黄金の螺旋 12
―――夢を、見ていた。
葵がようやくシェルターから出られたのは、すっかり夕方になった頃だった。警報が鳴ったのは正午を少し過ぎたくらいだったはずで、実に5時間近くも拘束されていたことになる。
花山院学園の学生服に、学生服ではないロングスカート。さらには背中に龍が刺繍された革ジャン装備。寒さを感じる時間帯ではあるものの、問題にならない出で立ちだった。―――もっとも、過去の記憶を夢で見ているだけなので、寒さなど感じるはずもないのだが。
周囲には、葵と同じシェルターに非難していた人の群れ。彼ら彼女らは三々五々に散り散りになり、一人立ち止まる葵を気にせず去っていく。おそらく大部分は家に帰るのだろう。あるいは、家が無事かを確認しに。だが、葵は真っ直ぐ帰宅する訳にはいかない事情があった。
(どーやって向日葵と合流すっかなぁー)
携帯電話は、2人そろって持っていない。あれば便利だというのは分かっているものの、あくまで便利止まり。電話がしたいのなら家に帰ればいいのだしと、生活必需品にまでは至っていなかった。そう思っていたのだが、こうなるのなら用意しておくべきだったと、今さらながらそう思う。
(合流したら、とりあえずケータイショップかぁ? どうせこの騒動で電車は動いてねぇだろうし)
制服姿なのは、妹と再会したら花山院学園に向かう予定だったからだ。だがこの状況ではどう考えてもキャンセルだろう。もっとも、あの学園なら葵たちを回収するためにヘリコプターでも飛ばしそうではあるが。そうなったらその時だ。
ふと、重大なことに気付いた。いやショップも閉まってねコレ、と。その場合、明日は入学式だし、行くならその後になるだろうか。
(購買部で買えっかなぁ?)
学校と寮生活で必要なものは大体売っている。だが携帯電話が契約できる可能性は低いだろう。だって学園の敷地内では携帯電話が繋がらないのだから。
ずっと立ち止まったままだったせいで身体が冷えてきたのか、無意識に体が震えた。歩き出す。向かう先はとりあえず、当初の予定通り青梅駅へ。
よほど到着時間を早めていなければ、向日葵が乗る電車はまだ到着していないはずだった。途中で電車が止まっているか、直前の駅へ引き返してしまうか。あるいは途中下車になってタクシーで運ばれるか辺りだろう。ドール・マキナを使ったテロや犯罪事件が起きた場合、線路上に障害物が落下している可能性があるからだ。その確認作業が行われるので、今日はもう電車は動かないはずだ。歩きながらそう考えた。
(駅に着いたら一応だけど運行状況を確認して、公衆電話でババァと学園に連絡入れて確認してみるか。ぜってー混んでるだろうな。オレと向日葵と、どっちが先に連絡出来るやら)
ババァというのは葵と向日葵が入所していた養護施設の責任者のことだ。道中で何かあったらババァと学園に連絡を入れるように、向日葵には事前に伝えていた。ちゃんと覚えていたらいいんだけど、と不安を覚える。
向日葵は、ドール・マキナ恐怖症だった。
中型マキャヴェリーのパッチワーカーが、家に倒れ込んでいたのを目撃したからだ。半壊した家の中から、両親の遺体が運び出されるのを見てしまったからだ。
カウンセリングを受けて、葵が中学に上がってからはドール・マキナ・マーシャルアーツに参加するようになって、実の姉が使いこなしているものだという実感を与えることで、民間用の、つまりは5メートル未満の小型機であれば大丈夫なくらいには回復していたが、中型マキャヴェリーになるとどうなるかは分からない。大型マキャヴェリーよりも、中型マキャヴェリーの方が受ける精神的ダメージは大きいかも知れない。
「うおっ、ととと……」
考え事をしながら歩いていたら、道路に開いた穴に引っかかってコケそうになった。
「ン~だよこれぇ……」
概ね等間隔に、アスファルト舗装に10センチ近い円状の穴が開いていた。弾痕だ、とすぐに分かった。もちろん人間用のではない。ドール・マキナが用いる銃火器の弾痕に違いなかった。辺りを見渡せば、地面から跳弾したのだろう、弾頭が歪んだ弾丸が地面に転がっていた。口径は目測で4センチ前後。悪ガキじゃないんだから拾ったりはしない。というか法律で拾うのは禁止されている。それでも勝手に拾って持って帰る馬鹿な軍事マニアは後を絶たないのだが。
視線を上げる。弾痕が続く道は、目的地である青梅駅へと続いている。その道に、不自然な人だかりが出来ていた。
眉根を寄せながら、近付いていく。
―――最初は、水たまりに夕日が反射しているのだと思った。
血溜まりだ。その周りを覆うように、血溜まりの中には足を踏み入れないように、人が集まっている。
先ほど発見した弾丸を思い出す。恐らく不幸にも、銃弾が直撃してしまったのだろう。4センチ近い弾丸が人間に当たれば即死間違い無しだ。
人だかりの中には、ヘラヘラと笑いながら携帯電話で写真を撮影している者さえいた。
(いい年した大人が何やってんだクソが……)
死体に敬意を払っていないようでいて、あまりいい気分ではなかった。その死体を、目にするつもりはなかった。意識的に視線を外し、血溜まりを避けるように迂回して、
「――――――え?」
視界の端で、一瞬その顔を捉えた。
立ち止まる。踵を返し人だかりの中へと足を踏み入れる。
血溜まりを踏めば、凝固しかけていた血に足跡が残り、酷く不快な音を立てた。周りの人間が葵に向かって声をかけるが、その言葉は耳に入らなかった。血溜まりに足を踏み入れたくないのか、近付いてくることもなかった。
よほど到着時間を早めていなければ、向日葵が乗る電車はまだ到着していないはずだった。
その死体には、下半身が無かった。
青を通り越して白くなった顔色。
皺が浮いた唇。
開いたままの瞼。
星川向日葵が、死んでいた。
涙の一つも出ない。言葉の一つも出ない。何も考えることが出来ない。
葵の瞳には、向日葵だったものが写っていた。けれども向日葵だったものの瞳には、葵の姿は、写らなかった。
血溜まりの中で姉妹は再開し、―――そして、永遠の死別れとなった。
●
―――目を覚ました。
ゆっくりと、静かに、身体を起こした。時計を見てみると4時を過ぎた頃だった。朝の配達をしていた頃であれば1時間以上早く起きていたのに、随分と長く寝るようになったものだと自分でも思う。
隣のベッドに目を向ければ、聖技は布団を蹴り飛ばし、上下がひっくり返った姿で眠っていた。床に落ちた布団を拾い、聖技の上にかけてやる。
とても、穏やかな気分だった。
夢の内容は覚えていない。けれども、なんとなくだけれども、向日葵が出てきたような気がする。
少し前までは3時間も寝れば十分だったのに、最近はどんどんと寝る時間が伸びている。だって、夢の中でなら、向日葵と再会することが出来るのだから。
もうひと眠りするか、と葵は思った。だってそうすれば、また向日葵の夢を見れるかもしれないから。
そうして葵は再びベッドに戻り、そしてもう一度、向日葵の死体を見つける夢を見た。
―――一度だけではない。今日だけでもない。
―――星川葵はこれまで何度も同じ夢を見ていた。そしてこれから何度でも、同じ夢を、見る。
ほなら前回の終盤では戦闘中だったんで一瞬で流したけれども、夢での再現という形なんで、葵が妹の死体を発見した場面をねっとりとやりますね~~~^^




