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竊 彣 恠 亊  作者: 㐑༒狄萨斯ت
20/22

水都抗變・二〇

長い夜が明けた──。


──事後──


それから、夜が明けた。

どれだけの血が流れ、一日では足らぬ量の出来事が起きた日も、最早一日と過去のものになったのだ。

然れども、西西里が何の変哲もない朝を迎えようとも、昨日に事切れた者はそれを迎えられなかった。

無論、死んだからだ。

其奴らが息を吹き返してその地に戻ることはない。

それが世の節理であって、それを超越できるものなど死そのもの以外にはないのだ。


そして、鏖殺(おうさつ)屠宰の執行者も昨晩きり、姿を現さなかった。

今までは、朝起きてダイニングへ向かうと、テーブルには既に出来立ての美味そうな朝食が並べられ、彼女は肩を撫でる程度に伸びた髪を、後ろで結って己を待っていた。

至道を大逸れて歩む己らにとって、至極平々凡々なその朝が、些細な幸せの基盤であった。

どれだけ敌人を死に陥れ、罪を深めようと、その朝だけは、己が起こした罪の万象を赦してくれる気がしていた。

──然れども、その赦しも今朝っきり剥奪された。


『獠は、居なくなったんだ──』


誰かに言われたわけでも、書置きがあったわけでもない。

ただ、何時もにない、色褪せた冷ややかな雰囲気がそう語っていた。

そうなってしまった現状を理解しきれない己の脳内が、考えることをやめようと、直面した苦悩を放棄しようとする。

しかし、このままではいかんと勘づいた理性が乱れた己に鞭を打ち、軽く頭を振って、現実を受け入れろと我に返った。


飯を食べるときも、明確な差異があった。

まず、己は獠と違って料理に手をつけたことがない。

冷凍庫をガラガラと開けると、閑散と備蓄された冷凍食品を漁った。

賞味期限切れの飯を解凍して、雑に皿に盛り付ける。

独りの飯時に会話はない。

獠は寡黙に近い者ではあったが、気の合う人とは話の弾む者であった。

よく己が北梑にいたときの昔話を聞かせたり、獠の他愛もない私情を聞いたりしたものだ。

意外にも人の圧しには弱いとか、辛いものは苦手だとか……。

不思議にも、喧嘩をしたことがなかったので、毎朝色んなことで会話が弾んでいた。

そして、この照常になった時間があったからこそ、こなせた仕事があり、何よりも彼女の存在に依存していた節がある。

瑣末な事ばかり考えていては、飯も味気なくて美味さを感じない。

カチャカチャと食器の立てる音だけが、虚無感の漂う、重たい空気の包み込むダイニングに響いた。


その後、シンクに食器を乱雑に放り込むと、テーブルに腰を据え、無意識に項垂れて昨日の言動を後悔し始めた。

──あの時、獠を一人で行かせるべきではなかった。

意地でもついていくべきだったのだ。

それは獠の身を案じてのことではない。

彼女といなければ、己が己でいられなくなるからだ。

獠というたった一人の存在に隔靴掻痒していると、今までに感じたことの無い、奇妙な感覚に襲われた。

獠が当たり前のように隣にいる時には感じられなかった、歪で表しようのない、締め付けられるような感覚──。

無論、獠が死んだとは思っていないが、あれから姿を現さない彼女が気になって仕方がない。

端的に、会いたい……。


猒は雪崩の如く襲う抑えきれない感情を落ち着けるために、一度深い深呼吸をついた。


「落ち着け……。落ち着くんだよ……」


声にも反芻して、無理やり落ち着きを取り繕う。

──刹那、彼女は複雑に渦巻く心中に、闇夜に輝る一番星の如く、一つの解えを見出だした。

はて、それが最適解かどうかは知らぬが、そんなことはどうだっていい。


──猒は醒めた。

ようやく、目を醒ました。

己が命意の真価を発揮するときが、訪れたのだ。

それからというものの、猒は急激に躰が軽くなるのを実感した。

苦悶が晴れ、目的が明確になれば、人はここまでいきいきとできるのか。

玄関まで赴いては、壁に掛けてあった黒いスーツをバッと手に取り、精悍な表情にして颯爽と袖に腕を通す。

ズボンの尻口袋にリボルバーが入っているのを確認すると、リズムに乗るような足踏みでドアを蹴り開けた。


「灱…………、お前だよ──」


而して、過去を踏み越えて、新しい一日が始まった。


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