蓋天の箱庭 11
「はー終わった終わった。んじゃアオイ、健康診断やるわよー」
「なんだったんだこの時間……」
プラムと葵が部屋を出ていくと、入れ違いでリセが入ってきた。残った2人に給仕し、麒麟の隣に座ると、ルキがぴょんとその膝に飛び乗った。麒麟は紅茶に口を付け、聖技はお菓子を口へと流し始める。
「それで、最近の星川の様子は?」
「前と変わらないですねー。やっぱり時々、なんか考えてる様子です。やっぱり木馬のことを気にしてるんですかねー?」
「様子がおかしくなったのは木馬の件よりも前からなのだろう?」
「悩みが変わったのかもですし。しばらく出撃禁止ですしね」
「まぁ、その場合はどうしようもないな。いずれにせよクロユリは総点検が必要だ。近距離で爆発を受けたダメージに、放射線被曝もある。コックピットも防宇宙線仕様なのだが、今回の検診も放射線の影響が出てないか念のための意味合いも大きいのだろう?」
「そう聞いてます」
「単に防衛高校の補習について考えているだけかもしれんな。DMMAに参加していた者も多い。貴様らも知ってる顔もいるかもしれんしな」
「あー、ボク、アオイ先輩以外の選手って全然覚えてないんですよねー……」
「眼中になかったと」
「いや、まぁ、言い方は悪いですけど、その通りです。みんな弱かったんで」
「何、分からんでもない。礼節を重んじる武道でこのようなことを言うのはあまり良くないとは思うのだが、私も他流試合で労せず倒した相手のことなど覚えてないしな」
「キリン会長でもそうなんですね」
「あまりに実力差があると得られるものもないしなぁ。そのことすら分からん者には付け回されるオマケ付きだし……」
聖技はふと、麒麟に関する噂話の一つを思い出した。なんでも副会長は麒麟のストーカーだったらしく、花山院学園に転校してきた麒麟を追って大枚はたいて転校してきたという噂だ。
「なぁ、下野。相手をしないとしつこいし、わざと負ければ碌なことにならんのは火を見るより明らかだし、かと言って弱過ぎるのと戦ってもこちらに得るものはないし、何か良い考えはなかったりしないか?」
「えぇ……? そんなことボクに聞かれても」
「にゃ。うるさいネズミは噛み殺せばいいにゃ」
ルキからの全く有難くないアドバイスだった。
「……物理的には余裕で出来るが、流石に却下だ」
「物理的には余裕で出来るんだ……」
「まぁいい。今は星川の話だ。何か気分転換にでも誘ってはどうだ?」
「そうですね、前からちょっと気になってたこともあるんで、そうしてみます」
●
「というわけで、アオイ先輩の服を買いに行きましょう」
「は?」
翌日、聖技はさっそく葵を連れ出すことにした。今いる場所は薔薇の二重円の会の一室だ。もうすっかり溜まり場になっていて、最近の聖技たちは放課後になるとよく来るようになっていた。
「だってアオイ先輩、服持ってないじゃないですか。制服とジャージと、あと革ジャン以外に何か持ってます?」
「あぁ? 冬用に厚手のスウェットも持ってるわ」
「服って言いませんよそんなの」
「いや服だろ。100パー服だろ。職人に謝れ職人にぃ」
「というわけでー、アオイ先輩の服を買いに行きたいんだけどー」
「オイこらオレの話なのにオレを無視して進めんなー?」
「ボクの趣味ってユニセ系なんだよねー。たぶんこれアオイ先輩には似合いそうにないしー。2人はファッション詳しかったりしなーい?」
聖技は葵を無視してガブリエラと永に意見を求めた。
「聖技さんの力になりたいのはやまやまですが、わたくしもその辺りの事情はアオイ様と似たより寄ったりですわね」
「ガブちゃんもそうなの? なんか意外」
