蓋天の箱庭 10
「あれ、珍しー、キリン会長がいるー」
「む? 星川と下野か」
木馬事件の翌週、聖技たちが地下基地アガルタの待機室に行くと、麒麟とプラムが先にいた。珍しいのは麒麟だけではない。ソファーに黒猫がくつろいでいる。黒猫マンティのルキだ。聖技は早速ちょっかいをかけに行った。
「それなりに降りてきてはいるのだがな」
「なかなか遭遇しねーよな」
「それで、貴様らは何を? 今は訓練も調査もやっていないのであろう?」
「アオイ先輩の健康診断ですー。僕はその付き添いー」
「なんでオメーが答えてんだよ」
「キリン会長たちは何してんですかー?」
ルキの顎を撫でながら聖技が問うと、麒麟は手に持っていたノートパソコンの画面を聖技たちにも見えるように置き直した。
「プラムがリンドウに新装備を作ってくれたのだが、名前で悩んでいてな」
どれどれ、と2人して画面を見る。
「ほーん、長槍か」
「DMMAだと弱いやつですよねー」
「判定が穂先にしかねぇからなぁ。突撃槍だと全体に当たり判定あるのによ。えーと、何々?」
穂先の材質はレオン合金製。ルインキャンサーの胸部にある五角星と同じ材質だ。レオン合金はプラズマによって相転移し、極めて頑強になるのが特徴の金属だ。
その穂先にはビームガンが内蔵。穂先の根元からはビームシールドを展開可能。さらに、
「穂先は有線式のナーゲルとしても使用可能、っと。……これ、推進装置どうなってんだ?」
「PBRSよ。プラズマ・ビーム・リフレクション・スラスタ。ウンヨウ・スラスタのベースにもなっている技術ね。ビームシールド発生器からビームを穂先に飛ばして、反発作用を利用しているの」
「有線ケーブルって大丈夫なの? 切り飛ばされたりしない?」
「しょうがないでしょ、電力を馬鹿食いするんだから。ワイヤーにもプラズマ・スキンを展開させるから簡単には切断されないわ」
「へー。にしてもプラムちゃん、よく作れたねこんなの」
「これくらい簡単よ。4、5年くらい前に愚兄用に作ったのを、マガツアマツに合わせて再設計しただけだし」
「ほら、ラプソディ・ガーディアンズにも2機参加していただろう、赤と青のガネシタラが」
ガネシタラというのは、インド産のハイエンド・マキャヴェリーだ。世界で初めて製造されたハイエンド・マキャヴェリーということもあり、他国でもその認知度は高い。
「あぁ、あのカスタム機か。そういや赤い方が槍持ってたな」
「プラムちゃんのお義兄さんたちが参加してたんだっけ」
「ああ。それにしても、木馬事件の時にこれが間に合っていればな」
「しょーがないでしょ、レオン合金は製造にも加工にも凄い時間かかるんだから」
「え、待って。4、5年前ってことは、8歳かそこらで作ったってコト!?」
「セイギ、うるさい。大したことないでしょこんなの」
本当に何でもないことのように言うプラムを見て、聖技はふと違和感を覚えた。聖技のプラムに対する印象は、
「いつでも褒めて欲しくて尻尾ブンブン振ってるゴールデンレトリバーみたいなのに……プラムちゃん、何か拾い食いした?」
「セ・イ・ギ~~~! あんたプラムのことそんな風に思ってたのねーっ!」
プラムが聖技に飛び掛かり、聖技は正面から受けて立った。ルキは無言で逃げ出した。
「ごめんってーほーらコチョコチョコチョコチョ~」
「あははははは!ちょ、セイ、脇腹は止めてって、ヒィ~~~!」
大勢はあっさり決まった。プラムはソファーからずり落ちかけて、聖技は子供が自分より大きなぬいぐるみを抱きかかえているような体勢になって、プラムの頭に顎を乗せていた。
「で、名前が何だって?」
「あ、そーいえばそんな話でしたねー」
