黄金の螺旋 18
パクパクと、ガブリエラがまるで池の鯉が餌を求めるようなマヌケな動きをしているのを少しの愉悦を感じながら葵は見ていた。その手が指差すのはもちろんルインキャンサーだ。
ホテルの護衛にあたっていたホーシィ・ホーキィが前方へと移動していく。
「ちょ、あれ! あれ!! いいんですの!? 白いのもどこかに行ってますわよ!?」
「ヘーキヘーキ。もっと戦場に寄る気だろ」
「セイギ・シモツケが不安なんですのよ!?」
「あいつ防衛戦の成績悪くなかったからヘーキだって」
ドール・マキナ・マーシャルアーツは幾度となく試合形式が大きく変わっているのだが、現在の形式は5つの種目の評価点の合計を競う競技だ。
目標物をどれだけ早く破壊できるかを競う電撃戦。目標物をどれだけ長く生存させられるかを競う防衛戦。大型目標物に対してどれだけ多くのダメージを与えられるかを競う攻城戦。そして障害物のない環境で対戦相手との試合を行う決闘戦と、多種多様なイベントが発生する市街地を模した戦場で交戦する制圧戦。この5種目が、個人戦とその場で即席チームを組んでの団体戦、それぞれで行われる。
聖技の成績は全ての種目で平均以上で、特に電撃戦、決闘戦の2種目は最上位層に常に位置していた。もちろん防衛戦も決して不得手ではない。葵の記憶では、聖技は基本的な立ち回りは出来ていたはずだ。
「あ」
「え、なんですの、意味深なその『あ』は?」
「いやあいつアホだからさ、防衛戦の立ち回りもう忘れてるかも」
「……」
「……」
「石川先輩! 石川先輩! セイギ・シモツケと連絡を取る手段は何かありませんの!?」
「アーバン・ジャミングがあるから出来るはずありませんよ」
「先ほど空の機体と何やらやり取りしていたではありませんか!?」
「携帯電話のライトを使ったモールス信号ですね。貴女の考えていることはお察ししますが、交戦中にやり取りは流石に不可能ですよ」
「あ゛~~~、やっぱオレらも今から避難しねぇ?」
「後輩のことを信じてやらんでどうする、星川」
「う~ん、まぁパラディンでも出てこねぇ限りは平気か」
次の瞬間だった。被弾し、墜落していったカリタを追い高度を落としたホーシィ・ホーキィが、突然空高くにカチ上げられたのだ。緊急飛翔した動きではない。明らかに攻撃を食らって吹き飛ばされた動きだった。
葵は石川から双眼鏡を奪い、攻撃されたと思しき地上付近を確認する。そして目に入った情報を、そのまま口から吐き出していた。
「ゲェッ! パラディン!?」
●
「ゲェッ! パラディン!?」
その映像を、聖技もメインモニター越しに確認していた。
パラディン。それは、世界で最も頑強なことで知られるドール・マキナだ。
実に28メートルにも及ぶ巨体は、その全身をトレンチコートにも似た服で覆っている。防弾・防刃性に優れた装甲服、ドレスだ。放熱を必要とするミスリル・リアクター搭載機には装着不可能な、マリウス・ジェネレーター搭載機の特権的な特殊装備。
さらにドレスの内側の装甲、パブックアーマーと呼ばれるそれは、通常の装甲と対ビームコーティングを何層も重ねたもので、ビーム弾に対して高い耐性を持つ。ドレスを焼き、ビームが直撃して装甲を破壊したとしても、その下から真新しい対ビームコーティングが施された装甲が出てくるのだ。
ただでさえ堅牢なその巨体は、左手に全身を隠せるほどに巨大なプラズマ・タワーシールドを持っていた。右腕のプラズマ・ハルバートは先ほどホーシィ・ホーキィを吹き飛ばした得物だろう。
ホーシィ・ホーキィが離れたところに墜落した。爆発もしなければピクリとも動かない。撃墜されたのか、単にパイロットが気絶しただけなのかの判別は付かない。
パラディンは追い打ちをかけようとはしなかった。否、したくても出来ないのだ。パラディンの機動力は、あらゆるドール・マキナの中でも最底辺だ。パブックアーマーの重量に加えて、ドレスによる防御力の確保を優先するために、推進装置の類を搭載していない。
だが、逃げることが許されないこの状況では、その欠点は弱点足りえない。
何よりも問題なのは―――ホーシィ・ホーキィが使う通常兵装が、全く通用しないことだ。
●
「マジかよ……!?」
あり得ない、と葵は思った。
パラディンはイタリアの、そしてバチカン市国の防衛の要とも言えるドール・マキナだ。だが3年前の神の鉄槌戦争において、そのほとんどが破壊されたと聞いていた。
常識的に考えて世界最高の防御力を持つパラディンを、全滅寸前まで撃墜し尽くすことは不可能に思える。だが、この世界には、そんな不可能を容易く叶える理不尽が存在する。
世界最強の怪物―――ローズ・スティンガー。
