蓋天の箱庭 1
『2度とすんなよ……』
「はい……」
聖技は、ガスマスクを付けた女に怒られていた。花山院学園の地下に存在する秘密基地アガルタ、そこで整備士兼オペレーターをしているボマーズたち、その一人だ。ボイスチェンジャーでも使っているのだろう、その声は変に加工されている。
何を怒られているのかといえば、先日のパラディン戦で聖技がとっさの機転で繰り出した新技、『ドリル・インフェルノ』についてだった。ブレイザー・システムの基部に強烈な負荷がかかった可能性が高い、ということだ。
『末端部ならともかく、胴体は全然手が出せてないブラックボックスだからねー。下手すりゃ機密保持のためにオートで自爆するかもだし』
「それってどんくらいの規模なんスか?」
聖技の説教が終わるまで隣で待っていた葵がボマーズに確認する。
『あー、核爆弾は知ってるよね?』
「まぁ流石に。『7発の無駄弾』は記憶に新しいし。なぁ」
「ソ、ソーデスネ……」
核兵器が作られたのは第二次世界大戦時であるが、実際に使用されたのは、それから実に半世紀以上もの時を経てのこととなる。
3年前に起きた『神の怒り』事件。世界最強最悪の怪物が中国を襲撃する中、当の中国政府は―――自国に向けて、核ミサイルを投下した。その数、実に7発。
その核の炎は怪物、ローズ・スティンガーに傷一つ負わせることは出来ず、ただ単に自国の領土と、多数の国民と、少数の外国人を焼いただけに終わった悲劇。それが、『7発の無駄弾』と呼ばれる事件だ。
『部分的に残っていた資料とかー、ルインキャンサーのビーム兵器の出力とかー、もろもろからルインドライブの正体が核だと仮定して逆算するとっと』
ボマーズが目の前のキーボードを操作する。壁一面のモニターのうち、一番手前のものが反応して、そこに複雑な数式が無数に展開されて、
『え~と、最低でも半径5キロくらいは消し飛ぶかな?』
「ンなヤバいもんを15の小娘に持たせないでー!?」
「つーか交戦させんなよンな機体をよぉ……」
『まーまーまー。核っていうのは仮定だしねー。実際には大したことないかもだし。だけどまぁこれで自覚でたっしょ? ルインキャンサーはヤバい機体だって。パラディンもさ、結果的に倒せたからよかったもののさ、あの場面は逃げるのが正解だったよ』
「いやだってあの時他に戦えるのいなかったし……」
「あん時タイチョーが対応するってどっか行っちまったんスけど、どうするつもりだったんスか?」
『あー、えっとね、まぁ言っちゃってもいっかなー。シェルターへの物資運搬用の地下レールがあるのは知ってるよね』
葵は全てを聞く前に理解した。
「緊急時にはそれで近くまで運ぶ予定だった、と。クッソ、何がマガツアマツ用のは開発中だあのオッサン……! ちゃんと手段あるんじゃねえか!」
『運べるのはまだ1機だけだし、あの状況だとイッシー以外は戦わせらんないよ?』
「ん? いや待てよ。あのオッサン格闘戦からきしだろ? 役に立たねぇんじゃねえの? アレってヤマトの主砲の直撃だって耐えるとか言われてましたよね?」
『そーいや聖技ちゃんさー、ヤマト型が隠されてるんじゃないかって長崎の平和公園の地下に侵入しようとして滅茶苦茶怒られたらしいじゃん』
葵は露骨に話を逸らされたと思ったが、スルーしたくても出来ない興味深い内容だった。
「……何やってんの、お前?」
ちなみに長崎平和公園は、第二次世界大戦終結寸前に起きた朝鮮人大虐殺事件、通称ポツダム動乱の被害者たちの鎮魂のために建てられた公園だ。
聖技はふと、当時のことを思い出した。
『セイギ! ネッケツ! メカマン! これを見てくれ! 平和祈念公園の衛生写真だ!! まるで船のような形をしていると思わないか!? 大きさは約260メートル! これはヤマト型の全長と一致する! もしかしたら所在不明のヤマト型、その一機がここに埋められているんじゃあなかろうか!? そう考えるとあのへんなポーズの像は艦橋にも見えてくるな!』
中学時代の悪友の一人、ハカセが言った言葉だった。そしてハカセはさっきまでのハイテンションが嘘だったように急に声を潜めて、ニンマリと笑いながら、聖技たち3人にこう言ったのだ。
『忍び込んで、確かめよう』
忍び込んだ。
見つかって、死ぬほど怒られた。
結局、平和公園にヤマト型が埋まっているかどうかは不明のままだった。
「いやーまー知的好奇心の暴走といいますか、若さゆえの過ちといいますか。ていうかなんで知ってるんです?」
『ンッフッフー。ウチの情報部を甘く見ちゃあいけないよ。飲み物を買っちゃいけないって旅のしおりにも書かれてたのにペットボトルのお茶を堂々と買って怒られたのも知ってるよ~』
「本当に何で知ってるんですか!? 怖っ!!」
『ちなみにヤマト型の主砲は46センチ口径。で、パラディンの全長は28メートル。君たちくらいの体格に換算すると、だいたい3センチの弾ってことになるね』
「あ、思ったより小さいんですね。確かにそれなら耐えれそう」
「いや死ぬだろ」
「え?」
「え?」
「3センチって、ピンポン玉くらいの大きさですよね?」
「だから死ぬだろそのサイズだと」
「え?」
「え?」
「あー、ちょいまち。サンプル出すから」
そう言うと、ボマーズは足元に会った箱をガサゴソと探り始めた。
「ピンポン玉サイズの鉄球が音速で当たったらどう考えても死ぬだろ。つーかニューナンブ撃ったっしょこの間。あれで9ミリだぞ?」
『あったあった。はいちゅうもーく』
「うおっ、エグいディルドみたいなの出てきた。ひょっとして使用済み?」
「ディルド言うなし」
「ねぇこれボクたちが見ても大丈夫な奴です? モザイク必要じゃ?」
「だからディルドじゃねえって」
『あっはっはー、そういう用途に使われることもあるねー。で、プライマー外さずに使ってドバン! って腹部破裂しての死亡事故ってのが年に数件あるってウワサ』
「遺族が泣きますね」
「遺族じゃなくても泣くだろ」
『ちょっと大きいけれど、これが40x93ミリメートル弾。日本警察の中型マキャヴェリーで採用しているアサルトライフル用の弾だねー』
「マ○コ裂けません?」
「マ○コ言うなし」
『おまたどころか身体ごと真っ二つだよこんなの当たったら。ちなみに対物ライフルの場合、あ~ドール・マキナ用じゃなくって人間が使うやつのサイズね。私の知る限りだけど、世界最大の口径はちょうど30ミリ』
「じゃあ、パラディンもヤマトの主砲は耐えられない?」
『ところがどっこい、余裕で耐えられちゃいまーす。試算によると最低でも5発は耐えるよ』
「ダメじゃん」
「おいおいおい、死ぬわタイチョー」
ナ~ム~と2人はこの場にいない石川に向けて合掌した。
この世界では日本に核爆弾が投下されていないので、長崎平和公園の経緯が全く別物になってます。広島の原爆ドームも存在しません。
日本は負けておりません!!!(強火思想)