バッドガール・ミーツ・バッドボーイ 7
葵の活動は、地味なものから始まった。
監視である。
ゲシュペンスト・ローヴェを、そしてガーラン達の計画を教えられた後、まるでついでのように、場所、人数、そして人相を伝えた。
「こいつら、近いうちにやらかすぜ」
と。
無論、盲目的に信じたわけではない。例えば花山院学園の留学生たちのように、例えばラックのように、外国人だからといってその全員が犯罪者なわけが無いのだ。
だから監視した。
すぐに尻尾を出した。ドール・マキナを使った強盗だった。
出撃してさくっと全員殺した。
似たようなことが、さほど日を置かずもう一度あった。
(しっかし強ェな~こいつ……)
2度の戦闘を経て、葵はゲシュペンスト・ローヴェの性能を概ね把握した。マガツアマツのような高性能な爆走車を無理矢理に従えるような感じでは無く、必要な性能が過不足なく、高水準でまとまっている。ハイエンド・マキャヴェリーの1機や2機程度であれば、余裕を持って倒せるだろう。3機以上になると葵の技量では心許ない。
全長が8メートル程度というのも都合がいい。一車線道路で戦えるのは全長12メートルが限界だと考えられており、加えて不自由無く動く最適な全長は8メートルだとも言われている。そのサイズにぴったり収まっているのだ。
通常であれば、そのサイズ帯の懸念点は武装面だ。一般的に、ドール・マキナの攻撃性能は、その大きさに比例する。だがゲシュペンスト・ローヴェに搭載された武装類は、マガツアマツのものと比べても遜色ない攻撃性能を有していた。
何よりも特筆すべきは、その特殊能力だ。
黒い森の深い闇。
ゲシュペンスト・ローヴェの全身を隠す黒いもやは、レーダー類に映らなくなる強力なステルス性能を与え、さらには周辺一帯に電波障害を起こす特性をも有していた。
聖技が聞けば「なんかそれ地味ですねー」とか言いそうだと思いながら、葵はこの能力を非常に高く評価していた。
ステルス能力で耳を奪う。
ジャミング効果で声を奪う。
さらには夜中であれば夜間迷彩としての役割をも兼ねる。
強襲、そして離脱をするのに、これほど適した能力は無い。
ジャミングの効果範囲から逆算して潜伏位置を特定されてしまうという弱点はあるが、その解決手段はガーランが持っている。消えた場所一帯をどれだけ捜索されたとしても、葵たちが見つかることは絶対にない。
ちなみに葵はこの能力のことを、よく知らないドイツ語だったのと長いのが面倒くさくて『黒い霧』と呼んでいる。それを聞いたライナスから何故か「ステータス変化が元に戻りそうですねぇ」と訳の分からないことを言われたりもした。
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「なー、ハサミかなんか持ってねぇか?」
「コンバットナイフならありますよ」
薄闇の中でそう聞くと、ライナスが投げたナイフが真っすぐ飛んできて葵の足元に突き刺さった。引き抜くとズシリと重い。呆れた顔をして2人を見る。
「アンタらさー、これで襲われるとか思わねーの?」
2人は顔を見合わせた。
「ンなことミリも考えてねぇだろ」
「アオイの戦闘能力はそこら辺のオタクボーイ未満ですからねぇ。本人がどれだけ武装しようとも、全く怖いとは感じません」
「テメェが一番強くなる時はアレだな。指揮権を持って好き勝手部下に指示できる状況になった時だな。それ以外は正直クソザコ」
「チッ、クソが……」
長い髪を首の後ろでまとめ、切った。バッサリと短くなった。
一回で全部が切れるとは思ってなくて、その余りの切れ味の良さに内心ちょっと怖くなった。手元が狂ったら怪我をすること間違いなし。そう思った葵は「返す」という短い言葉と共にライナスの方へと適当に放り投げた。回転しながら飛んでいき、当のライナスは危なげなく空中でキャッチした。なんでそんな取り方すんだよ失敗したら指が切り落とされんだろ、とさらに怖くなった。
