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そして、黒百合は手折られた  作者: 中年だんご
第1話 悪を滅ぼす者
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悪を滅ぼす者 9



 ―――目があったと、そう思った。



 恐怖で体が突き動かされる。


 隠れていた建物の影から飛び出して、がむしゃらになって走り出す。


 足音が、迫って来る気がする。恐怖でとても後ろを振り返る気になれない。


 足音が激しくなる。急に数が増えた気がする。もうすぐ後ろにいる気がする。



 そして、向日葵は、身体が軽くなったと感じた。



 飛ぶ。飛んでいる。くるくると身体が回りながら、両手はまるで飛行機のローター羽根だ。


 体が熱いと、そう思った。


 お腹が冷たいと、そう感じた。


 地面にぶつかる。ゴロゴロと転がりまわるが痛みは感じない。痛みよりも体の熱さの方が上回っている。お腹の冷たさの方が上回っている。


(お姉、ちゃん……)


 空を見上げた姿勢で、まぶたを動かすだけの力も出ない。


 会いたいな、と思いながら、向日葵は、息絶えた。



 ―――そして、その一部始終を、聖技は見ていた。


 脳の処理が追いついていない。


 ドクリと心臓がひときわ強くなる。青くなった頭に再び血が巡る。


 あれはきっと、よく似た服を着た、よく似た誰かであるはずだ。きっと、そうに違いない。


 再起動した脳が導き出したのは、そんな答えだった。


 巨大な銃痕が道路を舐め走り、アスファルト片を撒き散らしながら、向日葵の胴体を吹き飛ばしたなんて、そんなことがあるはずが、



 ―――目があったと、そう思った。



「うぷっ」


 ―――今日からまた、おねえちゃんと一緒に暮らせるの!


 ―――この制服? うん、おねえちゃんに早く見せたくって。えへへっ、向こうで着替えてから来ちゃったんだ。


「う゛ぉ、うえええええっ!!!」


 気付けば、胃の中のものを吐き出していた。


 疑うまでもない。その目で見たものこそが真実だ。


 向日葵は、死んだのだ。


 思う。


 もし、すぐに発進していたら、向日葵は死ななくてすんだんじゃないのか。


 思う。


 もし、我が身可愛さに立ち止まらなければ、向日葵は死ななくてすんだんじゃないのか。


 思う。


 もし携帯電話を探したりしていなければ。もし地下に落ちていなければ。もし好奇心で暴れるドール・マキナの姿を見ようと振り返っていなければ。


 もし。もし。もし。もし。もし。いくつものIF(もしも)が頭の中を駆けめぐり、その全てが同じ結論に帰結する。



 ―――向日葵が死んだのは、自分のせいだ。



 責任を、取ろう。


 勝手に動かしたら死刑になる、という可能性が頭から飛んだわけではない。ただ、そんなことはもはやどうでもいいことだった。


 友達を、殺されたのだ。


 なら、命を懸けてでも仇を討つのは、当たり前のことなのだ。


 顔を上げて、呼吸を整える。


 目元を擦り、涙を拭う。


 てのひらに付いたゲロを服で拭うと、無意識に自嘲するような笑みが浮かぶ。


「……お父さん、お母さん。死刑になったらゴメン」


 HOTAS型操縦桿。触るな危険と自ら戒めた左右二本のそれに、聖技は手を伸ばす。


 掴む寸前、戦術情報表示器(TID)に表示されていた文字が消え、新たな文字に変わる。


 ―――Let’s Fight.

 ―――Let’s Fight.

 ―――Let’s Fight.

 ―――I am 


 そこまで表示されたあと、文末でカーソルが明滅している。


 そして、聖技が操縦桿を握りしめた瞬間に、その一文は表示された。



 ―――I am RuinCancer.



