黄金の螺旋 10
「それで」
「あん?」
「魔女の方のマリアさんが何やったかは分かったんですけど」
「……本当に分かっておりますの?」
「今は分かってるよ! 将来のことは分からないけど!」
「真理にも聞こえますがこれ殴ってもよろしいと思いませんか?」
「止めろ止めろ。せっかくの内容が頭から飛ぶぞ」
「殴らなくても3歩歩けば忘れそうですので、やっぱり殴っておいた方がお得だと思いません?」
「止めて二人とも! ボクのために争わないで!」
「誰も貴女のために争ってなどおりませんわよ」
「で、何言おうとしてたんだよ」
「あ、はい。魔女の方のマリアさんがなんか色々とやったってのは流石に分かったんですけど、じゃあ、聖母の方のマリアさんは一体何やったんです?」
「…………」
「…………」
「え、何故無言? ひょっとして魔女さんの倍くらいあったり?」
「いや、逆だ。なんもねぇ」
「ほぇ?」
「聖母マリアで覚えることはただ一つ。『神の子』を産んだっつーことだけだ」
「あ、あー。なんですっけ、えーっと、賞状渋滞?」
「全校集会が長引くやつなー。それを言うなら処女受胎だろ」
「それですそれそれ!」
「つーか処女受胎とか絶対ウソだろ。どう考えても100パー托卵」
「たくあん? 新選組の土方歳三の好物の? なんで急にたくあんの話に?」
「なんでテメェはそういう下らねぇマメ知識だけは覚えてるわけ? そうじゃなくて托卵。た・く・ら・ん。要するにな、不倫でガキ作ったのにダンナに黙っとくんだよ」
「うーわバレたら絶対家庭崩壊するやーつ。ってあれ? 結婚してたんです? 独身じゃなくって? 結婚してたんならフツーに考えて旦那さんの子供なんじゃ?」
「聖母マリアはユダヤ教徒だったのですが、当時のユダヤ教では婚約が決まった後、1年間は両親と暮らすのです。もちろん婚前交渉などは許されません。そして、その1年間の間に神の子を身篭っています」
「な? 托卵だろ?」
「あーそれはやっちゃってますねー。親が決めた婚約に反発して心に決めていた人と一夜の過ちとかのパターンですねー」
「低俗な者たちと一緒にしないでいただけます?」
はぁ、とガブリエラはわざとらしくため息をついた。そして聖技の方を見て、
「ところでセイギ・シモツケ。この神の子、なんという名かはご存知ですか?」
「いやだなぁガブちゃん。そのくらいはボクでも知ってるって。『マリウス』でしょ!」
「違います」
「あっれー!? マリウス教の話じゃなかった!? マリウスさんが教えてたからマリウス教なんだよね!?」
「やはり引っかかりましたわね。『マリウス』と言うのは神の子を表す俗称なのであって、本名ではありません」
「じゃあ本当の名前はなんて言うの?」
「知りません」
「はい?」
「わたくしも、知りません。神の子の名は真に聖なる名として秘匿されております。知ることが許されるのは極々わずかな者たちのみ。具体的にはマリウス教最高指導者であられるローマ教皇猊下。それと使徒の地位を継ぐ12名の枢機卿。合わせてわずか13名しかおりませんわ」
「引退した連中もいるから実際には13人以上いるけどな。ついでに言うと、この3年でほとんど殺されてる」
「……教皇猊下以外は、行方不明になっているだけですわ」
「迷宮入りする日も近ぇだろ。あー、でも、あの教皇殺しなら知ってるかもな。次期教皇だったわけだし」
ギジリ、と、酷く耳障りな音がした。ガブリエラからだ。見たことも無いような憤怒の形相で歯を食いしばっている。彼女は聖技たちが見ていることに気付くと手で口元を隠した。
「……失礼いたしました。ともあれ、名が秘匿されている以上、代わりの呼び方が必要となります。そこで使われていたのが、先ほどセイギ・シモツケが答えた名、マリウス。『マリアの子』を意味する名前です」
「なるほど、マリアジュニアみたいな感じかー」
「ジュニアって父親の名前の後に付けるんじゃなかったっけ」
「あ、言われてみるとそんなイメージですね。じゃあマリアの旦那さんジュニア」
「そぎ落としなさいな、その不要な付加情報。……では、その神の子がどのように死んだかはご存知ですか?」
「えーっと、十字架にはりつけにされて、火あぶりにされたんだっけ?」
「魔女裁判と混合しておりますわよ。火あぶりにはされておりません。他にも色々と話すべきことはあるのですが、どうせ覚えきれないでしょうし、宣言と関係する部分だけをお話します。この神の子の死には、弟子の1人、イスカリオテのユダの裏切りが関わっています」
「イスカリオテのユダさんね、っと」
聖技はノートにメモを取っていく。ガブリエラはそれを見ながら、
「ところでセイギ・シモツケ。裏切り者を英語で何というかご存知かしら?」
「ジューダスだよね」
「つづりは?」
「それも簡単。ローマ字読みそのまんまだから、J・U・D・A・Sで、ジューダス」
「あってますわ。ところでこのJですが、ドイツ語をはじめとした一部の言語ではYの発音をします。そして今回、Sは黙字……読まない綴りといたしましょう」
ノートに書かれたその文字に、ガブリエラも加筆していく。Jの上にyと書き、Sに斜線を重ねる。
「これで、何と読みますか?」
「ユダ? あれ、このユダさんともしかして関係あったりする?」
「えぇ、その通り。英語のjudasは、この裏切り者、イスカリオテのユダが由来なのです」
聖技はおもむろに巨大なボタンが付いた変な道具を取り出した。連打する。ヘェーヘェーヘェー、と、気の抜けた音声が連動して流れた。
「……やはり気が狂っておりましたか。もう手遅れですわね」
「いや違うから! ひょっとしてトリビア見てないの? おもろいのに」
「アオイ様、そこの頭のおかしい女から頭のおかしいオモチャを没収していただいてもよろしいですか?」
「言われんでも没収するわ。つーかどしたんだよこれ」
「ボマーズさんが作ってくれました! あ、ちなみに秒間16連打で自爆モードになるらしいんで気をつけてくださいね」
「しれっと危険物を寮内に持ち込まないでいただけます!?」
ちなみにキリスト教の枢機卿の定員は120名だそうです。日本人も数名任命されてるらしいですね
枢機卿は12人というのはあくまでこの作品独自の設定です
だって『12使徒の椅子を引き継ぐ12人の枢機卿』って設定の方がどう考えても格好いいし
120人も生死確認するの面倒だし……




