黄金の螺旋 15
そういえば、と。
「ガブちゃんで思い出したんですけど」
「うん?」
「えーと、なんとかエンジェル?」
「シュッツエンゲルな」
「それそれ。なんなんです、それ?」
「そういや説明してなかったっけ。えーとだな、まずマリウス教には『聖女』っつー立場のやつがいてな」
葵は聖女の説明を始めた。
聖女とは、マリウス教の最高指導者であるローマ教皇、その代行者である、と。
「まぁ決定権は持たないんだけど」
「決定権? あー、おじいちゃんの代わりにあいさつに来た孫みたいな?」
「そんな感じ。で、聖女にはもう一つ重要な役割がある。教皇になれるのは、聖女を妻に迎えた男だけ。つまりは内定券っつーわけだ」
「内定券」
「で、シュッツエンゲルは聖女の世話係」
「世話係」
「まぁ予備っつー意味もあるけどな」
「予備? 病気とか怪我とかの?」
「あー、たぶんテメーが想像してるのとはちょっと違う。聖女も教皇もな、功績とか家柄とかで選ばれる訳よ。するとな、時々事故ったりするわけよ」
「事故って?」
「聖女の兄貴が次期教皇になっちまったり」
「あー、近親婚。マリウス教ってイトコ婚もダメですっけ」
「国によっちゃイケるところもあるらしいけど。で、そうなったら聖女に言うワケよ、チェンジでって」
「風俗じゃん」
聖技と葵の脳裏には、若い聖女に「チェンジで」と言い放つ次期教皇の姿がよぎった。聖女のイメージは2人とも何故かガブリエラで、次期教皇のイメージは2人とも何故か石川だった。ガブリエラに知られたら二重の意味でブチギレ間違いなしだ。
「で、その聖女だとかシュッツエンゲルだとかだが、今かなりキナ臭ぇことになってる」
聖技は急にきな粉を使った物が食べたくなったので視線を走らせた。が、目当てのものは見つからなかった。
「当代の聖女がよ、行方不明になってんだよ」
「はぁ。行方不明。じゃあシュッツエンゲルって人たちから新しく聖女を?」
「普通ならそうなるんだろうが、教皇がぶっ殺された後、次に教皇になるはずだった奴がトンズラこいちまったからな。新しい聖女もモチロン決まってねぇ。で、だ。バカな連中がバカなことを考えたんだよ。シュッツエンゲルが1人だけになったら、そいつはもう聖女でいいんじゃね、ってな」
「えーと?」
「シュッツエンゲルを自陣営で確保して、他のシュッツエンゲルは全員殺す。そうすりゃ自動的に聖女が手に入って、その聖女と結婚すれば新ローマ教皇の誕生だ。世界の半分はそいつのもの、ってな」
「そうはならんでしょ」
「宗教に狂ってる連中が正気なワケねーだろ。ガチのマジでやってんぞ。実際ヨーロッパでの戦争が激化してる理由の一つだ。『聖女戦争』なんて呼ばれてる」
「あ、だからガブちゃんも日本に?」
「その可能性は高ぇだろうな。地元に残ってりゃいつ暗殺されるか分かったもんじゃねぇ。花山院も絶対安全ってワケじゃあねぇだろうけどよ、よっぽどマシなはずだろうさ」
「なるほどですねー」
ガブリエラを見ると、中年男性や老人たちと共に何やら紙の束を手に話し合っているところだ。
(寝起きドッキリやってたらマジでSPとかが飛んできてたかも……)
やらなくて良かった、寝起きドッキリ。
「紙なんですねー」
「何が?」
「ほら、ガブちゃんたちが持ってるやつ。ボマーズさんたちはノートパソコンから液晶だけ引っこ抜いたようなの使ってるのに」
「あー……外部持ち出し用の資料とかじゃ、あ?」
「うん?」
突然、会場内に警報が鳴り響いた。火災などを知らせるものではない。これは、
「……第4次、ドール・マキナ避難警報?」
「だな」
聖技と葵は揃って窓辺へと近付いた。外を見る。空には夜空。下には高層ビルの天井。周辺には闇を払う人口の光。つまりは、
「なんにも見えませんねぇ……」
「まぁ4次だしなぁ」