   ●


 周辺を警戒していたパッチワーカー乗りの男は、仲間の1人が地面に向かってライフルを発砲したのに気付いた。きっと逃げ遅れたやつでも見つけたのだろう。昔のことを思い出す。ガキの頃から蟻を踏み潰すのが好きな奴だった、と。


 高価な実弾で無駄ダマを撃つな、と言いたくなったが、タマ代はアイツ持ちだし、ジャミングのせいで通信も繋がらない。おかげで火事場泥棒中の仲間とも連絡が取れない。耳障りなサイレンは手分けして潰したが、外部音声で難癖を付けるのも面倒くさい。


 突然、モニターから甲高い音が鳴った。至近距離から急激な熱源反応を探知。男は機体ごと振り向かせて反応が出た方を確認する。が、メインモニターに映っているのは、一軒の廃墟だけだ。


 壁や天井が崩れている。家具の一つも残っていない。()()()()()の空間が、約8メートルの高さにあるメインカメラ越しに見えていた。かろうじて残っている門には、男には読めない日本語で、『野亜研究所』の表札がある。


 どこからどう見ても、熱源探知機が反応するような物があるはずがない。


 オンボロめ。機器の不具合だと考えた男は、すぐに目を離した。背を向けて、先ほどと同じように、周辺の警戒にあたった。


 そう。目を、離してしまった。


 瞬間、廃墟の地下から細い光が幾度となく走った。赤と黒で構成されたその光は、上下左右に振られながら、廃墟の基礎部に切れ目を入れていく。そして、男がその異常に気付くより先に―――



「ル、イ、ン、キャンッサァアアアアーーー!!!」



 地面を砕き廃墟を砕き、聖技が操る漆黒のドール・マキナ―――ルインキャンサーが、地下から姿を現した。


 空高く飛び上がる。眼下には3機のパッチワーカー。敵味方識別装置(IFF)は当然ながら未登録で、メインモニターに表示されたマーキングは全てオレンジ(識別不明)だ。だが、


「全員、敵だっ!!」


 聖技がそう叫ぶと、なんの操作も無しにマーキングが勝手にレッド(敵判定)に変わった。


 跳躍の勢いが失われる。自由落下が始まる。モニターの一つが耳障りなアラートを鳴らす。浮力発生器(フライハイト)を使って落下速度を軽減しろと警告してくる。だが聖技はアラートも警告表示もすべて無視し、


「おおおおおりゃああああ!」


 そのまま一番近くにいた機体に、飛び蹴りを放った。全長30メートルの機体が、8メートルしかない機体に向かって。


 蹴り飛ばされた敵は各部を脱落させながら転がっていく。建物や電信柱を巻き込みながらも勢いは止まることなく、最後には大きく空に跳ね上がり、折りよくそのタイミングで爆発した。


「まず一つっ! 次ィ!」


 聖技は二機目、次に近い敵機のいる方へと自機を振り向かせると、


「ルイン・ビームッ!」


 目から放ったビームが空を横薙ぎし、接近飛来する()ドール()マキナ()誘導()ミサイルを撃ち落とす。空に黒煙が広がり、その下に隠れながらADMGミサイルを発射したパッチワーカーが接近してくる。


 煙の隙間から、ライフルの銃口をこちらに向けたのが見えた。聖技はほとんど反射的に回避しようとして、


「うっ!?」


 避けることは、出来る。けれども、避けるわけにはいかなかった。


 足元。


 別に、誰か人がいたわけではない。ルインキャンサーの足は道路に着地していたが、片方だけで道路の横幅を余裕で越えていて、建物の一部を踏み砕いている。


(やっぱりコイツ、街中(ここ)で戦うにはデカ過ぎる……!)


 回避を中断して防御姿勢に。ルインキャンサーは無手だ。防御のための盾すらなく、けれどもこの体躯であれば9Y程度の実弾なら装甲の分厚さで防げるだろう。ビームの場合は対ビームコーティング(ABC)が弾いてくれるはずだ。


 引き金が引かれる。ライフルから放たれたのは、赤と黒の入り混じった禍々しい光の軌跡―――ビームだ。


 ビームの閃光は、聖技の狙い通りに腕に命中した。予定と違ったのはその瞬間だった。着弾部分を中心に、装甲表面に黄色い波紋を発生させながら、着弾したビームを弾いたのだ。弾かれたビームは白く変色し、粒子状になって空中に消えていった。


「ん!? 今の何!?」


 それは、聖技の知らない現象だった。


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