「良かったのですか? 折角伸ばしていたのに」
「色々と雑なんだよあの変装装置。こうした方がバレにくくなんだろ」
ガーランが開発した超小型プロジェクションマッピング変装装置には欠点がある。変更できるのは顔の形と髪の色まで、ということだ。髪の長さは変えられないし、体格や声を変化させることも当然出来ない。
だからライナスが変装すると、ものすごい女顔の男というちょっと違和感を覚えるものの、まぁいるところにはいるよねー、という風貌になる。一方でガーランが使ってもあまり意味が無い。体格が異常に良過ぎるせいで、顔を変えても何処の誰なのか見る人が見れば分かってしまう。結果、買い出しは葵とライナスの役目だった。
そんなことよりも、だ。
「なぁ、筋肉ダルマ。一体どういう仕組みでこれから犯罪やらかす連中を見つけてんだ? ローズ・スティンガーみてぇに心でも読めんのかよ?」
ノートパソコンを操作していたガーランに、その事を聞いた。そのノートパソコンには携帯電話が有線接続されており、その携帯電話にはデカくてゴツい機器が取り付けられている。葵も見たことがある。軍用の暗号化装置だ。携帯電話を介してインターネット接続をしているのだろう。あんなデカい指でよくもまぁタイピング出来るなとも思う。
「アァン? ひょっとして、シュンのヤツからはオレサマの眼のことは聞いてねぇのか」
シュンって誰だよ、と一瞬思って直後に思い出した。石川のことだ。あの男、下の名前は春光だ。
ガーランが偏光サングラスを外す。その碧眼を初めて見る。
暗いせいで、その異常にすぐに気付けた。
「なんか目ェ光ってね?」
「『妖精の眼』。ドイツ皇族の血筋に、極まれに現れる特異体質さ」
ガーランが再びサングラスを装着するのを見て、葵は同時に理解した。あのサングラスは外からの光を減らすためのものでは無い。目が発光していることを隠すためのものなのだ。
「簡単に言うと、人には見えねぇモンが見える」
「なんだそれ。ユーレイとか?」
「あ~霊体だとか残留思念だとか、そういうもんが見えたことはねぇなぁ……」
それはちょっと残念だな、と葵は思う。幽霊が見えるのなら向日葵とか、あと葵が殺したばかりの新鮮な犯罪者の絶望した様子とかを教えてもらえたのに、と。
「赤外線とか紫外線とか、電磁波だな。いわゆる不可視光線ってやつだ」
「あ~ゴッホだっけ? どっかの画家の誰かがそうなんだっけ?」
「色弱とは全く別の話だな。それと、オレサマの目が捉えるのはそれだけじゃねぇ。人の感情、敵意、注意、殺意なんてもんも分かる」
「おいおい、マジでローズ・スティンガーじゃねえか」
「読心能力とは全然違ぇな。何考えてんのかまでは分からん」
「目がいいんじゃなくて鼻がいいんじゃねえの? フェロモンでも嗅ぎ分けてるとか」
「いや、それもねぇな。何せドール・マキナに乗ってても分かる」
「戦闘時であれば読心能力に似たようなことは出来ますよ。フェイントは全く効きませんし、複数の攻撃手段を掛け合わせても、どの攻撃が本命か、どの攻撃を受けるのが危険か、そういったものまで全て分かるらしいです」
「で、これから犯罪をしようって連中を見分けられるって訳か。なるほどな。ようやく納得いったぜ」
「ンだよ、信じるのか? こんな馬鹿馬鹿しい話」
「馬鹿馬鹿しいとは思えねぇな。マンティだって訳の分かんねぇ能力を発現してんじゃねえか。だったら人間にも同じことが起きないなんて何で言えんだよ」
葵がそう思うのは、ガーランたちがラプソディ・ガーディアンズに所属していた頃の、身体検査データを見たことがあるからだ。
人体は、ごくわずかながらミスリルを含んでいる。この体内のミスリルが、人間がドール・マキナを動かす際に必要なのではないかと考えられている。
