黄金の螺旋 17
「始まったね」
「え、もう戦ってるんですの!?」
「どうなん?」
「まだ牽制しあってる段階。下は市街地だし仕方が無いか。……あー、ねぇ星川さん?」
「ンだよ?」
「カリタってさぁ……、パラシュート、装備してる?」
「そこまでは知らねぇよ。ひょっとして積んでねぇの?」
「う~ん、動きがどうも消極的な、おっと危ない」
石川は覗き込んでいた双眼鏡を外した。直後、戦場から激しい閃光が走った。
「な、なんなんですの今の光!? 敵を倒せたんですの!?」
ガブリエラの言葉に、葵は思わず失笑した。
「ガブちゃん、今の多分フラッシュグレネードだよ」
「え?」
「ホーシィ・ホーキィって市街地戦用だからさ、破壊力の高い兵器って携行してないんだよね」
「敵が爆発したとかでもなく?」
「大型マキャヴェリーは撃墜されてもあんな派手派手な爆発光は出ねぇよ。ミスリル・リアクターはメルトダウンは起こしても爆発は起こさねぇ。爆発が起きるとしたら推進剤の誘爆とかだが、多分カリタにゃあ推進剤は、つーか推進器自体が積まれてねぇ」
「な、なるほど……」
「つかよー、テメェ避難しねぇの?」
「こんな状況で一人残される方が不安ですわよ!?」
「なぁ、私のことを忘れていないか?」
ガブリエラは麒麟を見て、もう一度葵を見て、
「こんな状況で一人残される方が不安ですわよ!」
「なぁ、今の妙な間は何だ?」
「……それと、このような状況で聞くのもと思いますが、どうしてパッチワーカーになると弱くなるんですの? 同じマキャヴェリー規格なんですのよね?」
「あん? テメー南部重工のと話してなかったか? つーかメーカーの娘だろ?」
「社長令嬢だからといって必ずしもドール・マキナに詳しいわけではありませんわ。それにわたくしが出席したのは費用の話をするためですし」
そこに聖技が、
「説明しよう!」
と人差し指と共に腕を立てた。
「へへっ、一回このセリフ言ってみたかったんだー」
「……セイギ・シモツケ、貴女に説明能力があるとは思えないのですが」
「うわひどっ! 流石にドール・マキナのことなら多少は分かるよ! えっとねー、大型マキャヴェリーって大きく分けると重装甲型と、軽装甲型と、その中間があってね、」
着信音。今度は聖技の鞄からではなく、石川のポケットの中からだ。聖技がガブリエラに説明を続けるのを尻目に、石川は少しゴツいデザインの軍用携帯電話を取り出した。液晶を確認すらせず電話に出ると、
「もしも―――『ルインキャンサーが勝手に出撃した!!!』」
ボマーズの声。ボイスチェンジャー越しではない声だ。電話は厳密には肉声とは言えないのだが、随分と久しぶりに声を聞いた気がする。
だが、今はそれどころではない。そんなことはどうだっていい。それよりも重要視すべきなのは、
「『箱』の反応は?」
『もうビンビンに反応してるよ! ビンビン! ビンビー―――』
ブヅリと音が鳴り、ツーツーという電子音しか聞こえなくなった。石川達がいる場所もアーバン・ジャミングの影響下に入ったせいだ。液晶を見るとアンテナは立っておらず、代わりに『圏外』の文字が表示されている。
「……必要なのは分かってるんだけど、やっぱり不便だねぇ、アーバン・ジャミング」
高層ビルなどに近付かなければだが、50メートルほど高度を取るだけでアーバン・ジャミングは効果圏外に出る事が出来る。そしてイタリア軍くずれが上空を飛行しているにもかかわらず、アーバン・ジャミングが今石川達がいるホテルにまで実施されたのは、ドール・マキナと歩兵部隊による連携行動が極めて厄介だからだ。
「どしたよ? ルインキャンサーがどうこう聞こえたけど。つーか箱って何?」
「あー、そうだね」
どうするか。いや、考えるまでも無い。聖技の方を見れば、ガブリエラにマキャヴェリーが純正機からパッチワーカーになると弱体化する理屈を説明しているが、
「あー、下野さん。ちょっと話を中断してこっち、こっち来て」
手招きして、状況を説明することにした。
―――ボマーズがルインキャンサーをこちらに送ってくれた、と。
●
