なりますけど、説明しましょか?」
「は、はい。お願いします」
「うし──」
小さなカップに入ったカフェラテを一息に飲み干して、蒼髪はすらすらと言葉を並べ始めた。
「まあ抑、泽丹は迫夜を騙して三日前の襲撃を起こさせたぁ思ぉとったみたいですけど、此奴は最初からほぼ全部知っとりましたんや。境遇としては、㑓夷さんと同じ立場。此奴も㹜罘会から狙われとったぁゆうことです。んで、泽丹は忍び寄る㹜罘会の圧力に負けて、その身を彼奴らに売った。まぁ、水部族の巨大な組織が、犬部の㹜罘会に身を売ったとなれば、無論わしゃらは黙ってませんわな?」
「そ、そうですね……」
「せやから、利害が一致しとった我々と迫夜は、傭兵式に契約を結んだわけですわ。迫夜の淼尼斯に於ける絶対的な身辺安全保障を対価に、泽丹を事実上壊滅させるってね。ま、そのプロセスを踏む上で火族の弊害があったゆうのは、ちぃと驚いたもんでしたけどね」
「ちゃんと、灱は手放した。でも……、灱を手放させるために猒とも関わっていたのは、私も驚きだった」
「まぁそれはしゃーないわ。ここは水部の領域。㵘燚係腐ゆうほど水火の仲は悪性に敏感やねんから、幾ら害を起こさん火族と雖も、其奴らが居るゆうだけで西西里は疎か、淼尼斯全般の均衡が乱れる。それに、淼尼斯政府は水部族の東煒への渡来を禁止しとぉうえ、渡来者の厳罰化を進めとぉくらいやからな。お前も水部領で自由利かしたいんやったら、後に影響する作用を鑑みて、最優先に決すべき判断を誤ったぁあかん。ゆうてまえば犬部が火族を厭むんといっしょ。その辺は肚割り切ってもらわな。郷に入りては而ち郷に随い、俗に入りては而ち俗に随う。そないゆうやろ?」
とても常人には耐えられぬオーラを、迫夜に押し付けるようにして、蒼髪は彼女の顔色を窺った。
心なしか、沿道側の崖に衝突する波の音が、一層に激しさを増したような気がする。
「だから……、ちゃんと手放した」
明らかに落胆した声色で以て、迫夜がそう言うと、何事もなかったかのように、蒼髪は笑顔を取り戻す。
而して、寄って皺のなった上着を糺すと、再び達者な口が動き始めた。
「ごちゃごちゃさせて申し訳ない。つまるところ、わしゃらは西西里で起ころう抗争を防いで、同時に市民の脅威やったシャブ組織を崩壊させただけ。デカいことはやってませんけど、これで櫻日冕が㹜罘会を好きにさせんゆう脅威んなったんは事実。無論、淼尼斯は北梑と商業連合を組んどるくらいの仲やさかいに、その関係を壊したいわけやないんですよ?ただ、淼亰冲突時に一部の犬部黑帮がアホやらかしよった過去を、わしゃらが二度と黙許するわけにはいかんゆうことです。水部の一丁と三、四丁は、みぃんな清水みたいな心を持ってよる。その綺麗さに浸け込むんは同じ水部としても絶対に許されへんのですよ」
「だから、犬部最大勢力の㹜罘会に身を売った泽丹をも、敌人と見なしたんですね」
蒼髪は声にして返答せず、ただ軽く頷いただけであった。
「勘違いせんとってや!?㑓夷さんとか迫夜が嫌いゆうとるわけとちゃうで!」
「重々承知している」
周章てる蒼髪に、客人二人は少し微笑んだ。
それからも、三人は──多少なりとも名の知られている顔を堂々とさせながら──少々の談笑を続けた。
「ところで、高志」
白髪が席を外した頃、隙を窺うようにして獠が話しかけた。
「ん、なんや」
間抜けた顔をして、高志は獠と目を合わせる。
即ちに揺れる蒼髪が、穏やかに風と戯れる波のようで、口さえ良ければ瑕のない人であることを、獠は再認識した。
「灱の今後を明確に教えてほしい」
「なんやえらい深刻そうに。んなもん、これからちゃんとした手続き踏んで、淼尼斯から出てってもらうわいな」
「猒とはどういう関わりだったんだ?」
高志は私情にずかずか入り込んでくる獠に、逆に興味をそそられ始めた。
「ふふっ、おもろいやっちゃのぉ」
高志は下から覗くように、獠の真緋な双眸を睨んだ。
ニヤけた表情が鼻についたが、しかしながら、それで不快な気分にはならなかった。
「端的にゆってまえば、猒は、お前が猰からナマもらわれへんゆうことは分かっとったんや。それでも聖堂に行かせたんは彼奴の匙でわしゃは知らん」
「そうなのか。しかし、金がなければ、彼女を東煒に渡す前段階で躓くのでは」
その言葉を聞いた途端、高志は声高らかに快哉を叫んだ。
「はははっ!はぁ~あ。こら傑作や──。おんどれの目の前に居るん誰や思とんねん」
獠は寸陰に口を固く噤んだ。
高志は決して怒ってはいないだろうが、彼女の口から溢れた言葉が──色々な意味で──鳥肌を立たせる程度に威圧的だったからだ。
またと、激しい海浪が咆哮声を上げるように、擁壁に身を打ち付けた。
高志は蒼髪をふわふわさせて、椅子をぐらぐら揺らしながら快晴の空を見上げる。
「安心しぃな。お前が心配せんでも、灱ゆう奴が悪い子やないゆうんは分かっとる。あとは猒の奴に任せたええ。手筈はきっちり整えとんねや──。あっ、それと獠」
「な、なんだ……」
「お前㹜罘会から狙われとったくせに、わしゃらのお願い事引き受けて泽丹潰してもうたんや。ちゃんとお前の韜晦先も準備しとぉ。その辺のことは気にせんと、残りの休暇は西西里をのんびり堪能したァええ」
「え……。お、恩に着る……」
唐突に告げられたサービスに獠は間抜けた顔を露にし、それを見た高志は「わはは」と一笑して、用事から帰ってきた白髪を見てまた笑った。
全く、行動が煩いというのは猒に限ったものではないようで、獠は刹那、高志のシルエットに猒を重ねてしまった。
「あぁっ!私のフロート……」
㑓夷の目前には、溶け切ってカップからだらだらと滴り落ちるアイスの姿があった。
あまりに美味しかったからか、白髪は明からさまに落ち込んだ様子で、無様に溶けたフロートを見惚けた。
「わははっ。そない落ち込まんでもよろしいがな。今日頼むもんは全部ショバ代の代わりですから、なんぼでも頼んでもろてもええんですよ。おい!新しいフロート一個作ったって────」
時刻は一〇時を過ぎた頃──。
穏やかな日差しに包まれて、西西里は悠遠と待ち望んできた平穏の下、新たな一日を送ろうとしていた。
これ読了する人おるんですかね?
皆さんはもっとまともな小説書いてるんでしょうねぇ。
とはいえ、もし読了されていたら、本当にありがとうございます。