そしてガーラン・リントヴルムとライナス・ロンゴミニアド。この2人は、血中ミスリル濃度が異常なほどに多い。それも常人の致死量、その数百倍だ。マンティ同様に不思議な能力が発現していても何の不思議もないし、そもそも死んでいないこと自体が不思議の一つである。
「ついでに言やチェスとか将棋とかにも効果があるな。盤面を見るだけで最適手が分かるし、ジェンガだったらどこなら安全に抜けるか、黒ひげ危機一髪ならどこに差せば飛び出すか、そんなもんまで分かっちまう」
「すんげぇくっだらねぇことまで分かんだな……」
「そして何よりも最悪なのはな……」
そう言ったガーランは、実に不機嫌そうに表情を歪め、腕を組んだ。言葉を続けた。
「ミステリー小説を読むと、犯人の名前が常に光る」
「本当に最悪だなその能力!? つーかどんな仕組みだよ!?」
「んなことよかよー、変装のために髪を切ったってんなら、耳のも外しといたらどうだ」
「あん? あぁ、そういやぁ付けっぱなしだったな……」
葵が左耳に触れると、硬い感触が返ってくる。聖技とお揃いで突けているピアスだ。
そうだな、と葵は思う。
例え顔が違っていても、同じピアスを付けていたら怪しまれる危険はある。まさか葵当人とは思わずとも、葵が身に着けていたピアスを装着しているということは、葵の行方と関わりのある何者かとの繋がりがある、と考えられてもおかしくないからだ。
―――そして、葵は自らの手で、何の躊躇も無く聖技との繋がりを外した。
ガーラン「コナンとか金田一とかオレサマからすりゃ全部ギャグだぞ。マンガでもアニメでも犯人がピッカピッカ光りやがるんだからよ。推理もクソもありゃしねぇ」
○妖精の眼
歴代の『妖精の眼』保持者は、不可視光線が見える、日常生活にやや不便をきたす程度の特異体質だった。
ガーランの場合はかなり強力に発現しており、結論から言えば『因果』までをも視覚化している。何をすればどのような結果になるかが分かる。ただし『分かる』部分は経験則に寄る。不完全ながらも実質的には未来予知と言える。
ガーランが天才だったため問題化していないが、仮に発現したのがただの凡人だった場合、脳が視覚からの多重情報を処理しきれなくなり高確率で錯乱、精神障害に至る。
スパロボ的に言うならばガーランは『妖精の眼』『天才』『精神耐性』持ち。『妖精の眼』を持っていたから『天才』を獲得したのではなく、『天才』だったから『妖精の眼』の負荷に耐えれており、その負荷で鍛えられたため『精神耐性』も発現している。
耐性が付いていなかった昔(石川の仲間だった高校生時代)は情報量から来る頭痛に時おり悩まされていたが、現在は適応し、頭痛症状も収まっている。
身の安全の確保としては非常に有用ながら、頭を使う類の趣味、その多くにおいて『一番面白い部分』を勝手に奪ってしまう難点がある。
例えば、
・ドラマや小説、漫画などでは誰と誰がくっつくか、誰が死ぬか、どちらが勝つかなどのネタバレ全開
・トランプを始めとする運勢で戦うゲームでも、プレイヤーが介入できるほぼ全ての場面において、どう選択すればどのような結果が出るかが分かる
・競馬では3連単だろうと100発100中。スロットではどの台が勝ち台かが分かる
といったもの。
結果、ガーランの趣味が体を鍛えることになってしまったのは必然と言えよう。
つまりガーランがゴリマッチョになった最大の原因。身長も体を鍛え始めてからゴリゴリに伸びた。元々は線の細い美少年だった。
作中では観測者の葵が近くに寄らなかったため『碧眼』と描写されているが、実際は青を主としてうっすらと虹色に輝いている。
余談だが、ガーランは逃亡生活の身であるため筋肉を維持するための十分なトレーニングや食生活が行えておらず、石川が知る3年前と比べると、その筋肉量はかなり低下している。