「うわーっ!! 対空砲火されてるーっ!!?」
「……まぁ、あんなデカブツが頭上飛んでたら当然だわなそりゃ」
デヴァイサー、つまり専用輸送機ごとルインキャンサーはカリタの攻撃にさらされていた。隙ありと見てホーシィ・ホーキィが射撃を加え、空への火線は減っていく。
「つーかマガツアマツは用意出来なかったのかよ」
「無理無理。マガツアマツ用の緊急出撃装置はまだ開発中。だいたいルインキャンサーも他の人が乗れないのを逆手にとってのことだし」
「……なぁ」
「なんだい?」
「聖技がここにいるっつーことはよ、ルインキャンサーって無人なんだよな」
「まぁ、そうだね」
「……降下って、出来んのか?」
ドール・マキナは、人が乗っていなければ動かない。単純に操縦者が必要だから、という意味以外に、パイロットが乗っていなければならない重要な理由がある。
重心制御装置が搭載されていないからだ。正しくは、搭載することが出来ない。巨大な人型兵器の重心制御には瞬間瞬間で莫大な計算が必要となり、コンピューターが非常に大型化する。それこそ、ドール・マキナ本体に収納することが不可能なほどに。ドール・マキナの無人化やミスリルを使わない設計は、現在の技術力では到底不可能だ。
だから降下する際も無人では不可能なのではないか。もう肉眼でもその姿を確認できる程に接近してきたルインキャンサーを見て、葵はふとそう思ったのだ。
「あぁ、大丈夫、考えてあるよ。ホーシィ・ホーキィのパイロットたちにも共有済みだ」
上空をデヴァイサーが通過する。同時にルインキャンサーの固定具を解除。
そして夜空に、巨大な黒いパラシュートが開いた。
ホテルの護衛に当たっていた2機のホーシィ・ホーキィが上昇、プラズマ・スキン・フルボディを展開していないルインキャンサーを左右から確保、降下を補助する。
「じゃあガブちゃん、ちょっとボク行ってくるね」
「……はい?」
「え?」
「行くって、どこに行くおつもりですの?」
「あ」
そうだ、と聖技は今さら思い出した。たぶんガブリエラは、聖技の正しい立場を知らないのだと。
ルインキャンサーが降下してくる。詳しい説明をする暇などあるはずもなく、とりあえず、一つだけお願いをすることにした。
「え~っと、とりあえず~……」
走り出す。降下は止まらない。その重量を2機のホーシィ・ホーキィの推進力では抑えきれないのだ。跳躍し、バルコニーのフェンスに足をかけ、
「クラスの皆には、ないしょだよっ!」
そのまま、解放されていたルインキャンサーのコックピットへと飛び乗った。
「ちょ……!」
ガブリエラは一泊遅れてフェンスに近付いた。身を乗り出して、直前に通り過ぎたその姿を見るために真下を確認する。
『スター3、ルインキャンサー! 最終防衛線に上がります!!』
そしてガブリエラは見た。パラシュートをまるで黒いマントのように翻した、光り輝く漆黒の超大型ドール・マキナの姿を。
○ホーシィ・ホーキィ
日本純国産機。空陸両用。1980年代後半から運用中。
軍事マニアからは『順当に高性能なだけで特に面白みのないドール・マキナ』とか言われている。
運動性能と装甲の両方を重視したバランス型で、双方ともに高い性能を有する。その反面、内臓火器類は未搭載で装甲と推進装置にペイロードの大部分を消費している。この特性上重い武装を持てず、大火力携行兵器の運用は困難。
名前の由来は日本の神の一柱、『ウマシマジ(うましまぢのみこと)』から。
ウマシマジ→馬シ本気→horseシほんき→ホースシ・ホンキ→ホースィ・ホーキ→ホーシィ・ホーキィ
市街地戦闘用ドール・マキナであるホーシィ・ホーキィの特徴的な装備として、『排莢袋』が存在する。ドール・マキナの空薬莢は地上に落下するだけでも生身の人間にとっては危険性が高く、また戦闘後の回収作業の手間を省くための装備である……のだが、空薬莢が溜まった袋を腰から垂らす姿が原因で、2chに『ホーシィ・ホーキィの薬莢袋、エッチ過ぎんだろ』とかいう変態的なスレが立ったことがある。よく分からないいい子は18歳以上になったら『コンド○ム腰蓑』で検索検索ゥ!