ニュースや新聞による情報ではない。葵は地下基地アガルタのデータベースで戦闘記録を読んだので間違いない。
それゆえに、残存するパラディンの数はごくわずかのはずだ。恐らくは本来の役割通り、拠点の防衛に使われているのだろうと、葵はそう考えていた。
同時、ガブリエラはこの状況で自分にもできることがあるのではないか、と考えた。
「……! 石川先輩!」
「駄目でーす」
「まだ内容を言っておりませんわよ!?」
「言わなくても分かりますよぉ。スター2、スター4」
「うむ」
「あん?」
「あの!」
石川は双眼鏡を葵に渡し、意識的にガブリエラの言葉を無視する。
「シュッツエンゲル・ガブリエラの避難を頼む」
「ちょ」
「馬鹿なことを言い出しても全部無視していい」
「話を」
「僕はパラディンの対応に回る」
それだけを一方的に告げると、「じゃああとはよろしくね~」と石川はバルコニーから室内に戻り、どこかへと走り去ってしまった。
「……パラディンの対応に回るって、どーする気だあのオッサン」
ホーシィ・ホーキィでパラディンを倒すのは、現実的に考えて不可能だ。まずほとんどの武器が効果が無い。ビーム・ソードであれば多少は傷を付けることくらいなら可能だろうが、それは1万の体力を持つ相手に対して、一度の攻撃でせいぜい2桁程度のダメージを与えられる程度に留まる。
対して、パラディンは一撃で容易くホーシィ・ホーキィを撃墜し得る。先ほど吹き飛ばされた機体は墜落後ピクリとも動かない。機体側が動かなくなったのか、それともパイロットが気絶しているだけなのかは不明だが、いずれにしても動かないことは確かだ。
一方で、全く手が無いわけでもない、と葵は思う。
(アーマーブレイカーは元々、対パラディン用の兵装……)
とはいえ、だ。アーマーブレイカーがあったとしても、1機のパラディンを倒すためには数十機、下手をすれば百を超える大型マキャヴェリーが波状攻撃をかけてようやく倒せる程度の性能差が存在する。運動音痴の石川が合流しても大して役に立つとは思えないし、
(それに、重い武器はホーシィ・ホーキィと相性悪いし)
防御力も機動力もあるホーシィ・ホーキィは、ペイロードを犠牲にしてその性能を獲得している。アーマーブレイカーは大きく、重い武器だ。仮に持ち上げることに成功したとしても、機動力は大きく低下するだろう。それこそ格下のカリタの運動性をも下回るかもしれない。
「ま、考えるのは後だ。どうにか出来んだろあのオッサンなら」
なにせ、二度も世界を救った男なのだから。特にヨーロッパ全土を巻き込んだ神の鉄槌戦争においては幾度となくパラディンとも交戦しているはずで、葵には想像も出来ない対抗手段を用意していてもおかしくはない。
「とりあえず言われた通り避難するぞ無能平和主義者」
先ほどからガブリエラはこう主張していた。あのパラディンのパイロットとどうにかして対話出来ないか、と。
「話を聞くタマかよテロリストがよ」
「いえ、パラディンに乗れるのは能力的にも人格的にも教皇庁が認めた男性だけが」
「あーはいはいそういうのはシェルターで聞くから。なぁ会長、こいつ気絶させられね?」
「やめておいた方がいい、星川。意識のない人間を運ぶのは骨だ。人質は気絶させるのよりも、足に怪我を負わせてでも自分で歩かせた方が早い、という話もある」
「……やらねぇよな?」
「無論、やらん。刀も無いしな」
刀があったらやったのだろうか。その恐ろしい質問をする勇気は葵にもガブリエラにも無かった。
3人でバルコニーから室内に戻る。その直後だった。 葵たちは、その言葉を聞いた。
『ルインフィンガー・ランチャー!!』
ルインキャンサーが、こちらへと突撃してくるパラディンに対して迎撃を行ったのだ。
○パブックアーマー
パブックは『Paladin Anti Beam Coating』の頭文字をとったもの
装甲を何重にも重ねることから滅茶苦茶重く、聖技や葵の知る限り使用しているのはパラディンのみ
ちなみに大型マキャヴェリーのカリタが整備用に使われているのも大体パブックアーマーのせいで、大型マキャヴェリー程度の馬力が無ければ作業が困難だから
○アーマーブレイカー
大型マキャヴェリーの全長に匹敵する巨大な杭を打ち込む兵器。いわゆる『とっつき』
使い手次第ではフタエノキワミアーッ!的なことも出来る
というか出来たやつがいたせいでヨーロッパ中がアーマーブレイカーに脳を焼かれて対パラディン戦術が酷いことになった
狂人だから狂気的な兵器を使いこなせていたのであって、凡人たちでは作中で説明された通り多くの犠牲をともなうことになる




