水都抗變・一三
やがて、峻宇内のほぼ総ての敵を剿滅すると、獠は最後の敵を殺すべく、重たい扉をゆっくりと開けた。
躱し切れなかった返り血が、手と顔を僅かに染め上げ、汚れた手で以て、彼女────迫夜警报は、廊下の終りに立ちはだかった最後の扉を、ゆっくりと押し退けた。
──而して邪魔者が、現れた。
両手の指を交互に交え、それを顔許で組んで鎮座する男は、豪華な部屋に足を踏み入れた其奴に目もくれず、ただ黙って、一点をぼんやりと見つめていた。
「狹陋な狴牢に収監されているかと思っていたが、随分と奄虞していたようだな」
警报は構えていた散弾銃を下ろし、皮肉混じりに会話を始めた。
男は依然、彼女の存在を認めないかのように、無視を続ける。
「お前の独壇場ももう幕切れだ────淦」
「辜猎の剿殄だな。一つ、訊いてもいいか?」
此度、話し相手は目と鼻の先に居るというのに、淦は目を合わせられなかった。
いや、合わせたくなかったのかもしれない。
そんな生気を失った彼に、警报は質問の猶予を与えた。
「何だ」
「……何故に、お前は『獠猟』という行為にそれほど酖溺になったんだ?」
「これが私の命意であって、生業だからだ」
彼女の淡白さはどうにも嫌いで、本来の淦であれば、即決処刑に致すところであるが、今の彼にそんな余裕は一寸もなかった。
数え切れない人を殺した彼女から、むごたらしい血腥いにおいと、苛立ちに加え、相当な殺意までが滲んでいるを感じる。
「私も、殺る前に訊きたいことが幾つかある」
「ここに来ているということは、お前の推測に誤りはほぼないんだ。検算か?」
「そんなところだ」
「ふぅ、お前と話してると緊張から来るストレスってものが半端じゃない……。さァ、訊かれたことに関しては、もう総てを直抒するよ」
予見が定まったのか、淦はようやく落ち着きを払って、初めて警报と向き合って言葉を交わした。
「最初の襲撃は欺瞞だったな?」
「ああ、その通り。これはあくまで推測に過ぎないが、君たちは最初、猒の所属する嵐歳からの命で、尨大な組織であり、西西里の経済活性化に於ける大きな阻害要因になっている泽丹を、特警、そして淼尼斯を黒マルで援助していた㹜罘会と結託して潰すという企ての下、あの襲撃を実行したはずだ」
「ああ」
「しかし、あれは㹜罘会の仕立てたブラフだったんだよ」
「㹜罘会は既に泽丹に猰を送り込み、我々にあのパーティーを意図的に襲撃させ、その様子を窺ったのが筋なはずだ。しかし、なぜそんなことをさせたのかが疑問なんだ。正直、泽丹から見ても、㹜罘会から見ても、未だ嵐歳は脅威として見なされるほどの組織ではなかったはずだ」
「ま、脅威でないという点に関しては、君の言に然るね。つまるところ、㹜罘会は、他組織の干渉する行動に対しての憤怒の閾値があまりに低く、此度の件も半ばそれに然る。淼尼斯に於いて行動を取る際、阻害要因になりかねん我々────乃ち泽丹を、意見の食い違いから発展する衝突から避けるべく、組織自体を高値で買収するという形で解決させたんだ。まァそのやり方が、彼らを憔悴した北梑朝府を踏台に下剋上を成し遂げた理由でもあり、結局我々も、㹜罘会の行動範囲を広めるべく、上手いこと奴らの踏台にされたに過ぎなかったんだ」
ここで警报は勘繰ったのか、首を傾げて、少し驚いた表情を見せた。
「……泽丹を㹜罘会に売ったのか?」
「悪く言えば…………そういうことだ」
「──怖気づいたのが貴様の筋だろうが、要因は他にあるんだろう」
「お前中々辛辣なこと言うな」
「褒め言葉として受け取れ」
淦は圧し潰されそうなストレスをなんとか堪え、浅い深呼吸を繰り返して話を続けた。
「正直、北梑で猛威を奮う㹜罘会に、楯突こうという気にならなかったのもあるんだが、第一の要因は────警报、お前にあったんだ」