聖技の脳裏にはジャージでソファーに寝そべるガブリエラの姿が浮かんだ。上着のファスナーは巨大過ぎる胸ですっかり破壊されており、ボリボリとせんべいをかじっていた。
「基本的に学生服かキャソックですわね。私服の類は持っておりません」
「キャソック? って何?」
「神父服じゃなかったっけかそれ?」
「日本だとそのような認識なのでしょうか。神父の正装以外にも、わたくしたちシュッツエンゲルのものも同様にキャソックと言いますわね」
「ファスナー壊れたりしない?」
「定期的に交換しておりますので、そのようなことはありませんでしたわね」
聖技のイメージ上のジャージガブリエラの姿が修正された。
「そっかー。それじゃ永ちゃんの方は?」
「申し訳ございません。私もガブリエラ様ほどではありませんが、家が用意したものを着回すだけでして。自身で選んだり探したり、といったことは経験がありませんね」
「どいつもこいつもボンボンがよぉ……」
「いきなり岩塩に乗り出したね~」
「岩塩に乗るな。暗礁な。暗礁に乗り上げる。つーか聖技テメェもうすぐ期末だろ。今度こそ赤点回避する自身はあるんだろうなアーン?」
「というわけで、ここは私の伝手を頼ろうかと思います」
「いや今の終わる流れだっただろ。何続けてんだよ」
「葵様、勉強を教える側にも、気分転換は必要なのですよ……!」
「お、おぅ……」
聖技のアホで負担を強いている自覚がある葵は、そう言われると強くは言えなかった。永の糸目が薄っすらと光り開眼している気すらしてくる。葵は植物研究室に顔を出している間は聖技の面倒が見れないし、ガブリエラはシュッツエンゲルとしての活動がある。くわえてガブリエラの普段の態度から察するに、聖技に対して甘々なのは考えるまでも無いことで、つまりその分まで含めて永にしわ寄せがいっていることは想像に難くない。
永は固定電話を手に取り何処かへと連絡を取り始める。数度のやり取りの後、
「本日はまだ校内に残られておられるようですね。それでは、ご案内いたします」
●
永の先導で建物を出る。向かった先は特別教室棟だった。建物に入ってからは誰とも遭遇することなく進む。しばらくして、永が立ち止まった。扉の上に設置されたルームプレートは、
「服飾室? 始めて来た」
「特別教室棟はあまり使われませんからね」
「実験とかもあんまねぇからなこの学校。過保護過ぎだぜ。そのクセ体育じゃ乗馬なんてやらせんだから意味分からん」
「ボクお馬さんなんて乗るの初めてでしたよ」
「聖技さんは凄いんですのよ。あの荒くれもののシュヴァルツカイゼルが認めたほどですの」
「シュヴァルツカイゼルってアレか? 一匹だけやたらデカくて凶暴で、厩舎も別のところに建てられてる、あの?」
「そうです、そのシュヴァルツカイゼルです」
「どっかの馬鹿がドイツから連れてきたって言う、あの?」
「そうです、そのどっかの馬鹿が連れてきた暴れ馬です」
ちなみに、どっかの馬鹿というのはローマ教皇を暗殺した男と同一人物である。
「天皇祭、あぁ、当園の文化祭のことです。そこではどの馬が1位を取るかを予想するという占いがありまして」
「永ちゃん、それって競馬って言わない?」
「シュヴァルツカイゼルが来た年は、圧勝でした。その後しばらく乗り手がいなかったのですが、今年の競馬は大荒れでしょうね」
「競馬って言っちゃったよ!」
「いや出禁だろあんなん」
「ところでアオイ先輩ってお馬さん乗れるんです?」
「一番ちっちぇえポニーにしがみついてなんとか」
「それ乗ってるって言えます?」
「ええーい! ドアの前でくっちゃべってないでさっさとノックせんかーい!!」
音を立てて扉が開く。
ギャルがいた。
葵はノータイムで扉を閉めた。