「ていうか他の人たち、全然慌ててる様子が無いですね」
「まぁ4次だしなぁ」
聖技の記憶からも少し薄れてきていた、入学式の前日に起きた東京都広域同時多発襲撃事件。あの時には周りの人たちはわき目も振らず全力でシェルターに避難していた。
ドール・マキナ避難警報は、戦闘用ドール・マキナによる犯罪に対して発令される警報だ。1次であればその当該地域が、2次はその隣接地、3次はさらにその隣接地……と増えていく。
第4次警報にもなると相当に距離が離れている。聖技たちが参加しているパーティ会場の建物は周辺のものよりも高いビルだが、仮に屋上から確認したとしてもドール・マキナがどこで暴れているのか発見するのは困難だろう。
警報に紛れて別の音が鳴り始めた。聖技のバッグの中からだ。
「あ、ごめんなさい。ボクのケータイです」
聖技は電話に出た。液晶に表示されているのは半角カタカナで『ジッカ』の文字。ニュース速報あたりで東京都にドール・マキナ避難警報が出たのを知ったのだろう。
聖技が話しているうちに、警報が切り替わった。第4次から、第3次へと。
「……近付いてきてんな」
襲撃犯の目的地は、このパーティ会場の可能性があるかもしれない。頭の片隅で葵はそう考える。
電話を終えた聖技が再び近付いてきた。
「おう、電話はもういいのか?」
「3次に上がっちゃったんで。いつ繋がらなくなるか分かんないですし」
聖技は人差し指だけを丸めた。指を使って極小の三角形の隙間を作り、その隙間越しに窓の外を確認する。
「それで見えんの?」
「結構見えるようになりますよー。あ」
「どした?」
「空! 何か飛んでます!」
「マジかよ!?」
聖技の真似をして葵も同じ方角を確認する。
「全ッ然みえねぇ!! ホントになんか飛んでんのか!?」
「飛んでます飛んでます! 今も飛んでる! 数は結構ありますよ。10は越えてます」
「あなた方! 何をしておりますの!? 避難が始まっておりますわよ!?」
声を掛けながら近付いてきたのはガブリエラだ。その後ろに麒麟と石川も続いている。
「隊長! あっちの方、空に何か飛んでます!」
「うん?」
石川は上着のポケットから折り畳み式の双眼鏡を取り出して確認する。
「なんでンなもん持ってきてんだよ」
「もしもの備えさ。あぁ、確かに何か飛んでるね。あれは……見覚えがあるけど、なんだっけ?」
「貸せ」
石川は葵に双眼鏡を渡した。葵が奪った双眼鏡で確認する。全身が黄色い機体だ。開いた花を思わせる形状の、補助飛行装置に乗って飛んでいた。
「慈愛! イタリア軍の大型マキャヴェリーだ!」
「あぁ、それそれ」
「えーと、強いんです?」
「いやめちゃ弱。訓練と作業用の機体だし」
「イタリアの主力はパラディンだからねぇ」
「けど高度が高ぇ。ありゃ警察のじゃあ対応できねぇぞ」
「いずれにせよY9程度ではダースの相手など出来まい」
「軍崩れのテロリストだしね。なら正規軍の領分だ」
「なんで今の時点でテロリストって分かるんです?」
「イタリアだからね」
と言われても聖技には理由が分からない。そもそもとして、
「ていうかイタリアってどの辺にあるんですっけ?」
その疑問に、葵は端的に答えた。「中国」と。
○マジックカーペット
空飛ぶ絨毯、もといガンダムでいうところのサブフライトシステムに該当する装備
ドール・マキナの前身であるゴーレムは、生体電流に反応していると発見されるまでは魔力で動く、つまりゴーレム乗り=魔法使いであると考えられていた
その名残で、現代でもドール・マキナの専門用語の一部では、魔法に関係する言葉が使用されている
この名前を思い付いた瞬間は思わず自分でも膝を打ちましたね
ゴーレムとか魔力とかのはずっと前から頭の中にあった設定だったので
まぁ本文中で開示出来る機会は全然なさそうなんですが