「うむ、プラムが付けた仮名が『トンボキリ』と言う名でな」
「ゆ、ゆうめいな槍じゃない……何が不満なのよ……」
息も絶え絶えになったプラムに対して、麒麟は拳を握りしめながら、こう言った。
「私は、ジゲンを修めていたのだ……!」
3人は、麒麟が何を言いたいのか全く分からなかった。
●
麒麟の下手くそな説明を長々と聞き、
「え~っと、つまり、2つのジゲンとやらにはトンボの構えってやつがあって」
「待て下野。構えの部分は要らん」
「あー、あれだ。トンボって言葉に構えるって意味が含まれてんじゃねぇの。サハラ砂漠とかミシシッピ川とかと同じで、トンボの構えだと構えの構えって意味になるとか」
葵の言葉に麒麟は数秒静止し、
「……なるほどそうか!」
「いやテメーが知らねーのかよ!?」
「で、要するに、蜻蛉切の名前の由来はトンボが刃に止まっただけで切れたことだから縁起が悪い、と」
「うむ、そういうことだな」
「言葉にすりゃそんだけなのに、なんだったんださっきの冗長な説明は……」
「戦う連中ってそういうゲン担ぎ、変に重視するわよね。非科学的じゃないそんなの」
「プラムちゃんヒンディー教なのにそんなこと言っていいの?」
「ヒンディー教じゃなくってヒンドゥー教よ。ヒンディーは言葉の方。ヒンドゥー教は神の実在なんかじゃなくって、当時の科学知識を科学を理解できない無知蒙昧な馬鹿に理解させるための装置が神の役割なんだから、つまり神の正体は科学よ」
「馬鹿相手にそれ言ったら殺されそうだよなお前」
「ほんとそう。だから地元じゃ言えないわ。ていうかヒンドゥー教は無神論すら内包してるし。あの馬鹿共その辺どう折り合い付けてるのかしら」
「馬鹿が信じる神が唯一の神なんだろ。あー、いつも使ってるあのカタナ、なんて名前だったっけ?」
「マガツアマツ専用試作型プラズマ・カタナ捌号、だな」
「……なんつーか、無機質な名前だな」
「一般的な武器は構造も似通っているし、とにかく種類を増やすのが優先だったらしい。いちいち名前まで考える暇がなかったそうだ」
「S.S.S.とかトンファーガンとかはそれっぽい名前付いてますよね?」
「ありゃあ独自のやつだからじゃねえか?」
「あ、それもそっか」
「あー、じゃあアンタがいつも腰に下げてる刀は?」
「これは『獅子帝』だ。獅子王という刀を模した、いわゆるレプリカというやつだな。ちなみに大量生産品だ。欲しいなら何本かやれるが?」
「いらんいらん」
「あっ、ボクちょっと欲しいです」
「怪しいやつから怪しいモン貰うんじゃねぇ」
「……私、生徒会長だが?」
「あー、じゃあその? トンボキリカッコカリの元になった武器、オリジナルの方はなんて名前なんだ?まさかそれまでトンボキリとかじゃねえよな?」
「そりゃあそうよ。トリシューラ、シヴァ神が持ってる槍の名前ね。ちなみにナーゲルの名前はトリハマダル」
「鳥肌丸?」
「ト・リ・ハ・マ・ダ・ル!」
「じゃあヒンディー語でトンボってなんて言うんだ?」
「ていうかインドにトンボっているの?」
「いるに決まってるでしょ。バンバーリーよ」
「じゃあもうそれでよくね? 蜻蛉切と違ってトンボが切られてる訳でもねぇんだしさ」
「ふむ、バンバーリー、バンバーリーか……」
3人は麒麟の沙汰を待った。壁際に避難していたルキが欠伸をし終えるくらいの時間が経って
「いい名前じゃないか!」
どうやら、納得したみたいだった。
トリハマダルの『トリ』が3つって意味は覚えてるんですけどハマダルの部分が何を意味しているのかは忘れました(設定考えたのが何年も昔だったので)
ハマダルがどういう意味なのか情報求む