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竊 彣 恠 亊  作者: 㐑༒狄萨斯ت
11/22

水都抗變・一一

ボロボロになった空き家のなか、獠は事の経緯を話し、猒に密かに、猒と灱との別れを告げる。獠と以心伝心の猒は、それを真摯に受け止めた。

そして怯える灱を安心させるために、獠は彼女に躙り寄った。


「──彼奴なのか……?」


取り敢えずと、空家に身を潜めた獠一行は、束の間の休息を取った。

獠も応急措置で落ち着きを取り戻し、雨に濡れ、疲弊した躰も、少しずつ回復を取り戻しつつある。


「ん。あの受付嬢が署名欄に目を通した時、確実に私を見る目が変わってた。恐らくだけど、清白銀行に同業者を集めるのが一番手っ取り早だっただろうし、あの密閉空間に私と彼奴らを閉じ込めれば、確実に私を殺せると見込んだんだと思う」


「欺瞞ってのは……?」


それに対し、獠は少し黙ってから、歯切れ悪く言を発した。


「──それは、私個人の問題、だから……」


「なに抜かす。私らはもう来るとこまで来てんだ。ここから一人で行動してどうなるってんだ」


空家には僅かな月明かりが差し込み、窓から影を作って、薄白い光が部屋を模糊に明るめていた。

幾年放置されていたであろう部屋は、埃にまみれ、木目もあちこちが腐敗している。

西西里に蔓延るカルテル、黑帮──其奴らに睨まれたのか、また照常に見かける其奴らに嫌気が差すのか──から家庭を守るために、家、延いては島を抜け出す者は少なからず、こうして空家が幾数点々と存在することは、この西西里に於ける社会秩序の明確な欠如が浮彫りになっていることを暗示している。

無論──戦争中毒者(ジャンキー)などを除いて──誰だって毎朝を安全且つ、平穏に迎えたいものだ。

──今それを一番と痛感しているのは、小さな火族の一丁、灱であった。

あまりに急すぎた出来事を亲眼し、未だ思考は停滞して理解が追いつかず、空家に逃げ込む時も、その後も、彼女は半ば放心状態で、茫然自失という文字を衰弱した顔に浮かべていた。

火族は言を俟たず、雨には弱いため、多少その影響で弱っているのもあるのだろうが、恐らくその十中八九は、精神的に来た衰弱だろう。


「──猒」


そんな灱に一瞥をくれて、獠は猒の名を、涼しくなった空気を撫でるような優しい声で呼んだ。


「どうした?獠」


「私、会わないといけない人がいるから、今から其奴に会いに行ってくる。それと、其奴に会ったら、私はもう、そのまま西西里を出るよ」


「はァ?どーゆうことだ。灱のこと、見捨てる気か?」


床に座り、長い足で胡座をかく猒。

彼女の双眸も、何時もの獠を見るそれではなかった。

最早、彼女が奇々怪々な言動をしているとも錯覚してき、勘繰ってしまう始末である。


「灱は絶対に見捨てないよ。無論、猒も。ただ、このまま事が進めば、愈々彼女の身に危険が及ぶ。さっきみたいにね。それに、これ以上猒にも迷惑をかけられないし、なにより、私は猒を信用しているから、灱のことをしばらくの間任せたいの」


意を決したような口調の獠に、猒は口を閉ざし、数秒と開けることをしなかった。

固まった思考をじっくり溶かし、神経を研ぎ澄ます。

この後、大切なパートナーに灱を託されて、己はどうするべきか──。

その後、猒はゆっくりと口を開き、純粋な微笑を浮かべて獠の促しに応じた。


「……それがお前にとっての最善策なら、私はそれに従うまでだ。必ず、もう一度、灱の顔を拝みに戻ってこいよ」


猒の眸にも、決意の現れが灯っていた。


「ありがとう……。──灱…………灱?」


二回目の呼びが、ようやく灱の耳に入ったらしく、彼女は怖気を隠しきれない眼で獠の方を振り向いた。


「…………?」


彼女はうるうるとした涙目で獠のことを見るが、浸る涙が獠の姿を模糊たるものにし、判然と彼女を捉えられていない。


「こっちにおいで」


獠は脇腹に痛みを抱えながらも、両手を伸べて灱の抱擁を待った。

さすれば灱の躰も、もはや無意識的に獠の許へと躙り寄り、気づけば互いの躰が触れ合うほどにまで近づいていた。

あと少しすり寄れば抱擁が完了するそこで、獠の方から灱を抱き締めに行き、灱はそれに驚きながらも、直に感じる獠の温もりに、次第に安心感を得、不安は消え去った。


「怖い思いさせて、本当にごめんね」


「だ、大丈夫です……。獠さんだって、そうしないといけなかったんですよね」


『獠』という存在を感じる不思議な感覚と、未だ残留する微塵の不安が混在し、灱の目からは綺麗に涙が淋漓し、それはやがて、頬を伝って獠のスーツへと滴った。


「……ん。この世界に────媾解は通用しないんだ」


耳許から幾許と離れない、囁きのように聴こえる獠の声が、灱の凝り固まった脳内を優しく蕩けさせる。


「でも、大丈夫。これでも私と猒は強いほうだから。ちゃんと、傍に居られなくても、見守ってるからね」


「は、はい……」


最後に少しだけ強く、灱の柔らかく、小さな躰をぎゅっと抱き締め、その後、優しく頭を撫でてやると、灱の顔には何時もの笑顔が戻っていた。


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