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竊 彣 恠 亊  作者: 㐑༒狄萨斯ت
17/22

水都抗變・一七

大男たちには善戦したが、立て続けに戦闘を潜り抜けてきた獠は、明らかに疲弊していた。

しかし、愈々猰が動き出し、苦戦を強いられた獠は愛銃を弾き飛ばされ、猰の繰り出す斬撃を喰らってしまう──。


その後もど突き回しに嵌め技と、事は完全に迫夜の有利で続き、止め刺し二発の銃声が沿道を響き渡った時には、男らは迫夜に仕留められた軀となって地面を顔面で味わっていた。

然れども、完全勝利と雖も、圧倒的な体格と力量の差で格闘戦を強いられた迫夜も、僅かに息を上げていた。


「はぁ…………、終わったぞ」


「ふふっ。あんたが間近で暴れてるのを見ると、やっぱり迫力ってものが違うわね」


部下の二人が、獠の手にかかって死亡した。

然れども、彼らがまるでただの駒であったかのように、女は軀に一瞥もくれず、ただ月影の下で底気味悪い微笑みを浮かべている。


「どうせ、あのインケツ野郎に教えてもらって来たんでしょ?沈黙の掟ってものを知らない間抜けにね」


「……猰」


女の言葉を抑えるように、獠は彼女の名をぽつりと溢した。


「なぁに?迫夜さん」


「私は……、あの後すぐに北梑を出たから、あの人がその後どうなったのかを詳しく知らない」


彼女の切り出しにバツの悪くなった猰は、首を軽くうねらせると、綺麗な長足を前に出して、獠との距離をじわじわと縮め始めた。

明らかに対話をしようとしない彼女に、獠は焦りを隠せず、一歩後退って様子を窺う。


「それって…………、誰のことかしぃ──らぁっ!」


まだ息の整わない獠のことなど気にも留めず、猰は目にも止まらぬ速さで彼女に襲いかかった。

事の速さに周章を隠せない獠であったが、彼女の振翳した斬撃を、銃を横向きに突き出してなんとか防ぐ。


「うっ──ぐぅっ────」


飛びかかった猰の攻撃力は凄まじく、両腕から全身を走った痺れに、さすがの獠も戦慄を覚えた。

小さな火花が四方八方に四散し、獠は歯を食い縛って、心成らずも目を細める。


「か、猰──」


吐息を肌で感じるほど近くに迫った猰と獠。

猰の双眸には、獠とは比にもならぬほどの殺意が溢れんばかりに滲み()で、瞳孔には『狂気』という文字がくっきりと浮かび上がっていた。


「彼女って──㹿のことでしょ?アイツったら可哀想にね────私が殺したわ」


予想だにもしない言に、獠は更なる驚きを隠せず、それにより力も弛んでしまった。

この寸陰の弛みが猰の圧力に負けてしまい、ドリリングは弾き飛ばされてしまうと、獠は本能的な危機を感じたが、次の刹那には緊張で硬直した全身を極度の激痛が襲っていた。

僅かな隙を見せた獠の躰を、猰の捌く峻刀が左肩から手先にかけてを血に染め上げたのだ。


「うっ────!?」


「あははっ!今のあんた、今までで一番みっともないわよ──。大丈夫、彼女は贄になったの。無駄死じゃあないわ」


潮風の吹き荒み、静寂ながらも空気の落ち着かぬ沿道。

月光と僅かな街灯だけがその場を明るめ、女二人は闇夜の中、互いの様子を窺い、再び距離を図る。

獠は佷糟糕(そうこう)の真相を究明すべく、ここが正念場だと、縦に深く刻まれた傷口を柔く押さえた。

ズキズキと全身の神経を刺激する痛みが、獠の体力を俄に蝕んでいく。


「贄とは、どういうことだ……」


「まったく、そのドタマは鋭いんだか鈍いんだか……。だから、ただの贄よ。㹿は私のために死んだの」


「お前が直接手にかけたのか」


「そうよ。あの人、何度も本当に殺るって言うのに、私の心中に残った聊かの良心を信じてたんでしょうね。あのおっそろしい命意を使わなかったから、簡単に済ませられたわ」


「お前……」


矢継ぎ早に捲し立てられた猰の言葉に、獠の沸点は限界に達していた。

油断している隙に行動を起こせば、猰の反射神経を凌駕した不意討ちでの勝機はまだある。

然れども、そうすれば真相はまた霧中へ深潜りしてしまうことに違いない。

ここは意地でも衝動心を抑えねばならん。


「しかし、なぜお前が彼女を──」


「ふふっ、単純な話。私だって最初は㹜罘会に狙われてた。煒梑冲突であれほど故郷のために敢闘したっていうのに、そのあと、理由も解らずに只管この身の死を迫られた。命からがらに韜晦して、行き着いた先は第一三屠宰場だったのよ?でも、あの未知よりも怖い屠宰場に流れ着いてから、私は㹜罘会の人間とコンタクトを取ることに成功した。そこでこの『誘い方』の術も得たわ。総てを知ってからは、実力と策略でとんとん拍子よ。そうして、韜晦を始めた日から二年と経過した…………いつ頃だったかしら。一通の手紙が来たわ。内容はあんたの察する通り、掃討作戦従事者全員の随時抹殺よ。私だって最初はびっくりした。旧友であってあの激戦を生き延びた貴重な戦力たちを、内輪揉めのために犠牲にするのは到底あり得たものじゃなかったから。でもね、私だって板挟みだったのよ。それに、ここで其奴らを剿殄すれば、私は㹜罘会からの信頼を勝ち取り、実績に相応する褒賞で身の安全を確保することができた」


「だから、掃討作戦の要だった㹿を初めに殺ったのか」


「大能兼小、彼女は誉ある獅子の餌になったのよ──。いい?この世界じゃ、慈悲も同情もただの足枷にしかならないの。己が生命を守るためなら、誰かを踏台にしなきゃないけないわけ……。さぁっ、もう総て直抒したわ。これであなたも心置きなく…………死ねるわね?」


大きなステップを踏んだかと思えば、奴は空気を裂く勢いでこちらへ突っ走って来る。

手には峻刀猰㺄、ひと振りの後、獠の命を狩ることに欲を成した。

獠も傷の入ったドリリングを拾っては構え直したが、猰は既に獠の視界の凌駕していた。

高跳びした彼女の身は軽く、虎の爪から作ったとの所以ある峻刀を目一杯に振り上げる。


「──獠の生涯、這里で惨殺を遂げられるまで……ねっ──?」


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