水都抗變・一四
獠は淦に詰問を開始し、戦く淦が恐る恐る、沈黙の掟を破った。段々と明るみになる事実は、今回の一事に収まらぬ大事で、それは獠の亀鑑にあたる㹿の死すらもが関わっていた。
そして抑えきれない感情が理性を凌駕し、獠は愛銃の引鉄に指をかけた。
「……?」
緑の其奴は片眉を上げて、理解できていないという表情を顔に表した。
「まだ理解できていないな……。こういえば解るだろう。狠翁幇第二武装山岳猟兵師団長、獠──」
久々に耳にした言葉の羅列が、悪寒となって獠の背筋を走り、電撃の如く重鈍の刺激が脳内を迸った。
「いや──、待て。何故その名前が出てくる」
「簡単さ。これは小耳に挟んだものだから、正確性には欠けるだろうが…………。お前、煒梑冲突で、あの掃討作戦に参加していたそうだな?」
思考は凝り固まり、呆気にとられるしかなかった獠は一杯喰わされたらしく、言葉に詰まり、しばらくの間言の一つも発せなかった。
「ハハッ。まァ驚くのも無理はない」
「な、なら…………、㹿が死んだのも、ただの一事では────」
「其奴が誰だか知らないが、もし、あの掃討作戦に参加していた奴なら、恐らく真相とは違う死を報じられているだろうね。人は己が利益のためなら、どんな不都合も捻じ曲げて隠蔽する。それは我々が秀でても、至道を逸れて錯たる方向に進化を遂げた末路であって、この節理は不変。今さら人の手を加えて修正の効くものじゃないんだよ」
「なぜ…………、なぜそこまでするんだ……?」
「簡単な話さ。数十年と前、北梑は東煒との大死闘の末に敗衄した。そこで黑帮の㹜罘会は、底層に落ち切った北梑情勢を好都合に捉え、一大政党として表舞台に上がっては、みるみるうちに勢力を伸ばした。そして、北梑を敗北に導いた朝府を打倒すべく『絏疏朝滅』をスローガンに、朝府政権の崩壊を目論んだ──。しかしだ、朝府を打倒する上で、厄介な存在として浮き彫りになったのが、狠翁幇だった。朝府下院の余計な口出しがなければ、冲突に勝っていたかもしれないと言われるほどに、実力の認められていた狠翁幇は、駆け出しの㹜罘会政派にとっては非常に可怕な存在であり、やがてすぐに最優先の壊滅目標となった。中でも、かの有名な掃討作戦に参加していた者は、どんな手を使おうとも抹殺することを決意したんだよ──。それが耄碌した老い耄れであろうが、ぴちぴちの現役であろうが、総じて関係なしにね」
「なぜ、生かして己の手駒にしようと思わなかったんだ……?」
「そこが元黑帮ってところだ。鹿が態々、獅子を己の群れに連れ込むか?……奴らは狠翁幇軍人が、㹜罘会加入後に背叛することを恐れたんだ──。して、奴らの嘉猷のうちに、掃討作戦二番目の戕賊者であり、命意で授かった夜戦の鬼神、警报の抹殺が遂行された、ということだ。結果は言を俟たず、大失敗に帰したがな」
「──果たして嘉猷か?」
「今の北梑国民からすれば、㹜罘会は、経済的窮地を救済する神圣な光だろう?」
ドリリングはそろそろ、情報が激流の如く溢れる話に飽きてきたのか、贅沢に装飾を施した窓から差し込む月影に銃身をぴかりと照らし、己が存在を誇示することで、言葉を発さずとも、獠に未だかと訊ねている。
「ならなぜ、暗々裏に私を殺そうとしなかった」
「さァな。それは㹜罘会に訊いてほしいところだが、敢えて言おうならば、最早屠宰の峻秀ともいえるお前の存在に恐惧したからなんじゃないか?たとえ欺瞞であったとしても、お前から己らの縄張に手を出させることによって、それは総力反撃を実行するに至る正当な理由になるからな」
「しかし、㹿は死んだ」
「私は㹿の抹殺に関しては一切の介入をしていない。真相を知りたければ、殺った其奴を締め上げればいいだろう?今のように、醜悪な手を使ってな」
「──そうだな」
頭の整理がついた警报は、一言を捨てるように言うと、テーブルに置いていた散弾銃に手をかけた。
ドリリングはようやくかと言わんばかりに、牙を、何かに取り憑かれたような形相で茫然と戦く淦に向けて嘲嗤う。
獠が銃を握ってから、彼の眸に光はなく、もうそれは息をする死人というものであった。
そして、獠は引鉄に指をかけた。
引鉄を手前に引くという、たったこれっぽっちの動作で、この淦という男は、金剛輪際口から声を出すことを否とする。
乃ちは『死』であるが、何故それに、人は大層な恐惧の念を抱くのか────考えれば考えるほど、その概念の迷宮を蜿蜒と彷徨ってしまう。
獠は瑣末な考え事を制止して、引鉄を引くことに集中した。
「こ、これからぁぁあ!」
「──ん?」
男の野性味を帯びた野太い声が、静まり返っていた豪華な空間を轟いた。
断末魔にしては可笑しなものだと、獠は人差し指を軽微に引鉄から離す。
「お、俺の始末がついたら……、沿道のあのカフェまで行くといい。お前が居ると分かれば、あの女は姿を現すぞ」
生きも絶え絶えで喋る彼の言葉に、警报は疑念を抱く。
「どういうことだ」
「万一、聖堂でお前の始末がつかなければ、彼女はお得意の『誘い』を使って、明日の朝、お前をあそこに呼び出すつもりだったんだ。どんな手を使うかは知らんが、これは事実────。お前の命意だ。朝に仕掛けられるより、今夜に総てを片付けたほうが楽だろ……?」
「情報の提供、どうも」
「いいえ──」
──寸陰の情けをかけることもなく、銃声はその場を轟いた。
つい先ほどまで言葉を交わしていた男は、散弾銃から放たれた高速の鹿玉によって、顔面を原型も留めず、もうぐちゃぐちゃに失くしていた。
一人の男から吹き出た大量の血液が壁にびちゃりと付着し、勢い余って壁の広範囲を真っ赤に彩っている。
血腥い空気が峻宇を覆い尽くし、さすがの獠もいい気分はしなかった。
して、ここで為すべき事は済んだと、殺戮魔は静寂と化した戦場から影も形もなく消え去っていった。




