黄金の螺旋 14
聖技が飽きることなく食べ続けること20分ほど。聖技たちに声をかける参加者は全くいなかった。
テーブルに近付く者すらほとんどいない。たまにウェイターが皿に食事を取って持っていったり、ドリンクを取りに来たり、聖技が1人で食いつくしてしまった空き皿を回収しに来たりする程度だ。
時折こちらに目を向ける者がいたり、麒麟の隣に立つ石川が会談相手に聖技たちの方を指し示したりはしているので、注目されていないわけでもない。
「ひょっとして、ボクたちがここで食べてるから誰も食べにこないんですかね?」
「政治家のキモがンなちっちぇえワケねーだろ」
「それもそっか」
また1つ、空き皿が増えた。
解放されたままの出入口からは、人が出たり入ったり。男が多く、時おり女が混ざる。大抵は中年や老人ばかりなので、その例外、赤いドレスの若い女が入室したのは人目を引いた。
「あれ、ガブちゃんじゃないですか?」
「ん? お、ほんとだ。何してんだアイツ」
「聞いてみましょ。おーい、ガブちゃ~ん!」
聖技が手を大きく振ってアピールする。恥ずかしいから止めろと葵が静止するよりはやく、ガブリエラはこちらの存在に気付いて近付いてきた。
「何してんの?」
「それはこちらのセリフですわよ……! 呼びつけるにしてももっと静かに出来ませ―――」
叱責の声が突然止まった。ガブリエラは聖技を見て、葵を見て、もう一度聖技を見て、再度葵を見た。正確には、2人の左耳を。
「どしたの? あ、料理食べる? 美味しいよー」
「……いえ、結構です」
「にしてもガブちゃんあれだね」
聖技はガブリエラの赤いドレス姿を上から下までじろじろ見て、
「似合ってはいるけど思ったより地味? 乳首がいつポロるのかチキチキチキンレースでもしてんのかよってドレス着そうなイメージあるのに」
「着ませんわよ! どんな想像しておりますの!? TPOってご存知!?」
「つまり……TPO次第では着る……ってコト!?」
「PlaceではなくPositionのPでしてよ……!」
「ちぇー」
「はぁ……。ところでアオイ様、南部重工の方をお見かけいたしませんでしたか?」
「ねぇねぇ、ボクには聞かないの?」
「貴女がその方たちの顔を覚えているとは思えないからですわ」
「いやボクその辺は結構ちゃんとしてるよ? まぁ会った人限定だからさ、聞かれても分かんないんだけどね」
「ほら見なさい」
「あー、そいつらなら、ほら、あそこ。会長の右側の三つ目のグループ」
「あぁ、確かに」
「それでガブちゃんはなんでここに?」
「……セイギ・シモツケ。わたくしの親が何をしているかご存知?」
「え? あー……」
そういえば、と。聖技は入学式の日の記憶をほじくり返す。
「えっと、なんだっけ正式名称。長くてちゃんと覚えてないけど、『翼獅子』作ってるところだよね」
「『ツェーンシュトリッヒ・ローヴェ』ですわよ」
「やっぱ長いってー。以前のはノイン・ローヴェだったから覚えやすかったのにー」
ツェーンシュトリッヒ・ローヴェはドイツの制式採用新型ドール・マキナだ。背中には10枚もの羽根を持ち、頭部はライオンを模している。その出で立ちと名前の覚えにくさから、マスコミやインターネット掲示板などでは『翼獅子』と呼ばれることが多い。
「わたくしがここにきているのは、両親の代役ですわ。シュナイダーの改修を南部重工に協力しているからで、その会談をするためです」
「そういや現場からは不満出てるって聞いたな、シュナイダーは」
「不満?」
「ほら、シュナイダーってジャイアントキリング用だろ。背中の羽根が長物ぶん回すのに邪魔で仕方がねぇって」
「あー確かに。近接戦するなら背負い物は邪魔に感じますねボクも。あ、ねぇねぇガブちゃん。イエーガー乗ってみたいんだけど乗れたりしない?」
「何トンチキ言ってますのー!?」
「ドイツ人がトンチキ言うのってなんかスゲー奇妙に感じるな……」
「ちぇー。ジェットコースターみたいで楽しそうなのに」
「全く……。それで? あなた方は何故ここに? テストパイロットの方々は?」
聖技と葵がレムナント財閥のドール・マキナ開発部隊であるアストラに所属していることは公になっているが、それはあくまで『新型機のテストパイロットの訓練相手』、という名目だ。2人が実際にドール・マキナに乗って既に実戦経験があるというのは、たとえ聖技の両親であろうと一般人には秘匿されていた。
一般人には、だ。この会場にいる人間の多くは、その真実を知っている。が、ガブリエラはそうではない可能性が高い。聖技と葵は同時にその結論に達した。
「珍しいご飯を食べに」
「将来的に関わりそうだからってんで、顔だけ売りに来た。あとは会長の付き添い。テストパイロットの人たちはこういう場は苦手だからって来てねぇよ」
「そうなんですの。せっかくですから挨拶できれば、と思っていたのですが。……セイギ・シモツケには任せられなくても、その人たちにならローヴェの試験を任せられますし」
「ブーブー」
「イノシシの鳴き声が聞こえますわね~オーホッホッホッホ。それではわたくし、用事を済ませてきますので失礼いたしますわ」
ガブリエラは去っていった。会話中もちょくちょく食事を続けていた聖技は更に空き皿を増やす。
「南部重工って何作ってるところでしたっけ?」
「日本最大の銃火器メーカーだな。警察のチャカのニューナンブ作ってるとこ。オレらもこないだ訓練で撃っただろ?」
「あー、あのちっこいやつ」
メカマンのコレクションのモデルガンと比べて妙に小さい銃だった。
想像していたよりも、ずしりと重い銃だった。
―――人を殺す道具には、独特の重みがあるんだよ。
訓練に付き合った石川が、妙にシリアスな顔でそう言ったのを覚えている。
「ドール・マキナは作ってないんです?」
「ドール・マキナ用の銃とか弾とかは作ってる。本体は作ってねぇな。あーでも20年くらい前か? コンペに出してホーシィ・ホーキィに負けたって聞いたことあるな」
「へぇー。どんな機体だったんです?」
「そこまでは知らねぇよ。アガルタのデータベースで探しゃ見つかるかもだけど」
「帰ったら調べてみますかー」
「勉強優先な」
「あっハイ……」