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竊 彣 恠 亊  作者: 㐑༒狄萨斯ت
10/22

水都抗變・一〇

予想だにしていなかった獠の凄惨な姿に二人は驚愕し、あとからやって来た追手の傭兵を猒が反射的に殺してしまう。そして人の死を目の当たりにした灱は、唖然として畏怖の念を打ち付けられた。


「おまっ────なんでそんなことんなってんだよ!?」


獠の左腕、加えて脇腹の辺りには、スーツの紺を打ち消すほどの赤色が侵蝕を果たし、己が躰に感じずとも、その痛みは目視でひしひしと伝わってくる。

それに対し、獠は呻きの一つも口にせず、ただ黙って、腹の傷口をぐっと押さえていた。

状況の一切を把握できない灱は、ただただ唖然と立ち尽くすに限り、獠が見せる事の惨状に、理解という行為を忘了していた。


「どいつだ?どいつがやった?」


猒は周章てて獠に肩を貸し、崩れかかった足許を咄嗟に支える。


「襲撃も……、彼奴も……、欺瞞だった…………」


「はァ?追手はっ!?」


「追手の大半は──始末ついてる……。ごめん。マルもらえなかった……」


獠の面持は固く、何かに対して非常に強い恨みを抱いていることが見て取れた。


「所詮あんなマルなんてシケてんだ。それより──」


「獠…………さん……?」


──幾度と背筋に悪寒が走り、立った鳥肌が治まることを知らない。

灱は、獠に対して、照常に見る『獠』の眼差しを向けることができなかった。

憧憬、敬虔は冷めて退き、顔が無意識に引き攣って、戦いているのが分かる。

普段の彼女はどこにいったのか、恐ろしく睨みを利かせた圧力のある獠の双眸に、恐惧は疎か、戦慄を覚え、一歩と後退りをしてしまい、灱の脳内に、もう常々の獠の印象はこれっぽっちも残っていなかった。


「と、灱──」


「な、なに…………」


深く呼吸し、途切れた声で灱を呼ぶ獠は、彼女にもう隠すことはできないと肚を括り、猒の肩を借りながら、やけに落ち着いた口調で事の総てを述べた。


「これが……、私たちの仕事であって、私たちはもう…………『人殺し』の濁りに染まった濁水なんだ……。本当は、今日……灱と別れるつもりだった。でもね、交渉材料を失ったから────その責任は私にある。私は意地でも二人を……守らないといけない」


「別れるって────」


即ち、無用の長居をしてしまったか、殺り切れなかった追手が獠たちの後方からやって来てしまった。


「おいあれ──」


「水路に蹴落とした奴……、まだ生きてたの…………」


「ボゲゴルァ!アホンダラがぁ!そのドタマいっぺんカチ割ったるからのォォ!」


とても子供には聞かせられぬ言葉で、その男は猪突猛進を仕掛けてくる。

獠は、ここまで至るまで一寸たりとも休まずに走駆し、命意が効かぬ日中に、六〇余人と居た追手をほぼ総て片付けた。

一度一息着いてしまった躰に、再び力を出すのは難しく、疲弊した己が身は中々と言うことを聞かない。

然れども、既にゴールに辿り着いた彼女には強い味方がいるのだから、彼女に担心は無用であった。

──猒は懸命に獠を支えつつも、余した右手で直ぐ様リボルバーを抜き取り、咄嗟の反射で男の胴──凡そ即死部位──に一つ、轟音と共に小さな風穴を通した。


「がほっ──」


真っ向正面から真面に喰らった銃弾に、狂進していた足が自ずと弛み、男はやがて歩みを止めて数秒、雨で湿った煉瓦に勢いよく後頭から降下し、そして事を切れ仆した。


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