水都抗變・一五
淦の最期の一言に従って、獠は沿道のカフェへと赴いた。
しかし、その足どりは決して軽いものではなく、それは、淦を殺りに行く時のそれとは明確に違っていた。
──決別──
あんな状況で態々嘘を吐く筋はないと信じ、獠は淦を殺したその足で、夜中のカフェへと赴いた。
豊富多彩な家々は暗がりに色を薄め、狭隘の路地裏は、小さな物音一つさえもが、不気味な雰囲気を作り出す素となった。
獠の足どりは、淦を殺りに行った時のそれとは打って変わり、目的地に近づくにつれて重くなっていく。
まるで、獠が直到現在までに仕留めた死人が影を成し、地から這って彼女を掣肘するように、一歩いっぽが今までに感じたことのない重みを成していた。
あの女────猰とは、悠久の昔日、狠翁幇禁軍部隊の朋友であった。
無論、掃討作戦にも参加し、その中でも突出して実力を有していた猰と獠、そして二人の二つ歳上だった㹿の三人は、総力戦が展開されてから、東煒の猛進を食い止めるべく、最前線で奮闘した。
上っ面は飄々としていて、肚の内は何を考えているのか分からない者であったが、実力に於いては非に値するものが無いといっても過言ではなく、獠、㹿は安心して猰に背を預け、幾度の激戦を潜り抜いてこれたのだ。
………………。
一体、いつからああなってしまったのか、不思議でまったく気が気でない──。
雨も上がり、半欠けの月はもう少しで頭上を越える頃である。
夏も中終盤に差し掛かり、夜はまだ蒸し暑さが残留しているものの、風は軽微な冷たさを帯び始めた。
散弾銃を背負った可怕の殺し屋は、カフェが見える、路地裏の出口までやって来た。
然れども、目を細め、よく凝らして見てみれば、カフェより前の沿道に幾数の人影があるではないか。
そのうちの二人は、長身で背幅の広く、常人とは逸した体格を有し、真夜中に奴らを見るのは幾分心臓に悪い。
そして、獠が一番恐れていた其奴も、大柄の男の間に、ちんまりと挟まっていた。
猰は何か哀愁の念を漂わせるように、無表情にして、真夜中の不気味に荒れる海原を見下ろしている。
獠はゴクリと喉を鳴らし、ドリリングを構えると、ゆっくりと建物の影から姿を現した。




